すごく短いのとか没とか
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いつも通り、帰ってくると思っていた。
「俺のせいだ。俺のせいで和泉守兼定は折れた」
「いいえ、あなたのせいじゃない。彼だって、精一杯戦ったその結果なら満足でしょう。さあ、手入れ部屋へ。その傷を治してきて」
「……分かった」
心に、穴が空いた。
大好きだった人の突然の訃報は、何よりも鋭く、重く、私の心をえぐった。
目の前が真っ暗になった。
愛していたのだ。最後までその思いを伝えることはできなかったが、私は和泉守兼定を慕っていた。
それからの毎日は、よく覚えていない。ただ機械のように仕事をこなす日々。いっそ、機械になれたならどれだけ良いか。そう思うほど、私の心は疲弊していた。
これではいけないと、自分の中で彼への想いをどうにか断ち切ろうと思い立った。
そのために私は、心の内を全て、手紙にすることにした。
彼が顕現して、ひと目見たその瞬間から好きだったこと。
彼の初めての出陣、初めて隊長を任せたときのこと。
誉のご褒美に、万屋へ行って二人っきりで買い物をしたこと。
その他にも、思い出せることは全て書き記した。
筆を置くと、自分の体から力が抜けていくのが分かった。
これが全部。たったのこれだけなのか。
手紙を書いたところで何だというのだ。何をしようとも彼は帰ってこない。もう二度と、会えない。分かっていた。分かってはいたが、それでも書かずにはいられなかった。この程度で気持ちの整理など付くわけがない。単なる気休めだ。その気休めで生きる気力さえ失いそうなのだから、とんだ笑い話だ。
そして抜け殻のような日々を過ごしていたある日、突然彼が帰ってきた。
ボロボロの体をゲートに預け、ようやく立っているような状態だった。
夢だと思った。
「和泉守っ!」
「死んでしまったかと思った。私がどれだけ、どれだけあなたのことを……。いや今はこんなことをしている場合ではないのね。手入れ部屋へ行きましょう」
「勝手に殺すんじゃねえよ」
そうは言うが、生きているのが不思議なほど損傷している。限界などとうに通り越しているに違いない。
「ありがとな」
そう言って私の頭をガシガシと、お世辞にも優しいとは言えない力で撫でる彼の手が伝える少しの痛みが、これは夢ではないと教えてくれる。
「心配かけて、悪かった。……ただいま、主」
驚きすぎて出てこなかった涙が、今更思い出したかのように溢れてきた。一度決壊した涙腺は、涙が枯れてしまうのではないかと思うほど、戻ってはくれなかった。
彼の手を引き、広間に連れて行った。
皆も驚いていた。
私の大好きなな神様は、やっぱりかっこよくて、誰よりも強いのだ。
ようやくもとの生活に戻れるのだと思った。
人とは愚かなもので、一度失わないとその存在が自分にとってどれだけ大きかったかがわからない。
私には運があった。だから、こうして最愛の人とまた出会えた。
「ねえ、和泉守」
「何だよ、改まって」
「帰ってきてくれてありがとう。私は、あなたがいなくなったとき、どうして良いか分からなくなった。途方に暮れて、抜け殻になった。あなたが戻ってきてくれたから、私は生き返ったの。」
半ば死んでいたようなものだった。そんな死の縁からすくい上げてくれたのだ。
「ずっと伝えられずにいたことがあるの。私ね、私ね、あなたとこの本丸で生きてきて、あなたのことが好きになってしまったの。心に秘めておこうと思ったけどね、またあなたが居なくなるようなことがあったら、私はきっと耐えられない。だから、想いを伝えておきたかったの。返事はしないでちょうだい。あなたとの時間に、まだ夢を見ていたいから」
「主……。ああくそ、格好つかねえや」
そう言ってガシガシと頭を掻き、困ったように笑った。
「なあ、あんたはそれが自分一人の想いだと勘違いしてるようだ」
「それって、いったい」
「あー、その、だからアレだよ! 俺もあんたが好きだってことだ! 俺から先に言いたかったのによ。これじゃあ国広に笑われちまう」
「えっ、えっ」
「何驚いてんだ。あんたから言ったんだろう。あんたは俺を諦めるつもりだったようだがな、俺にはそんな気はさらさら無えよ。……ずっと、離してなんてやらねえ」
「和泉守……。ええ、離さないで。ずっとずっと、このままで」
きっと私は、この手を離してはいけないのだ。神様がくれた奇跡。一度離してしまった手を、もう一度掴ませてくれた。
「言ったな?生憎俺の愛情は軽いもんじゃねえ。覚悟しとくんだな」
もうとっくに、覚悟はできていた。
✻✻✻
「それで、先輩。彼女の様子はどうなんですか」
「ああ、まだ眠っているよ。あれを眠っていると形容していいのかは分からないがな」
「? どういうことですか」
「彼女の中に霊力はもう巡っていない。有るのは神気だ。こう言うのはおかしいが、その神気のおかげで彼女はまだここにいる。そして、彼女はもうすでに人間ではない。詳しいことは分からない。政府の人間が本丸に入ったときには既にあの状態だった。」
「人に戻す方法はないんですか」
「無いな。彼女はもう人には戻れない。しかし、救う方法ならある」
「救う方法?」
「彼女の和泉守兼定がもう一度分霊としてこちらに来れば、彼女はもう眠らずとも良くなる。人の身を捨てて、神嫁になるのだから」
「ああ……、神の愛執は怖いですね」
待人が来るまで、彼女はきっと夢を見続ける。
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