願いを叶えてみて
「ファーーー…」
俺は手すりに腕と顎を預けて川を眺めていた。
真夜中で誰もいなくて街灯でかすかに光る川を眺めて大きくため息をついた。
どうやらヒョンと恋はできないらしい。
あらためてヒョンから丁寧に説明をしてもらって受け入れるしかなく…でも心の中じゃ悲しくてたまらなくて夜寝付けずにヒョンが寝静まってから1人で出てきた。
深夜の寒さにぶるりと震える。
寝巻き代わりのジャージとパーカーでは防寒が足りなかったみたいだ。
「寒い…」
でもその寒さが逆に心を冷静にしてくれる。
ヒョンが凄く言葉を選んで、そして誠実に話してくれたから恋の事は忘れてレッスンに集中しようと思う。
恋は叶わなかったけれど、目標というものが代わりに出来た。
良いタイミングだと思う。
思えばヒョンに依存しすぎているのかもしれないから、自分の足で立たないと。
「君、チャンビンのところの…」
考え事をしていたから人の気配に気づかなかった。
背後から急に声をかけられ、振り返るとベリーの飼い主がいた。
ヒョンの上司か…。
「はい、あの…こんな時間にどうして」
「いやいや、君の方こそ。こんな真夜中になにしてんの?」
ベリーの飼い主が俺の横に立って肘を手すりにかけてジニの方に向いた。
「外の空気を吸いたくて」
「あー、1人になりたい時もあるよね」
彼はヒョンの会社の上司でバンチャンというらしい。
日課のジョギングをいつもは早い時間に済ませるけれど、今日は帰省先から帰って用事を済ませて、やっぱり走りたくなってこんな時間にいるらしい。
お互い偶然ここにいたって事。
「チャンビニは見た目がイカツイだろ?彼を知ればそんな事なくて真面目で優しい奴ってわかるんだけど」
「はい」
「彼女がいないのが残念。絶対いい奴なのにさ…最近退社時間も早めに切り上げるから気になる女性でもできたのかなって。君知ってる?」
「いや、知らない…ですね」
ペラペラと口数多く、ほとんど一方的に話してくるのに相槌を打つくらいしかできない。
たしかにこれだけ面倒見が良いなら恋人くらいいてもおかしくは無い。
「それにしてもチャンビニが親戚の子の面倒をみてるとは。最初は君達が付き合っているのかと思ってびっくりしたよ」
「はは……」
ベリーを預けに来た日の事だ。
ヒョンにじゃれている時にベリーを抱えて固まっていたバンチャンを思い出す。
「君がいるうちは彼女を作る気にもならないか」
「へ…?」
彼女とは恋人の事であって、恋をする相手の事だ。
そういえばヒョンには好きな人はいないのかな?
「だって君の事で精一杯って感じだし。」
「あっ、そう…なんですか、ね?」
俺の心の声を見透かすように答えたバンチャンにあいまいな返事しか返せない。
「う…ん、なんかプライベートが充実してそうではあるよね」
にこりと笑ってスマートウォッチを見ると「それじゃ、気を付けて」と走って行ってしまった。
ヒョンに恋人…。
たしかにヒョンも恋人くらいいてもおかしくない年だし、もしかして…
俺って… 邪魔だったのでは?
衝撃の事実に震えた。
ヒョン、何も言わないから今まで気づかなかったけど実は…
俺は更に目がギンギンになってしまったが、いつまでも外にいるわけにもいかず部屋に戻ろうとしたらアパートのエントランス前にヒョンがいて首根っこを掴まれた。
「こんな時間にどこ行ってたんだ!アホ!」
「川、川を見たくなって…!」
引きずられながら部屋に連行された。
おぉ…ヒョンがぶち切れた…こわっ!
