君の幸せを願う話
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あの日から、時計の秒針は止まったままだ。もう進むことも、戻ることもないだろう。
壊れてしまった時計。いや、壊してしまった時計だ。
あのとき、引き止めておけばよかった。みっともなく泣いて、行かないでと縋れば良かったのだ。
それが許される立場ではなかったが、彼女ならきっと許してくれた。立ち止まって振り返ってくれた。主はそういう人だった。
結局、主への感謝も何もかも、伝えられないままだった。未だに胸のうちに燻っているこの靄は、日に日に大きく育っていく。
主の居場所は突き止めていた。偵察力の高い弟たちが、協力してくれたのだ。
あの幸せな空間で永遠に過ごせれば良かったのに。手放してしまってからでは遅いではないか。今や私達は無力な一人の人間だ。
それでも、まだ全て終わったわけではない。永遠は無理でも、限りある時間を囲いこむことは可能だった。主は子供が好きだから、きっとまた私達のもとへ来てくださる。そうなれば弟たちも喜ぶだろう。そのときは、二度と手放さないようにしよう。外堀から少しづつ埋めていこう。結果的に主が傍にいてくれるように。幸い、頭数は他よりも飛び抜けて揃っている。しかもそれぞれが優秀だ。
「粟田口さん?粟田口さーん」
「はい、ここにおります」
自分は幸運だった。何せ、主と同じ職場に就職できたのだから。上下の関係は以前と変わってしまったが、これも悪くはない。大切なのは傍にいるということだけだ。
「これ、次の会議の資料です。前回のものに一部変更があったようで、そこが修正されたものになります」
「ありがとうございます。確かにお預かりしました」
主に敬語を使われるのはいつぶりだろう。彼女が私を顕現したあの日以来だろうか。
2振り目の所謂“レア枠”として顕現した私に、彼女は当時の近侍と肩を抱き合って喜んでいた。
顕現したというだけでそれだけの評価をいただけることに戸惑いを感じつつも、少し誇らしい気持ちも持ち合わせていた。
そこからは、長いようで短かった。多くの困難を乗り越えた。数多の戦場を駆け抜けた。食事だって行楽だって、人の身を得る前にはできなかったことだってたくさんした。
そして最後の時を迎えた。
私はどこか勘違いしていたのだ。この幸せな時間がずっと続くのだと。もっともっと戦績をあげて、さらなる高みへ。新しい仲間だって増える。そうしたら本丸がやや手狭になるけれど、それでもその窮屈さがどこか心地よくて。兄弟たちは多くの名刀との出会いに、触れ合いに喜んで。
よく考えればそんなことはあり得なかったはずなのに。終戦を迎えれば自分たちの役目は終わり。尻拭いを終えたら、また物言わぬ鉄に戻るだけ。本霊はそういう約束をしたはずなのに。
幸福を自ら削っていっていたのだから、とんだ笑い話だ。
だがそれでも良かったのだろう。戦を終えることが主を含めた人の子の望みだったのだから。
それにこうして、偽りの記憶とはいえ、自分を覚えていてくれる存在がいるのだから。
「ミョウジさん」
主従の関係では、人と神の関係では絶対に呼ぶことができなかったその名を呼ぶ。
「どうしました?……粟田口さん?」
主が苗字で呼ばせてくれることが嬉しくて、ついこうして意味もなく呼んでしまう。
「すみません。何でもありません」
そうはぐらかせば、主は決まって心配そうな顔をするのだ。
「もう、何かあったら遠慮なく言ってくださいね。私、部下としてできることはちゃんとしますから」
「そうですね。信頼しております」
いつか、いつか。遠い先の未来でも。あなたの名前を気兼ねなく呼べる日が来ますように。
壊れてしまった時計。いや、壊してしまった時計だ。
あのとき、引き止めておけばよかった。みっともなく泣いて、行かないでと縋れば良かったのだ。
それが許される立場ではなかったが、彼女ならきっと許してくれた。立ち止まって振り返ってくれた。主はそういう人だった。
結局、主への感謝も何もかも、伝えられないままだった。未だに胸のうちに燻っているこの靄は、日に日に大きく育っていく。
主の居場所は突き止めていた。偵察力の高い弟たちが、協力してくれたのだ。
あの幸せな空間で永遠に過ごせれば良かったのに。手放してしまってからでは遅いではないか。今や私達は無力な一人の人間だ。
それでも、まだ全て終わったわけではない。永遠は無理でも、限りある時間を囲いこむことは可能だった。主は子供が好きだから、きっとまた私達のもとへ来てくださる。そうなれば弟たちも喜ぶだろう。そのときは、二度と手放さないようにしよう。外堀から少しづつ埋めていこう。結果的に主が傍にいてくれるように。幸い、頭数は他よりも飛び抜けて揃っている。しかもそれぞれが優秀だ。
「粟田口さん?粟田口さーん」
「はい、ここにおります」
自分は幸運だった。何せ、主と同じ職場に就職できたのだから。上下の関係は以前と変わってしまったが、これも悪くはない。大切なのは傍にいるということだけだ。
「これ、次の会議の資料です。前回のものに一部変更があったようで、そこが修正されたものになります」
「ありがとうございます。確かにお預かりしました」
主に敬語を使われるのはいつぶりだろう。彼女が私を顕現したあの日以来だろうか。
2振り目の所謂“レア枠”として顕現した私に、彼女は当時の近侍と肩を抱き合って喜んでいた。
顕現したというだけでそれだけの評価をいただけることに戸惑いを感じつつも、少し誇らしい気持ちも持ち合わせていた。
そこからは、長いようで短かった。多くの困難を乗り越えた。数多の戦場を駆け抜けた。食事だって行楽だって、人の身を得る前にはできなかったことだってたくさんした。
そして最後の時を迎えた。
私はどこか勘違いしていたのだ。この幸せな時間がずっと続くのだと。もっともっと戦績をあげて、さらなる高みへ。新しい仲間だって増える。そうしたら本丸がやや手狭になるけれど、それでもその窮屈さがどこか心地よくて。兄弟たちは多くの名刀との出会いに、触れ合いに喜んで。
よく考えればそんなことはあり得なかったはずなのに。終戦を迎えれば自分たちの役目は終わり。尻拭いを終えたら、また物言わぬ鉄に戻るだけ。本霊はそういう約束をしたはずなのに。
幸福を自ら削っていっていたのだから、とんだ笑い話だ。
だがそれでも良かったのだろう。戦を終えることが主を含めた人の子の望みだったのだから。
それにこうして、偽りの記憶とはいえ、自分を覚えていてくれる存在がいるのだから。
「ミョウジさん」
主従の関係では、人と神の関係では絶対に呼ぶことができなかったその名を呼ぶ。
「どうしました?……粟田口さん?」
主が苗字で呼ばせてくれることが嬉しくて、ついこうして意味もなく呼んでしまう。
「すみません。何でもありません」
そうはぐらかせば、主は決まって心配そうな顔をするのだ。
「もう、何かあったら遠慮なく言ってくださいね。私、部下としてできることはちゃんとしますから」
「そうですね。信頼しております」
いつか、いつか。遠い先の未来でも。あなたの名前を気兼ねなく呼べる日が来ますように。