山姥切国広
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となりの芝生ほど、青く見えるものである。
例えば、本心からではないにしても。一度口から出てしまった言葉は、決して取り消すことはできない。
例えば、それを言った者と聞いた者とで解釈が異なろうと、説明しなければ分からない。
もし、それを聞いた誰かが酷く傷付いて、もしもその誰かが神様だったとしたら。
どうなると、思いますか。
✻✻✻✻✻
鳥の囀りで目を覚ました。時計を見ると、なんと寝坊している。
「やばい、とうらぶやったまま寝落ちしちゃったんだ。早く準備しないと」
スマホを起動させ、やりっぱなしのゲームを落としたい気持ちはあるが、何せ時間が無い。学校に行ってからどうにかしよう。そう思い、急いで準備を始めた。大丈夫、マッハで用意すればなんとかなる。
昨日自分が寝落ちするまでの経緯を振り返って見ることにした。
そうだ、昨日は確か、近所に住む友人と、通話をしながらとうらぶの話で盛り上がっていたのだ。
彼女の初期刀歌仙兼定で、私の初期刀は山姥切国広。彼女は自分の初期刀を溺愛しており、私もまたそうだった。
それぞれの初期刀の自慢話をしていると、なんだが歌仙兼定のほうが可愛げがあるような気がして、つい「いいなぁ、私も初期刀を歌仙にすれば良かったなぁ」と言ってしまった。本当にそう思っているわけではない。ただなんとなく、その場のノリで言ってしまったのだ。そして通話を終えたあと、反省の意味を込めてとうらぶを開き、愛しの初期刀に会いに行ったのだ。そこまでの記憶しかないので、きっとそこで寝落ちたのだろう。
普段ならありえないほどの速さで準備を済ませたおかげで、いつも家を出る時間に間に合った。少し整髪が雑になったが、まあ良いだろう。
さあ行くぞ、と玄関のドアを開けた。
「おはよう。……まさか寝坊したのか。髪がはねているぞ」
見知った顔のイケメンが、そこにいた。
驚きすぎて声が出ない。
私が寝坊する原因となったゲーム、刀剣乱舞に出てくるキャラクターにそっくりなのだ。名前はそう、
「山姥切国広」
私が最初に選んだ刀。金髪碧眼で王子様のような見た目だが、中身はとんでもないネガティブ系男士。キノコが生えそうなレベルである。ちなみに極めたあとはポジティブになった。
「何を言っている。寝ぼけているのか。俺の名字は足利だ」
やたらとブレザーが似合う彼は、そういえば戦装束を纏っていない。完全に男子高校生である。
そうか、これは夢か。夢ならば、好き放題やっていいだろう。
「良い夢だなぁ……。ふふふ、目覚めたくないなぁ」
まずは舐め回すように観察する。うん、どこからどう見ても理想の山姥切国広です。布無いとここまで王子様になるのか。王子様ルック過ぎてもう王子様。何言ってんのか自分でもよく分からないけどとりあえずプリンス。
「なんだ、寝ぼけているのか?ほら、早く行かないと遅刻するぞ」
さっさと歩きだしてしまった山姥切国広の後を必死に追う。くそ、足のリーチが違いすぎて小走りしないと追いつかない。悔しい。
そういえば、この夢の中にはあの子は出てこないんだろうか。昨日通話していた私の親友。小さい頃から仲良しで、家が近いこともあり、よく一緒に遊んでいる。高校も一緒なので登校するのも一緒だ。寝坊する私を叩き起こしに来てくれることもある。
「ねえ、ちょっと待って。友達がまだ来てないから」
「友達?」
「ほら、あそこの家に住んでる」
「まだ寝ぼけているのか?そこは俺の家だろ」
何言ってんだこいつ、みたいな目で見られた。えっ嘘、いないのあの子。ポジションチェンジなの?
表札を確認してみると、本当に『足利』になっていた。芸が細かい夢だ。
「そ、そう、だったね。今日寝坊したから、まだ頭が起きてないのかも。それじゃあ行こうか」
そんな私の苦しい言い訳を聞き、ああ、と短く応え、再び前を歩き出す山姥切国広。心なしか、足取りは軽く、うれしそうに見える。
「今日、何かあったっけ」
流石に夢の中の予定まで把握している訳ではないので、控えめに問いかける。
「いや、特に行事は無いぞ。予定表くらい確認しておけ」
全くお前は、毎回毎回俺に聞いてきて。メモでも取っておけばいいものを。
呆れたような目でそう言われるが、そうじゃねえ、と心の中でツッコミを入れる。ただ、何で嬉しそうなのかを聞きたかっただけなのに。どうしてオカン節を発揮されなければならないのか。
「なんだ、不満げだな」
「別にー?なんかさっきちょっと嬉しそうだったじゃん。だから、今日何かあったのか気になっただけ」
何だそんなことか、とすぐに目を逸らされてしまった。何だこの子は。せめて夢の中でくらい可愛く居てくれないものか。
「特にこれといって何もないが。しいていうなら、あんたとこうして並んで歩いていることが、嬉しい」
前言撤回だ。何だこの可愛い生き物は。
可愛いかよ、と一人悶ていると、後ろから声をかけられた。
「おはよう」
挨拶をしてきたのは、見知った顔のクラスメイトだった。
「おはよう」
どうやらこの夢は、現実と同じところがあるらしい。
ますます良くできた夢だ、と思っていると、後ろから軽快な足音が聞こえた。
「ナマエさん、足利、おはよう!」
振り返ると、堀川国広がいた。そしてその後ろにはもちろん和泉守兼定がいる。
「おはよう」
「堀川くんだ」
新しい刀剣男士の出現に驚き、つい目を見開いて言ってしまった。
堀川は不思議そうな顔をするも、直ぐに合点が行ったという風に「ああ」と声をあげた。
「ふふ。今日は兼さんが寝坊しなかったんです。だから、いつもより20分も早く出発できたんですよ」
どうやら彼は私が驚いている理由を勘違いしてくれたらしい。
「偉いね兼さん」
私は今日寝坊してしまったようなので、兼さんを褒めておく。良い子のみんなは寝坊なんてしちゃだめだよ。
ふふん、と兼さんが得意げに鼻を鳴らす。
「俺だってな、やれできるんだよ」
「そうだね、兼さんは天才だから」
すかさず兼さんをヨイショしに来る辺り、やはり堀川はこの夢の中でも兼さんの相棒の位置をキープしているようだ。
「あんたもきちんと起きてくれるといいんだがな」
「今日はたまたまだから。いつもはちゃんと起きるから」
「生意気な口だな」
むにっ、と頬を人差し指と親指で摘まれる。
「ちょっと、それ地味に痛いからやめて」
「そうか」
そうか、と口では言うが、手は未だにほおを離そうとしない。
「ちょっと、痛いって言ってるのに。やめてよ」
痛い?
「あれ」
痛い。
「うそ」
痛い。そう、痛いのだ。おかしい。これは夢のはずで、現実ではないはずで、だから痛みなどないはずなのに。
「国広、もうちょい強めにやってみて」
「なんだいきなり」
不思議そうな目で、いや不審そうな目で見られたが、今はそれどころではない。
「痛い、どうしよう、痛い」
「なんなんだいったい。お前が強くしろと言ったんだろう」
「違う、違くないけど、ちがくて、私」
もうプチパニックである。
これは夢ではない。夢ではないのだ。自分の腕を抓ってみたが、やはり痛い。というか夢にしては感覚があまりにもしっかりしすぎている。もっと早く気づくべきだったのだ。
「どうしよう」
こんな精神状態では授業などまともに受けられるはずがなく、指名されてもまともに答えることができなかった。
ちなみに起動させたままだと思っていたとうらぶのアプリは、きちんと落ちていた。寝る前に気づいたのだろうか。だとしたらファインプレーである。
放課後、国広が教室の外で私を待ち伏せしていた。何の用だと聞くと、どうやら私と一緒に帰るために待っていたらしい。
「何か不都合があるのか?今日は何も予定は無いと昨日言っていただろう」
どうやら昨日の私は今日国広と帰るつもりだったらしい。
丁度いい機会だ。私の今の状態を打ち明けても良いかもしれない。なんだか国広と私は仲が良さそうだし、もしかしたら助けてくれるかもしれない。いや、きっと助けてくれる。
「そうだね、帰ろっか」
夕方特有の寂しくなりそうな空気の中、夕日を横目に歩き出した。
「ねえ、これ、信じてもらえないかもしれないんだけどね」
「何だ、言ってみろ」
『あのね、私、あなたのことを知らないの』
そう言うはずだった。
何故かは分からないが、どうしても言えなかった。口に出そうとした途端に、体が震え、はくはくと口を動かすことしかできなくなった。言うべきではないのだろうか。
「……、やっぱり何でもない。早く帰ろう。お腹すいた」
「今日のお前は何だか変だ。何かあったのか。俺で良ければ言ってみろ。話くらいは聞くぞ」
知らない。私はこんな、積極的に話しかけてくる山姥切国広なんて知らない。いつも画面の中で、タップしないと喋ってくれない存在が、私の知っている山姥切国広だった。
「そうだね、話したくなったら、聞いてもらおうかな」
そう答えれば、満足気に頷いた。
その後の会話はよく覚えていない。いつの間にか家に到着していて、「それじゃあ、また明日」という声でようやくはっとして、「またね」と家の中へ入った。
一人になった途端、不安がこみ上げてきた。
「大丈夫かな、私は、ちゃんと元に戻れるかな」
✻✻✻✻✻
暗い部屋、布団を頭まで被り、心を落ち着かせる。
「大丈夫、上手くいくはずだ」
ぎゅ、と握りしめたのは、彼女のハンカチ。昼間、学校で借りて、たまたま返すのを忘れたものだ。
やっと話せた。笑顔を見れた。触れられた。
「あんたは、俺の主なんだ。目移りなんて許されるわけがないだろう」
数日前、主が吐いた「私も歌仙を初期刀にすればよかったな」という言葉。俺はそれを許せなかったし、許すつもりもなかった。
あれだけ俺を愛しておきながら、世界一だと褒めそやしておきながら、今更目移りなんて許さない。
0と1で作られた本丸の中で、俺はずっと、主と共に生きることを願い続けた。ここを抜け出して、あの液晶を超えて、主に会いに行けたなら。
そうしているうちに、いつの間にか神域が出来上がっていた。俺が無意識下で作り上げた理想の世界。今俺達がいるのは俺の神域だった。
邪魔者のいないこの世界で、ゆっくりと俺に依存していってもらわなくては。
大丈夫。また主が目移りしたら、一つずつ消していけばいい。簡単なことじゃないか。ああ、でもそれで、この世から俺と主以外のすべてのものが無くなってしまったとしても。
「俺はあんたを、この上なく愛しているさ。文字通り、この世界で一番だ」
俺だけの主。俺だけの、あるじ。
「おやすみ、また明日」
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