Petit Etoile
【第2幕 1場 Divertissment】
~ 大忙しのディヴェルティスマン~
[Petit Etoile]
ヒナタの手には1枚のプリントが握られている。
それは、この夏休みに行なわれる1週間の木ノ葉バレエ・アカデミー初級クラス合宿への参加申し込み用紙だった。
記入はもう済んでいる。
あとは保護者の了承印を貰い、参加費を添えて提出するだけ。
しかし、提出期限は明日の夕方4時に受付が閉まるまで。
そして両親へはまだ、このことを話せていない。
いや、既に両親はこの合宿があると知っている。
家庭の事情で同居している従兄弟のネジが昨日、同じ用紙を見せて話をしていた。
もちろん、ヒナタの父は保護者の代理として快く了承印を押し、遠慮するネジに参加費までも与えていた。
同じバレエ・アカデミーに通い、1年遅れたとはいえ同じ初級クラスのヒナタも、その合宿へ参加する権利がある。
両親もネジも知っていることだ。
けれど誰も、ヒナタに行くのかとも聞かず、行ってはいけないとも言わない。
両親はヒナタにバレエ・ダンサーの道を歩ませるつもりはないのだ。
才能のあるネジはともかく、妹のハナビならまだしも───日向家の長女であるヒナタにとって、バレエは箔をつけるお稽古事であり、決して生業とすべきものではない。
だから、ヒナタはこの合宿に参加することはない。
それは最初から決まっていること。
だが、ヒナタはどうしても今年の合宿に参加したかった。
学業との両立や自身の事情を考えると、今年が最後のチャンスになるだろう。
それに来年参加したとしても、もう初級クラスに仲の良い友人はいないかもしれない。
サクラやいの、サスケやナルトはこの合宿の後に中級クラスへ昇級するかもしれなかった。
それだけ今年の新人は層が厚く、上達が早い。
───今年が、最後……
意を決し、家族が談笑するリビングへとヒナタは入っていく。
「お、お父様……、お願いが、あるんです……」
「なんだ、ヒナタ」
「今年の、バレエ・アカデミー初級クラスの合宿に参加したいんです」
そのヒナタの言葉に、楽しく会話をしていた家族が急に押し黙る。
無言の圧力に負けぬよう、しっかりと前を向いてヒナタは一気に言いつのった。
「参加費は、用意しています。今までの、出演料で。申し込み用紙にも、記入を済ませました」
あとは、保護者の了承だけ。
「合宿中にも、その前後にも、やるべきことは全部やります」
だから。
「お願いします。私を合宿に、参加させてください」
「参加してどうなる」
父親はヒナタの顔も見ずに言い捨てる。
「……それは、わかりません」
「だったら……」
「……でも、この合宿に参加もしないなら、初級クラスに……いいえ、バレエ・アカデミーにいる必要だって、ないんです」
「では、もう、やめればいい」
「いいえ、やめませんっ」
やめたくないんです。
「私、バレエが好きなんです。ずっと、好きだから、通っていたんです。だから、続けたいんです」
「……ヒナタ」
家族は戸惑ったのかもしれない。
これまで、何にせよヒナタが自身の想いをここまで強く主張したことはなかった。
しばらく重苦しい沈黙が続き、10分もそうしていただろうか。
「……分かった。今年は、認めよう」
父親はそう言い、ヒナタの握り締めていた申し込み用紙に了承印を押してくれた。
★ ☆ ★ ☆ ★
いよいよ、待ちに待った初級クラスの夏合宿。
実は秋に行なわれるジュニア・バレエ・コンクールへの選抜合宿でもある。
そう言った意味で、集まった研究生たちはやる気に満ち溢れていた。
荷物を抱え、ヒナタが集合場所のレッスン室へ入ると、なにやら騒然としている。
「おはよう、キバくん、シノくん」
「おはよう」
「よっ! ヒナタ。オメエ、オッセーよ。面白いもん見損ねたぜ」
先に到着していた同じ班のキバとシノの元へ行けば、さっそくキバが興奮気味に話し始めた。
「7班のサスケに、去年のルーキーが絡んでよー。ま、いざ対決ってトコで止められちまったんだけどな」
「え?」
7班といえば、まずナルトのことが思い浮かぶヒナタであった。
しかし、それ以上に去年のルーキーという部分に引っかかっる。
ヒナタの従兄弟、ネジがそうだからだ。
ネジの性格上、そんなことはないハズだが。
「その去年のルーキー班の担当教官が飛び込んできやがったんだよ」
グラン・ジュッテでな。
「それから、そいつ説教始めやがったんけどよっ」
もう、一々マイムつけやがるから、おっかしくってよー。
「あんまり濃ゆいんで、全員ひきまくりだぜー」
「だが、マイムもパも完璧だった」
「ナルトなんか、あーゆーノリ好きそーだけどなっ」
「……そ、そう……」
去年のルーキー班の担当教官がどういうダンサーか、ヒナタは知っている。
名はマイト・ガイ。
バレエ・ダンサーというよりは、1970年代の精神とセンスを持った格闘家といった独特の外見と言動が特徴の男だ。
そして今年のルーキー───7班の担当教官、はたけカカシとは永遠のライバルと言われるほどの実力派ソリスト。
パワフルでダイナミックなバレエと、ノーメイクでも舞台映えしそうな濃ゆい顔が印象的だ。
「ま、そんなワケで、さっそく新旧ルーキー班に因縁ができちまったってコト」
この1週間、楽しくなりそーだぜ。
キバはそう言って笑うが、ヒナタは心が重くなっていくのが分かる。
今年初級クラスにあがった9人は仲が良く、結束力が高い。
しかしその分、先輩ダンサーとの摩擦が生じたとき、孤立しやすいだろう。
第一、去年のルーキーにはネジがいる。
何も、起こらないといい。
そう願うことしかヒナタにはできなかった。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/10
UP DATE:2004/11/10(PC)
2009/11/10(mobile)
RE UP DATE:2024/08/08
~ 大忙しのディヴェルティスマン~
[Petit Etoile]
ヒナタの手には1枚のプリントが握られている。
それは、この夏休みに行なわれる1週間の木ノ葉バレエ・アカデミー初級クラス合宿への参加申し込み用紙だった。
記入はもう済んでいる。
あとは保護者の了承印を貰い、参加費を添えて提出するだけ。
しかし、提出期限は明日の夕方4時に受付が閉まるまで。
そして両親へはまだ、このことを話せていない。
いや、既に両親はこの合宿があると知っている。
家庭の事情で同居している従兄弟のネジが昨日、同じ用紙を見せて話をしていた。
もちろん、ヒナタの父は保護者の代理として快く了承印を押し、遠慮するネジに参加費までも与えていた。
同じバレエ・アカデミーに通い、1年遅れたとはいえ同じ初級クラスのヒナタも、その合宿へ参加する権利がある。
両親もネジも知っていることだ。
けれど誰も、ヒナタに行くのかとも聞かず、行ってはいけないとも言わない。
両親はヒナタにバレエ・ダンサーの道を歩ませるつもりはないのだ。
才能のあるネジはともかく、妹のハナビならまだしも───日向家の長女であるヒナタにとって、バレエは箔をつけるお稽古事であり、決して生業とすべきものではない。
だから、ヒナタはこの合宿に参加することはない。
それは最初から決まっていること。
だが、ヒナタはどうしても今年の合宿に参加したかった。
学業との両立や自身の事情を考えると、今年が最後のチャンスになるだろう。
それに来年参加したとしても、もう初級クラスに仲の良い友人はいないかもしれない。
サクラやいの、サスケやナルトはこの合宿の後に中級クラスへ昇級するかもしれなかった。
それだけ今年の新人は層が厚く、上達が早い。
───今年が、最後……
意を決し、家族が談笑するリビングへとヒナタは入っていく。
「お、お父様……、お願いが、あるんです……」
「なんだ、ヒナタ」
「今年の、バレエ・アカデミー初級クラスの合宿に参加したいんです」
そのヒナタの言葉に、楽しく会話をしていた家族が急に押し黙る。
無言の圧力に負けぬよう、しっかりと前を向いてヒナタは一気に言いつのった。
「参加費は、用意しています。今までの、出演料で。申し込み用紙にも、記入を済ませました」
あとは、保護者の了承だけ。
「合宿中にも、その前後にも、やるべきことは全部やります」
だから。
「お願いします。私を合宿に、参加させてください」
「参加してどうなる」
父親はヒナタの顔も見ずに言い捨てる。
「……それは、わかりません」
「だったら……」
「……でも、この合宿に参加もしないなら、初級クラスに……いいえ、バレエ・アカデミーにいる必要だって、ないんです」
「では、もう、やめればいい」
「いいえ、やめませんっ」
やめたくないんです。
「私、バレエが好きなんです。ずっと、好きだから、通っていたんです。だから、続けたいんです」
「……ヒナタ」
家族は戸惑ったのかもしれない。
これまで、何にせよヒナタが自身の想いをここまで強く主張したことはなかった。
しばらく重苦しい沈黙が続き、10分もそうしていただろうか。
「……分かった。今年は、認めよう」
父親はそう言い、ヒナタの握り締めていた申し込み用紙に了承印を押してくれた。
★ ☆ ★ ☆ ★
いよいよ、待ちに待った初級クラスの夏合宿。
実は秋に行なわれるジュニア・バレエ・コンクールへの選抜合宿でもある。
そう言った意味で、集まった研究生たちはやる気に満ち溢れていた。
荷物を抱え、ヒナタが集合場所のレッスン室へ入ると、なにやら騒然としている。
「おはよう、キバくん、シノくん」
「おはよう」
「よっ! ヒナタ。オメエ、オッセーよ。面白いもん見損ねたぜ」
先に到着していた同じ班のキバとシノの元へ行けば、さっそくキバが興奮気味に話し始めた。
「7班のサスケに、去年のルーキーが絡んでよー。ま、いざ対決ってトコで止められちまったんだけどな」
「え?」
7班といえば、まずナルトのことが思い浮かぶヒナタであった。
しかし、それ以上に去年のルーキーという部分に引っかかっる。
ヒナタの従兄弟、ネジがそうだからだ。
ネジの性格上、そんなことはないハズだが。
「その去年のルーキー班の担当教官が飛び込んできやがったんだよ」
グラン・ジュッテでな。
「それから、そいつ説教始めやがったんけどよっ」
もう、一々マイムつけやがるから、おっかしくってよー。
「あんまり濃ゆいんで、全員ひきまくりだぜー」
「だが、マイムもパも完璧だった」
「ナルトなんか、あーゆーノリ好きそーだけどなっ」
「……そ、そう……」
去年のルーキー班の担当教官がどういうダンサーか、ヒナタは知っている。
名はマイト・ガイ。
バレエ・ダンサーというよりは、1970年代の精神とセンスを持った格闘家といった独特の外見と言動が特徴の男だ。
そして今年のルーキー───7班の担当教官、はたけカカシとは永遠のライバルと言われるほどの実力派ソリスト。
パワフルでダイナミックなバレエと、ノーメイクでも舞台映えしそうな濃ゆい顔が印象的だ。
「ま、そんなワケで、さっそく新旧ルーキー班に因縁ができちまったってコト」
この1週間、楽しくなりそーだぜ。
キバはそう言って笑うが、ヒナタは心が重くなっていくのが分かる。
今年初級クラスにあがった9人は仲が良く、結束力が高い。
しかしその分、先輩ダンサーとの摩擦が生じたとき、孤立しやすいだろう。
第一、去年のルーキーにはネジがいる。
何も、起こらないといい。
そう願うことしかヒナタにはできなかった。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/10
UP DATE:2004/11/10(PC)
2009/11/10(mobile)
RE UP DATE:2024/08/08