見習い事変(完)
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執務室へと連れて来られた私が見たのは
「あんにゃろ」
水仙くんの側に座り、油揚げを貪りながら「はぐー」と言っているこんのすけだった。よりにもよって餌付けされたのかお前。許さん。この大事に何をしているんだおまえは。もしきちんと部屋で待ってくれていたら私はこんなことにはなっていなかったかもしれないんだぞ。
「アアッ、あじさいさま、落ち着いてください。そんな目で見ないで」
「おまえは落ち着きすぎだね、こんのすけ」
「別に、油揚げに釣られた訳ではございませんよ! こんのすけは、最初から全てを知っておりましたから!」
「ほう」
「ヒィッ」
「全て知っていて私に連絡しなかったのね。なるほどなるほど。それで、このピンチをどうしてくれるのかしら、ねえ、管狐様」
「すみませんっ、すみませんっ。でも、あじさいさまには」
「うーん、おしゃべりは困りますよ」
その声と同時に、こんのすけの電源がブチッと切れた。
ピクリとも動かなくなったこんのすけを抱き上げ、にこりと笑う水仙くん。どうしてこんのすけの電源の切り方を知ってるの。どこで知ったの。私は教えてないはずだよね。それは自分の本丸を持ってから、口頭でのみ教えられるものだよね。
ああ、一刻も早くこの場から逃げ出したい。
しかし、この部屋を飛び出したところで何になる。私よりも刀剣男士のほうが足が速いのは当たり前だし、地の利を活かそうとしたって、この本丸を知り尽くしている鶴丸やいつも彼の悪戯に加担していた鯰尾や今剣に勝てるはずも無い。今は夜なので、暗闇を利用すれば、太刀なら外で撒けるかもしれないが、短刀が出て来たらおしまいだ
正に絶体絶命。逃げる場所などない。ならば説得して本丸を返してもらうか? そんなことできるわけがない。そもそも返す気がある人は最初から乗っ取りなどしない。
どうしよう、どうしようと焦っていると、水仙君がとうとう口を開いた。
「俺、どうしてもあなたに言いたかったことがあるんです。聞いてもらえますか。というか、聞いてもらいますね」
何を言われるんだろう。検討はつくが考えたくない。きっと本丸の譲渡に関してだ。私に選択権などないやつだ。知ってる。身を強張らせながら水仙君の言葉を待つ。残念ながらいまの私にはこれしかできないのだ。下手に抵抗して殺されたりしたら嫌だし。
「あなたは」と声が聞こえた所で、私の後ろで激しい音をたてて扉が蹴破られた。犯人は私の初期刀である文系ゴリラだ。彼はその名に恥じない破壊力で扉を木片に変えた。
「僕の主に何をしてくれているんだい。ねえ、見習いくん」
「っ、歌仙っ!」
来てくれた。何よりも誰よりも信頼している私の初期刀。
「あれ、おかしいな。どうして主であるはずの俺にそんな態度が取れるんです?歌仙兼定」
水仙君は苛ついたように言い放ち、すくりと立ち上がった。彼の周りの刀剣男士も臨戦態勢だ。
「おやおや、僕の主は彼女ただ一人だよ。寝言は寝て言ってほしいね」
そう言いつつ歌仙が懐に手を入れて取り出したのは、お守りだった。彼を霊力の上書きから守ったそれは、ただのお守りではない。私が霊力と丹精を込めて作った、世界でたった一つのお守りだ。私の審神者就任四周年を迎えたときに、感謝の気持ちとして初期刀である彼に贈ったものだった。それを肌身離さず持っていてくれたということに対する嬉しさと、助けが来たという事実に涙が出そうだった。
歌仙はすぐにお守りをしまうと、ひょいと私を抱きかかえ、執務室から飛び出した。めちゃくちゃ速かった。だって一瞬何が起こったのか分からなかったし。機動が博多を超えてた。
後ろから何やら叫び声が聞こえてくるが、何を言っているのか分からない。どうせ「待て」とか「追え」とか言っているんだろう。
「遅くなって済まなかったね、主」
「ううん、歌仙、本当にありがとう」
「君のお守りのおかげさ。感謝するべきは僕の方だね」
ああ、私はこんなにも頼もしい初期刀に恵まれていたのか。
「さて主、一旦離れに行って、結界を貼ろう。大丈夫、君の部屋から札を持ってきたんだ」
私は歌仙に抱えられたまま離れに飛び込み、四枚の札をそれぞれ建物の角にあたる部分に貼った。ここに霊力を流し込めば、簡易的な結界の完成である。
外側にいるものを拒む結界。例外としてこんのすけだけは出入りが自由なところが非常に心配である。
「大丈夫かな。これから私どうすれば良いんだろう」
札を貼り終えこんのすけの待機部屋へ入ると、どっと疲れが出たらしく、床にへたり込んでしまった。歌仙はすぐに座布団を用意した後、私の傍らに座ると、暫く考え込んで、それから恐る恐る、といったように口を開いた。
「僕には打開策が見つけられない。頼みの綱のこんのすけもあのざまだ。一応奥の手はあるけど、それは現実的なものではないしね。さて、どうしたものか。いっそ、外の連中を全て斬ってしまおうか」
「それは絶対に駄目……。そうだなぁ、どうにかして呪具を見つけてそれを破壊できればいいんだけど」
「呪具なんて使ってるのかい、彼は」
「うーん、分からないけど、少なくとも設置型の物じゃないはず。設置型なら、使う前に短刀たちが気付いてくれるはずだから。となると、装着型かな……?」
「それこそ破壊が難しいね。彼の周りには常にあの鈍らどもがうろついているからね」
「鈍らって……。やめてよ、皆霊力で上書きされて乗っ取られてるだけなんだよ。支配が解ければ元に戻るから」
元に戻る、はずだ。彼らが自ら望んで主を変えたのでなければ。
「分かっているさ。でもつい気が立ってしまってね。僕が助かったのは主のおかげだった。感謝しているよ。……、ねえ主、もしもの話をしてもいいかい?」
「? 良いよ」
「君が、この状況をどうにもできなくて、死んでしまうなんてことが起きるのは、僕は絶対に嫌なんだ」
それは私も嫌だ。嫌に決まっている。
「だから、本当に危なくなったら、僕の神域へ来てくれないか」
「神域……?それって」
「ああ。お察しの通りだよ。神域には人間は基本的に入れない。君が僕の眷属になってくれないといけないんだ。ただ、一度眷属になってしまえば、二度と人間には戻れない。よってこれは奥の手だ。本当に、後が無くなったときにだけ使ってくれ。もちろん無理強いはしない。ぼくはどこまでも君に着いていくよ。朽ちるときだって一緒さ」
そう言って歌仙は私に自分が来ていた羽織をかけてくれた。
本当に、私は幸せ者だ。こんなに素敵な初期刀は他にはいない。歌仙兼定という刀を最初に選んで本当に良かった。歌仙のためにも、私は生き延びなければ。
でもどうしたら良いのか全く分からない。ただひとつだけ分かるのは、私がやるべきことは絶対に誰も傷つけないことだということ。何かないかな。何か、逃げ道は。
そこへ突然、ガシャン!と、嫌な音が鳴り響いた。黄色い塊が窓ガラスを突き破ってダイナミック入室してきていた。
それは私を視認すると、凄まじい剣幕で叫んだ。
「あじさいさまー!!今すぐ歌仙兼定から離れてください!!!はやく!!!危険です!!!」
「え?」
「このままでは、神気に侵されてしまいます!!人に戻れなくなりますよ!!外で水仙殿がお待ちです!彼と一緒にここか」
次の瞬間、四年間私を支えてきた管狐は、紙になって散っていた。立ち上がって抜刀した歌仙兼定によって、己を構成する式を破壊されたのである。
こんのすけという管狐は複数の式によって成り立っている。それが斬られたことによって一つ一つの式が成り立たなくなった式神は、ただの紙に戻ってしまうのだ。ちなみにバックアップは厳重に取ってあるため、暫くすれば政府から新しいこんのすけが送られて来るだろう。しかし、しかしだ。さっきこんのすけはなにを言いかけた?神気に侵される?人に戻れなくなる?水仙君と一緒に、どうしろと言いたかったのだろう。こんのすけは政府の式神だ。つねに審神者と本丸にとっての最善を選択し、行動するようできている。こんのすけは刀剣男士とは別の存在である為、基本的には霊力で意識を乗っ取ることはできない。最後の最後まで、審神者の味方であるはずなのだ。……あれ?では、なぜこんのすけは水仙くんと一緒に……。
「ああ主、邪魔が入ってしまったね。どうやら式神まで見習いは侵食していたようだ。さあ、早く次の作戦を練らなければ」
ねえ、私は誰を信じればいいんだろう。
「あんにゃろ」
水仙くんの側に座り、油揚げを貪りながら「はぐー」と言っているこんのすけだった。よりにもよって餌付けされたのかお前。許さん。この大事に何をしているんだおまえは。もしきちんと部屋で待ってくれていたら私はこんなことにはなっていなかったかもしれないんだぞ。
「アアッ、あじさいさま、落ち着いてください。そんな目で見ないで」
「おまえは落ち着きすぎだね、こんのすけ」
「別に、油揚げに釣られた訳ではございませんよ! こんのすけは、最初から全てを知っておりましたから!」
「ほう」
「ヒィッ」
「全て知っていて私に連絡しなかったのね。なるほどなるほど。それで、このピンチをどうしてくれるのかしら、ねえ、管狐様」
「すみませんっ、すみませんっ。でも、あじさいさまには」
「うーん、おしゃべりは困りますよ」
その声と同時に、こんのすけの電源がブチッと切れた。
ピクリとも動かなくなったこんのすけを抱き上げ、にこりと笑う水仙くん。どうしてこんのすけの電源の切り方を知ってるの。どこで知ったの。私は教えてないはずだよね。それは自分の本丸を持ってから、口頭でのみ教えられるものだよね。
ああ、一刻も早くこの場から逃げ出したい。
しかし、この部屋を飛び出したところで何になる。私よりも刀剣男士のほうが足が速いのは当たり前だし、地の利を活かそうとしたって、この本丸を知り尽くしている鶴丸やいつも彼の悪戯に加担していた鯰尾や今剣に勝てるはずも無い。今は夜なので、暗闇を利用すれば、太刀なら外で撒けるかもしれないが、短刀が出て来たらおしまいだ
正に絶体絶命。逃げる場所などない。ならば説得して本丸を返してもらうか? そんなことできるわけがない。そもそも返す気がある人は最初から乗っ取りなどしない。
どうしよう、どうしようと焦っていると、水仙君がとうとう口を開いた。
「俺、どうしてもあなたに言いたかったことがあるんです。聞いてもらえますか。というか、聞いてもらいますね」
何を言われるんだろう。検討はつくが考えたくない。きっと本丸の譲渡に関してだ。私に選択権などないやつだ。知ってる。身を強張らせながら水仙君の言葉を待つ。残念ながらいまの私にはこれしかできないのだ。下手に抵抗して殺されたりしたら嫌だし。
「あなたは」と声が聞こえた所で、私の後ろで激しい音をたてて扉が蹴破られた。犯人は私の初期刀である文系ゴリラだ。彼はその名に恥じない破壊力で扉を木片に変えた。
「僕の主に何をしてくれているんだい。ねえ、見習いくん」
「っ、歌仙っ!」
来てくれた。何よりも誰よりも信頼している私の初期刀。
「あれ、おかしいな。どうして主であるはずの俺にそんな態度が取れるんです?歌仙兼定」
水仙君は苛ついたように言い放ち、すくりと立ち上がった。彼の周りの刀剣男士も臨戦態勢だ。
「おやおや、僕の主は彼女ただ一人だよ。寝言は寝て言ってほしいね」
そう言いつつ歌仙が懐に手を入れて取り出したのは、お守りだった。彼を霊力の上書きから守ったそれは、ただのお守りではない。私が霊力と丹精を込めて作った、世界でたった一つのお守りだ。私の審神者就任四周年を迎えたときに、感謝の気持ちとして初期刀である彼に贈ったものだった。それを肌身離さず持っていてくれたということに対する嬉しさと、助けが来たという事実に涙が出そうだった。
歌仙はすぐにお守りをしまうと、ひょいと私を抱きかかえ、執務室から飛び出した。めちゃくちゃ速かった。だって一瞬何が起こったのか分からなかったし。機動が博多を超えてた。
後ろから何やら叫び声が聞こえてくるが、何を言っているのか分からない。どうせ「待て」とか「追え」とか言っているんだろう。
「遅くなって済まなかったね、主」
「ううん、歌仙、本当にありがとう」
「君のお守りのおかげさ。感謝するべきは僕の方だね」
ああ、私はこんなにも頼もしい初期刀に恵まれていたのか。
「さて主、一旦離れに行って、結界を貼ろう。大丈夫、君の部屋から札を持ってきたんだ」
私は歌仙に抱えられたまま離れに飛び込み、四枚の札をそれぞれ建物の角にあたる部分に貼った。ここに霊力を流し込めば、簡易的な結界の完成である。
外側にいるものを拒む結界。例外としてこんのすけだけは出入りが自由なところが非常に心配である。
「大丈夫かな。これから私どうすれば良いんだろう」
札を貼り終えこんのすけの待機部屋へ入ると、どっと疲れが出たらしく、床にへたり込んでしまった。歌仙はすぐに座布団を用意した後、私の傍らに座ると、暫く考え込んで、それから恐る恐る、といったように口を開いた。
「僕には打開策が見つけられない。頼みの綱のこんのすけもあのざまだ。一応奥の手はあるけど、それは現実的なものではないしね。さて、どうしたものか。いっそ、外の連中を全て斬ってしまおうか」
「それは絶対に駄目……。そうだなぁ、どうにかして呪具を見つけてそれを破壊できればいいんだけど」
「呪具なんて使ってるのかい、彼は」
「うーん、分からないけど、少なくとも設置型の物じゃないはず。設置型なら、使う前に短刀たちが気付いてくれるはずだから。となると、装着型かな……?」
「それこそ破壊が難しいね。彼の周りには常にあの鈍らどもがうろついているからね」
「鈍らって……。やめてよ、皆霊力で上書きされて乗っ取られてるだけなんだよ。支配が解ければ元に戻るから」
元に戻る、はずだ。彼らが自ら望んで主を変えたのでなければ。
「分かっているさ。でもつい気が立ってしまってね。僕が助かったのは主のおかげだった。感謝しているよ。……、ねえ主、もしもの話をしてもいいかい?」
「? 良いよ」
「君が、この状況をどうにもできなくて、死んでしまうなんてことが起きるのは、僕は絶対に嫌なんだ」
それは私も嫌だ。嫌に決まっている。
「だから、本当に危なくなったら、僕の神域へ来てくれないか」
「神域……?それって」
「ああ。お察しの通りだよ。神域には人間は基本的に入れない。君が僕の眷属になってくれないといけないんだ。ただ、一度眷属になってしまえば、二度と人間には戻れない。よってこれは奥の手だ。本当に、後が無くなったときにだけ使ってくれ。もちろん無理強いはしない。ぼくはどこまでも君に着いていくよ。朽ちるときだって一緒さ」
そう言って歌仙は私に自分が来ていた羽織をかけてくれた。
本当に、私は幸せ者だ。こんなに素敵な初期刀は他にはいない。歌仙兼定という刀を最初に選んで本当に良かった。歌仙のためにも、私は生き延びなければ。
でもどうしたら良いのか全く分からない。ただひとつだけ分かるのは、私がやるべきことは絶対に誰も傷つけないことだということ。何かないかな。何か、逃げ道は。
そこへ突然、ガシャン!と、嫌な音が鳴り響いた。黄色い塊が窓ガラスを突き破ってダイナミック入室してきていた。
それは私を視認すると、凄まじい剣幕で叫んだ。
「あじさいさまー!!今すぐ歌仙兼定から離れてください!!!はやく!!!危険です!!!」
「え?」
「このままでは、神気に侵されてしまいます!!人に戻れなくなりますよ!!外で水仙殿がお待ちです!彼と一緒にここか」
次の瞬間、四年間私を支えてきた管狐は、紙になって散っていた。立ち上がって抜刀した歌仙兼定によって、己を構成する式を破壊されたのである。
こんのすけという管狐は複数の式によって成り立っている。それが斬られたことによって一つ一つの式が成り立たなくなった式神は、ただの紙に戻ってしまうのだ。ちなみにバックアップは厳重に取ってあるため、暫くすれば政府から新しいこんのすけが送られて来るだろう。しかし、しかしだ。さっきこんのすけはなにを言いかけた?神気に侵される?人に戻れなくなる?水仙君と一緒に、どうしろと言いたかったのだろう。こんのすけは政府の式神だ。つねに審神者と本丸にとっての最善を選択し、行動するようできている。こんのすけは刀剣男士とは別の存在である為、基本的には霊力で意識を乗っ取ることはできない。最後の最後まで、審神者の味方であるはずなのだ。……あれ?では、なぜこんのすけは水仙くんと一緒に……。
「ああ主、邪魔が入ってしまったね。どうやら式神まで見習いは侵食していたようだ。さあ、早く次の作戦を練らなければ」
ねえ、私は誰を信じればいいんだろう。