隣の伊達さん
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幼かった頃の夢を見た。
当時私には、他の人には見えない何かが見えていた。
今ではその顔も声もよく思い出せないが、何十人もの友達が、確かにそこにいたのだ。
彼らは他の人と同じように喋るし、食べるし、笑うし。
だから、長い間彼らがこの世のものでは無いと気付なかったのだ。
「誰と話してるの?」
公園で仲の良い金髪の青年と話していた私に気付いた高校の友人(仮にAとしよう)が、後ろから声をかけてきた。え?、と振り返ると、怪訝そうにこちらを見つめている。
「誰って……」
友達だけど……と青年の方を向き直ると、何故か青年は慌てていた。「気づいてなかったのか」とか「嘘だろ」とかを呟いている。意味がわからない。
困惑してAの方を向くと、哀れみを込めた視線とともに何故か200円を渡された。
「受験勉強、頑張ってるもんね。疲れてるんだよ……。これで甘いものでも食べて、元気になってね」
困惑が止まらない私を置いて、Aは「それじゃ、また学校で!」と足早に帰ってしまった。
「なんだったんだろうね」
私が不思議そうに聞けば、金髪碧眼の彼はフードを深く被り直した。
「いやその……、なんでもない。知らないほうがいいこともある」
それから数カ月間、彼らの姿を見ることはなかった。まるで最初からいなかったみたいに、パタリと姿をくらましてしまったのだ。忽然と消えてしまったことが悲しくて、思い出の場所を何度も探した。
当時の私は、数週間経って、あれは私にだけ見えていた何かで、人にバレてしまったから私のもとから去っていってしまったんだと落ち込んで、さらに数週間後にはなんとその喪失感とおさらばしていた。時間の流れは偉大だったのだ。
けれど、夢の中の私は違かった。
彼らのことが忘れられないと喚いて、必死にいろいろな場所を探した。あの日の公園、よく行っていた駄菓子屋、学校、雑木林。思い当たる全ての場所を探して、ある日とある屋敷に迷い込んだ。
人気のない無人の屋敷だった。でもなぜか、生活感に溢れていた。まるで何十人もの人間が、ついさっきまでそこで暮らしていたような、そんな屋敷だった。
私の足はなぜかその場所を勝手知ったる風に歩き出し、1つの部屋の前で止まった。
明らかに他の部屋とは違うそれに、私は何も臆することなく入っていった。
中は普通の仕事部屋だった。ただ少し整理整頓ができていなくて、おやつに食べる予定のお菓子がたくさん積んであって、その隣に未処理の書類がこれまたたくさん積んであって。なんのことはない、今の私のデスクと同じような散乱具合。
その部屋を見回すと、きれいに整頓されたもう一つの机の上に、1冊の古ぼけた本がポツンと置いてあることに気付いた。
酷く読み込まれていたのか、その本は表紙がクタクタになり、少し歪んでしまっていた。
でも何故かそれに強い愛着を感じて、本を傷つけないようにそっとページを開く。
1ページ目に、嫌になってしまうくらい美しい男性の写真と、その人の名前であろう「三日月宗近」という文字、それからその下にはよく分からない小さい文字が、その人物を解説するかのように並んでいた。
美しい夜の髪と紺色の衣装を纏った男性のことを、私は知っているような気がした。いやしかし、こんなにうつくしい男性のことを忘れるなんて。一度見たら網膜に焼き付いてしまうくらいにきらきらしいその人を、忘れることなんてできるのだろうか。高貴な佇まいは、写真から藤の香が漂ってこんばかりである。
既視感の正体を確かめたくて、私はページをめくる。
その本はどうやら人物の辞典らしきものだったらしく、1ページ目に載っていた男性以外にもたくさんの美しい人たちが載っていた。
三日月宗近に負けず劣らず、それはもうこの世のものとは思えないほどの美丈夫たちがそこにいた。
しかしまあ、ペラペラとページを捲るたびに、「どこかでみたことがある」という感想ばかりが浮かんでくる。
たまに写真や文字がぼやけて見えないページがあるが、それでもやはり私はその人物を知っている気がするのだ。色、かたち、モザイクのようになったそれにさえ、ただならぬ愛着を感じるのだ。
何度となく紙をめくり、あるページで手が止まる。
紺色と黒色のぼやけた抽象画みたいな写真のページ。
名前の部分も「燭台切」しか確認できない。
それでもそのページが酷く大切なものに感じられて、私は何とか、何かを思い出そうと脳をフル回転させた。
分からない。分からないが、このページは私にとって非常に大切で、思い出さなければいけないものだと本能が告げている。このページのことをすべてを思い出すことができたとき、私は人生の大きな分かれ道に立つのではないかと、そんな予感さえするのだ。
私はしばらくそのページを見つめて、うんうんと唸っていた。あまりにも集中していたものだから、背後から近づく気配に気付く訳もなく、突然肩を叩かれて「ンエッ」という情けない声が出てしまった。
驚いたまま、今しがた自分の肩を叩いた者のいる方を振り向けば、金髪碧眼にフードをかぶった美青年がいた。私はこの人をどこかで……。
「何を思い出そうとしているんだ」
青年は少し怒ったようにそう聞いた。
何をといわれても。あのとき見えていた人たちがほんとうにいたって、そう証明するために、証拠を探して……あ。
「あのときの」
間違いない。あのとき公園で私と話していた、「友達」だった。
どうしていなくなったの。あなた達は一体誰なの。いまは何をしているの。
そう聞きたくて息を吸い込んで。出てきたのはヒュウっという情けない音だけだった。
何故ならば、彼の碧眼が私に「喋るな」と言っていたから。その深い色に気圧されてしまって、私は口を開くことは愚か、彼の目を見続けることすらできなかったのだ。なんて情けない。
私が金魚みたいに口をパクパクさせているとき、彼は一方的に話しかけてきた。
「思い出すな。あんたが俺達を忘れていると言うことは、そうあるべき結果が訪れていたということだ。忘れていい。それは俺達にとっても、あんたにとっても幸せなことだ。……きっとまた会える。ここのことは忘れてしまっていいんだ。俺達は満足している」
そう言うと、まるで「スッキリした」とでも言うような目をして、踵を返してしまう。慌てて部屋の外へ追いかけてみたが、廊下には誰も見当たらない。一体何だったんだろう。私は彼らとどういう関係なんだろう。まだ、胸の内の靄は晴れないままだ。
****
カーテンの隙間から朝日が差して目が覚めた。とても大切な夢を見ていた。
春先だからと薄い毛布を1枚被っただけだったのに、寝汗をびっしょりとかいていた。肌にまとわりつく寝間着と髪の毛がこの上なく鬱陶しい。
あの夢は何だったのだろう。私は何を忘れているのだろう。
自問しても答えなど出る訳もない。悶々とした気持ちと汗を流すため、朝風呂をしよう。
「冷たっ!」
お湯が出るまでしばらくかかるシャワーが吐き出した冷水で、頭が冴えていく気がした。今日も仕事だ。山場は越えつつあるとはいえ、やはりまだ忙しい。ミスをして迷惑をかけないようにしなくては。そう、今は仕事に集中するべきだ。
抱えている疑問だって、いつかきっとその時が来ればあっさりと解決してしまうだろう。
当時私には、他の人には見えない何かが見えていた。
今ではその顔も声もよく思い出せないが、何十人もの友達が、確かにそこにいたのだ。
彼らは他の人と同じように喋るし、食べるし、笑うし。
だから、長い間彼らがこの世のものでは無いと気付なかったのだ。
「誰と話してるの?」
公園で仲の良い金髪の青年と話していた私に気付いた高校の友人(仮にAとしよう)が、後ろから声をかけてきた。え?、と振り返ると、怪訝そうにこちらを見つめている。
「誰って……」
友達だけど……と青年の方を向き直ると、何故か青年は慌てていた。「気づいてなかったのか」とか「嘘だろ」とかを呟いている。意味がわからない。
困惑してAの方を向くと、哀れみを込めた視線とともに何故か200円を渡された。
「受験勉強、頑張ってるもんね。疲れてるんだよ……。これで甘いものでも食べて、元気になってね」
困惑が止まらない私を置いて、Aは「それじゃ、また学校で!」と足早に帰ってしまった。
「なんだったんだろうね」
私が不思議そうに聞けば、金髪碧眼の彼はフードを深く被り直した。
「いやその……、なんでもない。知らないほうがいいこともある」
それから数カ月間、彼らの姿を見ることはなかった。まるで最初からいなかったみたいに、パタリと姿をくらましてしまったのだ。忽然と消えてしまったことが悲しくて、思い出の場所を何度も探した。
当時の私は、数週間経って、あれは私にだけ見えていた何かで、人にバレてしまったから私のもとから去っていってしまったんだと落ち込んで、さらに数週間後にはなんとその喪失感とおさらばしていた。時間の流れは偉大だったのだ。
けれど、夢の中の私は違かった。
彼らのことが忘れられないと喚いて、必死にいろいろな場所を探した。あの日の公園、よく行っていた駄菓子屋、学校、雑木林。思い当たる全ての場所を探して、ある日とある屋敷に迷い込んだ。
人気のない無人の屋敷だった。でもなぜか、生活感に溢れていた。まるで何十人もの人間が、ついさっきまでそこで暮らしていたような、そんな屋敷だった。
私の足はなぜかその場所を勝手知ったる風に歩き出し、1つの部屋の前で止まった。
明らかに他の部屋とは違うそれに、私は何も臆することなく入っていった。
中は普通の仕事部屋だった。ただ少し整理整頓ができていなくて、おやつに食べる予定のお菓子がたくさん積んであって、その隣に未処理の書類がこれまたたくさん積んであって。なんのことはない、今の私のデスクと同じような散乱具合。
その部屋を見回すと、きれいに整頓されたもう一つの机の上に、1冊の古ぼけた本がポツンと置いてあることに気付いた。
酷く読み込まれていたのか、その本は表紙がクタクタになり、少し歪んでしまっていた。
でも何故かそれに強い愛着を感じて、本を傷つけないようにそっとページを開く。
1ページ目に、嫌になってしまうくらい美しい男性の写真と、その人の名前であろう「三日月宗近」という文字、それからその下にはよく分からない小さい文字が、その人物を解説するかのように並んでいた。
美しい夜の髪と紺色の衣装を纏った男性のことを、私は知っているような気がした。いやしかし、こんなにうつくしい男性のことを忘れるなんて。一度見たら網膜に焼き付いてしまうくらいにきらきらしいその人を、忘れることなんてできるのだろうか。高貴な佇まいは、写真から藤の香が漂ってこんばかりである。
既視感の正体を確かめたくて、私はページをめくる。
その本はどうやら人物の辞典らしきものだったらしく、1ページ目に載っていた男性以外にもたくさんの美しい人たちが載っていた。
三日月宗近に負けず劣らず、それはもうこの世のものとは思えないほどの美丈夫たちがそこにいた。
しかしまあ、ペラペラとページを捲るたびに、「どこかでみたことがある」という感想ばかりが浮かんでくる。
たまに写真や文字がぼやけて見えないページがあるが、それでもやはり私はその人物を知っている気がするのだ。色、かたち、モザイクのようになったそれにさえ、ただならぬ愛着を感じるのだ。
何度となく紙をめくり、あるページで手が止まる。
紺色と黒色のぼやけた抽象画みたいな写真のページ。
名前の部分も「燭台切」しか確認できない。
それでもそのページが酷く大切なものに感じられて、私は何とか、何かを思い出そうと脳をフル回転させた。
分からない。分からないが、このページは私にとって非常に大切で、思い出さなければいけないものだと本能が告げている。このページのことをすべてを思い出すことができたとき、私は人生の大きな分かれ道に立つのではないかと、そんな予感さえするのだ。
私はしばらくそのページを見つめて、うんうんと唸っていた。あまりにも集中していたものだから、背後から近づく気配に気付く訳もなく、突然肩を叩かれて「ンエッ」という情けない声が出てしまった。
驚いたまま、今しがた自分の肩を叩いた者のいる方を振り向けば、金髪碧眼にフードをかぶった美青年がいた。私はこの人をどこかで……。
「何を思い出そうとしているんだ」
青年は少し怒ったようにそう聞いた。
何をといわれても。あのとき見えていた人たちがほんとうにいたって、そう証明するために、証拠を探して……あ。
「あのときの」
間違いない。あのとき公園で私と話していた、「友達」だった。
どうしていなくなったの。あなた達は一体誰なの。いまは何をしているの。
そう聞きたくて息を吸い込んで。出てきたのはヒュウっという情けない音だけだった。
何故ならば、彼の碧眼が私に「喋るな」と言っていたから。その深い色に気圧されてしまって、私は口を開くことは愚か、彼の目を見続けることすらできなかったのだ。なんて情けない。
私が金魚みたいに口をパクパクさせているとき、彼は一方的に話しかけてきた。
「思い出すな。あんたが俺達を忘れていると言うことは、そうあるべき結果が訪れていたということだ。忘れていい。それは俺達にとっても、あんたにとっても幸せなことだ。……きっとまた会える。ここのことは忘れてしまっていいんだ。俺達は満足している」
そう言うと、まるで「スッキリした」とでも言うような目をして、踵を返してしまう。慌てて部屋の外へ追いかけてみたが、廊下には誰も見当たらない。一体何だったんだろう。私は彼らとどういう関係なんだろう。まだ、胸の内の靄は晴れないままだ。
****
カーテンの隙間から朝日が差して目が覚めた。とても大切な夢を見ていた。
春先だからと薄い毛布を1枚被っただけだったのに、寝汗をびっしょりとかいていた。肌にまとわりつく寝間着と髪の毛がこの上なく鬱陶しい。
あの夢は何だったのだろう。私は何を忘れているのだろう。
自問しても答えなど出る訳もない。悶々とした気持ちと汗を流すため、朝風呂をしよう。
「冷たっ!」
お湯が出るまでしばらくかかるシャワーが吐き出した冷水で、頭が冴えていく気がした。今日も仕事だ。山場は越えつつあるとはいえ、やはりまだ忙しい。ミスをして迷惑をかけないようにしなくては。そう、今は仕事に集中するべきだ。
抱えている疑問だって、いつかきっとその時が来ればあっさりと解決してしまうだろう。