バンシーは悪ガキ
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泣き声が聞こえる。子供の泣き声。まるで引き寄せられるかのように声の出処を聞き分け進む。
辿り着いたのは訓練や懲罰で使われている部屋だった。この中には無数の2級以下の呪霊が飼われている。確か1年前に呪霊が全て祓われた上に部屋が全壊したから、部屋の位置は少し移動し以前より呪霊の数も少なくなっている。だがそれ以降分家などで飼われていた呪霊を集めて詰め込んでいたし、既に膨大な数がいるはず。少なくとも監督する者がいなければ大人であれど入るのも躊躇われるような場所だ。
泣き声の主はこの部屋の中にいるようだ。
こんなにもわんわんと泣いているなんて、どれだけ怖がっているのだろうか。正直呪霊相手で泣くようでは呪術師としてあまり期待出来ないのではないか。そんな考えを思い浮かべながら、どんな子供かこっそり安全な上から覗くだけだと入口に近付いて行く。あと4歩も歩けば中が見えるだろう距離まで詰め、ふと思った。
───どうして
あと2歩。気付いたところでもう遅い。既に近付きすぎた。もしかしたら自分の足音があちらに届いていた可能性だってある。
あと1歩。部屋の中の光景が少し視界に映った。中途半端に首が捩じ切れ、未だ死にきれない呪霊の巨体の一部が見える。
入口まで着いてしまった。頭の中で鳴り続ける警鐘を無視して、身を隠すことすら忘れ階下を見下ろせば、数え切れないほどの大量の呪霊が最後まで祓われずに放置されている。そしてその中心で声を上げて泣いている1人の女の子供。
呪霊の傷が呪力により回復される直前に、目にも留まらぬ速さで攻撃が繰り出される。しかしその攻撃でも呪霊を祓うには至らない。この部屋の中の呪霊全てをあの状態にしておくなど、ただ祓うよりも更に困難なはずなのに。
隠れ潜む呪霊の声すら聞こえないということは奥にいるものすらあの子供の手にかかったことを意味していた。
ここにいるべきじゃない、と分かっているのに足裏が地面に縫い付けられたかのように動くことが出来ない。人の気配を察したのか、女の子の視線がゆっくりとこちらに移る。
泣きすぎて真っ赤に充血した目にあどけない顔。ただの子供、それも女だ。なのにあの子供と目が合ってから酷く逃げたい気持ちが沸き、背中にはじわりと嫌な汗をかく。
「ぅ…ぐす、…ダメだよぅ、大蛇」
その言葉に呼応するように真横から熱い吐息を吐きつけられる。それを横目で見れば自分が立っている階段より巨大な蛇の頭が近くまで迫っていた。こんなに近くにいたのに子供に釘付けになっていて気が付かなかった。
「もどって」
子供がそう口にするとパシャリと大蛇はまるで黒い絵の具のように溶けて消えた。もしかして十種影法術、か…?ならあの女の子供は相伝の術式を継いだと言われている分家筋の…。自分より圧倒的下の立場の子供。
なのに身体の震えは止まらない。あの子供をサンドバッグの代わりにしてやったと息巻いていた奴もいた。泣いてばかりで本当に術式を継いでいるのかと侮辱した奴もいた。誰が1番先に泣かせるか競走してた奴らも、わざと食事を出さずに嫌がらせをした奴も。色んな話を聞いた。この状況を目の当たりにした自分からすれば理解出来ない、なんでアイツらはそんなことが出来たんだ。
子供の大きな目はまっすぐこちらを見つめている。逃げたいのに逃げられない。これは恐怖だ。強者を恐れる弱者の
「もう出ていいの?」
「ひ…っ、ぁ…」
引き攣ったような声しか出ない。こちらにやって来ようとするついでとでも言いたげに視界を横切った呪霊を殴り飛ばした。
「直毘人おじさんも酷いよねぇ。ちょっと忌庫の扉壊して中から呪具を拝借しただけなのに…」
それは許されない行為だった。禪院家忌庫に保管されている呪具は当主の物だ。所有権は当主である直毘人様が持つ。
禪院の人間でありながら当然のようにルールを破るこの子供の行動は矛盾しまくっている。他者からあれほどまでに侮蔑され嬲られているというのに、当主に対するこの態度はなんだというんだ。
少なくとも自分の目には目の前の子供が先程まで泣いていた姿と同一には見えない。泣きながら呪霊を攻撃していた光景を目にして尚、泣いていた顔と動く身体がちぐはぐに見えた。だから怖い、だから恐ろしい。
「直毘人おじさんはなんて言ってた?今回は極力壊してないから大丈夫だと思うんだけど。…聞いてる?」
階段を上りきった子供が目の前に立ち、身長差から見上げながらも問い掛けてくる。身体の震えは未だ止まらず、寒気がおさまらない。
「? ねえ、大丈夫…?」
白く小さな手を子供がこちらに伸ばしてきたのを最後に意識は暗転した。その後のことは知る由もなく、知るつもりもない。
ただもう今後はあの子供を嘲笑する親族達から話を聞いて共に笑うことは決してないだろう。
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