キリ番
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うちの本丸の大倶利伽羅は、甘えるのが上手い。
だから、僕の好きな人の隣にはいつも伽羅ちゃんがいる。
「おい、庭に菫が咲いたぞ。摘んで来てやったから花瓶に活けろ」
「わあ、ありがとう。そっか、ようやく咲いたんだね。良かった。伽羅ちゃんずっと楽しみにしてたからね」
「別に楽しみになどしていない」
「はいはい。そういうことにしておくよ。それじゃあこれ、早く活けないとね。あとで押し花にするのも悪くないかも」
「あんたにやったんだ。好きにしろ」
そう言ってそっぽを向く伽羅ちゃんの顔が嬉しそうに緩んでいるのを、僕も主も知っている。
どうしてだろう。僕の方が、先にこの本丸に来たはずなのに。どこで差がついたのか。
「伽羅ちゃん、万屋へ行くけど一緒に行く?」
「ふん、どうしても着いてきてほしいというなら行ってやらなくもないぞ」
「うんうん、どうしても着いてきてほしいんだ」
「俺は一人で見て回る」
「分かってる分かってる。それじゃあ、行こうか」
一人で見て回ると言いつつ、何だかんだで主にベッタリしているのを僕は知っている。
僕も伽羅ちゃんのように主と仲良くなりたいが、僕の大人っぽいキャラクターを崩すわけには行かない。
「伽羅ちゃんは甘えたくても甘えるのが苦手そうだから、私がいっぱい甘やかさないと」
そう主が言っていたのを、なぜか良く覚えている。
そしてもう一つ。
「私、お付き合いするなら落ち着いた人が良いんだ。私結構ドジなところがあるから、フォローしてもらいたくって」
そう語っていたことも良く覚えている。
伽羅ちゃんは主に甘やかされていてとても羨ましいと思うが、僕が目指すのはそこじゃない。
主を支え、そして主に支えられる。そんな対等な関係を僕は心から望んでいる。
その気持ちに気づいたのはいったいいつだっただろう。ずっと昔かもしれないし、最近かもしれない。もしかすると顕現されたそのときからかもしれないが、そんなことは今はどうだって良い。
問題はどうやってその座を手に入れるかである。
主は僕だけの主ではない。僕にとって主は彼女一人だけれど、主にはたくさんの刀剣男士がいる。
僕だけに使ってもらえる時間などごく僅か。その中でどれだけ彼女の心を掴めるか。それが重要になる。
だから、今までだってアプローチをかけようと努力はしてきたんだ。
しかしなかなか上手く行かず、空回りする日々に、僕の心は折れそうだった。
上手く行かない原因は、いつも伽羅ちゃんにあった。
常に主の傍にいる伽羅ちゃんに、僕のアプローチがバレるのが何となく気まずくて、大きく踏み出せずにいた。
しかしついに僕は耐えられなくなって、主に直接聞いてしまった。
「ねえ、主は伽羅ちゃんと恋仲なのかい?」
「ええっ、違う違う。伽羅ちゃんは何かこう、弟みたいな感じ。何だか可愛くって」
「そうなんだ。何だ、僕はてっきり恋人同士だと思っていたよ」
良かった、と思わず声に出しそうになってしまった。
声にこそ出なかったが、僕の顔は安心から緩みきっているに違いない。
「ねえ、それじゃあ、僕にまだチャンスがあるってことで良いんだよね?」
「……えっ?」
しまった、やらかしたか。
そう思い、謝罪しようとして見た主の顔が真っ赤だったから、あっ、いける、と確信した。
大丈夫。僕は格好良く決める刀剣だ。
「チャンス、あるみたいだね」
「あの、えっと、ごめんなさいね、あまりこういった経験をしてこなかったものだから。何と言えば良いのか分からなくって」
「何だか以外だなあ。それじゃあ、言ってしまおう。僕は主と仲良くなりたいんだ。主従を越えた、対等な、共に支え合えるような関係に。どうかな、主」
「……その、私で良ければ、是非」
「ああ。きっと主を虜にしてみせるよ」
私の話をしよう。
私には、想い人がいる。
桜の舞う中現れたその人に、一瞬で目を奪われた。
思えば、一目惚れだったのだろう。
第一部隊を埋める最後の刀は、燭台切光忠だった。
六振り目という、かなり早い時期に私の本丸へやってきた彼は、顕現して早々、私の心をガッチリと掴んだ。
確かに芽ばえた愛しさは、しかし私の主という立場上、表立って表現して良いものではなかった。
私は審神者。刀剣男士を率いて歴史改変を阻止する者。あくまでも指揮官であることを忘れてはならない。
普段は家族のように接していても、彼らがもし間違った道へ進みそうになったときには言霊も、呪符でさえ使用してそれを食い止めねばならない立場にある。
それができないようなら、私はきっと審神者をやめるべきなのだ。
近付き過ぎてはいけない。一定の距離を保たなくては。
最初の頃は、そう考えていた。
絆されるのは早かった。即落ちニコマかと思う程に早かった。秒だった。
だって、いくら神様とはいえあれほど人に近い作りをされては情が移るというもの。政府も酷なことをする。
毎日が賑やかで、楽しくて。ときに辛いこともあったけど、それも皆で乗り越えてきた。家庭を持ったらこんな感じなのかな。規模が大きすぎる気がするが。
そんな素敵な毎日を、恋心を秘匿しながら過ごしてきた。悟られないようにするのは簡単ではない。私の顔はすぐに赤くなる。意識しないようにしようと試みるが、余計に気になってしまう。アラサーのくせに何をしているのだろうか。そもそも、あれほど美しい神様と私が釣り合うはずがない。目を覚ませ自分。
それから数カ月が経ち、刀剣男士も半分ほど集まった頃だった。
「あんた、光忠に懸想しているだろう」
大倶利伽羅が、爆弾を落としていった。
「えっと、大倶利伽羅はどうしてそう思ったのかな?」
「見ていればすぐに気づく。あんたは隠し事が下手だ」
「、まじか」
「まじだ」
「協力してやっても良いぞ」
「えっ」
「何故そう驚く」
「いや、もちろん気持ちは嬉しいんだけどさ、私、審神者だよ」
「だからどうした」
「皆を率いる立場なんだよ。贔屓みたいで、なんだか嫌だよ」
「あんたは、恋人ができたところで俺達を蔑ろにはしないだろう」
「大倶利伽羅……」
「あんたはもっと自分の幸せを優先していいんだ」
と、まあ色々あって大倶利伽羅に協力してもらえることになった。
最初は大倶利伽羅と呼んでいたが、「光忠はああ見えて嫉妬しいだ。伽羅ちゃんと呼べ。効果はあるはずだ」という旨のアドバイスを頂いたのでそうすることにした。馴れ合ってくれる伽羅ちゃん可愛い。
そして伽羅ちゃんの『光忠をどうにかこうにか主とくっつけよう大作戦』が始まった。
さり気なく、伽羅ちゃんに燭台切光忠は私のことをどう思っているのか探ってもらった。結果としては、まあそこそこ意識を向けてくれているようだった。たぶん。
なかなかアプローチできない私に痺れを切らした伽羅ちゃんは、今まで以上に私に絡んでくるようになった。
「菫を植える。花が咲いたらあんたにやろう」
「ありがとう。楽しみにしてるね」
「恋仲になったからといって、俺達を忘れるなよ」
「忘れるわけないわよ。私はこの本丸の主なんだから」
なぜこんなに伽羅ちゃんに頼りきりなのかというと、恥ずかしいことに、わたしは生まれてこの方恋愛というものをしたことがないのだ。
したことがないというのは大袈裟かもしれない。盛った。したことはあるが、あれは到底恋愛と呼べるものじゃない。幼稚園生のままごとのほうがまだイチャイチャしているレベルである。
私は18歳から審神者になるための学校に通い、24歳までの6年間を過ごした。そこから政府の審神者を支援する部署に入り2年がたった後で審神者になった。青春をただただ浪費していただけの自分に腹が立つが、そのおかげで今こうして審神者ができていると思うとなんとも言えない。
まあ、そんなこんなで真面目に学業にはげみ、真面目にお務めしてきてしまった私は、恋愛に関してはずぶの素人なのだ。困った困った。
そんな私を助けてくれる伽羅ちゃんは、なんと頼もしい神様なんだろう。大倶利伽羅という刀剣の性質は大抵どこの本丸でも「馴れ合わない」や「一人でいることが多い」といったものだが、何故か我が本丸の大倶利伽羅は一味違った。
確かにそっけないところがあるが、光忠や鶴丸と一緒にいることが多いし、短刀たちとも絡んでいる。亜種なのかな?
とにもかくにも、心強い助っ人をゲットした私は、燭台切光忠という刀の趣向を知ることから始めた。
スマートなものが好きで、自室はモノトーンでまとまっている。
それから、料理のウデは本丸随一で、短刀たちにおやつを作ってくれたりもする。
それから、実は甘党で、コーヒーには砂糖を2つ入れる。
それから、それから、それから。
いつの間にか、私は一方的に彼のことたくさん伽羅ちゃんから聞き出していた。伽羅ちゃんも快く教えてくれるので、ついつい甘えてしまった。
そして気づいた。私、ストーカーっぽくないか?
食の好みはさておき、何で自室の情報まで手に入れてるんだ。というか手に入れてどうするんだ。活用するところがないだろう。
そう悶々と考え、悩んでいた私を見て、伽羅ちゃんがボソッと、
「両片思いというやつか」
と呟いていたことなど知らなかった。
そして、数日後、私は想い人に口説かれることになることもまた、このときは想像すらしていなかったのだ。
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