君の幸せを願う話
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「歌仙さん」
なまえを呼んでいる。愛しいあのこが、この身体に与えられた名前を呼んでいる。
自分がどんな存在であったのか、たまに思い出せなくなる。
それでもはっきりと分かるのは、自分の本霊は数多の記憶と感情に耐えきれず、壊れてしまったということ。
帰る場所を失ったこの分霊は、本霊の影響を受け、ぐちゃぐちゃになった存在として新しい世界を彷徨っている。
政府とやらから遣わされたという人間がいつしか言っていた。
「あなた様はあの主と同じ存在にはなれません。また、付喪神にも戻れないでしょう。政府はこれまでの功績を加味し、あなた様にこの世界で生きるための環境をご提供いたします」
そうだ、主。主。愛しいあのこ。その存在を標に、自分はようやく生きていられるのだった。
自分は人間になれなかった。あのこと同じ存在になれなかった。刀にも戻れない。神格も落ち、神と人間と物の中間のような状態で生きている。人間離れした生命力の影響で、この命は他より遥かに長い時間、生き永らえてしまう。また置いて行かれるのだ。きっとあのこの最期に立ち会うことになるだろう。同じ時間の縮尺で生きることは決してできない。
「歌仙さん」
1度目で反応がなかったからだろうか、また名を呼ばれた。そう、自分は歌仙兼定という刀だった。初期刀ということで、最初に本霊に還ることになったのだ。結果はこの有様だが。
「どうしたんだい」
「いえ、特に用事は無いんですけれど。声が聞きたくて」
「そうかい。声を聞かせるついでに、何か面白い話が用意できていればよかったんだけれど、生憎今は思いつかないな……」
「良いんですよ、そんなの。普通にお話ししてくれればそれで満足です」
頬を染める主。
彼女は、僕に恋をしている。
これは断言できる。何せ、政府から僕へのプレゼントなのだから。各本丸の歌仙兼定には、一つ願いを叶える権利が与えられた。政府にできることなら何でも。そこで僕は愚かにも、主の心を願ったのだった。
最後の日、ゲートを潜ったあのとき。主の脳には「歌仙兼定への恋心」が植え付けられた。理由などなくとも、無条件で僕へ想いを寄せることになった主。最初は満足していた。主と同じ存在になれた幸運な他の刀達に、主の心まで奪われてしまったら、自分には何も残らないのだから。心くらいはもらってもいいじゃないか。そう、思っていた。
だがそれも徐々に虚しくなっていった。偽物の心を手に入れて、何が満足なのだ。結局のところ、怖かったのだ。いずれ置いて行かれることよりも、その過程で自分の存在が主の中で薄れていくことが、恐ろしかったのだ。
そんな我侭な感情で、主を縛り付けてしまった。可哀想な主。本当に好きになる相手と結ばれる可能性どころか、誰かを好きになる可能性すら奪われてしまった。
この事実は他の刀達には知らされていない。きっと彼らは各々アプローチをすることだろう。それが無意味な行為とも知らずに。いや、もしかすると主は真実の愛と言うものにいつか目覚めるのかもしれない。心から想い合う関係に行き着くのかもしれない。可能性はゼロでは無いだろう。
だがそれを許せる自分では無い。奪われてたまるか。どれだけ虚しかろうと、誰にも渡さない。辛い思いはさせない。置いても行かない。心も体も貰っていこう。そこにあるのは本当の愛情が9割と、義務感が1割。きっとこれは愚かな願いを叶えてしまった自分の贖罪。
でも、だからこそ、誰よりも何よりも大切にしよう。僕の望みは叶えられたから、次は憐れな君の望みを全て叶えよう。日々を噛みしめるように生きよう。僕が一人になる、最期の日まで。
そうして看取ったあとは、記憶のきみと共に生きて行こう。喪失感という終わらない罰を受けよう。命が続く限り心に刻まれ続けていく痛みを受け入れよう。
きっときみの笑顔を思い出す度に、この心は酷く軋むだろう。でもそれでいい。きみが許しても僕が僕を許せない。心を手に入れてしまった罰を、君自身であたえておくれ。
だからせめて願うのだ。作られた想いだとしても、それを抱くことに抵抗がありませんように。彼女の最期に思い起こされる記憶が、美しいものでありますように。
どうか彼女が幸せでありますように。
なまえを呼んでいる。愛しいあのこが、この身体に与えられた名前を呼んでいる。
自分がどんな存在であったのか、たまに思い出せなくなる。
それでもはっきりと分かるのは、自分の本霊は数多の記憶と感情に耐えきれず、壊れてしまったということ。
帰る場所を失ったこの分霊は、本霊の影響を受け、ぐちゃぐちゃになった存在として新しい世界を彷徨っている。
政府とやらから遣わされたという人間がいつしか言っていた。
「あなた様はあの主と同じ存在にはなれません。また、付喪神にも戻れないでしょう。政府はこれまでの功績を加味し、あなた様にこの世界で生きるための環境をご提供いたします」
そうだ、主。主。愛しいあのこ。その存在を標に、自分はようやく生きていられるのだった。
自分は人間になれなかった。あのこと同じ存在になれなかった。刀にも戻れない。神格も落ち、神と人間と物の中間のような状態で生きている。人間離れした生命力の影響で、この命は他より遥かに長い時間、生き永らえてしまう。また置いて行かれるのだ。きっとあのこの最期に立ち会うことになるだろう。同じ時間の縮尺で生きることは決してできない。
「歌仙さん」
1度目で反応がなかったからだろうか、また名を呼ばれた。そう、自分は歌仙兼定という刀だった。初期刀ということで、最初に本霊に還ることになったのだ。結果はこの有様だが。
「どうしたんだい」
「いえ、特に用事は無いんですけれど。声が聞きたくて」
「そうかい。声を聞かせるついでに、何か面白い話が用意できていればよかったんだけれど、生憎今は思いつかないな……」
「良いんですよ、そんなの。普通にお話ししてくれればそれで満足です」
頬を染める主。
彼女は、僕に恋をしている。
これは断言できる。何せ、政府から僕へのプレゼントなのだから。各本丸の歌仙兼定には、一つ願いを叶える権利が与えられた。政府にできることなら何でも。そこで僕は愚かにも、主の心を願ったのだった。
最後の日、ゲートを潜ったあのとき。主の脳には「歌仙兼定への恋心」が植え付けられた。理由などなくとも、無条件で僕へ想いを寄せることになった主。最初は満足していた。主と同じ存在になれた幸運な他の刀達に、主の心まで奪われてしまったら、自分には何も残らないのだから。心くらいはもらってもいいじゃないか。そう、思っていた。
だがそれも徐々に虚しくなっていった。偽物の心を手に入れて、何が満足なのだ。結局のところ、怖かったのだ。いずれ置いて行かれることよりも、その過程で自分の存在が主の中で薄れていくことが、恐ろしかったのだ。
そんな我侭な感情で、主を縛り付けてしまった。可哀想な主。本当に好きになる相手と結ばれる可能性どころか、誰かを好きになる可能性すら奪われてしまった。
この事実は他の刀達には知らされていない。きっと彼らは各々アプローチをすることだろう。それが無意味な行為とも知らずに。いや、もしかすると主は真実の愛と言うものにいつか目覚めるのかもしれない。心から想い合う関係に行き着くのかもしれない。可能性はゼロでは無いだろう。
だがそれを許せる自分では無い。奪われてたまるか。どれだけ虚しかろうと、誰にも渡さない。辛い思いはさせない。置いても行かない。心も体も貰っていこう。そこにあるのは本当の愛情が9割と、義務感が1割。きっとこれは愚かな願いを叶えてしまった自分の贖罪。
でも、だからこそ、誰よりも何よりも大切にしよう。僕の望みは叶えられたから、次は憐れな君の望みを全て叶えよう。日々を噛みしめるように生きよう。僕が一人になる、最期の日まで。
そうして看取ったあとは、記憶のきみと共に生きて行こう。喪失感という終わらない罰を受けよう。命が続く限り心に刻まれ続けていく痛みを受け入れよう。
きっときみの笑顔を思い出す度に、この心は酷く軋むだろう。でもそれでいい。きみが許しても僕が僕を許せない。心を手に入れてしまった罰を、君自身であたえておくれ。
だからせめて願うのだ。作られた想いだとしても、それを抱くことに抵抗がありませんように。彼女の最期に思い起こされる記憶が、美しいものでありますように。
どうか彼女が幸せでありますように。
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