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今日も大阪城の脳死周回をキメている。
敵を屠り、屠り、弁当を食い、また屠る。その繰り返しだ。もはや敵が敵に見えない。ゴミ掃除でもしている気分である。
今月、我が本丸に課せられたノルマは大阪城の攻略。このくそ緊迫した状況下で穴掘りをさせるとは、政府は余程審神者をいじめたいらしい。まじで勘弁してほしい。
また、今月中に刀剣男子を一振り以上修行に出すことも義務付けられたため、練度上げを兼ねて大阪城を巡っているのだ。
最初は手探り状態だった政府も、ある程度審神者の限界を学ぶと、それを超えないギリギリのラインでノルマを課してくるようになった。絶許。
そのノルマを超えるために残業を続ける毎日。出陣のノルマはなんとかこなせるが、その後処理の書類がとても面倒だった。刀剣男士たちが手伝うと言ってくれても、政府からは戦闘以外のことはなるべくさせないようにとの言伝があるため、一人で大量の書類を捌くしかない毎日だ。
ノルマが課され始めてからはろくに睡眠が取れていない。政府曰く『複数の部隊を編成し上手いこと回せば刀剣男士の疲労は溜まらないだろう』とのことたが、ちょっと待ってほしい。審神者はどのタイミングで休めばいいんだろうか。教えて政府。ちなみに今日で三徹目だ。本日三本目のエナジードリンクにそろそろ体がダメになりそうだが、めちゃめちゃ死にそうだが、そんなことを言っている暇はない。私は何としてもこの書類を終わらせなければいけない。よって、死んでいる暇などない。
よし、と気合を入れ直してペンを握りしめる。
しかし気合を入れすぎたのか、私の体は前方へグラリと倒れ、力が入らなくなった。
床に落ちたペンがカラカラと虚しい音を立てて転がった。
そして暗転。私の意識は途絶えた。
目覚めるとそこは寝室だった。側いにた社畜同盟の長谷部に話を聞くと、どうやら働きすぎで倒れたらしい。
その時私は思った。
あ、もう審神者辞めよう。と。
そんなこんなで新しい職を探したけど、これがなかなか見つからない。それまではなんとか貯金でやり繰りしなくてはいけない訳が、お金に関しては何の問題も無い。ありがたいことに、審神者という仕事はお給料だけはよかった。ただ、忙しすぎて使う暇が無いため、貯まっていく一方だったのだ。金はあるが時間はない、というのをまさか生きているうちに体験することになるとは。人生何があるか分からないものである。
しかし、何もしないというのはこんなにも暇なものだったのか。何もしないということに慣れていないので、どうして良いのか分からない。そしてなかなか職も見つからない。
どうしようかと途方に暮れて、なんとはなしにフラフラと人気のない小道へと入って行くと、突然目の前の空間が歪み出した。
私はそれに見覚えがあった。最近だと、大阪城地下で嫌というほど見たもの。
これは、時間遡行軍が出てくるときに見えるものだ。ああ、せっかく審神者を辞めたのに、それでも私はこれに苛まれるのか。何だ、運命の赤い糸でもついているのか。
ああ、最早これまでか。クソほども充実しない、クソのような人生だったな。次はどうか、幸せに溢れた楽しい人生でありますように。
ここは小道で、とてもじゃないが大太刀や薙刀が動けるようなところではない。それじゃあ、私はきっと短刀にでもやられるんだろう。まあ私は戦闘能力がゼロなので、大太刀や薙刀が出てきてもかんたんにやられてしまうと思うのだが。
私の最後を想像しながら時空の歪みを見つめていると、なんとそこから出てきたのは短刀でも大太刀でもなく、私と同じ、人だった。
スラリとした手足に、整った顔立ち。どこへ行っても『美人』という評価を受けるであろうその人は、私を見るとその綺麗な顔でニコリと微笑んだ。
「あなたをスカウトに参りました。時間遡行軍、人事課の夕顔と申します」
「は?」
「ああ、突然出てきてしまって申し訳ありません。ですが、少々お時間を頂けますか?まあ、お返事は聞いてないんですけれど」
そう言うと、目の前の美人はありえないくらいの力で私の腕を引き、時空の歪みへと引きずり込んだ。
「ここが時間遡行軍武蔵国基地人事課になります。それでは、こちらへどうぞ」
そこはまあ、普通のオフィスだった。言われなければここが時間遡行軍の基地だなんて分からないだろう。
「時間遡行軍に人事課とかあるんですね」
あまりの出来事にかえって冷静になった私は、どこか他人事のように自分を見ていた。
「ええ、歴史修正主義者の種を育てる大切なお仕事ですので、かなり責任のある部署になります。大変ですが、やりがいがありますよ」
「そうですか」
無駄に無駄のない動作ですっと椅子に座った彼女、夕顔さんは、ニコニコとこちらを見てくる。
「で、どうですか。一緒に戦いませんか?」
「どうせブラックなんでしょう」
その言葉に、夕顔さんは首を傾げた。
「ブラック、と言いますと?」
「業務内容、どうせキツイんでしょう?どの程度サビ残が必要ですか?眠気覚ましのガムや栄養ドリンクは経費で落ちますか?基地内にシャワールームはありますか?仮眠室もあると尚良しなのでは?まあ私はそんなところでは働きませんが」
そう一方的に私が捲し立てると、あらあら、ふふふ、と言って笑いだした。
「残業という概念は事務職でない限りは無いですね。活動に必要なものなら経費で落ちます。シャワールームも仮眠室もありますよ。清潔さと健康は大切ですから。そうですね、基本的には一ヶ月に一度出陣していただければ大丈夫です。我々は時の政府とは違って、かなり自由な遣り方をしていますから。各々、変えたい時代、時間に飛んで頂きます。もちろん一人では難しいので、二人以上の部隊で行くのが望ましいですね」
「えっ、今何て」
「二人以上の部隊で行くのが望ましいですね?」
「いやもっと前」
「一ヶ月に一度出陣していただければ」
「まじかよ」
「まじです。ああ、一度と言っても、一週間ほどかかる場合がほとんどですけど」
「それはそうでしょうけど……。あっ、お給料が少ないとかそんな感じですか?」
「基本的に生活に必要なものはこちらで揃えますからご安心を。給料の方は月給制ですが、出陣の回数に応じてボーナスが出ますよ。もちろん月一での出陣でも普通に暮らしていけます。目安としては、審神者の初任給ほどですね」
「ヒエッ」
時間遡行軍が月給制だったことにも驚きだが、その額にも驚いた。
「審神者の初任給って、あの、えっ? 一般的なサラリーマン二人分のことですか?」
「ええ、おおよそそのくらいですね」
何故そんなにもらえるのだろう、と思っていると、どうやら顔に出ていたようで「ふふ、私達も色々してるんですよ」と濁されてしまった。
しかし、条件が良すぎてこちらは大満足だ。
「私頑張ります」
「あら、いい笑顔」
お休みも貰えるし、お給料も貰える。なんて充実したところなんだろう。ここが天国か。
「ああ、それと、出陣先で怪我をしてしまうことがあると思いますが、その際はどうぞ医療班にお声掛けください。基本的に、出陣先で負ってしまった怪我であれば、無償で対応いたします。住んでいるところでトラブルになった際は民事部にどうぞ。こちらも全額軍の負担です」
「あああ社会保障付かよ最高」
「謂わば社会のあぶれ者の集まりですからね、皆が頼れる場所がないと。そのために私たちがいますから」
「ホワイトすぎませんかあなた達」
「時の政府がブラックなのですよ。以前私も努めておりましたが、あれは酷い」
「えっ、もしかして審神者だったり」
「ああいえ、本部で審神者の担当者を派遣する部署におりました」
「担当さん、ですか」
「ええ。あなたのところにもいたでしょう?」
「はい。あのクソ眼鏡のことですね。私にありえない量の書類を手渡してさっそうと帰っていくあのド腐れ眼鏡野郎のことですね」
「政府も腐敗が進みましたね」
「全くですよ。こっちがその大量の書類を必死に捌いている間に、あのクソ眼鏡は恋人と旅行なんぞをしていたらしくて」
「早く無くなるといいですね、時の政府」
「いやあまあ、良い人は残ってて頂いて大丈夫なんですけど」
「……、政府は、戦争が終わったあと、審神者をどうするかご存知ですか」
「?」
「知らないんですね。当たり前です。常に秘匿されていますから。審神者という存在は、戦争が終われば全て消されるんです」
「え」
「審神者と刀剣男士は、誰よりも多くの過去を見る者たち。深入りすればするほど、ほんの些細な悲劇にすら情を移すようになる。すなわち歴史修正主義者の卵。政府に務める者たちは皆知っていますよ。それを知っていて尚、政府は貴方方に戦争を手伝わせているんですよ」
「……クソすぎん?」
「ええまったく」
ですから、と夕顔さんは気の強そうな目でこちらをじっと見つめる。
「共に歴史を変えませんか。あなたも、あなたの刀剣男士も、どちらも政府に殺されることのない未来を、作りませんか」
その目は真剣だった。しかし私に何かを重ねているように見える。
それは彼女自身かもしれないし、親しい誰かかもしれない。
そういえば、彼女はどんな歴史を変えたいのだろうか。
いや、会っていきなり詮索するのは良くないことだ。時が来ればきっと分かるだろう。知らなくてもいいことだろうけど。
「私達時間遡行軍は犯罪者と言えど、目指すものは理想とする社会。ですから、私達は何より理想的な場所で生きるべき。これはそのほんの一端。まだまだ政府に邪魔されてできないことがたくさんありますが、これから頑張れば、より良い社会が実現するはずです。ともに、戦ってください」
「ハイ喜んでー!」
「ありがとうございます。それでは、あなたにささやかですが、サプライズがございます」
その台詞が終わるやいなや、バン! と雑に開かれた扉の先にいたのは
「あるじぃ!! 会いたかったよぉ!」
「きよ、みつ」
可愛い可愛い、私の初期刀だった。その後ろには本丸の皆が見える。
「寂しかったよ」「水臭いじゃん。相談してよ」「迎えに来ていただけないのなら、こちらから行くまでです」「どこまでもついていきますよ」
そうしてみんな口々に「付いて行く」と言うのだ。
私達はどこまでも一緒なのだ。その道が悪であれ善であれ、真っ直ぐであれば、きっと彼らは私を捨てないし、私もまた彼らを捨てることはないのだろう。
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