物と人
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人の死というものを、俺はどこか勘違いしていた。元が死に近い道具だからだろうか。悲しいことだけれど、割り切れるものだと思っていた。
それがとんだ間違いであったことを、一人の人間の死によって知らしめられた。
俺は政府が審神者に配布する初期刀だった。審神者によって五振りのうちから選ばれ、そして仕え始めた。審神者の名はあじさいと言った。もちろん偽名であったが。
顕現されたばかりの頃は、人としての生活になかなか慣れず、主に迷惑をかけてばかりいた。数週間もすると、本丸での生活に何の不自由もしないくらいになった。俺に限らず、顕現されたばかりの者は皆右も左も分からなかった。ただ戦う為の道具として動員されたのだ。戦闘に必要な知識以外は殆ど分からなかった。俺達を「人」として扱った主は、生活に必要な知識を俺達に与えてくれた。一番最初に生活に慣れた俺は、新入りの手助けを良く頼まれた。刀たちは本丸での生活を通して、徐々に人になっていった。
主が初めて鍛刀したのは、薬研藤四郎だった。短刀とは思えないほど大人びていた薬研藤四郎は、すぐに頼られ始めた。戦闘だけではなく、生活でも。薬研藤四郎は医療の知識が豊富だった。恐らく、救護役として使えるように政府で教育されていたのだろう。
そんな薬研藤四郎でも、唯一頼まれることのない仕事があった。本丸で俺だけが頼まれる仕事。それは現世や会議に行く際の護衛だった。
現世で会議がある度に、俺は連れ出された。
「皆には内緒だよ」
そう言った主と一緒に食べたぜんざいは、驚くほど甘かった。が、世界で最も美味しいぜんざいだった。
そうして緩やかに続いて行っていたはずの生活が、ある日突然終わった。
主に迫る死を、知ってしまった。覆せないものだった。いや、手段が無いわけではなかったのだ。ただ、それを主が望まないというだけで。
主が拒むことを強制するかしないか、本丸内で派閥ができた。俺はもちろん、主の意思を尊重する方だった。
主の死の一ヶ月前、俺は執務室に呼び出された。
「蜂須賀、今まで私を支えてくれてありがとう。何もお礼ができなくてごめんなさいね。どうしても、感謝を伝えたかったの」
そう言って主は申し訳なさそうに笑った。
お礼なんていらなかった。ただ傍にいて欲しかった。主の手を取って、隣を歩きたかった。それだけだったのに。
「最後だから、何かあれば言ってね。私ができる範囲で叶えたいから」
願いと言われて、俺は直ぐに答えることができなかった。
言ってしまえば、戻れない気がした。俺達は歴史改変と戦ってきた。だから、この思いは秘めておくべきだった。
君の死ぬ運命を捻じ曲げたい、なんて、口が裂けても言うまい。君はそれを望まないから。俺は君の刀だから。誰より君を想っているから。
口から出たのは、ほんの少しの本音を混ぜた嘘だった。
「最後まで、君の右腕でいさせてくれ」
主は何も言わなかった。その代わりに、優しく笑って俺の頭を撫でた。充分だった。
そして最後の日。俺は主の右手を取った。離してなるものか。親愛なる俺の主。最後までどうか、君の傍に。
それがとんだ間違いであったことを、一人の人間の死によって知らしめられた。
俺は政府が審神者に配布する初期刀だった。審神者によって五振りのうちから選ばれ、そして仕え始めた。審神者の名はあじさいと言った。もちろん偽名であったが。
顕現されたばかりの頃は、人としての生活になかなか慣れず、主に迷惑をかけてばかりいた。数週間もすると、本丸での生活に何の不自由もしないくらいになった。俺に限らず、顕現されたばかりの者は皆右も左も分からなかった。ただ戦う為の道具として動員されたのだ。戦闘に必要な知識以外は殆ど分からなかった。俺達を「人」として扱った主は、生活に必要な知識を俺達に与えてくれた。一番最初に生活に慣れた俺は、新入りの手助けを良く頼まれた。刀たちは本丸での生活を通して、徐々に人になっていった。
主が初めて鍛刀したのは、薬研藤四郎だった。短刀とは思えないほど大人びていた薬研藤四郎は、すぐに頼られ始めた。戦闘だけではなく、生活でも。薬研藤四郎は医療の知識が豊富だった。恐らく、救護役として使えるように政府で教育されていたのだろう。
そんな薬研藤四郎でも、唯一頼まれることのない仕事があった。本丸で俺だけが頼まれる仕事。それは現世や会議に行く際の護衛だった。
現世で会議がある度に、俺は連れ出された。
「皆には内緒だよ」
そう言った主と一緒に食べたぜんざいは、驚くほど甘かった。が、世界で最も美味しいぜんざいだった。
そうして緩やかに続いて行っていたはずの生活が、ある日突然終わった。
主に迫る死を、知ってしまった。覆せないものだった。いや、手段が無いわけではなかったのだ。ただ、それを主が望まないというだけで。
主が拒むことを強制するかしないか、本丸内で派閥ができた。俺はもちろん、主の意思を尊重する方だった。
主の死の一ヶ月前、俺は執務室に呼び出された。
「蜂須賀、今まで私を支えてくれてありがとう。何もお礼ができなくてごめんなさいね。どうしても、感謝を伝えたかったの」
そう言って主は申し訳なさそうに笑った。
お礼なんていらなかった。ただ傍にいて欲しかった。主の手を取って、隣を歩きたかった。それだけだったのに。
「最後だから、何かあれば言ってね。私ができる範囲で叶えたいから」
願いと言われて、俺は直ぐに答えることができなかった。
言ってしまえば、戻れない気がした。俺達は歴史改変と戦ってきた。だから、この思いは秘めておくべきだった。
君の死ぬ運命を捻じ曲げたい、なんて、口が裂けても言うまい。君はそれを望まないから。俺は君の刀だから。誰より君を想っているから。
口から出たのは、ほんの少しの本音を混ぜた嘘だった。
「最後まで、君の右腕でいさせてくれ」
主は何も言わなかった。その代わりに、優しく笑って俺の頭を撫でた。充分だった。
そして最後の日。俺は主の右手を取った。離してなるものか。親愛なる俺の主。最後までどうか、君の傍に。
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