秋田藤四郎
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短刀は精神が身体に引っ張られやすいらしく、見た目相応の趣味を持つことが多い。中でも秋田藤四郎はその影響が顕著だった。
鬼ごっこにかくれんぼ、かけっこを楽しむし、「主君、これをよんでください」と本を持ってくることも多い。
私はそんな秋田に読み聞かせをするのが嫌いではなかった。秋田が近侍の日は、決まって寝る前に読み聞かせや朗読をする。
今日も秋田は執務室の扉を叩き、読んでください、と数冊の本を携えてやって来た。
私は「一冊だけなら良いよ」と返事をし、仕事を一旦切り上げた。それからコップを2つ出してそれぞれに冷蔵庫から取り出した麦茶を注ぎ、それを持つと庭に面した窓の近くのソファに座った。
ミニテーブルに麦茶を2つ置き、おいで、と秋田に手招きをする。
読み聞かせをするとき、秋田はいつも私の膝の上に座る。
その方が私も読みやすいし、秋田も見やすいだろう、と思っての提案だったが、なかなかに好評だったようでいつの間にかこれが普通になっていた。
先日変えたばかりの夏の景趣は、日本特有のジメジメとした、嫌な暑さを見事に再現している。開け放った窓からは生温い風が申し訳程度に入ってきて頬を撫でるが全く涼しさを感じられない。
二人でくっついていては汗まみれになってしまうので、空調機を稼働させる。
外では蝉が鳴いていた。
「暑いね、秋田」
「そうですね、皆、よほどの事が無ければ外に出ようとしませんよ」
刀剣と言えども人の身体を得ているので、彼らも暑さや寒さを感じようだ。
「それはそれは…。景趣を変えれば良いだけの話なんだろうけど、何だか一年中同じってのも嫌だしなぁ。もうしばらく我慢してもらうことになっちゃうなぁ。」
自分勝手な理由で不快な環境にいることを強要してしまっていて、少し罪悪感に襲われた。
そんな私の心境を察したのかは分からないが、天使のようにふわっと笑って
「心配なのは主君です。僕らは刀剣ですから暑さで死ぬことはありませんが、人はそうではないんですよね。お体に気をつけてくださいね」
と私の心配をしてくれた。
「ありがとう。こまめに水分を取るようにするよ」
自分だって不快だろうに、私を心配してくれるこの子たちを大切にしようと改めて思わされた。
考え事をする私をよそに、秋田はキラキラとした目をして、持ってきた本の中から一冊を取る。
「そうだ、今日のお話は、熱い日にピッタリな海のお話にしましょう!」
それは、私も何度か見たことのある題名だった。
「浦島太郎かぁ。懐かしいなぁ」
「主君も読んだことがあるんですか?」
「うん。小さい頃によく読んだよ」
正直、秋田くらいの見た目の頃にはもう読まなくなっていたが、人になって日の浅い彼らには、推奨年齢など関係ないのだろう。
そもそも彼らは何百年と時を経て、様々な事象を経験し、今では神となって降りている存在だ。人間の価値観でものを言うことがそもそも違う気がしてきた。
「主君の小さい頃ですか…。きっと、今と同じ位可愛らしかったんでしょうね!」
上司をシッカリ上げることを忘れない。この子は現代社会に出ても十分すぎるほどやっていけそうだ。
「やだなぁ、今も昔も可愛らしくなんてないよ。さ、読もうか」
内容は、私の知っているものと変わらなかった。久しぶりに読んだ昔話だが、感想は子供の頃と変わらず「乙姫様はなんて酷いんだ」だった。
「…おしまい」
ふぅ、と息をついて麦茶を一口飲む
秋田も私に続いて、こくり、と喉を鳴らして麦茶をのんだ。そしてコップを置いて、口を開いた。
「僕、このお話大好きなんです」
大事そうに本を抱える秋田は、本当に好きなんだな、と分かる雰囲気をしている。
「そうなの?そういえば、よく読んでいる絵本はコレだったの?」
「はい。好きなお話なので、何度も読み返しちゃうんです」
神様なのに、とっても人間らしいところがあって妙に親近感が湧いてしまう。
「あー、分かるよ。私も、好きなものはたくさん買っちゃったり、読んだり、見たりするから。秋田は、このお話のどんな所が好きなの?」
きっと亀に竜宮城へ連れて行ってもらうところだろうと予想していたが、それは見事にはずれてしまった。
「竜宮城で過ごしている間は、浦島太郎は歳を取らないところです」
予想外すぎて頭がついていけなくなりそうだった。
「歳を取らない?時間の過ぎるのが遅いんじゃなくて?」
これは僕の考えなんですけど、と言って楽しそうに話し始める。
「僕は、竜宮城は特別な、現世とは違う世界だから浦島太郎は歳を取らなかったと思うんです。それで、現世で過ごしていたらおじいちゃんになってしまうような時を過ごしても、気づけなかったんです」
「浦島太郎が現世に帰っても、彼を知っている人がいないと分かっていて、音姫様は玉手箱を渡しだと思うんです」
「でも、僕だったら絶対玉手箱なんて渡さないのになぁ。浦島太郎が帰ってきてくれるかもしれないのに、なんでわざわざ玉手箱なんてあげちゃったんだろう」
そこまで聞いて、ああ、やはりこの子は神様なんだ、と思い知らされた。近所の子供のような扱いをしていたが、彼はれっきとした神様で、刀だった。人間とは違う考え方を持っていることをすっかり忘れていた。
頭が混乱していて、どう返事をすれば良いのか分からない。それでも何とか、言葉を絞り出した。
「……、乙姫様は優しかったから、浦島太郎を可哀想に思ったんだろうね」
考えたこともなかったくせに、言葉はしっかり口から出てきた。
「うーん、何だか意外と難しい話ですね。主君がもし浦島太郎だったら、現世に帰ったあとどうしますか?」
私が浦島太郎だったら、というのは何度か考えたことがあった。昔から、物語の主人公になりきっては、自分だったらどうするかを考えて楽しんでいたものだ。
「そうだなぁ、多分、知っている人のいる海へ戻りたくなるだろうね。寂しいのは、苦手だから」
だから、これは嘘でも何でもない、本心だった。
秋田はぱあっと顔を輝かせて、嬉しそうにしていた。
「そうですよね!僕も寂しいのは嫌いです」
そうだろうな、と思った。秋田は粟田口派の中でも精神年齢が幼いほうであったし、離れ離れになっていた兄弟が一振り揃う度、嬉しそうにしていたからだ。
「じゃあもし、秋田が乙姫さまだったらどうするの?」
「うーん、僕は、きっと浦島太郎を帰しません。本当のことを教えてあげて、それでずっと一緒にいてもらいます!……だめですかね?」
やはり予想を超えてきた回答に怯みそうになるが、おずおずと顔をあげ、不安げに見つめられると、とてもダメとは言えなかった。
「いいや、それも一種の優しさとして、良いと思うよ。乙姫様も、もしかしたらそうしていたかもしれないね。」
そう言うと、秋田は夢を見るような顔で、
「ぼくも、乙姫様みたいに主君を、竜宮城へ連れて行ってあげたいなぁ!僕と主君がずっとずっと一緒にいられるなら、そこはきっとたのしいところなんでしょうね!」
と言った。
今までの秋田だったら違うのかもしれないが、今日私が再認識した、秋田藤四郎という神様が言う台詞としての「ずっと」は、裏を読まずにはいられなかった。
本人には一切そういったつもりはないのだろうが、神隠しを連想してしまい背筋が凍りそうだった。
焦りを誤魔化すために麦茶を口に含むが、味なんてろくに分からない。
そうして私が焦っているうちに、時計を見た秋田が私の膝から降りて歩き出した。
「では主君、お忙しいところありがとうございました。とっても楽しかったです」
そう言って執務室から出ていく秋田を呆然と見ることしかできなかった。
バタン、と音がして秋田が出て行ったのだと分かったとき、冷や汗が背中を伝った。
しばらくの間、蝉の鳴き声と自分の心音が頭のなかで鳴り響いていた。
鬼ごっこにかくれんぼ、かけっこを楽しむし、「主君、これをよんでください」と本を持ってくることも多い。
私はそんな秋田に読み聞かせをするのが嫌いではなかった。秋田が近侍の日は、決まって寝る前に読み聞かせや朗読をする。
今日も秋田は執務室の扉を叩き、読んでください、と数冊の本を携えてやって来た。
私は「一冊だけなら良いよ」と返事をし、仕事を一旦切り上げた。それからコップを2つ出してそれぞれに冷蔵庫から取り出した麦茶を注ぎ、それを持つと庭に面した窓の近くのソファに座った。
ミニテーブルに麦茶を2つ置き、おいで、と秋田に手招きをする。
読み聞かせをするとき、秋田はいつも私の膝の上に座る。
その方が私も読みやすいし、秋田も見やすいだろう、と思っての提案だったが、なかなかに好評だったようでいつの間にかこれが普通になっていた。
先日変えたばかりの夏の景趣は、日本特有のジメジメとした、嫌な暑さを見事に再現している。開け放った窓からは生温い風が申し訳程度に入ってきて頬を撫でるが全く涼しさを感じられない。
二人でくっついていては汗まみれになってしまうので、空調機を稼働させる。
外では蝉が鳴いていた。
「暑いね、秋田」
「そうですね、皆、よほどの事が無ければ外に出ようとしませんよ」
刀剣と言えども人の身体を得ているので、彼らも暑さや寒さを感じようだ。
「それはそれは…。景趣を変えれば良いだけの話なんだろうけど、何だか一年中同じってのも嫌だしなぁ。もうしばらく我慢してもらうことになっちゃうなぁ。」
自分勝手な理由で不快な環境にいることを強要してしまっていて、少し罪悪感に襲われた。
そんな私の心境を察したのかは分からないが、天使のようにふわっと笑って
「心配なのは主君です。僕らは刀剣ですから暑さで死ぬことはありませんが、人はそうではないんですよね。お体に気をつけてくださいね」
と私の心配をしてくれた。
「ありがとう。こまめに水分を取るようにするよ」
自分だって不快だろうに、私を心配してくれるこの子たちを大切にしようと改めて思わされた。
考え事をする私をよそに、秋田はキラキラとした目をして、持ってきた本の中から一冊を取る。
「そうだ、今日のお話は、熱い日にピッタリな海のお話にしましょう!」
それは、私も何度か見たことのある題名だった。
「浦島太郎かぁ。懐かしいなぁ」
「主君も読んだことがあるんですか?」
「うん。小さい頃によく読んだよ」
正直、秋田くらいの見た目の頃にはもう読まなくなっていたが、人になって日の浅い彼らには、推奨年齢など関係ないのだろう。
そもそも彼らは何百年と時を経て、様々な事象を経験し、今では神となって降りている存在だ。人間の価値観でものを言うことがそもそも違う気がしてきた。
「主君の小さい頃ですか…。きっと、今と同じ位可愛らしかったんでしょうね!」
上司をシッカリ上げることを忘れない。この子は現代社会に出ても十分すぎるほどやっていけそうだ。
「やだなぁ、今も昔も可愛らしくなんてないよ。さ、読もうか」
内容は、私の知っているものと変わらなかった。久しぶりに読んだ昔話だが、感想は子供の頃と変わらず「乙姫様はなんて酷いんだ」だった。
「…おしまい」
ふぅ、と息をついて麦茶を一口飲む
秋田も私に続いて、こくり、と喉を鳴らして麦茶をのんだ。そしてコップを置いて、口を開いた。
「僕、このお話大好きなんです」
大事そうに本を抱える秋田は、本当に好きなんだな、と分かる雰囲気をしている。
「そうなの?そういえば、よく読んでいる絵本はコレだったの?」
「はい。好きなお話なので、何度も読み返しちゃうんです」
神様なのに、とっても人間らしいところがあって妙に親近感が湧いてしまう。
「あー、分かるよ。私も、好きなものはたくさん買っちゃったり、読んだり、見たりするから。秋田は、このお話のどんな所が好きなの?」
きっと亀に竜宮城へ連れて行ってもらうところだろうと予想していたが、それは見事にはずれてしまった。
「竜宮城で過ごしている間は、浦島太郎は歳を取らないところです」
予想外すぎて頭がついていけなくなりそうだった。
「歳を取らない?時間の過ぎるのが遅いんじゃなくて?」
これは僕の考えなんですけど、と言って楽しそうに話し始める。
「僕は、竜宮城は特別な、現世とは違う世界だから浦島太郎は歳を取らなかったと思うんです。それで、現世で過ごしていたらおじいちゃんになってしまうような時を過ごしても、気づけなかったんです」
「浦島太郎が現世に帰っても、彼を知っている人がいないと分かっていて、音姫様は玉手箱を渡しだと思うんです」
「でも、僕だったら絶対玉手箱なんて渡さないのになぁ。浦島太郎が帰ってきてくれるかもしれないのに、なんでわざわざ玉手箱なんてあげちゃったんだろう」
そこまで聞いて、ああ、やはりこの子は神様なんだ、と思い知らされた。近所の子供のような扱いをしていたが、彼はれっきとした神様で、刀だった。人間とは違う考え方を持っていることをすっかり忘れていた。
頭が混乱していて、どう返事をすれば良いのか分からない。それでも何とか、言葉を絞り出した。
「……、乙姫様は優しかったから、浦島太郎を可哀想に思ったんだろうね」
考えたこともなかったくせに、言葉はしっかり口から出てきた。
「うーん、何だか意外と難しい話ですね。主君がもし浦島太郎だったら、現世に帰ったあとどうしますか?」
私が浦島太郎だったら、というのは何度か考えたことがあった。昔から、物語の主人公になりきっては、自分だったらどうするかを考えて楽しんでいたものだ。
「そうだなぁ、多分、知っている人のいる海へ戻りたくなるだろうね。寂しいのは、苦手だから」
だから、これは嘘でも何でもない、本心だった。
秋田はぱあっと顔を輝かせて、嬉しそうにしていた。
「そうですよね!僕も寂しいのは嫌いです」
そうだろうな、と思った。秋田は粟田口派の中でも精神年齢が幼いほうであったし、離れ離れになっていた兄弟が一振り揃う度、嬉しそうにしていたからだ。
「じゃあもし、秋田が乙姫さまだったらどうするの?」
「うーん、僕は、きっと浦島太郎を帰しません。本当のことを教えてあげて、それでずっと一緒にいてもらいます!……だめですかね?」
やはり予想を超えてきた回答に怯みそうになるが、おずおずと顔をあげ、不安げに見つめられると、とてもダメとは言えなかった。
「いいや、それも一種の優しさとして、良いと思うよ。乙姫様も、もしかしたらそうしていたかもしれないね。」
そう言うと、秋田は夢を見るような顔で、
「ぼくも、乙姫様みたいに主君を、竜宮城へ連れて行ってあげたいなぁ!僕と主君がずっとずっと一緒にいられるなら、そこはきっとたのしいところなんでしょうね!」
と言った。
今までの秋田だったら違うのかもしれないが、今日私が再認識した、秋田藤四郎という神様が言う台詞としての「ずっと」は、裏を読まずにはいられなかった。
本人には一切そういったつもりはないのだろうが、神隠しを連想してしまい背筋が凍りそうだった。
焦りを誤魔化すために麦茶を口に含むが、味なんてろくに分からない。
そうして私が焦っているうちに、時計を見た秋田が私の膝から降りて歩き出した。
「では主君、お忙しいところありがとうございました。とっても楽しかったです」
そう言って執務室から出ていく秋田を呆然と見ることしかできなかった。
バタン、と音がして秋田が出て行ったのだと分かったとき、冷や汗が背中を伝った。
しばらくの間、蝉の鳴き声と自分の心音が頭のなかで鳴り響いていた。
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