見習い事変(完)
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今朝、政府から届いた紙には【見習いの受け入れをお願いします】というような内容が書いてあった。見習いとは、2年前に始まったばかりの制度で、私が審神者になった頃は無かったものだ。どうやら一定の成績を安定して収めている本丸が対象になるらしい、と噂で聞いていた。うちは数ある本丸の中でも中堅クラスの本丸なので、そろそろ来てもおかしくはないと思っていたため、そこまで驚きはしなかった。
だが、ネットを見ると、ハズレとされる見習いが二種類いるようだった。ひとつは真面目に研修を受けない者、もうひとつは本丸を乗っ取ろうと企む見習いだった。1から本丸を運営していくよりも、既にある程度出来上がっている本丸を乗っ取ったほうが楽だからだ。乗っ取りのあとの手続きが面倒になることが多く、乗っ取りを目論むのは大抵が不祥事のもみ消しがある程度容易である政府高官の子息、子女だ。
乗っ取りの対象として、特に中堅は狙われやすい層であるという話はよく聞く。初心者の本丸など乗っ取っても大した刀剣の数が揃っていないし、逆に上位層を狙うと返り討ちにされることが多い。そのため、比較的審神者歴が短く、刀剣との信頼がまだ上手く築けていない可能性の高い中堅層の本丸がよく狙われるのだ。
その点我が本丸は、審神者歴こそそこ迄長くはないが刀剣との信頼はしっかり築けている、と思うので、相当なことがない限り大丈夫だろう。
来てない刀剣ももちろんいる。早く兄弟刀や仲間を増やしてあげたいのは山々だが、出陣や資材の関係でそう多くは鍛刀できないので未だにお迎えできずにいるのが現状だ。
だが、審神者を初めて四年でここまで刀剣を揃えることができたのは、自分でもかなり頑張ったほうだと思う。
思えば、初期刀の歌仙にはたくさん迷惑をかけてきた。だから、就任して4周年のお祝いをするときには、彼のために茶室を作った。もともと私が選択した本丸は和洋折衷、といった感じの建物だった。仲間が増えるにつれ手狭になっていったので、増築したり、離れを作ったりして今の形になっていった。
そのため、食事は増築した食堂でとることになっている。本丸の皆が入ってもまだ少し余裕がある位の大きさのそこは、全員に通告するべき話や戦況報告などの際にも使われていた。
私は見習いが研修に来ることを伝えるため、皆を食堂に集めた。
「忙しいところごめんなさい。今朝、政府から書類が届きました。見習いの受け入れについてです。我が本丸はこれを受け入れ、さらなる戦力の増強を手助けしたいと思います。それにあたって、皆さんにお願いがあります」
・見習いが来るのは2週間後なのでそれまでに汚いところは掃除すること
・見習いには鍛刀をさせないこと
・出陣、遠征を今より少し軽くして、見習いの補佐役を何人か選ぶこと
・もし見習いが不審な動きをしていたらすぐに私に報告すること
乗っ取りを危惧して、予防線はしっかり張る。
「以上です。何か質問はありますか」
はい、と加州が手を上げた。
「見習いって男?女?」
「まだ分かりません。ですが、性別で態度を変えるようなことはないように」
はーい、と返事をした加州を見ながら、まあ、見習いが男でも女でも、変わるのは風呂の順番くらいだし大丈夫だろう、と考えた。
その日からはただただ忙しかった。見習いが来る、と簡単に言うが、その準備は大変なのだ。
見習いは二ヶ月滞在する。それを考慮した上で、刀剣男士どうしの話し合いで補佐役を決めてもらった結果、獅子王、薬研藤四郎、堀川国広、加州清光になった。話しかけやすく、気遣いもできる良いメンバーが選考されたと思う。
見習い用のマニュアルとスケジュールを用意し、本丸の出陣、遠征、内番の組み合わせや頻度を調整した。書類整理が得意な長谷部と歌仙に手伝ってもらって、ギリギリ研修までに間に合った。あとで二人には何かお礼を用意しよう。
見習いの情報は、審神者名として使うことになる偽名と年齢以外送られてこない。会うまではどんな人間か、まったく分からないのだ。
そして当日、とんでもない問題児が来たらどうしようか、と心配していたが、ゲートを通ってやってきたのは、爽やかな青年だった。
「研修の受け入れありがとうございます。今日からお世話になる、水仙です。よろしくお願いします」
挨拶もきちんとできて、政府から渡されているであろう資料にある通り、真名も名乗っていない。うん、今のところは大丈夫。
「ええ。よろしくお願いします。頑張りましょうね。それでは本丸を案内します。部屋を用意しましたので、基本的にはそこで寝泊まりしてください。2ヶ月間ありますので、ある程度自由に使っていただいて結構です。それと、こちらが研修のスケジュールになります。少し余裕ができるように調整しました。戦況によって段取りが変わることもありますので、臨機応変に対応していきましょう」
二か月分のスケジュール、それに合わせたマニュアルを渡すと、水仙くんはその分厚い紙の束を大事そうに受け取った。
「ありがとうごさまいます。あの、お手洗いの場所を教えていただいてもよろしいですか」
申し訳なさそうにそう聞く彼が少し微笑ましかった。緊張しているのだろうな、と思い、獅子王を護衛兼見張りにつけて、お手洗いへ案内させる。獅子王には、用が済み次第本丸内を案内するように頼んでおいた。前もって刀剣達には見習いが困っていたら助けるよう言ってあるので、何も心配はないだろう。組んだスケジュールもかなり時間に余裕のある、軽めのものだし、私もそこまで忙しくはならない。
そう思っていた。しかしこの水仙という見習い、自分の空き時間を使い、執務室へ来ては、いろいろな質問をしていくのだ。いや、勉強熱心なのはいいことなのだが、ここまで真面目な人が来るとは思っておらず、かなり驚いた。というか、水仙くん、一体いつ休んでいるのだろう。
朝は朝食の前に本丸内を散歩しているようで、よく三日月や石切丸に摑まって話し相手になっているとの報告があった。
朝食が終わると、鍛刀や手入れについて勉強する。実際にやらせることはできないのでもっぱら見学、という形だが。それでも質問はしてくるし、かなり知識の吸収が早い。
昼食の後は休憩時間を取ってから刀装作りを実践してもらう。最初は失敗することもあったが、彼は霊力の質も良く、コントロールも上手いようで、かなりの頻度で特上を作るようになった。私はよく消し炭を作っているので、教える立場のものとして本当に情けないし申し訳ない。というか刀装に関してはもう何も言うことがないので、私にコツを教えてほしい。出来上がった刀装は、ありがたく頂戴して、出陣の際に装備してもらった。やはり特上は、安心感が違う。特上、最高。
さて、この本丸では短刀たちのためにおやつの時間を取っている。もちろん短刀だけではなく、食べたい人は食べることになっている。緊張した場に身を置く者には休息がなくてはならない。というか私が食べたい。水仙くんもよく参加していて、お茶を飲みながら楽しそうにお喋りしていた。私もよく参加するので彼と研修内容以外のことを話す機会があった。彼はかなりの話し上手で聴き上手だった。こちらの話をしっかり聞いてくれるが、それだけではなく自分の意見も言える。相槌のタイミングも完璧だった。気遣いもできるようで、私のお茶がなくなったことに気づくと、急須を傾けてくれる。彼とは現世の話もできるため、つい楽しくなって長話をしてしまう。普通は審神者になってからでないと行けないから、研修中に時間を作ってこっちの万屋に行ってみよう、という約束もした。そのときは驚くくらい喜んでくれて、とても嬉しかったのを覚えている。
そんな彼は、あまりにも人間が出来すぎていて「私が教える立場でごめんよ」という気持ちになることもあった。
夕飯の後、大浴場で数名と裸の付き合い(ド健全)をしたらしく、なかなか心を開かないと思っていた宗三や小狐丸は次の日から積極的に水仙くんに絡んでいくようになった。刀剣達とのコミュニケーションも上手くいっているようで安心した。
正直、2ヶ月もいらないな、と思う優秀さだった。政府に申請すれば、早めに研修を切り上げて、自分の本丸を持つことができる。1ヶ月が過ぎた頃、それを一度彼に提案してみたが、
「そんな、俺はまだこの本丸で勉強したいです。あじさいさんは教えるのが上手なので、俺、とても助かってるんです。あじさいさんのような立派な審神者になるためにも、どうかあと1ヶ月、よろしくお願いします」
と言われてしまっては研修期間を変える気にはなれなかった。
あじさいさんのような立派な審神者、か。なかなかどうして、この見習いくんは私を慕ってくれているようだった。まさか自分が教える立場になるなんて考えたこともなくて、手探り状態で研修を行っていたが、それを肯定してもらえたようで非常に嬉しかった。彼は私より立派な審神者になる。そんな確信があった。
その後の研修は、それはそれは順調に進んだ。
約束通り彼と一緒に行った万屋で、彼に似合いそうな浴衣をプレゼントした。よく見ると彼の審神者名と同じ水仙の模様が入っている浴衣だ。後で景趣を夏の夜にして、皆で花火でもしようか、と言うと
「俺、研修に来てるのに、こんなに楽しくていいんですかね」
と不安そうに、でも嬉しそうに聞いてきた。
「自分の本丸を持ったら、もっと楽しいことがたくさんあるよ。だから、これはその練習だと思って、思う存分楽しんで」
それを聞くと、初日に見せたものとは違う、幼さの混じった、けれども爽やかな笑顔で「はいっ」と答えた。
研修が終わる一週間前。皆でやった花火は楽しかった。うちの本丸は全員に浴衣を配って、私も浴衣を着て、全力で雰囲気を楽しんだ。特別に、景趣と組み合わせて使う打ち上げ花火も準備した。本丸の広い庭は、金に赤、緑などの手持ち花火の光で彩られた。いつもはホタルが光っているが、たまには花火の光も悪くない。火薬独特の匂いが鼻を抜けていったけど、不快だとは思わなかった。
短刀、中でも愛染は特に楽しんでいたようで、祭りだ祭りだー!と、大きく咲いた打ち上げ花火に興奮していた。
水仙くんは楽しめているかな、とあたりを見回すと、彼はすぐに見つかった。見習いの補佐役を中心に、数名に囲まれて楽しそうにしていた。時折、自分の持っている花火で、他の人の花火に火をつけてあげていた。水仙くんは私の視線に気付くと、笑顔でこちらへ向かってきた。
「あじさいさん、どうです、似合いますか」
そう言って彼はその場でぐるりと一周した。
私が選んだ浴衣は、彼によく似合っていた。夏の夜に溶け込みそうな色の浴衣に、葵色の帯。水仙くんには、夏が似合う。周りからも、似合ってるぞー、と声が飛んできた。
私も素直に褒めると、彼は照れたように笑って、さっきいた場所へ戻っていった。
花火がなくなってくると、最後に出てくるのはやはり線香花火だった。誰か一番長く持つか競うのは楽しい。このパチパチと小さく光る火種に、寂しさと、夏を感じた。
しゃがんで線香花火を見つめていると、隣に水仙くんがしゃがんで、線香花火に火をつけた。私の線香花火はちょうどその時に落ちてしまった。それを近くにあったバケツに放り込み、彼を見る。パチパチと燃える線香花火が、ポトリと落ちるまで、彼は無言だった。線香花火の残骸を水の入ったバケツに沈めると、ぽつりぽつりと話しだした。
「あじさいさん、俺、研修先がこの本丸で良かったです。……同期の行った本丸は、とても厳しいところだったようで、いつもは皆で分担しているはずの雑用も、ほとんど一人でやらされていました」
「そんな、それじゃ研修の意味がないじゃない。審神者になるために来ているのに」
「そう、そうなんです。俺達は、国のために戦う。それの前準備として、スムーズに本丸の運営をできるように、見習いとして、2ヶ月間過ごすんです。俺は、本丸がこんなに良い所だと思ってなかったんです。前線基地と聞いてましたから、もっと殺伐としてると思ってた。こんなに楽しい、普通に生活できる所だなんて、知らなかった。あじさいさんを見ていて、俺も、こんな本丸をつくれたら、って思いました。俺でも、できるでしょうか」
「心配しなくて良いよ。君はとっても優秀だから」
過剰戦力かもね、と言っておどけると、水仙くんも、強ばっていた顔を崩し、くしゃりと笑った。
「あと1週間、最後まで、よろしくお願いします」
そう言って、頼もしい未来の審神者は片手を差し出した。私も片手を差し出し、固く握った。
「こちらこそ」
心配ごとは何もなかった。このまま彼は、何事もなく審神者になれる。その先も、まあ彼なら上手くやっていけるだろう。
というのが1週間前の記憶だ。そして現在、私の前には開かなくなった現世へのゲート、そして、何故か所有者の上書きがされている本丸。こんのすけは見つからず、昼だったはずの景趣は夏の夜で視界が悪い。
私の本丸は、乗っ取られていた。
だが、ネットを見ると、ハズレとされる見習いが二種類いるようだった。ひとつは真面目に研修を受けない者、もうひとつは本丸を乗っ取ろうと企む見習いだった。1から本丸を運営していくよりも、既にある程度出来上がっている本丸を乗っ取ったほうが楽だからだ。乗っ取りのあとの手続きが面倒になることが多く、乗っ取りを目論むのは大抵が不祥事のもみ消しがある程度容易である政府高官の子息、子女だ。
乗っ取りの対象として、特に中堅は狙われやすい層であるという話はよく聞く。初心者の本丸など乗っ取っても大した刀剣の数が揃っていないし、逆に上位層を狙うと返り討ちにされることが多い。そのため、比較的審神者歴が短く、刀剣との信頼がまだ上手く築けていない可能性の高い中堅層の本丸がよく狙われるのだ。
その点我が本丸は、審神者歴こそそこ迄長くはないが刀剣との信頼はしっかり築けている、と思うので、相当なことがない限り大丈夫だろう。
来てない刀剣ももちろんいる。早く兄弟刀や仲間を増やしてあげたいのは山々だが、出陣や資材の関係でそう多くは鍛刀できないので未だにお迎えできずにいるのが現状だ。
だが、審神者を初めて四年でここまで刀剣を揃えることができたのは、自分でもかなり頑張ったほうだと思う。
思えば、初期刀の歌仙にはたくさん迷惑をかけてきた。だから、就任して4周年のお祝いをするときには、彼のために茶室を作った。もともと私が選択した本丸は和洋折衷、といった感じの建物だった。仲間が増えるにつれ手狭になっていったので、増築したり、離れを作ったりして今の形になっていった。
そのため、食事は増築した食堂でとることになっている。本丸の皆が入ってもまだ少し余裕がある位の大きさのそこは、全員に通告するべき話や戦況報告などの際にも使われていた。
私は見習いが研修に来ることを伝えるため、皆を食堂に集めた。
「忙しいところごめんなさい。今朝、政府から書類が届きました。見習いの受け入れについてです。我が本丸はこれを受け入れ、さらなる戦力の増強を手助けしたいと思います。それにあたって、皆さんにお願いがあります」
・見習いが来るのは2週間後なのでそれまでに汚いところは掃除すること
・見習いには鍛刀をさせないこと
・出陣、遠征を今より少し軽くして、見習いの補佐役を何人か選ぶこと
・もし見習いが不審な動きをしていたらすぐに私に報告すること
乗っ取りを危惧して、予防線はしっかり張る。
「以上です。何か質問はありますか」
はい、と加州が手を上げた。
「見習いって男?女?」
「まだ分かりません。ですが、性別で態度を変えるようなことはないように」
はーい、と返事をした加州を見ながら、まあ、見習いが男でも女でも、変わるのは風呂の順番くらいだし大丈夫だろう、と考えた。
その日からはただただ忙しかった。見習いが来る、と簡単に言うが、その準備は大変なのだ。
見習いは二ヶ月滞在する。それを考慮した上で、刀剣男士どうしの話し合いで補佐役を決めてもらった結果、獅子王、薬研藤四郎、堀川国広、加州清光になった。話しかけやすく、気遣いもできる良いメンバーが選考されたと思う。
見習い用のマニュアルとスケジュールを用意し、本丸の出陣、遠征、内番の組み合わせや頻度を調整した。書類整理が得意な長谷部と歌仙に手伝ってもらって、ギリギリ研修までに間に合った。あとで二人には何かお礼を用意しよう。
見習いの情報は、審神者名として使うことになる偽名と年齢以外送られてこない。会うまではどんな人間か、まったく分からないのだ。
そして当日、とんでもない問題児が来たらどうしようか、と心配していたが、ゲートを通ってやってきたのは、爽やかな青年だった。
「研修の受け入れありがとうございます。今日からお世話になる、水仙です。よろしくお願いします」
挨拶もきちんとできて、政府から渡されているであろう資料にある通り、真名も名乗っていない。うん、今のところは大丈夫。
「ええ。よろしくお願いします。頑張りましょうね。それでは本丸を案内します。部屋を用意しましたので、基本的にはそこで寝泊まりしてください。2ヶ月間ありますので、ある程度自由に使っていただいて結構です。それと、こちらが研修のスケジュールになります。少し余裕ができるように調整しました。戦況によって段取りが変わることもありますので、臨機応変に対応していきましょう」
二か月分のスケジュール、それに合わせたマニュアルを渡すと、水仙くんはその分厚い紙の束を大事そうに受け取った。
「ありがとうごさまいます。あの、お手洗いの場所を教えていただいてもよろしいですか」
申し訳なさそうにそう聞く彼が少し微笑ましかった。緊張しているのだろうな、と思い、獅子王を護衛兼見張りにつけて、お手洗いへ案内させる。獅子王には、用が済み次第本丸内を案内するように頼んでおいた。前もって刀剣達には見習いが困っていたら助けるよう言ってあるので、何も心配はないだろう。組んだスケジュールもかなり時間に余裕のある、軽めのものだし、私もそこまで忙しくはならない。
そう思っていた。しかしこの水仙という見習い、自分の空き時間を使い、執務室へ来ては、いろいろな質問をしていくのだ。いや、勉強熱心なのはいいことなのだが、ここまで真面目な人が来るとは思っておらず、かなり驚いた。というか、水仙くん、一体いつ休んでいるのだろう。
朝は朝食の前に本丸内を散歩しているようで、よく三日月や石切丸に摑まって話し相手になっているとの報告があった。
朝食が終わると、鍛刀や手入れについて勉強する。実際にやらせることはできないのでもっぱら見学、という形だが。それでも質問はしてくるし、かなり知識の吸収が早い。
昼食の後は休憩時間を取ってから刀装作りを実践してもらう。最初は失敗することもあったが、彼は霊力の質も良く、コントロールも上手いようで、かなりの頻度で特上を作るようになった。私はよく消し炭を作っているので、教える立場のものとして本当に情けないし申し訳ない。というか刀装に関してはもう何も言うことがないので、私にコツを教えてほしい。出来上がった刀装は、ありがたく頂戴して、出陣の際に装備してもらった。やはり特上は、安心感が違う。特上、最高。
さて、この本丸では短刀たちのためにおやつの時間を取っている。もちろん短刀だけではなく、食べたい人は食べることになっている。緊張した場に身を置く者には休息がなくてはならない。というか私が食べたい。水仙くんもよく参加していて、お茶を飲みながら楽しそうにお喋りしていた。私もよく参加するので彼と研修内容以外のことを話す機会があった。彼はかなりの話し上手で聴き上手だった。こちらの話をしっかり聞いてくれるが、それだけではなく自分の意見も言える。相槌のタイミングも完璧だった。気遣いもできるようで、私のお茶がなくなったことに気づくと、急須を傾けてくれる。彼とは現世の話もできるため、つい楽しくなって長話をしてしまう。普通は審神者になってからでないと行けないから、研修中に時間を作ってこっちの万屋に行ってみよう、という約束もした。そのときは驚くくらい喜んでくれて、とても嬉しかったのを覚えている。
そんな彼は、あまりにも人間が出来すぎていて「私が教える立場でごめんよ」という気持ちになることもあった。
夕飯の後、大浴場で数名と裸の付き合い(ド健全)をしたらしく、なかなか心を開かないと思っていた宗三や小狐丸は次の日から積極的に水仙くんに絡んでいくようになった。刀剣達とのコミュニケーションも上手くいっているようで安心した。
正直、2ヶ月もいらないな、と思う優秀さだった。政府に申請すれば、早めに研修を切り上げて、自分の本丸を持つことができる。1ヶ月が過ぎた頃、それを一度彼に提案してみたが、
「そんな、俺はまだこの本丸で勉強したいです。あじさいさんは教えるのが上手なので、俺、とても助かってるんです。あじさいさんのような立派な審神者になるためにも、どうかあと1ヶ月、よろしくお願いします」
と言われてしまっては研修期間を変える気にはなれなかった。
あじさいさんのような立派な審神者、か。なかなかどうして、この見習いくんは私を慕ってくれているようだった。まさか自分が教える立場になるなんて考えたこともなくて、手探り状態で研修を行っていたが、それを肯定してもらえたようで非常に嬉しかった。彼は私より立派な審神者になる。そんな確信があった。
その後の研修は、それはそれは順調に進んだ。
約束通り彼と一緒に行った万屋で、彼に似合いそうな浴衣をプレゼントした。よく見ると彼の審神者名と同じ水仙の模様が入っている浴衣だ。後で景趣を夏の夜にして、皆で花火でもしようか、と言うと
「俺、研修に来てるのに、こんなに楽しくていいんですかね」
と不安そうに、でも嬉しそうに聞いてきた。
「自分の本丸を持ったら、もっと楽しいことがたくさんあるよ。だから、これはその練習だと思って、思う存分楽しんで」
それを聞くと、初日に見せたものとは違う、幼さの混じった、けれども爽やかな笑顔で「はいっ」と答えた。
研修が終わる一週間前。皆でやった花火は楽しかった。うちの本丸は全員に浴衣を配って、私も浴衣を着て、全力で雰囲気を楽しんだ。特別に、景趣と組み合わせて使う打ち上げ花火も準備した。本丸の広い庭は、金に赤、緑などの手持ち花火の光で彩られた。いつもはホタルが光っているが、たまには花火の光も悪くない。火薬独特の匂いが鼻を抜けていったけど、不快だとは思わなかった。
短刀、中でも愛染は特に楽しんでいたようで、祭りだ祭りだー!と、大きく咲いた打ち上げ花火に興奮していた。
水仙くんは楽しめているかな、とあたりを見回すと、彼はすぐに見つかった。見習いの補佐役を中心に、数名に囲まれて楽しそうにしていた。時折、自分の持っている花火で、他の人の花火に火をつけてあげていた。水仙くんは私の視線に気付くと、笑顔でこちらへ向かってきた。
「あじさいさん、どうです、似合いますか」
そう言って彼はその場でぐるりと一周した。
私が選んだ浴衣は、彼によく似合っていた。夏の夜に溶け込みそうな色の浴衣に、葵色の帯。水仙くんには、夏が似合う。周りからも、似合ってるぞー、と声が飛んできた。
私も素直に褒めると、彼は照れたように笑って、さっきいた場所へ戻っていった。
花火がなくなってくると、最後に出てくるのはやはり線香花火だった。誰か一番長く持つか競うのは楽しい。このパチパチと小さく光る火種に、寂しさと、夏を感じた。
しゃがんで線香花火を見つめていると、隣に水仙くんがしゃがんで、線香花火に火をつけた。私の線香花火はちょうどその時に落ちてしまった。それを近くにあったバケツに放り込み、彼を見る。パチパチと燃える線香花火が、ポトリと落ちるまで、彼は無言だった。線香花火の残骸を水の入ったバケツに沈めると、ぽつりぽつりと話しだした。
「あじさいさん、俺、研修先がこの本丸で良かったです。……同期の行った本丸は、とても厳しいところだったようで、いつもは皆で分担しているはずの雑用も、ほとんど一人でやらされていました」
「そんな、それじゃ研修の意味がないじゃない。審神者になるために来ているのに」
「そう、そうなんです。俺達は、国のために戦う。それの前準備として、スムーズに本丸の運営をできるように、見習いとして、2ヶ月間過ごすんです。俺は、本丸がこんなに良い所だと思ってなかったんです。前線基地と聞いてましたから、もっと殺伐としてると思ってた。こんなに楽しい、普通に生活できる所だなんて、知らなかった。あじさいさんを見ていて、俺も、こんな本丸をつくれたら、って思いました。俺でも、できるでしょうか」
「心配しなくて良いよ。君はとっても優秀だから」
過剰戦力かもね、と言っておどけると、水仙くんも、強ばっていた顔を崩し、くしゃりと笑った。
「あと1週間、最後まで、よろしくお願いします」
そう言って、頼もしい未来の審神者は片手を差し出した。私も片手を差し出し、固く握った。
「こちらこそ」
心配ごとは何もなかった。このまま彼は、何事もなく審神者になれる。その先も、まあ彼なら上手くやっていけるだろう。
というのが1週間前の記憶だ。そして現在、私の前には開かなくなった現世へのゲート、そして、何故か所有者の上書きがされている本丸。こんのすけは見つからず、昼だったはずの景趣は夏の夜で視界が悪い。
私の本丸は、乗っ取られていた。
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