隣の伊達さん
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「こんにちは、隣に越してきたミョウジナマエです。これからよろしくおねがいします。これ、つまらないものですがどうぞ。では、わたしはこれで失礼します」
そう何度もシュミレーションしていた私の努力はドアが開かれた瞬間に水の泡になった。
開かれたドアから覗く蜂蜜色の目、濡れ羽色の髪、整ったかんばせ。先日会ったばかりの伊達光忠は、持ち前のコミュ力を存分に発揮して出迎えてくれた。
「あっ、ミョウジさん。来てくれたんだね、ありがとう。これ、僕が焼いたアップルパイなんだけど、アレルギーとかなかったら、ぜひ食べて欲しいな」
伊達さんはそう言うと紺色の紙袋を差し出して来た。普通逆だろう。私が渡す立場だろう。受け取るのを渋ろうかと思ったが、中身がアップルパイということでいただくことにした。何を隠そう、アップルパイは私の大好物なのだ。
「……ありがとうございます。これ、つまらないものですが、どうぞ」
予定していた順番と大分違ってしまったが、私も用意していた紙袋を差し出す。
「わぁ、これあの有名店のお菓子じゃないか。しかも行列ができるやつ。ありがとう、大切に食べるよ」
そう、私は昨日、伊達家のために2時間並んでこのお菓子を手に入れていた。喜んでもらえて何よりである。
「いえ、そんな、こちらこそアップルパイありがとうございます。実は大好物なんです」
「本当に? それなら良かった。作った甲斐があるというものだね。そうだ、ちょっと待ってて」
そう言って一度家の中に戻ると、紙袋に入った何かを持って出てきた。
「これ、そのアップルパイとは違う生地を使って焼いてみたものなんだ。まだ試作の段階だけど、味は問題ないと思うから是非食べて欲しいな」
「もう、何だか私貰ってばかりで申し訳ないです。でも、ありがとうございます。お料理お好きなんですか?」
「うん、趣味でね。家での食卓は、ほとんど僕の担当なんだ。アップルパイを作ったのは暇つぶしみたいなものだったけど、ちょうど良いタイミングだったみたいで良かった」
「暇つぶしでアップルパイですか……。すごいですね」
イケメンでコミュ力の高い隣人は、料理もできるハイスペックイケメンだったようだ。なんだか私のほうが生活力が低そうで、少し落ち込んだ。
「ああ、そういえばここにはぼくの他に後二人住んでるんだけど、今日はいなくてね。そのうち紹介できると思うから、焦らなくてもいいかな」
二人か。ご両親だろうか。いや、奥さんとお子さんという線もある。彼はきっとまだ二十代前半くらいの若さだろうが、いてもおかしくない年齢だし、何より周りの女性は彼のことを放っておかないだろう。
「そうですね。お隣ですから、何かと顔を合わせることもあるでしょうし。私、仕事があるのでそろそろ失礼します。慌ただしくてすみません。アップルパイありがとうございました」
「アップルパイ、食べた感想とかくれたら嬉しいな。それじゃあ、お仕事頑張ってね」
「ミョウジさん、どうしたんですか。何だか嬉しそうですね。何か良い事でもあったんですか」
職場に着いて気持ちを切り替えられたと思ったっていたが、アップルパイは私の頭を見事に占領したらしく、時折笑みが漏れてしまう。
それに気づいた営業部の長谷部国重さんが不思議そうにこちらを見ていた。
「ええ、実は今日、お隣さんにアップルパイを貰いまして。大好物なので、もう嬉しくて嬉しくて。食べるのが楽しみなんです」
「そうでしたか。ミョウジさんアップルパイお好きだったんですね」
「はい!……そういえば、長谷部さんがここにいるなんて珍しいですね。長谷部さんこそ、どうかしたんですか」
「ああ、そうでした。先ほど病院から、弟が交通事故にあった、と知らせがありました。本部長にお伝えしたところ、書類を完成させて提出すれば帰って良い、とのことでしたので、ミョウジさんにこれを渡しに来たんです」
不備がないか確認してください、と渡された書類には、綺麗な字が何の抜けもなく陳列していた。
「……大丈夫ですね。流石長谷部さん。十分過ぎるレベルです。これなら何の問題も無いですよ。これ、確かにお預りしました。って、それよりも、早く弟さんのところへ行ってあげてください!何をのんびりしているんですか」
「ありがとうございます。症状は軽い擦り傷程度のようでしたからそこまで心配はいらないと思います。どうやら歩行中に車と接触したらしいのですが、アイツは何かと頑丈なので大丈夫でしょう。ですが、まあ、何が起こるか分かりませんからね。では、お先に失礼します」
そう言って軽く頭を下げると、落ち着いた足取りで出入り口に向かって行った。本当にそこまで心配していないのか、と思ったが、建物を出た瞬間に猛ダッシュする長谷部さんを見て、とても安心した。いつも機械のような完璧さで仕事をこなしている彼も、ちゃんと人間だったんだ、と思ってしまった。
私も仕事を頑張らなければ。帰ったらアップルパイが待っている。
アップルパイは最高に美味しかった。もう他のアップルパイに戻れなさそうで怖い。
そうLIMEで伝えると、それは光栄だな。食べたかったらいつでも言ってね。と返ってきた。良い隣人を持ったものである。
そう何度もシュミレーションしていた私の努力はドアが開かれた瞬間に水の泡になった。
開かれたドアから覗く蜂蜜色の目、濡れ羽色の髪、整ったかんばせ。先日会ったばかりの伊達光忠は、持ち前のコミュ力を存分に発揮して出迎えてくれた。
「あっ、ミョウジさん。来てくれたんだね、ありがとう。これ、僕が焼いたアップルパイなんだけど、アレルギーとかなかったら、ぜひ食べて欲しいな」
伊達さんはそう言うと紺色の紙袋を差し出して来た。普通逆だろう。私が渡す立場だろう。受け取るのを渋ろうかと思ったが、中身がアップルパイということでいただくことにした。何を隠そう、アップルパイは私の大好物なのだ。
「……ありがとうございます。これ、つまらないものですが、どうぞ」
予定していた順番と大分違ってしまったが、私も用意していた紙袋を差し出す。
「わぁ、これあの有名店のお菓子じゃないか。しかも行列ができるやつ。ありがとう、大切に食べるよ」
そう、私は昨日、伊達家のために2時間並んでこのお菓子を手に入れていた。喜んでもらえて何よりである。
「いえ、そんな、こちらこそアップルパイありがとうございます。実は大好物なんです」
「本当に? それなら良かった。作った甲斐があるというものだね。そうだ、ちょっと待ってて」
そう言って一度家の中に戻ると、紙袋に入った何かを持って出てきた。
「これ、そのアップルパイとは違う生地を使って焼いてみたものなんだ。まだ試作の段階だけど、味は問題ないと思うから是非食べて欲しいな」
「もう、何だか私貰ってばかりで申し訳ないです。でも、ありがとうございます。お料理お好きなんですか?」
「うん、趣味でね。家での食卓は、ほとんど僕の担当なんだ。アップルパイを作ったのは暇つぶしみたいなものだったけど、ちょうど良いタイミングだったみたいで良かった」
「暇つぶしでアップルパイですか……。すごいですね」
イケメンでコミュ力の高い隣人は、料理もできるハイスペックイケメンだったようだ。なんだか私のほうが生活力が低そうで、少し落ち込んだ。
「ああ、そういえばここにはぼくの他に後二人住んでるんだけど、今日はいなくてね。そのうち紹介できると思うから、焦らなくてもいいかな」
二人か。ご両親だろうか。いや、奥さんとお子さんという線もある。彼はきっとまだ二十代前半くらいの若さだろうが、いてもおかしくない年齢だし、何より周りの女性は彼のことを放っておかないだろう。
「そうですね。お隣ですから、何かと顔を合わせることもあるでしょうし。私、仕事があるのでそろそろ失礼します。慌ただしくてすみません。アップルパイありがとうございました」
「アップルパイ、食べた感想とかくれたら嬉しいな。それじゃあ、お仕事頑張ってね」
「ミョウジさん、どうしたんですか。何だか嬉しそうですね。何か良い事でもあったんですか」
職場に着いて気持ちを切り替えられたと思ったっていたが、アップルパイは私の頭を見事に占領したらしく、時折笑みが漏れてしまう。
それに気づいた営業部の長谷部国重さんが不思議そうにこちらを見ていた。
「ええ、実は今日、お隣さんにアップルパイを貰いまして。大好物なので、もう嬉しくて嬉しくて。食べるのが楽しみなんです」
「そうでしたか。ミョウジさんアップルパイお好きだったんですね」
「はい!……そういえば、長谷部さんがここにいるなんて珍しいですね。長谷部さんこそ、どうかしたんですか」
「ああ、そうでした。先ほど病院から、弟が交通事故にあった、と知らせがありました。本部長にお伝えしたところ、書類を完成させて提出すれば帰って良い、とのことでしたので、ミョウジさんにこれを渡しに来たんです」
不備がないか確認してください、と渡された書類には、綺麗な字が何の抜けもなく陳列していた。
「……大丈夫ですね。流石長谷部さん。十分過ぎるレベルです。これなら何の問題も無いですよ。これ、確かにお預りしました。って、それよりも、早く弟さんのところへ行ってあげてください!何をのんびりしているんですか」
「ありがとうございます。症状は軽い擦り傷程度のようでしたからそこまで心配はいらないと思います。どうやら歩行中に車と接触したらしいのですが、アイツは何かと頑丈なので大丈夫でしょう。ですが、まあ、何が起こるか分かりませんからね。では、お先に失礼します」
そう言って軽く頭を下げると、落ち着いた足取りで出入り口に向かって行った。本当にそこまで心配していないのか、と思ったが、建物を出た瞬間に猛ダッシュする長谷部さんを見て、とても安心した。いつも機械のような完璧さで仕事をこなしている彼も、ちゃんと人間だったんだ、と思ってしまった。
私も仕事を頑張らなければ。帰ったらアップルパイが待っている。
アップルパイは最高に美味しかった。もう他のアップルパイに戻れなさそうで怖い。
そうLIMEで伝えると、それは光栄だな。食べたかったらいつでも言ってね。と返ってきた。良い隣人を持ったものである。