白への道標軸
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「左近衛大将殿の勇名は、このアシワラにもすでに轟いているよ。皆、誇らしく思っている」
「身に余る光栄でございます」
「そんな君にわざわざ来てもらって申し訳ないね」
「此方での任がありました故」
任務のためにアシワラに戻っていたミカヅチは、その足で幼馴染であるナマエの家に立ち寄った。
出迎えた彼女の父は、ミカヅチをしみじみと眺めている。
ミカヅチの父・アヅマと古くからの友人である彼は、ミカヅチの成長を赤子の頃から見守ってきた。息子同然と思っているミカヅチの成長した姿に込み上げてくるものがある。
「男子三日合わざれば、だねえ。本当に立派になった」
いつの間にかヒトは成長し、子供は巣立っていくもの。
喜ばしくもあるが、少し寂しくもある。しかし、それが自然の流れ。いつまでも庇護下に置くだけが愛ではない。
そう考えたからこそ、ナマエの父は娘が帝都に行くことを許可した。
ナマエは薬師を目指して修行中の身である。アシワラで師事していたが、帝都の方がより多くを学べるだろうということになった。
今日は彼女が帝都に旅立つ日だった。
「君やライコウ殿がいるなら、帝都でも安心だ。何から何まで申し訳ないが、娘のことをよろしくお願いします」
「はい、私が必ずお守り致します」
ナマエの父は深々と頭を下げる。返すミカヅチの言葉に偽りは無かった。
男兄弟のミカヅチと違い、ナマエはこの家の一人娘。彼女の両親が心配するのも理解できる。ナマエは幼い頃病弱だったことも、拍車をかけていた。
それに、近衛へ降された帝の命はヤマトの民を守護すること。何もおかしなことはない。
だから、ミカヅチの言葉に深い意味もなかった。なかったのだが。
「いやあ、ミカヅチ殿のような素晴らしい許嫁がいて、ナマエは本当に幸せ者だ!」
頭を上げたナマエの父はそれまでの真面目な空気から一転、大きな口を開けて豪快に笑い出した。動揺するミカヅチだったが、表情に出さぬように努める。
大層仲の良いミカヅチとナマエの親同士が昔に決めた許嫁の約束。自然消滅したと思っていたが、まだ活きているらしい。
この状況で否定することもできずに、ミカヅチは空気を乱さないようにと気を配る。
「お父さん、変なこと言わないでよ!」
そこへやってきたのはナマエと彼女の母親だった。
どうやら先程の会話は聞こえていたらしい。
「ミカヅチ殿のような頼りになる漢はそうそういないぞ?」
「あなた、ナマエも照れてるのよ。そっとしておいてあげて」
「お母さんも!」
顔を真っ赤にして怒るナマエは、ミカヅチから見たら全く迫力がない。
しかし、彼女の両親はこんな日に娘に嫌われたら大変、と大人しくなる。こほんと咳払いをすると、表情を引き締めた。
「頑張ってきなさい。先生や長屋の皆さんにくれぐれもよろしく伝えてくれ」
「何かあったら遠慮せずに帰ってくるのよ。ここはあなたの家なのだから」
「ありがとう、お父さん、お母さん」
家族の別れを邪魔せぬようにミカヅチは静かに見守る。
家庭環境が違うのだから当然なのだろうが、彼の出立とはあまりにも異なる光景だった。だが、ナマエの家の仲の良さをミカヅチは微笑ましく感じていた。
挨拶を済ませ、いよいよ帝都を目指す。
移動手段としてミカヅチが用意したのは1匹のウォプタルだった。
「これで行くの?」
「これが一番手っ取り早い。不満か?」
「そういうわけじゃないけど……わっ!」
ナマエがごにょごにょと何か言っているのを無視したミカヅチは、彼女の身体を軽々と持ち上げると鞍に座らせた。
自身はその前に座ると、ナマエに自分の腰に手を回すように指示をする。
「しっかり掴まっていろ。振り落とされたらそのまま置いていくぞ」
「……よろしくお願いします」
ミカヅチの背中に身体を密着させる形になり、ナマエは恥ずかしくて仕方なかった。
だが、落ちただ怪我どころではすまないかもしれない。何より、連れて行ってもらう立場で嫌だなどと我儘は言えず、大人しく従うしかなかった。
ナマエは、ずっと昔に彼に背負われた日を思い出す。
二人で川遊びをした際に、ナマエは滑って転んで足を挫いてしまった。
大丈夫と断っても、ミカヅチは誘った自分に責任があると譲らずにナマエをおんぶして家路を歩いた。
まだ彼の方がほんの少し背が高いだけで、おんぶと言えないような無理矢理担ぐような状態だったけれど。その頼もしい背中に安心感を覚えたものだ。
あの頃とは比べ物にならないくらいミカヅチの背中は大きく逞しくなっている。
いつの間に成長したのだろう。
左近衛大将に任命され、アシラワの至宝である仮面まで賜っていた。
仮面で隠れた顔。いつの間にか伸びた長い髪。ナマエの父に対する言葉遣い。どれもナマエの知らないミカヅチだった。
こんなに至近距離にいるのに、とても遠く感じる。
寂しくて胸がきゅっと痛んだ。
「……少しだけ速度を上げるぞ」
ナマエの腕に込められた力が強くなったことに気付いたミカヅチはそう声をかける。
自分一人ならもっと飛ばしているのだが、さすがにそこまで考え無しではなかった。
だが、もう少しだけ速い方が良いと判断した。
「わぁ……!」
風が頬を撫でる。
顔を上げればまわりの草原をぐんぐんと追い越していた。次々と景色が切り替わっていく。
「風が気持ち良いね」
「ウマで走るのも悪くはないだろう」
ミカヅチからナマエの表情は窺えなくとも、声が弾んでいるのは分かる。
慣れないウマでの移動だから怖がっているのだろうと彼は考えていた。
しかし、こうして風を切る感覚は気分の良いものだとナマエも分かったらしい。
「そういえば、化物に全然遭わないね」
「街道付近にいるのは大概が雑魚だからな。それでも、力の差を理解することはできるらしい」
「ミカってすごいんだね」
ナマエは素直に感心した。
街道沿いは比較的安全と言っても化物に遭遇する可能性はある。ミカヅチは雑魚だと言うが、多くのヒトはその雑魚にすら苦戦する。
本当に強くなったのだろう。そんな彼にこうして護衛してもらえるのはとてもありがたいことなのだと改めて認識する。
ミカヅチが帝都に行って以来、こうして二人で話すことも久し振りで、それもナマエには嬉しいことだった。
自然に会話もできているのだから、暗い気持ちでは駄目だろう。
「ありがとう、ミカ」
「クク、高くつくぞ?」
「ちゃーんと用意してあります!」
冗談のつもりだったミカヅチに、ナマエは自信満々に返事をする。
それが何か、ミカヅチはすぐに知ることになった。
ある程度ウマを走らせたところで、関所で休憩を取る。
そろそろ腹が減ったかと考えていると、じゃじゃーんとナマエが出してきたのはお弁当だった。
出発前に何やらばたばたしていたのはこのためかと納得する。
「今朝獲れたばかりの新鮮なお魚だよ! アヅマ様がくださったの」
「父上は貴様には甘いからな」
「それはありがたいけど、アヅマ様はミカにも食べてほしかったんだよ」
「もしや、これが報酬のつもりか?」
良い度胸だな。と思わず笑ってしまう。
何もミカヅチも本気で報酬を欲しているわけではない。
すでに依頼料は彼女の両親からもらっているし、それだって初めは要らないと断ったくらいだった。
立場は変われど、幼馴染の護衛くらいで四の五の言う気はない。
「文句があるなら食べなくて良いよ。私がぜーんぶ食べちゃうから! この水ヨウカンもミカにはあげない!」
「少食の貴様には無理だろう」
「ミカが大食いなだけだと思うけど」
「まあ今はどちらでも良い。食い物は粗末にできん」
ミカヅチは、ナマエが隠そうとする自分用の弁当と水ヨウカンをあっさりと奪い取った。ナマエもそれ以上抵抗することはない。
「いただきます」と手を合わせて食事の挨拶をする。
二人で食べる弁当は、懐かしいアシワラの味がした。
「身に余る光栄でございます」
「そんな君にわざわざ来てもらって申し訳ないね」
「此方での任がありました故」
任務のためにアシワラに戻っていたミカヅチは、その足で幼馴染であるナマエの家に立ち寄った。
出迎えた彼女の父は、ミカヅチをしみじみと眺めている。
ミカヅチの父・アヅマと古くからの友人である彼は、ミカヅチの成長を赤子の頃から見守ってきた。息子同然と思っているミカヅチの成長した姿に込み上げてくるものがある。
「男子三日合わざれば、だねえ。本当に立派になった」
いつの間にかヒトは成長し、子供は巣立っていくもの。
喜ばしくもあるが、少し寂しくもある。しかし、それが自然の流れ。いつまでも庇護下に置くだけが愛ではない。
そう考えたからこそ、ナマエの父は娘が帝都に行くことを許可した。
ナマエは薬師を目指して修行中の身である。アシワラで師事していたが、帝都の方がより多くを学べるだろうということになった。
今日は彼女が帝都に旅立つ日だった。
「君やライコウ殿がいるなら、帝都でも安心だ。何から何まで申し訳ないが、娘のことをよろしくお願いします」
「はい、私が必ずお守り致します」
ナマエの父は深々と頭を下げる。返すミカヅチの言葉に偽りは無かった。
男兄弟のミカヅチと違い、ナマエはこの家の一人娘。彼女の両親が心配するのも理解できる。ナマエは幼い頃病弱だったことも、拍車をかけていた。
それに、近衛へ降された帝の命はヤマトの民を守護すること。何もおかしなことはない。
だから、ミカヅチの言葉に深い意味もなかった。なかったのだが。
「いやあ、ミカヅチ殿のような素晴らしい許嫁がいて、ナマエは本当に幸せ者だ!」
頭を上げたナマエの父はそれまでの真面目な空気から一転、大きな口を開けて豪快に笑い出した。動揺するミカヅチだったが、表情に出さぬように努める。
大層仲の良いミカヅチとナマエの親同士が昔に決めた許嫁の約束。自然消滅したと思っていたが、まだ活きているらしい。
この状況で否定することもできずに、ミカヅチは空気を乱さないようにと気を配る。
「お父さん、変なこと言わないでよ!」
そこへやってきたのはナマエと彼女の母親だった。
どうやら先程の会話は聞こえていたらしい。
「ミカヅチ殿のような頼りになる漢はそうそういないぞ?」
「あなた、ナマエも照れてるのよ。そっとしておいてあげて」
「お母さんも!」
顔を真っ赤にして怒るナマエは、ミカヅチから見たら全く迫力がない。
しかし、彼女の両親はこんな日に娘に嫌われたら大変、と大人しくなる。こほんと咳払いをすると、表情を引き締めた。
「頑張ってきなさい。先生や長屋の皆さんにくれぐれもよろしく伝えてくれ」
「何かあったら遠慮せずに帰ってくるのよ。ここはあなたの家なのだから」
「ありがとう、お父さん、お母さん」
家族の別れを邪魔せぬようにミカヅチは静かに見守る。
家庭環境が違うのだから当然なのだろうが、彼の出立とはあまりにも異なる光景だった。だが、ナマエの家の仲の良さをミカヅチは微笑ましく感じていた。
挨拶を済ませ、いよいよ帝都を目指す。
移動手段としてミカヅチが用意したのは1匹のウォプタルだった。
「これで行くの?」
「これが一番手っ取り早い。不満か?」
「そういうわけじゃないけど……わっ!」
ナマエがごにょごにょと何か言っているのを無視したミカヅチは、彼女の身体を軽々と持ち上げると鞍に座らせた。
自身はその前に座ると、ナマエに自分の腰に手を回すように指示をする。
「しっかり掴まっていろ。振り落とされたらそのまま置いていくぞ」
「……よろしくお願いします」
ミカヅチの背中に身体を密着させる形になり、ナマエは恥ずかしくて仕方なかった。
だが、落ちただ怪我どころではすまないかもしれない。何より、連れて行ってもらう立場で嫌だなどと我儘は言えず、大人しく従うしかなかった。
ナマエは、ずっと昔に彼に背負われた日を思い出す。
二人で川遊びをした際に、ナマエは滑って転んで足を挫いてしまった。
大丈夫と断っても、ミカヅチは誘った自分に責任があると譲らずにナマエをおんぶして家路を歩いた。
まだ彼の方がほんの少し背が高いだけで、おんぶと言えないような無理矢理担ぐような状態だったけれど。その頼もしい背中に安心感を覚えたものだ。
あの頃とは比べ物にならないくらいミカヅチの背中は大きく逞しくなっている。
いつの間に成長したのだろう。
左近衛大将に任命され、アシラワの至宝である仮面まで賜っていた。
仮面で隠れた顔。いつの間にか伸びた長い髪。ナマエの父に対する言葉遣い。どれもナマエの知らないミカヅチだった。
こんなに至近距離にいるのに、とても遠く感じる。
寂しくて胸がきゅっと痛んだ。
「……少しだけ速度を上げるぞ」
ナマエの腕に込められた力が強くなったことに気付いたミカヅチはそう声をかける。
自分一人ならもっと飛ばしているのだが、さすがにそこまで考え無しではなかった。
だが、もう少しだけ速い方が良いと判断した。
「わぁ……!」
風が頬を撫でる。
顔を上げればまわりの草原をぐんぐんと追い越していた。次々と景色が切り替わっていく。
「風が気持ち良いね」
「ウマで走るのも悪くはないだろう」
ミカヅチからナマエの表情は窺えなくとも、声が弾んでいるのは分かる。
慣れないウマでの移動だから怖がっているのだろうと彼は考えていた。
しかし、こうして風を切る感覚は気分の良いものだとナマエも分かったらしい。
「そういえば、化物に全然遭わないね」
「街道付近にいるのは大概が雑魚だからな。それでも、力の差を理解することはできるらしい」
「ミカってすごいんだね」
ナマエは素直に感心した。
街道沿いは比較的安全と言っても化物に遭遇する可能性はある。ミカヅチは雑魚だと言うが、多くのヒトはその雑魚にすら苦戦する。
本当に強くなったのだろう。そんな彼にこうして護衛してもらえるのはとてもありがたいことなのだと改めて認識する。
ミカヅチが帝都に行って以来、こうして二人で話すことも久し振りで、それもナマエには嬉しいことだった。
自然に会話もできているのだから、暗い気持ちでは駄目だろう。
「ありがとう、ミカ」
「クク、高くつくぞ?」
「ちゃーんと用意してあります!」
冗談のつもりだったミカヅチに、ナマエは自信満々に返事をする。
それが何か、ミカヅチはすぐに知ることになった。
ある程度ウマを走らせたところで、関所で休憩を取る。
そろそろ腹が減ったかと考えていると、じゃじゃーんとナマエが出してきたのはお弁当だった。
出発前に何やらばたばたしていたのはこのためかと納得する。
「今朝獲れたばかりの新鮮なお魚だよ! アヅマ様がくださったの」
「父上は貴様には甘いからな」
「それはありがたいけど、アヅマ様はミカにも食べてほしかったんだよ」
「もしや、これが報酬のつもりか?」
良い度胸だな。と思わず笑ってしまう。
何もミカヅチも本気で報酬を欲しているわけではない。
すでに依頼料は彼女の両親からもらっているし、それだって初めは要らないと断ったくらいだった。
立場は変われど、幼馴染の護衛くらいで四の五の言う気はない。
「文句があるなら食べなくて良いよ。私がぜーんぶ食べちゃうから! この水ヨウカンもミカにはあげない!」
「少食の貴様には無理だろう」
「ミカが大食いなだけだと思うけど」
「まあ今はどちらでも良い。食い物は粗末にできん」
ミカヅチは、ナマエが隠そうとする自分用の弁当と水ヨウカンをあっさりと奪い取った。ナマエもそれ以上抵抗することはない。
「いただきます」と手を合わせて食事の挨拶をする。
二人で食べる弁当は、懐かしいアシワラの味がした。
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