見習い事変(完)
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「勘弁してよ……」
何かの間違いだろう、とゲートの隣にある開閉用のパネルを触るが、なんの反応もない。このゲートは、審神者の霊力に反応して動く。よって本人か、またはその審神者の管理する本丸に属する刀剣男士、そしてこんのすけのみが開閉できる仕組みになっている。そのゲートが反応しないということは、私の霊力がここの支配権を失っているとういうことの証明だ。つまりこの本丸は既に私の管理下にない。どうしようかと悩んでいると、母屋の方からこちらに向かってくる足音が聞こえた。刀剣男子の乗っ取り疑われている今、誰かに見つかるのはまずいので、近くにあった大きな灯籠の影に身を隠す。
「ここにいるはずだと言われたが、なんだ、いないじゃないか。うーん、この暗さでは俺達は活躍できなさそうだし、一度戻るしかないな」
「ああ。それにしても、太刀にこの暗さの中捜し物をさせるとは、なかなか大胆だな」
姿を見ることができないため、声での判断しかできないが、今来ているのはおそらく鶴丸と鶯丸だ。そして会話の内容から、きっと水仙くんは私を探している。
乗っ取ったあとの本丸に、審神者以外の人間がいてもなんの得にもならない。おそらく、口封じに殺すつもりなのだろう。逃げ延びた審神者によって政府に連絡され、乗っ取りが阻止された、という例は稀にある。
短刀や脇差に見つかる前にこんのすけを見つけ、ゲートを開けてもらわなくては。
遠退く二つの足音を確認したあと、周りを確認し、審神者用の離れを目指す。こんのすけはそこにいるはずだ。
以前鶴丸に教えてもらった抜け道を通り、離れに着くと、音を立てないよう慎重にドアを開けた。
靴を脱ぎ、こんのすけが待機しているはずの扉を開ける。
「……っ、うそ……」
そこに、こんのすけの姿は無かった。
こんのすけは政府から派遣されてきた式神だ。そのため、本丸が乗っ取られてもこんのすけの意識が奪われることはない。それなのに、この緊急時にここにいないということは、母屋で私を探し回っているか、あるいは、考えたくもないが、破壊されているかの2択だ。
ともかく今は、母屋へ行きこんのすけを探さないと。
そう思い玄関へ向かおうとすると、ガチャ、とドアの開く音が聞こえた。慌てて近くにあったクローゼットを開け、中身の少なかったそこに入って扉を閉めた。
「おい、靴があるぞ。ここにいるのだろうか」
「出ておいでー。こわくないよー」
「早く見つけないと、大将に怒られちまう」
やらかしてしまった。こんのすけがいるとばかり思っていたため、靴がいつも通り玄関に脱いである状態だ。
おそらくあの声はへし切り長谷部と燭台切光忠、そして薬研藤四郎だ。燭台切はともかく、長谷部は打刀。そこまで暗闇が苦手な訳ではない。それどころか池田屋ではかなり活躍していた。そして薬研。彼はかなりまずい。暗闇と室内は短刀の得意とする条件だ。なんとか、どうにかしてこの窮地を脱さねば。
それに、今薬研は確かに「大将」と言った。彼がそう呼ぶのは主と決めた人物だけ。つまり、紛れもなくこれは乗っ取りだと証明されてしまった。
苦楽を共にし、主と慕ってくれた彼らがこうもあっさりと寝返ったというその事実は、思ったよりも心に刺さった。
クローゼットの狭さと、私の本丸が奪われてしまったことへの恐怖で眩暈がする。
「なぁ、なんだってあの人は逃げてんのかね。殺される訳でもないのに」
「うーん、どうしてだろうね。まあ、人間にとって死ぬより怖いことなんていくらでもあるだろうからね」
「おい、靴を脱げ。主の所有物に汚れをつけるな」
「汚すのは、カッコよくないからね」
まだ彼らは玄関に上がってすらいない。今のうちに窓から逃げるか? いや、音でバレそうだ。
この建物には部屋が3つある。私が今いるこんのすけ用の部屋と、審神者の趣味部屋、そして図書室。短刀にせがまれて作った図書室が一番大きい。趣味部屋がその次だ。探すとすれば、きっと隠れ場所の多い図書室からにするはず。
そう考え、時期を伺おうと息を潜める。
が、予想は外れ、何故か最初に私のいる部屋に入ってきた。
「ここにいる気がするんだ。もうあの人の霊力は俺達に通ってないから感知はできない。だから完全に憶測だけどな」
バクバクと鳴る心音が、やけにうるさく感じた。
どうしよう、このままでは柄まで通されてしまう。なんとか、なんとかして逃げなければ。頼むからこの部屋から早く出ていって。
そんな私の願いも虚しく、キィと音を立ててクローゼットの扉は開かれた。
「見つけたぜ。おっと、逃げるなよ?おとなしくしてくれ」
ああ、私の愛しい初鍛刀。今日も随分と男前だね。できればもとのあなたに戻ってくれると主嬉しい。
「よし、俺が担ごう。このまま執務室まで連れて行くぞ」
見事な連携プレーによって、紐か何かで縛られた私は長谷部に俵のように担がれてしまった。
恐怖で震える私を、光忠が不思議そうな目で見ていた。
「死ぬわけじゃないんだから、そんなに怯えなくたって良いのに」
死なないとは言っても、死んだも同然だ。もしかしたら死ぬより辛いかもしれない。
「殺される訳ではない」「死ぬわけじゃない」と言っているが、ならばどうするというのだろう。1つだけ想像できることがあるが、それはあまり考えたくないものだった。私が考えうる限り、きっと最悪の結末。
あまり知られていないことだが、霊力補完装置として、本丸に人間を囲うことができる。
誰かから吸い上げた霊力を、一度審神者の霊力に変換して本丸の維持に使うのだ。
以前、監禁された人間が霊力補完装置にされていたという事件が起こり、少し調べたことがあったがあれは惨かった。自分の身に起こるかもしれないと考えると、死んだ方がましだ。
そもそも、水仙くんはいつ乗っ取りを行ったのだろう。
そこまで不審な行動は……、いや、無かったとは言えない。
まず初日だ。お手洗いに行くというので、そこから案内を獅子王に丸投げしてしまったが、本当にあれはお手洗いに行っただけだったのだろうか。
私は朝に弱いため起きるのは本丸で一番遅いが、彼は違う。毎日朝早く起きては散歩をし、その途中で三日月を筆頭とする朝が早いおじいちゃんたちに捕まり話し相手になっていた。散歩の間のことは全く把握していなかったので、彼が何か不審なことをしていても分からない。もしも時間をかけて侵食するタイプの呪具を使用していたなら、早朝の散歩の時間は彼にとって絶好の機会となっていただろう。
いいや、でも、彼はほぼ一日私の傍にいた気がする。疑問に思うところがあればすぐに質問をし、刀装を作るときは私に結果を逐一報告し、資材の配分を少しずつ変えながら、金の刀装を作るためにトライアンドエラーを繰り返していた。その間他の刀剣男士とは接触していなかったし、私がずっと見ていたから何かできるはずがない。たまに青江が来て金の玉を欲しがっていたりしたが、刀剣男士が来たのはそれくらいだ。霊力の上書きができるほどの時間ではない。
呪具を使用していたなら分からないが、上書きによる乗っ取りなら、毎日接触し、何らかの方法で霊力を流し込み続ける必要がある。それを一ヶ月続けてようやく上書きが成功するほどの鬼畜度だが、本丸には私がいるため、刀剣男士は私の霊力を常に取り込んでいる。そうなると、彼が流し込んだ霊力は薄まってしまう。彼ならその程度のことは知っていそうだし、第一そんな効率の悪いやり方はしないはずだ。
おやつの時間も特に怪しいことはしていなかった。彼のお気に入りは光忠の作ったホットケーキだった。それを食べながら短刀たちと楽しそうにおしゃべりしていることもあった。彼らの笑顔は癒やされるな、と眺めていると、「あじさいさん! あじさいさんはつぶあんとこしあん、どっち派ですか」などと可愛い質問をすることもあった。ちなみに私はこしあん派。
そんな時間もあったことにはあったが、専ら私の所に来て審神者の仕事について色々と質問していた。基本的な運営のやり方から、こんのすけの機能のあまり知られていない部分だとか、審神者の間で情報をやり取りできる掲示板のことまで、幅広く話していた。会話というよりは、お喋り、と言うのが正しいような他愛ないものだった。
そもそも私は、万が一不審なことがあればすぐに報告するようにと短刀と脇差しにお願いしておいた。呪具を設置しようものなら、すぐに私の所へ連絡が来るはずなのだ。
それが一切来ていないということは、日向君は長期間かけての準備をしていない、もしくは短刀を早い段階で侵食していたということになる。しかし、監視のために隠れているにいる短刀を霊力で侵食するなど、呪具があってもできないと思えるほど難易度の高いことだ。見習いである彼の霊気のコントロール力では到底不可能なはずである。
そうなると水仙くんは短時間での乗っ取りを行ったわけだが、賢明で慎重な彼がなぜこんなことをしたのか。乗っ取りは、その準備期間で刀剣男士への上書きの強さが決まる。完全に乗っ取るまでの時間が長ければ長いほど、刀剣男士の精神への干渉度は高くなるのだ。主以外の霊力が流れ込んでくれば、刀剣男士の肉体と馴染むまでのラグが発生する。一気に乗っ取りを行えばそのラグは大きくなるし、長い時間をかけて少しずつ行えばラグは小さくなる。しかしそんな長い期間をかけて行えば私はもちろん、こんのすけだって気付くだろう。
もしかして、水仙くんは最初からここを乗っ取るつもりではなかったのだろうか。どこかで心変わりがあり、それによってこのような短期間での荒っぽい乗っ取り方をしたのか。彼に心変わりするようなタイミングなんてあっただろうか。
全く分からない。あんなに自分の本丸を持つことに希望を持っていたのに。「俺頑張ります」と度々宣言していたのに。どうして。
あれこれと思案しているうちに、とうとう執務室の前まで運ばれてしまった。
「主、連れてきたよ」
そう言いながら光忠が扉を開けた。見慣れたその扉も、今の私には地獄の門が開いたようにしか思えなかった。
そして長谷部の丁寧な手つきで床へ降ろされた私が見たのは、私があげた浴衣を着て椅子に座り、周りに刀剣男士を控えさせている水仙くんだった。
「驚かせてしまってすみません。あじさいさん、お話があるんです」
そう言って彼は緩く微笑んだ。
ああ、私、詰んだ気がする。
何かの間違いだろう、とゲートの隣にある開閉用のパネルを触るが、なんの反応もない。このゲートは、審神者の霊力に反応して動く。よって本人か、またはその審神者の管理する本丸に属する刀剣男士、そしてこんのすけのみが開閉できる仕組みになっている。そのゲートが反応しないということは、私の霊力がここの支配権を失っているとういうことの証明だ。つまりこの本丸は既に私の管理下にない。どうしようかと悩んでいると、母屋の方からこちらに向かってくる足音が聞こえた。刀剣男子の乗っ取り疑われている今、誰かに見つかるのはまずいので、近くにあった大きな灯籠の影に身を隠す。
「ここにいるはずだと言われたが、なんだ、いないじゃないか。うーん、この暗さでは俺達は活躍できなさそうだし、一度戻るしかないな」
「ああ。それにしても、太刀にこの暗さの中捜し物をさせるとは、なかなか大胆だな」
姿を見ることができないため、声での判断しかできないが、今来ているのはおそらく鶴丸と鶯丸だ。そして会話の内容から、きっと水仙くんは私を探している。
乗っ取ったあとの本丸に、審神者以外の人間がいてもなんの得にもならない。おそらく、口封じに殺すつもりなのだろう。逃げ延びた審神者によって政府に連絡され、乗っ取りが阻止された、という例は稀にある。
短刀や脇差に見つかる前にこんのすけを見つけ、ゲートを開けてもらわなくては。
遠退く二つの足音を確認したあと、周りを確認し、審神者用の離れを目指す。こんのすけはそこにいるはずだ。
以前鶴丸に教えてもらった抜け道を通り、離れに着くと、音を立てないよう慎重にドアを開けた。
靴を脱ぎ、こんのすけが待機しているはずの扉を開ける。
「……っ、うそ……」
そこに、こんのすけの姿は無かった。
こんのすけは政府から派遣されてきた式神だ。そのため、本丸が乗っ取られてもこんのすけの意識が奪われることはない。それなのに、この緊急時にここにいないということは、母屋で私を探し回っているか、あるいは、考えたくもないが、破壊されているかの2択だ。
ともかく今は、母屋へ行きこんのすけを探さないと。
そう思い玄関へ向かおうとすると、ガチャ、とドアの開く音が聞こえた。慌てて近くにあったクローゼットを開け、中身の少なかったそこに入って扉を閉めた。
「おい、靴があるぞ。ここにいるのだろうか」
「出ておいでー。こわくないよー」
「早く見つけないと、大将に怒られちまう」
やらかしてしまった。こんのすけがいるとばかり思っていたため、靴がいつも通り玄関に脱いである状態だ。
おそらくあの声はへし切り長谷部と燭台切光忠、そして薬研藤四郎だ。燭台切はともかく、長谷部は打刀。そこまで暗闇が苦手な訳ではない。それどころか池田屋ではかなり活躍していた。そして薬研。彼はかなりまずい。暗闇と室内は短刀の得意とする条件だ。なんとか、どうにかしてこの窮地を脱さねば。
それに、今薬研は確かに「大将」と言った。彼がそう呼ぶのは主と決めた人物だけ。つまり、紛れもなくこれは乗っ取りだと証明されてしまった。
苦楽を共にし、主と慕ってくれた彼らがこうもあっさりと寝返ったというその事実は、思ったよりも心に刺さった。
クローゼットの狭さと、私の本丸が奪われてしまったことへの恐怖で眩暈がする。
「なぁ、なんだってあの人は逃げてんのかね。殺される訳でもないのに」
「うーん、どうしてだろうね。まあ、人間にとって死ぬより怖いことなんていくらでもあるだろうからね」
「おい、靴を脱げ。主の所有物に汚れをつけるな」
「汚すのは、カッコよくないからね」
まだ彼らは玄関に上がってすらいない。今のうちに窓から逃げるか? いや、音でバレそうだ。
この建物には部屋が3つある。私が今いるこんのすけ用の部屋と、審神者の趣味部屋、そして図書室。短刀にせがまれて作った図書室が一番大きい。趣味部屋がその次だ。探すとすれば、きっと隠れ場所の多い図書室からにするはず。
そう考え、時期を伺おうと息を潜める。
が、予想は外れ、何故か最初に私のいる部屋に入ってきた。
「ここにいる気がするんだ。もうあの人の霊力は俺達に通ってないから感知はできない。だから完全に憶測だけどな」
バクバクと鳴る心音が、やけにうるさく感じた。
どうしよう、このままでは柄まで通されてしまう。なんとか、なんとかして逃げなければ。頼むからこの部屋から早く出ていって。
そんな私の願いも虚しく、キィと音を立ててクローゼットの扉は開かれた。
「見つけたぜ。おっと、逃げるなよ?おとなしくしてくれ」
ああ、私の愛しい初鍛刀。今日も随分と男前だね。できればもとのあなたに戻ってくれると主嬉しい。
「よし、俺が担ごう。このまま執務室まで連れて行くぞ」
見事な連携プレーによって、紐か何かで縛られた私は長谷部に俵のように担がれてしまった。
恐怖で震える私を、光忠が不思議そうな目で見ていた。
「死ぬわけじゃないんだから、そんなに怯えなくたって良いのに」
死なないとは言っても、死んだも同然だ。もしかしたら死ぬより辛いかもしれない。
「殺される訳ではない」「死ぬわけじゃない」と言っているが、ならばどうするというのだろう。1つだけ想像できることがあるが、それはあまり考えたくないものだった。私が考えうる限り、きっと最悪の結末。
あまり知られていないことだが、霊力補完装置として、本丸に人間を囲うことができる。
誰かから吸い上げた霊力を、一度審神者の霊力に変換して本丸の維持に使うのだ。
以前、監禁された人間が霊力補完装置にされていたという事件が起こり、少し調べたことがあったがあれは惨かった。自分の身に起こるかもしれないと考えると、死んだ方がましだ。
そもそも、水仙くんはいつ乗っ取りを行ったのだろう。
そこまで不審な行動は……、いや、無かったとは言えない。
まず初日だ。お手洗いに行くというので、そこから案内を獅子王に丸投げしてしまったが、本当にあれはお手洗いに行っただけだったのだろうか。
私は朝に弱いため起きるのは本丸で一番遅いが、彼は違う。毎日朝早く起きては散歩をし、その途中で三日月を筆頭とする朝が早いおじいちゃんたちに捕まり話し相手になっていた。散歩の間のことは全く把握していなかったので、彼が何か不審なことをしていても分からない。もしも時間をかけて侵食するタイプの呪具を使用していたなら、早朝の散歩の時間は彼にとって絶好の機会となっていただろう。
いいや、でも、彼はほぼ一日私の傍にいた気がする。疑問に思うところがあればすぐに質問をし、刀装を作るときは私に結果を逐一報告し、資材の配分を少しずつ変えながら、金の刀装を作るためにトライアンドエラーを繰り返していた。その間他の刀剣男士とは接触していなかったし、私がずっと見ていたから何かできるはずがない。たまに青江が来て金の玉を欲しがっていたりしたが、刀剣男士が来たのはそれくらいだ。霊力の上書きができるほどの時間ではない。
呪具を使用していたなら分からないが、上書きによる乗っ取りなら、毎日接触し、何らかの方法で霊力を流し込み続ける必要がある。それを一ヶ月続けてようやく上書きが成功するほどの鬼畜度だが、本丸には私がいるため、刀剣男士は私の霊力を常に取り込んでいる。そうなると、彼が流し込んだ霊力は薄まってしまう。彼ならその程度のことは知っていそうだし、第一そんな効率の悪いやり方はしないはずだ。
おやつの時間も特に怪しいことはしていなかった。彼のお気に入りは光忠の作ったホットケーキだった。それを食べながら短刀たちと楽しそうにおしゃべりしていることもあった。彼らの笑顔は癒やされるな、と眺めていると、「あじさいさん! あじさいさんはつぶあんとこしあん、どっち派ですか」などと可愛い質問をすることもあった。ちなみに私はこしあん派。
そんな時間もあったことにはあったが、専ら私の所に来て審神者の仕事について色々と質問していた。基本的な運営のやり方から、こんのすけの機能のあまり知られていない部分だとか、審神者の間で情報をやり取りできる掲示板のことまで、幅広く話していた。会話というよりは、お喋り、と言うのが正しいような他愛ないものだった。
そもそも私は、万が一不審なことがあればすぐに報告するようにと短刀と脇差しにお願いしておいた。呪具を設置しようものなら、すぐに私の所へ連絡が来るはずなのだ。
それが一切来ていないということは、日向君は長期間かけての準備をしていない、もしくは短刀を早い段階で侵食していたということになる。しかし、監視のために隠れているにいる短刀を霊力で侵食するなど、呪具があってもできないと思えるほど難易度の高いことだ。見習いである彼の霊気のコントロール力では到底不可能なはずである。
そうなると水仙くんは短時間での乗っ取りを行ったわけだが、賢明で慎重な彼がなぜこんなことをしたのか。乗っ取りは、その準備期間で刀剣男士への上書きの強さが決まる。完全に乗っ取るまでの時間が長ければ長いほど、刀剣男士の精神への干渉度は高くなるのだ。主以外の霊力が流れ込んでくれば、刀剣男士の肉体と馴染むまでのラグが発生する。一気に乗っ取りを行えばそのラグは大きくなるし、長い時間をかけて少しずつ行えばラグは小さくなる。しかしそんな長い期間をかけて行えば私はもちろん、こんのすけだって気付くだろう。
もしかして、水仙くんは最初からここを乗っ取るつもりではなかったのだろうか。どこかで心変わりがあり、それによってこのような短期間での荒っぽい乗っ取り方をしたのか。彼に心変わりするようなタイミングなんてあっただろうか。
全く分からない。あんなに自分の本丸を持つことに希望を持っていたのに。「俺頑張ります」と度々宣言していたのに。どうして。
あれこれと思案しているうちに、とうとう執務室の前まで運ばれてしまった。
「主、連れてきたよ」
そう言いながら光忠が扉を開けた。見慣れたその扉も、今の私には地獄の門が開いたようにしか思えなかった。
そして長谷部の丁寧な手つきで床へ降ろされた私が見たのは、私があげた浴衣を着て椅子に座り、周りに刀剣男士を控えさせている水仙くんだった。
「驚かせてしまってすみません。あじさいさん、お話があるんです」
そう言って彼は緩く微笑んだ。
ああ、私、詰んだ気がする。