Petit Etoile
【第1幕 3場 Waltz of the Snowflakes】
~ 冷たいワルツ ~
[Petit Etoile]
ヒナタが初級クラスに昇格して、もうすぐ1ヶ月になる。
結局、あのテストで合格したのは3人でパ・ド・ドゥ───2人の踊りを踊った3つの班。
ヒナタ、キバ、シノのくるみ割り人形も、いの、シカマル、チョウジのコッペリアも評判は良かった。
ヒナタのクララは可憐で少女の初々しさが溢れていたし、2人の王子もそれぞれの良さを引き立てあっていた。
いののコミカルで真面目なスワニルダに振り回されるチョウジとシカマルのフランツは大いに笑いを誘った。
けれど、7班の評価とは桁が違う。
パ・ド・ドゥを3人構成にアレンジして踊ったのではなく、3人でパ・ド・ドゥを踊るというはたけカカシの演出はもちろんのこと、3人のコンビネーションの良さ。
そして何よりサスケ、サクラ、ナルトそれぞれの個性と長所が大きく評価されたのだ。
特に、これまでおちこぼれとされてきたナルトが。
確かにナルトの技術はまだまだ拙いし、それに元気がありあまっているというのか動きが荒く、情緒的なものを表現しきれない。
それでもふとした手の、足の、首の動きと表情が人をひきつける。
そんなバレエを、あの時のナルトは踊っていた。
今や7班は木ノ葉バレエ・アカデミー期待の新人というところか。
ただ、そうやって評価を得るよりも前から、ナルトはヒナタにとって憧れる存在であり、尊敬すべきバレエ・ダンサーであった。
ナルトはアカデミー入所当初からおちこぼれていた。
そんな彼が奨学生で合宿所住まいをしていることが気に入らない保護者や、子供から酷い嫌がらせを受けた時期がある。
彼を辞めさせるか、奨学金を停止しなければ寄付や支援を止めるとまで言ってきた者までいたと聞いている。
中には前時代的な少女マンガのようにシューズに画鋲を詰め込まれたり、レッスン着を雑巾にされたりということまであったらしい。
それでも、ナルトは踊る事を止めなかった。
どんなになじられても、けなされても、エトワールになるのだと言って、やりとおした。
そんなナルトを講師のイルカは特に真剣に指導していたし、アカデミー3代目団長の火影も暖かく見守っていた。
そして見習クラスから初級クラスへ上がっていったのだ。
技術や表現力だけならばヒナタの方が上手だが、気持ちやバレエに取り組むナルトの姿勢にヒナタは強い憧れを抱いている。
分かっているのだ、ヒナタも。
自分には、それが欠けていると。
昇級テストでは見事に2人の王子とクララのパ・ド・ドゥを踊った。
だが、それは慣れたレッスン室で見知ったクラスメートたちを前にしていたからできたことだった。
レッスンだときちんとできることが、いざ本番のステージとなると緊張してできなくなる。
初級クラスに上がって1ヶ月。
それはヒナタにとって、失敗の日々だった。
★ ☆ ★ ☆ ★
それから数週間が経ち、ヒナタは劇場の奈落にいた。
初級クラスに上がったばからの研究生は、上級クラスのプロダンサーについて付き人のようなことをしながら、バレエダンサーという特殊な社会のルールを学んでいく。
今、ヒナタたちは指導担当の夕日紅に従って地方公演に参加していた。
と言っても、袖に控えてステージを降りる紅にタオルを渡したり、幕間の着替えやメイクを手伝ったり。
できることは裏方の、その補佐程度だけだが。
それでも華やかな舞台上だけでは知り得ない様々な事柄を目にすれば、ダンサーとしてどう振る舞うべきかを考えることもできるだろう。
少なくともヒナタは有意義な経験だと、思う。
直接的な指導が受けられず、共に来ているキバは多少の不満を口にもしている。
だが、シノはヒナタと同じように考えているようだ。
今のようにマチネとソワレ───昼公演と夜公演の間。
ささやかな休憩時間に、体力の有り余ったキバをジョギングに連れ出したりしている。
ステージ下に設置された大きな鏡の前に立ったヒナタは呼吸を整え、背筋を伸ばしてゆっくりと基礎練習を行う。
たった1人。
指導者どころか、音楽もバァルもシューズない。
けれどヒナタは公演中、毎日ここでこうしていた。
基本的に公演中は指導はない。
付き人として公演に関わることが、指導であり学ぶことだからだ。
しかし、ダンサーの肉体は1日鍛錬を怠れば、取り戻すのに2日を要すると言われている。
どんなに雑事に追われようとも、自分で最低限の基礎練習を行っていなければあっという間に身体は鈍ってしまう。
毎日繰り返して体に染み着いた動き。
それでも一つひとつ、指先から足先、呼吸すら意識を配って。
少ない時間であっても、動かす四肢のイメージを疎かにせずに。
基礎の動きをさらっていく。
今日が公演の最終日。
明日からはまたアカデミーでの指導が始まる。
その時に、忙しさを理由にシノやキバの足を引っ張るわけにはいかない。
ヒナタだって、いつかスポットライトに照らされたステージで踊る日を夢見ているのだ。
紅のように、気高いエスメラルダや奔放なキトリを。
そして、悲しくも美しいオディールを。
内向的なヒナタにとって紅のバレエは憧れだ。
無い物ねだりなのは自覚している。
けれど、舞台という夢の中でならば、堂々と踊れる気がするのだ。
誘惑者の32回転───フィッテ・アン・トゥールナンだって。
「……何を、しているんですか?」
まさに黒鳥の踊りをさらおうとした瞬間、声をかけたのはネジだった。
従兄弟の彼も、指導担当者に従って公演に同行している。
だが、こうして2人きりで会うのは期間中で初めてだ。
「ヒナタさん?」
「……あ、あの……、基礎練習を……」
まるで赤の他人への呼びかけのような問いかけに、ただでさえか細いヒナタの声は震えを含む。
まるで悪い場面を見られたかのように俯いてしまうヒナタの視線の先に、ネジは眉をひそめた。
「……シューズくらい、履いたらどうですか」
呆れた声で不機嫌に呟くネジに、ヒナタは肩を竦める。
このステージ下はリハーサルにも使われるが、公演中の今は倉庫と前室を兼用している。
大道具から抜け落ちた金具が落ちていたって不思議ではない。
「……ご、ごめんなさいっ」
とっさにでた謝罪に、ネジの声は険しさを増した。
「謝って、どうするんですか」
互いにそんなつもりで言ったわけでない言葉が、相手を追い詰めることに焦っている。
従兄弟同士だけあって、気持ちを伝え合うことが不器用なところが2人は似ていた。
一歩だけ、歩み寄りさえすればいい。
なのに、それができない。
「ごめんなさい」
小さく呟いたヒナタは脱いでいた靴を突っかけただけで、ネジの前から逃げだした。
「……だから、謝って欲しいわけじゃありません……」
苦々しく吐き出されたネジの言葉も、置き去りにして。
【第1幕・了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/08
UP DATE:2004/11/09(PC)
REーWRITE:2009/11/09
UP DATE:2009/11/10(mobile)
RE UP DATE:2024/08/08
~ 冷たいワルツ ~
[Petit Etoile]
ヒナタが初級クラスに昇格して、もうすぐ1ヶ月になる。
結局、あのテストで合格したのは3人でパ・ド・ドゥ───2人の踊りを踊った3つの班。
ヒナタ、キバ、シノのくるみ割り人形も、いの、シカマル、チョウジのコッペリアも評判は良かった。
ヒナタのクララは可憐で少女の初々しさが溢れていたし、2人の王子もそれぞれの良さを引き立てあっていた。
いののコミカルで真面目なスワニルダに振り回されるチョウジとシカマルのフランツは大いに笑いを誘った。
けれど、7班の評価とは桁が違う。
パ・ド・ドゥを3人構成にアレンジして踊ったのではなく、3人でパ・ド・ドゥを踊るというはたけカカシの演出はもちろんのこと、3人のコンビネーションの良さ。
そして何よりサスケ、サクラ、ナルトそれぞれの個性と長所が大きく評価されたのだ。
特に、これまでおちこぼれとされてきたナルトが。
確かにナルトの技術はまだまだ拙いし、それに元気がありあまっているというのか動きが荒く、情緒的なものを表現しきれない。
それでもふとした手の、足の、首の動きと表情が人をひきつける。
そんなバレエを、あの時のナルトは踊っていた。
今や7班は木ノ葉バレエ・アカデミー期待の新人というところか。
ただ、そうやって評価を得るよりも前から、ナルトはヒナタにとって憧れる存在であり、尊敬すべきバレエ・ダンサーであった。
ナルトはアカデミー入所当初からおちこぼれていた。
そんな彼が奨学生で合宿所住まいをしていることが気に入らない保護者や、子供から酷い嫌がらせを受けた時期がある。
彼を辞めさせるか、奨学金を停止しなければ寄付や支援を止めるとまで言ってきた者までいたと聞いている。
中には前時代的な少女マンガのようにシューズに画鋲を詰め込まれたり、レッスン着を雑巾にされたりということまであったらしい。
それでも、ナルトは踊る事を止めなかった。
どんなになじられても、けなされても、エトワールになるのだと言って、やりとおした。
そんなナルトを講師のイルカは特に真剣に指導していたし、アカデミー3代目団長の火影も暖かく見守っていた。
そして見習クラスから初級クラスへ上がっていったのだ。
技術や表現力だけならばヒナタの方が上手だが、気持ちやバレエに取り組むナルトの姿勢にヒナタは強い憧れを抱いている。
分かっているのだ、ヒナタも。
自分には、それが欠けていると。
昇級テストでは見事に2人の王子とクララのパ・ド・ドゥを踊った。
だが、それは慣れたレッスン室で見知ったクラスメートたちを前にしていたからできたことだった。
レッスンだときちんとできることが、いざ本番のステージとなると緊張してできなくなる。
初級クラスに上がって1ヶ月。
それはヒナタにとって、失敗の日々だった。
★ ☆ ★ ☆ ★
それから数週間が経ち、ヒナタは劇場の奈落にいた。
初級クラスに上がったばからの研究生は、上級クラスのプロダンサーについて付き人のようなことをしながら、バレエダンサーという特殊な社会のルールを学んでいく。
今、ヒナタたちは指導担当の夕日紅に従って地方公演に参加していた。
と言っても、袖に控えてステージを降りる紅にタオルを渡したり、幕間の着替えやメイクを手伝ったり。
できることは裏方の、その補佐程度だけだが。
それでも華やかな舞台上だけでは知り得ない様々な事柄を目にすれば、ダンサーとしてどう振る舞うべきかを考えることもできるだろう。
少なくともヒナタは有意義な経験だと、思う。
直接的な指導が受けられず、共に来ているキバは多少の不満を口にもしている。
だが、シノはヒナタと同じように考えているようだ。
今のようにマチネとソワレ───昼公演と夜公演の間。
ささやかな休憩時間に、体力の有り余ったキバをジョギングに連れ出したりしている。
ステージ下に設置された大きな鏡の前に立ったヒナタは呼吸を整え、背筋を伸ばしてゆっくりと基礎練習を行う。
たった1人。
指導者どころか、音楽もバァルもシューズない。
けれどヒナタは公演中、毎日ここでこうしていた。
基本的に公演中は指導はない。
付き人として公演に関わることが、指導であり学ぶことだからだ。
しかし、ダンサーの肉体は1日鍛錬を怠れば、取り戻すのに2日を要すると言われている。
どんなに雑事に追われようとも、自分で最低限の基礎練習を行っていなければあっという間に身体は鈍ってしまう。
毎日繰り返して体に染み着いた動き。
それでも一つひとつ、指先から足先、呼吸すら意識を配って。
少ない時間であっても、動かす四肢のイメージを疎かにせずに。
基礎の動きをさらっていく。
今日が公演の最終日。
明日からはまたアカデミーでの指導が始まる。
その時に、忙しさを理由にシノやキバの足を引っ張るわけにはいかない。
ヒナタだって、いつかスポットライトに照らされたステージで踊る日を夢見ているのだ。
紅のように、気高いエスメラルダや奔放なキトリを。
そして、悲しくも美しいオディールを。
内向的なヒナタにとって紅のバレエは憧れだ。
無い物ねだりなのは自覚している。
けれど、舞台という夢の中でならば、堂々と踊れる気がするのだ。
誘惑者の32回転───フィッテ・アン・トゥールナンだって。
「……何を、しているんですか?」
まさに黒鳥の踊りをさらおうとした瞬間、声をかけたのはネジだった。
従兄弟の彼も、指導担当者に従って公演に同行している。
だが、こうして2人きりで会うのは期間中で初めてだ。
「ヒナタさん?」
「……あ、あの……、基礎練習を……」
まるで赤の他人への呼びかけのような問いかけに、ただでさえか細いヒナタの声は震えを含む。
まるで悪い場面を見られたかのように俯いてしまうヒナタの視線の先に、ネジは眉をひそめた。
「……シューズくらい、履いたらどうですか」
呆れた声で不機嫌に呟くネジに、ヒナタは肩を竦める。
このステージ下はリハーサルにも使われるが、公演中の今は倉庫と前室を兼用している。
大道具から抜け落ちた金具が落ちていたって不思議ではない。
「……ご、ごめんなさいっ」
とっさにでた謝罪に、ネジの声は険しさを増した。
「謝って、どうするんですか」
互いにそんなつもりで言ったわけでない言葉が、相手を追い詰めることに焦っている。
従兄弟同士だけあって、気持ちを伝え合うことが不器用なところが2人は似ていた。
一歩だけ、歩み寄りさえすればいい。
なのに、それができない。
「ごめんなさい」
小さく呟いたヒナタは脱いでいた靴を突っかけただけで、ネジの前から逃げだした。
「……だから、謝って欲しいわけじゃありません……」
苦々しく吐き出されたネジの言葉も、置き去りにして。
【第1幕・了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/08
UP DATE:2004/11/09(PC)
REーWRITE:2009/11/09
UP DATE:2009/11/10(mobile)
RE UP DATE:2024/08/08