隣の伊達さん
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今朝届いた母からのメールには、「あなたの可愛い弟の正国くん17歳(反抗期真っ盛り)が昨日の夜家出しました。そちらに行く可能性があるので、というか間違いなくそっちに向かったので、保護したら連絡して下さい。よろしく。あなたの美しい母より」というふざけた文章が陳列されていた。
たったの四文なのにとんでもない情報量だ。頭がパンクする。
我が弟の正国は、剣道馬鹿の高校生である。そして間違いなく見た目は整っている。私と同じ親から生まれてきたはずなのに、私とクオリティが違う。酷い。遺伝子の暴力だ。黒髪に金色の目だが、光忠さんとはまるで雰囲気が違う。堅物そうな雰囲気だ。さらに、なかなか来なかった反抗期が纏めてやってきたようで、親との仲が拗れている。困ったものである。
というか、家出しちゃったのか。反抗期なのは分かっていたが、家出までするとは思っていなかった。
どうしよう。今日中にこの家に辿りつければいいが、あの子は地味に方向音痴だ。引っ越しのときの一回しか来たことがないこの場所に辿り着けるわけがない。ほんとにどうしよう。私は今日仕事が入っている。繁忙期は過ぎたので定時に帰れるが、正国がそれまでに家に辿り着いてしまった場合、外で待機していてもらわなければならなくなる。大丈夫かなあの子。いやダメだな。
LIMEで連絡を取れば良いのだろうが、反抗期の影響で見事なまでに交換してもらえていない。どうしよう。
そうだ、光忠さんに連絡しよう。万が一私の家の前に辿り着いていたら、たいへん申し訳ないが保護してもらおう。
そんなこんなで、光忠さんに連絡したあと、すぐに出勤した。驚いていたら思いの外時間がたっていたようだ。
お昼休みにLIMEを確認すると、今日中は国永さんが一日中家にいるとのことで、国永さんにお願いしてくれたようだ。快諾してくれたらしく、私に『任せておけ!驚きの結果をきみにもたらそう』とノリノリのお返事をくれた。ありがたい。
ありがとうございます、と返信すると、数分後に通知が来た。それはどうやら写真のようで、気になって開いてみた。
「おおおおおおう」
そこには、ベッドに横になってスヤスヤと眠っている正国と、ニヤニヤと笑いながらピースサインをキメる国永さんの姿があった。
『光忠が作り置きしていった美味い飯を食わせて、風呂に入れたらすぐにこうなったぞ! どうだ、驚いただろう。どうやら相当疲れていたようだな。あとで労ってやるといい』
本当に驚いた。だってあの一匹狼みたいな正国が、初めて会った人の前で寝顔を晒すなんて。どれだけ疲れていたんだろう。とりあえず、無事に家まで来られたのか。ひと安心だ。
ご飯もお風呂もいただいてしまって、本当に申し訳ない。きちんとお礼をしに行かないと。帰りに何か買っていこうか。
そんな私の考えを読んだかのように、国永さんから続けてメッセージが送られてきた。
『おっと、お礼ならいらないぜ。お隣さんのよしみだ。まあどうしてもと言うなら、今度正国くんを一日貸してくれ。やりたいことがあるんだ』
私はそれに『正国さえ良ければ、いくらでも大丈夫です。色々と本当にありがとうございます』と返した。
それから数時間経って、やっと仕事が終わった。はやく正国を引き取りに行かなくては。
いくら反抗期で可愛げがないとはいえ、大切なたった一人の弟だ。
そそくさと荷物を纏めて、早足で出口へ向かう。
いつもはダラダラと準備をしてのろのろと帰宅するが、今日のわたしはその五倍はあるであろう速さで退社した。お疲れ様でした。
急いで家へ向かい、一旦余計な荷物を玄関に放り投げてから伊達家へ向う。
インターホンを押して暫くすると、ガチャリとドアが開いた。
中から顔を出したのは以外にも広光くんだった。
「話は聞いている。あんたも大変だな。はやく中に入れ」
「お、お邪魔します」
「国永と光忠が首を長くして待っていたぞ。まあ、張りきりすぎて寝てしまったようだがな」
リビングに入ると、大きなソファに光忠さんと国永さんと正国が三人で座って、そのまま寝落ちしていた。丁寧に毛布がかけてあるので、きっと広光くんがかけてくれたんだろう。
見た目や雰囲気は完全に人をよせつけないようなそれだけど、広光くんは多分ものすごく優しい。その証拠に、眠っている三人を見る目が完全に聖母だ。優しすぎる。
「しっかり寝てますね」
「ああ、しっかり寝てるな」
「何でこんなことになってるんですか?微笑ましさがすごいんですけど」
「ずっと楽しそうに騒いでいた。何をしていたのかは知らん。興味がなかったからな。はしゃぎ疲れたらしく、気づいたら寝ていた」
「あの正国が初対面の人とたのしそうにお喋り……? 嘘でしょ……」
「なんだ、珍しいのか」
「珍しいどころの話じゃないですよ。何ですか、明日は槍でも降るんですか」
「ふっ、さあな。さて、そろそろ起こしても良いだろう」
ズカズカと端で寝ていた光忠さんに近寄り、ゆさゆさとその肩を揺さぶった。
「おい、起きろ。客が来たぞ」
「ん……あ、伽羅ちゃん、おはよう。……お客さん?」
まだ寝ぼけているらしく、光忠さんはぽやぽやとした目でこちらを見てくる。
「お邪魔してます」
「ん、ああ、おかえり。今日の仕事は、終わったのかい? ふふ、また、会えたね」
そうぼんやりとした声色で言うと、またスヤスヤと寝息をたて始めてしまった。
「寝ちゃった」
「チッ、光忠は今日はダメだな。おい、起きろ国永。正国の迎えが来ている。」
「んん……、いつの間に寝ていたんだ俺は。おお、きみか。待ってたぞ」
いつもよりもぽわぽわとした顔でそう言うと、国永さんは隣で寝ている正国の肩をたたく。
「おい、正国、ナマエが来たぞ」
「……ん、わりぃ、寝てた」
久しぶりに声を聞いた気がする。いったいどれほど会話をしていなかったのだろう。
「正国、迎えに来たよ」
「……久しぶりだな、ナマエ」
「うん。まさかこんな形で正国に会うと思ってなかったけどね。さ、ちゃんとお礼して。帰って少し話そう」
私に短く「分かった」と応えると、立ち上がった。そして国永さんたちの方を向き、頭を下げた。
「すまねえ、世話になった。すげえ助かったし。ありがとう」
「ああ。光忠には俺から伝えておこう。またいつでも遊びに来い。歓迎するぜ」
「ああ」
はにかんだように笑う正国は、なんだか私の知っている彼ではないような気がして、どこか寂しかった。もしかして私はブラコンなのだろうか。いや、まだ大丈夫だろう。だって、私より長谷部さんの方がすごそうだし。うん、きっと大丈夫。
「今日は本当にありがとうございました。とても助かりました。そろそろ帰ります。」
「いやいや、何てことはないさ。むしろ退屈が紛れて、こっちが助かったくらいだ。また、遊びに来るといい」
にこやかに笑ってくれている国永さんと、いつも通りの表情でこちらを見ている広光くんにお邪魔しました、挨拶をして伊達家を出る。と言っても向かう先はお隣の我が家である。
家に入り、リビングヘ正国を案内する。来客用の座布団を出して、ローテーブルの傍に置く。
「そこに座っててね。今何か飲み物を持ってくるから。えっと、コーヒーと麦茶、どっちがいい?」
短く、「緑茶」という返事が帰ってくる。
「話聞いてた?」
「麦茶」
「分かった」
コップを二つ出し、この間新調した冷蔵庫から取り出した麦茶を注ぐ。
こうして正国のために何かをするのは、いつぶりだろうか。この弟は、反抗期に入ってからはもちろん、それ以前だってなかなか私に世話を焼かせてくれなかった。
「はいどうぞ」
「ああ」
お互いにしばらく無言で、目も合わせずにいた。
先に口を開いたのは、以外にも正国の方だった。
「わりぃ。迷惑かけた」
いつも通りのかおに見えるが、少しだけ不安が入り混じっている。
「ううん。大丈夫。ふふ、素敵なお隣さんだったでしょう」
「ああ。不思議でおかしな連中だった」
本当に楽しかったようで、飯が美味かったとか、国永はアホだとか、おかしそうに色々教えてくれた。
「それで、どうして家出なんてしちゃったの」
「親父とお袋がうるさくてな。さっさと進路決めろって。俺だってなにも考えてねえわけじゃねえよ」
「うーん、まあそういう時期だよね。焦らなくてもいいから、少しずつ家族と向き合っていければいいんじゃないかな。もちろんそれは、今すぐじゃなくていいんだよ」
「親父に怒られた。いつまで反抗しているつもりだ、って。剣道なんかやめて、勉強しろってさ」
うん、言いそうだ。あの父親なら言いそうだ。私は学生時代はそこそこに勉強して、親に見せる成績だけは、なんとか普通に見える程度に取っていた。大学も何となく決めて、何となく進学して、ぼんやりと過ごしたまま卒業した。
「でも、正国は剣道やりたいんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ辞めなくていいんじゃない? やりたいこととか夢があるなら、突き進んで良いよ。困ったことがあったら私もできる限り助けるし」
「……ありがとよ」
少し申し訳なさそうに言うと、すぐに真顔に戻る。
「じゃ、俺定期的にこっち来るんでよろしく。泊まるから布団用意しとけよ」
ん?
「学校まで電車一本で行けるし、お袋からも許可出てるし」
んん??
「空き部屋あんだろ。そこ貸せよな」
んんん???
「そんじゃ、明日にでも買い出しに行こうぜ。休みなんだろ?」
「何で知ってるのよ」
「光忠から聞いた」
光忠さん……。あとでアップルパイを請求しよう。
何だか引っ越して来てからやたらと忙しくなった気がするんだよなぁ。なんでだろう、土地が呪われてんのかな。
嫌だなぁ、と言う気持ちを紛らわすためにスマホを見ると、光忠さんからLIMEが来ていた。
『ねえ、僕何かおかしなこと口走ってなかったよね、大丈夫だよね』
何のことだろう、寝ぼけて何か言ってたからその事かな。
『大丈夫でしたよ。光忠さん寝ぼけてて可愛らしかったです』と返すと、すぐに既読がついた。
『最高に格好悪いじゃないか。今日のことは忘れてほしいな』
可愛らしいリンゴのスタンプと共にそんなメッセージが送られてきた。そうだ、リンゴで思い出した。
『アップルパイ作ってくれたら多分忘れますよ』
『いくらでも作るよ。任せて』
今日は何ていい日なんだろう!
たったの四文なのにとんでもない情報量だ。頭がパンクする。
我が弟の正国は、剣道馬鹿の高校生である。そして間違いなく見た目は整っている。私と同じ親から生まれてきたはずなのに、私とクオリティが違う。酷い。遺伝子の暴力だ。黒髪に金色の目だが、光忠さんとはまるで雰囲気が違う。堅物そうな雰囲気だ。さらに、なかなか来なかった反抗期が纏めてやってきたようで、親との仲が拗れている。困ったものである。
というか、家出しちゃったのか。反抗期なのは分かっていたが、家出までするとは思っていなかった。
どうしよう。今日中にこの家に辿りつければいいが、あの子は地味に方向音痴だ。引っ越しのときの一回しか来たことがないこの場所に辿り着けるわけがない。ほんとにどうしよう。私は今日仕事が入っている。繁忙期は過ぎたので定時に帰れるが、正国がそれまでに家に辿り着いてしまった場合、外で待機していてもらわなければならなくなる。大丈夫かなあの子。いやダメだな。
LIMEで連絡を取れば良いのだろうが、反抗期の影響で見事なまでに交換してもらえていない。どうしよう。
そうだ、光忠さんに連絡しよう。万が一私の家の前に辿り着いていたら、たいへん申し訳ないが保護してもらおう。
そんなこんなで、光忠さんに連絡したあと、すぐに出勤した。驚いていたら思いの外時間がたっていたようだ。
お昼休みにLIMEを確認すると、今日中は国永さんが一日中家にいるとのことで、国永さんにお願いしてくれたようだ。快諾してくれたらしく、私に『任せておけ!驚きの結果をきみにもたらそう』とノリノリのお返事をくれた。ありがたい。
ありがとうございます、と返信すると、数分後に通知が来た。それはどうやら写真のようで、気になって開いてみた。
「おおおおおおう」
そこには、ベッドに横になってスヤスヤと眠っている正国と、ニヤニヤと笑いながらピースサインをキメる国永さんの姿があった。
『光忠が作り置きしていった美味い飯を食わせて、風呂に入れたらすぐにこうなったぞ! どうだ、驚いただろう。どうやら相当疲れていたようだな。あとで労ってやるといい』
本当に驚いた。だってあの一匹狼みたいな正国が、初めて会った人の前で寝顔を晒すなんて。どれだけ疲れていたんだろう。とりあえず、無事に家まで来られたのか。ひと安心だ。
ご飯もお風呂もいただいてしまって、本当に申し訳ない。きちんとお礼をしに行かないと。帰りに何か買っていこうか。
そんな私の考えを読んだかのように、国永さんから続けてメッセージが送られてきた。
『おっと、お礼ならいらないぜ。お隣さんのよしみだ。まあどうしてもと言うなら、今度正国くんを一日貸してくれ。やりたいことがあるんだ』
私はそれに『正国さえ良ければ、いくらでも大丈夫です。色々と本当にありがとうございます』と返した。
それから数時間経って、やっと仕事が終わった。はやく正国を引き取りに行かなくては。
いくら反抗期で可愛げがないとはいえ、大切なたった一人の弟だ。
そそくさと荷物を纏めて、早足で出口へ向かう。
いつもはダラダラと準備をしてのろのろと帰宅するが、今日のわたしはその五倍はあるであろう速さで退社した。お疲れ様でした。
急いで家へ向かい、一旦余計な荷物を玄関に放り投げてから伊達家へ向う。
インターホンを押して暫くすると、ガチャリとドアが開いた。
中から顔を出したのは以外にも広光くんだった。
「話は聞いている。あんたも大変だな。はやく中に入れ」
「お、お邪魔します」
「国永と光忠が首を長くして待っていたぞ。まあ、張りきりすぎて寝てしまったようだがな」
リビングに入ると、大きなソファに光忠さんと国永さんと正国が三人で座って、そのまま寝落ちしていた。丁寧に毛布がかけてあるので、きっと広光くんがかけてくれたんだろう。
見た目や雰囲気は完全に人をよせつけないようなそれだけど、広光くんは多分ものすごく優しい。その証拠に、眠っている三人を見る目が完全に聖母だ。優しすぎる。
「しっかり寝てますね」
「ああ、しっかり寝てるな」
「何でこんなことになってるんですか?微笑ましさがすごいんですけど」
「ずっと楽しそうに騒いでいた。何をしていたのかは知らん。興味がなかったからな。はしゃぎ疲れたらしく、気づいたら寝ていた」
「あの正国が初対面の人とたのしそうにお喋り……? 嘘でしょ……」
「なんだ、珍しいのか」
「珍しいどころの話じゃないですよ。何ですか、明日は槍でも降るんですか」
「ふっ、さあな。さて、そろそろ起こしても良いだろう」
ズカズカと端で寝ていた光忠さんに近寄り、ゆさゆさとその肩を揺さぶった。
「おい、起きろ。客が来たぞ」
「ん……あ、伽羅ちゃん、おはよう。……お客さん?」
まだ寝ぼけているらしく、光忠さんはぽやぽやとした目でこちらを見てくる。
「お邪魔してます」
「ん、ああ、おかえり。今日の仕事は、終わったのかい? ふふ、また、会えたね」
そうぼんやりとした声色で言うと、またスヤスヤと寝息をたて始めてしまった。
「寝ちゃった」
「チッ、光忠は今日はダメだな。おい、起きろ国永。正国の迎えが来ている。」
「んん……、いつの間に寝ていたんだ俺は。おお、きみか。待ってたぞ」
いつもよりもぽわぽわとした顔でそう言うと、国永さんは隣で寝ている正国の肩をたたく。
「おい、正国、ナマエが来たぞ」
「……ん、わりぃ、寝てた」
久しぶりに声を聞いた気がする。いったいどれほど会話をしていなかったのだろう。
「正国、迎えに来たよ」
「……久しぶりだな、ナマエ」
「うん。まさかこんな形で正国に会うと思ってなかったけどね。さ、ちゃんとお礼して。帰って少し話そう」
私に短く「分かった」と応えると、立ち上がった。そして国永さんたちの方を向き、頭を下げた。
「すまねえ、世話になった。すげえ助かったし。ありがとう」
「ああ。光忠には俺から伝えておこう。またいつでも遊びに来い。歓迎するぜ」
「ああ」
はにかんだように笑う正国は、なんだか私の知っている彼ではないような気がして、どこか寂しかった。もしかして私はブラコンなのだろうか。いや、まだ大丈夫だろう。だって、私より長谷部さんの方がすごそうだし。うん、きっと大丈夫。
「今日は本当にありがとうございました。とても助かりました。そろそろ帰ります。」
「いやいや、何てことはないさ。むしろ退屈が紛れて、こっちが助かったくらいだ。また、遊びに来るといい」
にこやかに笑ってくれている国永さんと、いつも通りの表情でこちらを見ている広光くんにお邪魔しました、挨拶をして伊達家を出る。と言っても向かう先はお隣の我が家である。
家に入り、リビングヘ正国を案内する。来客用の座布団を出して、ローテーブルの傍に置く。
「そこに座っててね。今何か飲み物を持ってくるから。えっと、コーヒーと麦茶、どっちがいい?」
短く、「緑茶」という返事が帰ってくる。
「話聞いてた?」
「麦茶」
「分かった」
コップを二つ出し、この間新調した冷蔵庫から取り出した麦茶を注ぐ。
こうして正国のために何かをするのは、いつぶりだろうか。この弟は、反抗期に入ってからはもちろん、それ以前だってなかなか私に世話を焼かせてくれなかった。
「はいどうぞ」
「ああ」
お互いにしばらく無言で、目も合わせずにいた。
先に口を開いたのは、以外にも正国の方だった。
「わりぃ。迷惑かけた」
いつも通りのかおに見えるが、少しだけ不安が入り混じっている。
「ううん。大丈夫。ふふ、素敵なお隣さんだったでしょう」
「ああ。不思議でおかしな連中だった」
本当に楽しかったようで、飯が美味かったとか、国永はアホだとか、おかしそうに色々教えてくれた。
「それで、どうして家出なんてしちゃったの」
「親父とお袋がうるさくてな。さっさと進路決めろって。俺だってなにも考えてねえわけじゃねえよ」
「うーん、まあそういう時期だよね。焦らなくてもいいから、少しずつ家族と向き合っていければいいんじゃないかな。もちろんそれは、今すぐじゃなくていいんだよ」
「親父に怒られた。いつまで反抗しているつもりだ、って。剣道なんかやめて、勉強しろってさ」
うん、言いそうだ。あの父親なら言いそうだ。私は学生時代はそこそこに勉強して、親に見せる成績だけは、なんとか普通に見える程度に取っていた。大学も何となく決めて、何となく進学して、ぼんやりと過ごしたまま卒業した。
「でも、正国は剣道やりたいんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ辞めなくていいんじゃない? やりたいこととか夢があるなら、突き進んで良いよ。困ったことがあったら私もできる限り助けるし」
「……ありがとよ」
少し申し訳なさそうに言うと、すぐに真顔に戻る。
「じゃ、俺定期的にこっち来るんでよろしく。泊まるから布団用意しとけよ」
ん?
「学校まで電車一本で行けるし、お袋からも許可出てるし」
んん??
「空き部屋あんだろ。そこ貸せよな」
んんん???
「そんじゃ、明日にでも買い出しに行こうぜ。休みなんだろ?」
「何で知ってるのよ」
「光忠から聞いた」
光忠さん……。あとでアップルパイを請求しよう。
何だか引っ越して来てからやたらと忙しくなった気がするんだよなぁ。なんでだろう、土地が呪われてんのかな。
嫌だなぁ、と言う気持ちを紛らわすためにスマホを見ると、光忠さんからLIMEが来ていた。
『ねえ、僕何かおかしなこと口走ってなかったよね、大丈夫だよね』
何のことだろう、寝ぼけて何か言ってたからその事かな。
『大丈夫でしたよ。光忠さん寝ぼけてて可愛らしかったです』と返すと、すぐに既読がついた。
『最高に格好悪いじゃないか。今日のことは忘れてほしいな』
可愛らしいリンゴのスタンプと共にそんなメッセージが送られてきた。そうだ、リンゴで思い出した。
『アップルパイ作ってくれたら多分忘れますよ』
『いくらでも作るよ。任せて』
今日は何ていい日なんだろう!