君の幸せを願う話
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西暦2XXX年、全ての歴史修正主義者は全て打倒され、長きに渡った戦いは終わった。
その戦争の最前線で戦っていた審神者は、その戦争に関する一切の記憶を消されることが決定した。
記憶の中には、もちろん刀剣男士も含まれる。刀剣そのものの記憶が消される訳ではなく、刀剣男士としての彼らの記憶が消されるだけ。戦争中の審神者の記憶は、別のものにすり替えられる。これは歴史修正主義者を生み出さないようにするための措置であった。
ただ人が願うだけでは歴史は変えられない。それは時の政府がひた隠していた、時間遡行軍の成り立ちの秘密。それがついに審神者に明かされたのだ。大方、これについての記憶は消されるのだろう。「人の嘆きを見かねた神様の仕業」というのが、この戦いの原因の、最終的な答えだった。
人が過去を清算したいと思うのはおかしなことか。神が人を救いたいと思うのはおかしなことか。否。どちらも当たり前の事象だった。その二つが偶然に、どちらも実現されてしまった結果が「時間遡行軍」の誕生だった。では人が願ったのがいけなかったのか。神が存在したのがいけなかったのか。卵が先か、鶏が先か、というような、終わりのない問ではあるが。
さて、ではその神様はどうしたか。
一人の人間に手を差し伸べた結果、多くの人の命が奪われた。神を裁く法などこの世にはあらず、また、神に人の倫理は通用しない。しかし、「多くの人間が悲しんだ」という事実は、神の心を動かすに十分だった。歴史を変えた神は、自らがその抑止力となるべく働いたのだ。もう分かるだろう。これこそが刀剣男士の誕生秘話。彼らの正体は罪を償うべく現界した神様なのだ。つまり彼らは自分の尻拭いをしていただけ。だが、その尻拭いは、神にとって珍しい行為だったことも明かしておこう。基本的に自由奔放で、欲のままに生きる彼らが、人間の倫理観に従い、自制しつつ過ごすというのは、かなり珍しいできごとだった。
それは審神者には知らされない、重要機密であった。しかし中には勘付いていた審神者もいたことだろう。何せ、遡行軍の姿は彼らに酷似している。
本霊は分霊を人間に貸し与えることで罪を償う。それはそうだ。彼らが生み出してしまった遡行軍の種はすぐさま成長し、次の遡行軍を生み出す。更に悪いことに、それぞれが自我を得た分霊の中には、遡行軍に堕ちるものもあった。気づけば、数十体の本霊だけでは対処しきれない数になっていた。分霊が生まれれば、その中の一定数はほぼ確実に敵に堕ちる。母数が多いほどその数も多くなる。いたちごっこかと思われた戦いだったが、審神者と刀剣男士の努力によってついに終幕を迎えた。
終戦の後、分霊は本霊に還ることになっていた。もともとは神の一部。人間はそれを貸されていたに過ぎなかったため、当然のことだった。しかしここで問題が発生する。自我を持ち、それぞれが記憶と感情を積み重ねてきた分霊が本霊に戻った瞬間、本霊はその重さに耐えられなくなった。それはそうだ。それぞれが人として生き、人としての価値観、感情、記憶を得てきたのだ。それが一斉に一つに収束した。耐えられるはずがなかった。
結果、その神は神格を失い、神ですらない何かになってしまった。
それを恐ろしく感じた時の政府は、その権限を存分に活用し、審神者を現世に返す際に、平行世界を利用した。審神者は一人につき一つの世界へ帰還した。そして、二度と時間遡行軍などという忌々しいものが現れないよう、刀剣男士から神格を奪った上で、仕えた審神者の生きる世界へ帰した。
帰された審神者は、彼らとともに、とある企業で働いていたという記憶を植え付けられている。
これは本霊からの指示であった。「我らの記憶を消してくれるな」そう言われてしまえば、人間に拒否権など有るはずもなく、大人しく従うしかなかった。
そして今日も、一人の審神者が、現世へ帰る。
帰るためのゲートを一瞥し、刀剣男士の皆を見る。
「皆、今までありがとう。あなた達と共に戦えて、共に生きられて、本当に良かった。私の記憶は消されちゃうけど、あなた達を忘れるわけじゃない。気が向いたら、会いに来てくれると嬉しいな」
そう言って、ゲートへ向き直る。
彼らは口を開かない。振り向かなくても分かる。彼らの目は悲しみで満ちている。
これをくぐれば、私は審神者としての記憶を失う。血みどろになって戦った彼らも、ご飯粒まみれになって食事をしていた彼らも、泥まみれになって畑仕事をしていた彼らも、全て忘れてしまう。
あとに残るのは、彼らの姿をした何かと共に、大手企業で働いた、という偽物の記憶だけ。
悲しいか、と聞かれたら、そうでもない。ただ、寂しいか、と聞かれたら、素直に頷くだろう。
彼らは私を忘れない。だが、私は彼らを忘れてしまう。私だけが、仲間はずれになるのだ。これはとても寂しいことだった。
私も彼らも、お互いの中で相手の存在が大きくなりすぎた。手放したくないのは皆一緒。それでも、歴史を守るため、人の世を守るため、そして彼らを守るためには、宝物を握りしめたままではいけない。あるべきものを有るべき場所へ再配置しなくては。ああでも、やはりそれは辛く、寂しいことだった。
だが、私一人がごちゃごちゃと言ったところで何も変わらない。これは神様と政府の決定。振り向いてはいけない。彼らも私もお互いを止めてはいけない。それが最良の選択。
「それじゃあ、みんな、またね」
そう言って私は、冷たい世界へ続くゲートに飛び込んだ。
✻✻✻✻✻
「皆、今までありがとう。あなた達と共に戦えて、共に生きられて、本当に良かった。私の記憶は消されちゃうけど、あなた達を忘れるわけじゃない。気が向いたら、会いに来てくれると嬉しいな」
そう言って主はゲートの方を向いた。
僕らは誰一人、口を開かない。皆、悲しい顔をしていた。当たり前だ。僕達の主がいなくなる。この戦いの記憶を持っているのは僕らだけ。自分で撒いた種とはいえ、それの回収までの道のりは、何にも代えがたい、大切なものになった。人の身の脆さ、感情。いろいろなことを学んだ。
行かないで。
そう言えたら、どれだけいいか。
行かないで。僕達を忘れないで。おいて行かないで。
その願いが叶えられないことは、僕達が一番良く知っている。二度と悲劇を繰り返さないよう、僕達が決めたこと。本霊の決定。僕らはそれを覆せない。
でも主。種を撒いたのは僕達だけど、僕達じゃない。あなたの刀剣男士は、そんなことしない。
そんなことを言ったら彼女は笑うだろう。「知ってるよ」そう言って笑って、頭を撫でてくれる。ああ、そう言えば良かったんだ。今更そんなこと思ったって、遅いけど。
「それじゃあ、みんな、またね」
振り向かないで。僕らの気が変わらないように。あなたが幸せになれるように。
彼女はゲートへ飲み込まれて行った。あとに残ったのは、成す術なく、恨めしげにゲートを見つめる僕らだけ。
ああ、最後まで、大好きだって、言えなかったなぁ。