歌仙兼定
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形あるものはいつか壊れる。それは人も刀も同じこと。しかし壊れるまでの猶予期間が、自分たちと主とでは全く異なっている。まだ刀剣男士として顕現する前、鉄の塊だったころから、人の最期には何度も立ち会って来た。何せ自分は、持ち主が36人を手討ちにしたことが名前の由来なのだ。自分は正に、切るための道具として使用されてきた。自分はいつだって、送り出す側だった。
もちろんそれに不満は無いし、他の刀の在り方にどうこう言うつもりもない。顕現してから多くの刀たちと交流してきたが、皆一様にそのあり方を受けいれているようだった。結局僕たちは、人間が好きなのだ。人を害すためのものとして生まれてきたが、人への恨みなど全くない。だからこそこうして、時間遡行軍と戦っているのだ。
話を戻そう。刀と人では、生きていられる時間が違う。ましてや神の末端になった僕らは、半永久的な存在になった。人の子の一生など瞬きの間に終わってしまう。
別れが悲しいことは知っていた。何度も経験してきた。だがそれに慣れることは、どうしてもできなかった。
「歌仙」
名前を呼ばれて、思考の海に沈んでいた意識が戻ってくる。目の前には、心配そうにこちらを見る主。
「どうしたの」
「何でもないよ。ちょっと考え事をね」
主にもいつか、最期の日がやってくる。それを恐れて、他の本丸では神隠しが起こったりもするようだった。
気持ちは分かる。愛した者と、終わりの日まで一緒にいられたならどれだけ幸福だろうか。
「もう、何かあるならちゃんと言ってよね」
「ああ。でも大丈夫。本当に、たいしたことではないから」
そう、たいしたことではないのだ。自分の在り方は最初から決めていた。最後まで戦い続け、そしてそのあとは顕現を解かれ、鋼に戻る。人としての主の在り方を尊重する。自分たちとは違う時間の感覚で生きる彼女を、無理やりこちらに連れていくようなことはしたくない。自分が愛した人間としての形のまま、その生涯を穏やかに終えて欲しい。もう二度と、戦地に身を置くようなことがないように。
だからこうして、主の為に死ねるならば、本望なのだ。
今日は現世での会議の日だった。招集をかけられた主の護衛として、初期刀である僕が選ばれ、供をした。会議は何事もなく終わり、その帰り際。主は各々の本丸へ帰る審神者たちの列の最後尾で、ゲートの空きを待っていた。
そしてあと少しでゲートを潜れるというタイミングで、そいつらは現れた。
時空の歪みから出てきたのは、大太刀二振、太刀二振り、短刀二振りの部隊だった。正直一人でこれを相手取るのは難しかった。それでもやらなくてはならない。無論ここは政府の施設であるから、そのうち応援も来ることだろう。それまで、時間を稼がなくては。何より、主を安全地帯である本丸へ返さなくては。ゲートでの移動は5分ほどで済む。それまで耐えれば、主は助かる。
「歌仙を置いていけないよ」
「馬鹿なことを言うんじゃない。僕を誰だと思っているんだい。君の自慢の名刀が、こんなところで折れるわけがないだろう。いいから早く本丸へ戻るんだ。僕もすぐに戻る。戻ったら、このことを一応政府に伝えてくれ。応援が来ない可能性もゼロじゃないからね。分かったら早く行くんだ」
そうまくし立てれば、嫌々ながらも主は帰還の準備をし始めた。それでいい。守りながら戦うのは、簡単なことではないから。
そこからの5分間は、やけに長く感じられた。早く、早く。主を守らなければ。大太刀の一振りは重く、短刀の動きは素早い。神経をすり減らすような攻防戦だった。何とか短刀2振りを無力化したところで、太刀の一撃が入ってしまった。折れるまでには至らずとも、なかなかに辛い。
それでも、ここを通すわけにはいかないのだ。中傷状態の僕を見て手を伸ばそうとする主をゲートに押し込め、完全に帰還したのを確認してから敵の部隊に向きなおる。こいつらをこのゲートに近付けるわけには行かない。他の本丸にでも行かれれば、被害が出てしまう。人を守らなければ。
無我夢中で刀を振るった。大丈夫、自分は斬るための道具として長く在ったのだ。この部隊ごとき、蹴散らして見せよう。
大太刀を一振沈めた。右足が傷ついた。それでもまだ動ける。
太刀を一振沈めた。左腕が吹き飛んだ。まだ右腕がある。
太刀をもう一振沈めた。胸に一太刀入った。まだ倒れるには至らない。
あとは大太刀のみ、というところで政府の山姥切長義が到着した。無事戦闘は終わり、僕は本丸へ帰還することにした。長義からは政府で手入れを受けてから帰ることを推奨されたが、それでは主を心配させてしまう。何より、早く彼女の無事を確かめたかった。
ゲートに触れ、5分待つ。やはり、この5分はやけに長く感じられた。……本丸につくのが待ち遠しい。
やがて光に包まれ、僕の体は本丸へと飛ばされた。
ゲートの前には、主が立っていた。
「歌仙、歌仙。ああ、そんなに傷ついて。今すぐ手入れを……」
「手入れはいらない。それより、少し、ここで横になりたい。……着物が汚れるだろうけれど、膝を、貸してくれないかな」
そんなに不安そうな顔をしないでくれ。君の安全が確認できて、本当に良かった。
とっくに、体は限界だった。それでも主の顔を見たい一心で、ここまで帰ってきたのだ。
「そうだな、これはずっと聞くつもりはなかったのだけれど。……君の名前を教えてはくれないか。最後の願いだ。どうか」
主は「困った人ね」と笑い、泣きながら、真名を教えてくれた。
「ナマエか。君に似合う、美しい名前だ。ああ、どうか僕を許さないでいてくれ。僕はこれから君に酷いことをする」
何が起きるのか分かっていない主を引き寄せて、接吻をした。柔い唇の感触を脳に焼き付ける。きっと主には血の味がすることだろう。人の体を得て初めてする接吻がこれだなんて。雅さの欠片もないな、と内心苦笑する。
「君のことを愛している。ナマエ、この接吻をどうかいつまでも覚えていてくれ」
それは言霊だった。真名を手に入れてまですることがこれか、と普段の主なら呆れそうなものだが、その時ばかりは真剣に応えてくれた。
「馬鹿。馬鹿。忘れるわけがないでしょう。私も、歌仙のことを、愛しているもの」
思わず目を見開く。それを聞けて、満足だった。その言葉だけで、僕の生は幸福で満たされた。体の損傷は酷かったが、もう痛みはなかった。
「ありがとう、ナマエ。愛しい君よ、どうか幸せで」
意識が途切れる最後の最後まで、自分の唇は愛しい人の感触を覚えていた。
穏やかな、最期だった。
もちろんそれに不満は無いし、他の刀の在り方にどうこう言うつもりもない。顕現してから多くの刀たちと交流してきたが、皆一様にそのあり方を受けいれているようだった。結局僕たちは、人間が好きなのだ。人を害すためのものとして生まれてきたが、人への恨みなど全くない。だからこそこうして、時間遡行軍と戦っているのだ。
話を戻そう。刀と人では、生きていられる時間が違う。ましてや神の末端になった僕らは、半永久的な存在になった。人の子の一生など瞬きの間に終わってしまう。
別れが悲しいことは知っていた。何度も経験してきた。だがそれに慣れることは、どうしてもできなかった。
「歌仙」
名前を呼ばれて、思考の海に沈んでいた意識が戻ってくる。目の前には、心配そうにこちらを見る主。
「どうしたの」
「何でもないよ。ちょっと考え事をね」
主にもいつか、最期の日がやってくる。それを恐れて、他の本丸では神隠しが起こったりもするようだった。
気持ちは分かる。愛した者と、終わりの日まで一緒にいられたならどれだけ幸福だろうか。
「もう、何かあるならちゃんと言ってよね」
「ああ。でも大丈夫。本当に、たいしたことではないから」
そう、たいしたことではないのだ。自分の在り方は最初から決めていた。最後まで戦い続け、そしてそのあとは顕現を解かれ、鋼に戻る。人としての主の在り方を尊重する。自分たちとは違う時間の感覚で生きる彼女を、無理やりこちらに連れていくようなことはしたくない。自分が愛した人間としての形のまま、その生涯を穏やかに終えて欲しい。もう二度と、戦地に身を置くようなことがないように。
だからこうして、主の為に死ねるならば、本望なのだ。
今日は現世での会議の日だった。招集をかけられた主の護衛として、初期刀である僕が選ばれ、供をした。会議は何事もなく終わり、その帰り際。主は各々の本丸へ帰る審神者たちの列の最後尾で、ゲートの空きを待っていた。
そしてあと少しでゲートを潜れるというタイミングで、そいつらは現れた。
時空の歪みから出てきたのは、大太刀二振、太刀二振り、短刀二振りの部隊だった。正直一人でこれを相手取るのは難しかった。それでもやらなくてはならない。無論ここは政府の施設であるから、そのうち応援も来ることだろう。それまで、時間を稼がなくては。何より、主を安全地帯である本丸へ返さなくては。ゲートでの移動は5分ほどで済む。それまで耐えれば、主は助かる。
「歌仙を置いていけないよ」
「馬鹿なことを言うんじゃない。僕を誰だと思っているんだい。君の自慢の名刀が、こんなところで折れるわけがないだろう。いいから早く本丸へ戻るんだ。僕もすぐに戻る。戻ったら、このことを一応政府に伝えてくれ。応援が来ない可能性もゼロじゃないからね。分かったら早く行くんだ」
そうまくし立てれば、嫌々ながらも主は帰還の準備をし始めた。それでいい。守りながら戦うのは、簡単なことではないから。
そこからの5分間は、やけに長く感じられた。早く、早く。主を守らなければ。大太刀の一振りは重く、短刀の動きは素早い。神経をすり減らすような攻防戦だった。何とか短刀2振りを無力化したところで、太刀の一撃が入ってしまった。折れるまでには至らずとも、なかなかに辛い。
それでも、ここを通すわけにはいかないのだ。中傷状態の僕を見て手を伸ばそうとする主をゲートに押し込め、完全に帰還したのを確認してから敵の部隊に向きなおる。こいつらをこのゲートに近付けるわけには行かない。他の本丸にでも行かれれば、被害が出てしまう。人を守らなければ。
無我夢中で刀を振るった。大丈夫、自分は斬るための道具として長く在ったのだ。この部隊ごとき、蹴散らして見せよう。
大太刀を一振沈めた。右足が傷ついた。それでもまだ動ける。
太刀を一振沈めた。左腕が吹き飛んだ。まだ右腕がある。
太刀をもう一振沈めた。胸に一太刀入った。まだ倒れるには至らない。
あとは大太刀のみ、というところで政府の山姥切長義が到着した。無事戦闘は終わり、僕は本丸へ帰還することにした。長義からは政府で手入れを受けてから帰ることを推奨されたが、それでは主を心配させてしまう。何より、早く彼女の無事を確かめたかった。
ゲートに触れ、5分待つ。やはり、この5分はやけに長く感じられた。……本丸につくのが待ち遠しい。
やがて光に包まれ、僕の体は本丸へと飛ばされた。
ゲートの前には、主が立っていた。
「歌仙、歌仙。ああ、そんなに傷ついて。今すぐ手入れを……」
「手入れはいらない。それより、少し、ここで横になりたい。……着物が汚れるだろうけれど、膝を、貸してくれないかな」
そんなに不安そうな顔をしないでくれ。君の安全が確認できて、本当に良かった。
とっくに、体は限界だった。それでも主の顔を見たい一心で、ここまで帰ってきたのだ。
「そうだな、これはずっと聞くつもりはなかったのだけれど。……君の名前を教えてはくれないか。最後の願いだ。どうか」
主は「困った人ね」と笑い、泣きながら、真名を教えてくれた。
「ナマエか。君に似合う、美しい名前だ。ああ、どうか僕を許さないでいてくれ。僕はこれから君に酷いことをする」
何が起きるのか分かっていない主を引き寄せて、接吻をした。柔い唇の感触を脳に焼き付ける。きっと主には血の味がすることだろう。人の体を得て初めてする接吻がこれだなんて。雅さの欠片もないな、と内心苦笑する。
「君のことを愛している。ナマエ、この接吻をどうかいつまでも覚えていてくれ」
それは言霊だった。真名を手に入れてまですることがこれか、と普段の主なら呆れそうなものだが、その時ばかりは真剣に応えてくれた。
「馬鹿。馬鹿。忘れるわけがないでしょう。私も、歌仙のことを、愛しているもの」
思わず目を見開く。それを聞けて、満足だった。その言葉だけで、僕の生は幸福で満たされた。体の損傷は酷かったが、もう痛みはなかった。
「ありがとう、ナマエ。愛しい君よ、どうか幸せで」
意識が途切れる最後の最後まで、自分の唇は愛しい人の感触を覚えていた。
穏やかな、最期だった。
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