Petit Etoile
【第1幕 2場 Little Galop】
~ 戸惑いがちのギャロップ ~
[Petit Etoile]
木ノ葉バレエ・アカデミーは毎年、見習クラスから最大で9人の研究生を初級クラスへ昇格させている。
もちろん、誰も実力が見合わないとなれば、その年は合格者はなしとなるが。
初級クラスの研究生は同時に、1人前のバレエ・ダンサーである。
そうなれば、アカデミーの定期公演への出演だけでなく、実力さえあれば国際コンクールへの推薦も約束される。
今年、昇級テストを受けられるのは見習クラスの27名。
成績優秀者であるサスケやサクラ、いのだけでなく、ヒナタとナルトもいた。
受験生たちはレッスン着に着替え、ストレッチをしながらテストの始まりを待っている。
張り詰めた緊張感で、いつものレッスン室とは雰囲気が違っていた。
そこへ、いつものようにすぱーっんといい音を響かせ、イルカが姿を現す。
「全員揃ってるかーっ!」
室内のあちこちで身体をほぐしていた受験生たちがわらわらとイルカの前に並んだ。
その顔を確認すれば、受験予定者が全員いると分かる。
「よし、ではこれから初級クラスへの昇級テストを開始します」
まず3人1組に分かれ、上級クラスの研究生から2時間のレッスンを受けてください。
「その後、このレッスン室でその成果を発表しあい、合格者を決定します」
イルカの説明に受験生たちの顔が引き締まる。
上級クラスは木ノ葉バレエ・アカデミーのエトワール───花形ダンサー、国際舞台でも活躍する国内一流のソリストである。
その指導を、昇級テストという形でも受けられるのは名誉なことだった。
「それでは班分けをしながら、君たちに指導して下さる上級クラスの方々を紹介しよう」
そこでイルカは廊下へ声を掛け、待機していた8名のバレエ・ダンサーを招き入れる。
「えー、名前を呼ばれた者は前へ出なさい。まず1班から……」
次々に名を呼ばれ、自分を指導してくれる上級クラス研究生へ挨拶をする受験生たちの声が高まっていく。
そんな中で、名を呼ばれない者に不安が募る。
ここにいるのは27名。
3人一組ならば、9班ができる。
何故か3班はなく、1班2班までと、4班から10班までだ。
だが、指導者は8名しかいない。
もし、自分が呼ばれなければテストを受けることもできないのだろうか?
「じゃ、次7班。春野サクラ、うずまきナルト! それと……うちはサスケ」
前に出た3人を前に、イルカははっきりと困った表情をみせている。
「あぁー、お前ぇらの指導担当なんだがなぁ……まだ、来てねぇみてえだ」
「「なあーーーぁっ!?」」
ナルトとサクラが声を合わせ、サスケも呆れたように息を吐いた。
「色々と忙しい人らしいからな。到着しだいここに来させるから、お前らはここで待機だ」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! イルカ先生!」
「その指導員が遅れた分、オレたちのレッスン時間は短くなるんですが……」
サクラとサスケの訴えに、イルカも心底困り果てた感で弁解する。
「ああ、その分は考慮するから。じゃ、続けるぞ、次、8班!」
そんな4人の姿を一番後ろから眺めていたヒナタは、小さくため息をついた。
───ナルトくんと、同じ班になりたかったのにな……
ぼうっと自分の考えに沈んでいたヒナタに、イルカの声が掛かる。
「……日向ヒナタ。ヒナタっ! 聞こえないのか?」
「えっ! は、はいっ!」
「ホラ、前に出て来い。お前はシノとキバとで8班だよ」
「……す、スミマセン」
慌てて前へ出るヒナタの前に、1人のプリマドンナが進みでた。
「8班は、こちらの夕日紅先生が担当される」
「3人共、よろしくね」
優雅なレヴァランスをみせる新人エトワール・夕日紅のことは、ヒナタも個人的に良く知っている。
優美で幻想的で、なおかつ力強さをも表現できるバレエが国際的に評価されている、とても美しい女性だ。
「さ、私たちは第3レッスン室よ。行きましょう」
そして自分にはもちろん、他人にも妥協を許さない、厳しい精神の持ち主でもある。
★ ☆ ★ ☆ ★
「改めて名乗っておくけど、私が夕日紅よ」
ああ、あなたたちのことは知っているわ。
「ヒナタと、キバ。アナタがシノね」
そう言われ、3人はレヴァランス───お辞儀で応える。
「早速だけれど、レッスンにうつりましょう。2時間しかないんだもの」
「おうっ」
「はい」
「分かった」
「じゃあ、いつも通り基礎から、バァルから始めて」
それから1時間、みっちりと基礎練習を行い、紅はその様子を見ていた。
「そろそろ身体も温まってきたでしょう。ヒナタ」
「はい」
「パ・ド・ドゥを見せてちょうだい。何が得意かしら? オデット? オーロラ?」
パ・ド・ドゥはクライマックスにプリマドンナとプリンシパルが2人で躍るバレエの見せ場である。
有名なバレエにはそれぞれ特徴的な、そして定番となっている振り付けがついている。
それをプリマの躍る役名で呼ぶのだ。
オデットやオディールは、白鳥の湖。
オーロラは、眠り姫。
ジゼル、コッペリア、白毛女。
バレエが好きな子供なら、人気のある憧れの演目は何度も観ているから、例え教わっていなくとも、見よう見真似で躍ることはできる。
そうやって人の技術を覚えていく者が、上達していくのだ。
「……あ、あの、相手は……」
「2人と踊ってみせて」
「はい。それじゃあ、あの……クララを、」
「くるみ割り人形の、終幕のワルツ?」
「……はい」
紅はライブラリからディスクを探し、プレイヤーにセットしている。
その後ろ姿を見ながら、ヒナタはこっそりと2人の仲間に謝った。
「……あの、ごめんなさい。勝手に、」
「ああ? 構わねえよっ。お前が選んだっていうか、選ばされたんだし。オレが得意じゃなくったって、オレのせいじゃねえや」
「そうだ。第一、定番の演目なのだから、出来たほうがいいに決まっている」
2人ともそっけなく、しかし謝る必要はないと言ってくれる。
「……ありがとう」
その会話を背中で聞きながら、紅は曲を指定し終える。
「さ、どっちから躍ってくれるの?」
「オレからっ!」
キバがヒナタの腕をとり、フロアへ出ていった。
2人のポーズが落ち着くのを待って、紅はプレイボタンを押す。
同時に煌びやかで壮大なワルツが流れ始め、約5分の魔法の時間が始まった。
ずいぶんと野性的で粗野な王子と、大人しい小娘のパ・ド・ドゥだったけれど……。
曲が一度落ち着いたところで、紅はシノの背を押した。
「キバ、シノと交代してみて」
まだ躍りつづけながら、器用にキバはフロアを離れていく。
急に放り出され、グラついたヒナタの手は、シノがちゃんとささえた。
「ふぅん……いいじゃない」
3人に聞こえない声音で、紅は呟く。
相手がキバからシノに───猛々しい王子から物静かな王子に代わった途端、ただの大人しい小娘が奥ゆかしい王女のように見えるから不思議だ。
まるで、壊れた人形の王子を慈しむ心優しい娘クララがお菓子の国へ連れて行かれ、王子様と結ばれてお姫様になる───くるみ割り人形の物語そのまま。
ヒナタは相手に合わせるのがうまい。
それで自分の長所を消してしまうこともあるが、上手の相手と組めば上達も早くなるだろう。
その中で自信をつけ、自分のバレエをみつけられれば、いいダンサーになるはずだ。
「いいわ、3人とも。このタイミングでいきましょう」
パ・ド・ドゥを3人で踊るわよ。
★ ☆ ★ ☆ ★
2時間のレッスンを終え、受験生たちが最初のレッスン室へ集まりだした。
担当指導者の大幅な遅刻のせいで、ここでレッスンをしていた7班も切り上げなければならなくなったが、特に問題はない様子だ。
それよりも、遅れて来た指導員を見て、受験生たちがざわめいている。
無理もない。
その人物は木ノ葉バレエ・アカデミー随一のエトワール、一昨日までパリ公演に参加していたハズのはたけカカシであったからだ。
流石に時差ボケでもしているのか、眠そうに背を丸めて座っている姿はとても国際的なプリンシパルとは見えない。
しかも、何故か頭髪から衣服にかけてシューズの滑り止めにつかう松脂の粉末が振りかかっている。
やがて全ての班がレッスン室へ戻ると、昇級テストの発表会が行なわれる。
1班から順番に、この2時間での成果を躍ってみせるのだ。
1班から6班までは3人で躍るパ・ド・トロワを披露する。
しかもその半分が白鳥の湖で有名な3羽の白鳥の踊りであった。
「じゃあ、次は7班」
イルカの声に、のっそりとカカシが立ち上がり3人を促す。
サスケ、サクラ、ナルトがフロアの中央に立った。
「曲は、白鳥の湖からー」
ああ、また3羽の白鳥かと思った耳に、信じられない言葉が続く。
「終幕の情景」
「えっ?」
問い返すイルカに、カカシがへらりと微笑んでみせた。
「グラン・パ・ド・ドゥを3人で踊るんです。曲、お願いします」
「あぁっ、はははいっ」
促されてイルカは曲をスタートさせる。
流れ出すのは、悲劇の6分半。
悲痛な叫びの音楽。
裏切りに嘆く白鳥にされた娘オデットと、騙されて愛を黒鳥オディールに捧げてしまった王子が冷たい湖に沈んでいく終幕の情景。
絶望に滅び行く2人の、最期のパ・ド・ドゥ。
それを3人で。
3人が入れ替わり、王子とオデットを踊っている。
サスケとナルトでサクラをリフトし、ナルトの伸びきらない足をサクラが支え、サクラの跳躍をサスケが補助して。
サクラの体力では難しいトゥール───回転をナルトが。
ナルトの技術では及ばないレール───跳躍をサスケが。
サスケの表現力では補いきれないパ・ド・ブーレ───ポワントでのステップをサクラが踊っていた。
本当に、2人のパ・ド・ドゥを3人で表現している。
それも誰かが影にまわるのではなく、3人ともに光を当てて。
2時間に満たない練習時間でよくもこれだけ息があうものだ。
そして互いの弱点を補うように組まれたポジションと構成。
これが、はたけカカシのバレエなのだろうか。
誰もがため息をつく中、静かに悲劇は終幕を迎えた。
いや、この演出は、悲しい結末ではない。
王子の愛がオデットを救い、2人の愛が呪いに勝利した───ハッピーエンドだった。
静まり返る室内。
ため息と、ぽつりぽつりと鳴り出した拍手が、しだいにレッスン室に響き渡る。
「ま、こーんなもんデショ」
ぼつりと、それでもどこか満足げに呟くカカシ。
その隣りで紅が美しい顔をしかめ、睨みつける。
「アンタねえ、3人でパ・ド・ドゥなんて何考えてんのよ」
「なんで? あ、もしかして紅も同じの仕込んだ?」
「……うちは、くるみ割りだけどね」
「あー、実はうちもだ」
更にその紅の隣りから声がした。
髭を蓄えた大柄なプリンシパル、猿飛アスマだった。
「コッペリアだがよ」
「なぁーによ、オレら3人で同じこと考えたってのー?」
「イヤだ! こんなのと同じ思考回路だなんて」
「ったく、そりゃオレの台詞だ」
上級クラスの講師たちがぐちぐちと言い合っているのも知らず、7班の子供たちは拍手の中、晴れやかな表情で壁際へ戻っていく。
次は8班の番。
どきどきと緊張に騒ぐ胸を押さえ、うつむいてフロアへ向かうヒナタ。
すれ違いざまに、ナルトの声が聞こえた。
「がんばれよっ」
それはナルトと仲のいいキバへの言葉だったのかもしれない。
それでも、ヒナタはほっこりと気持ちが落ち着いていくのが分かった。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/07
UP DATE:2004/11/09(PC)
2009/11/08(mobile)
RE UP DATE:2024/08/08
~ 戸惑いがちのギャロップ ~
[Petit Etoile]
木ノ葉バレエ・アカデミーは毎年、見習クラスから最大で9人の研究生を初級クラスへ昇格させている。
もちろん、誰も実力が見合わないとなれば、その年は合格者はなしとなるが。
初級クラスの研究生は同時に、1人前のバレエ・ダンサーである。
そうなれば、アカデミーの定期公演への出演だけでなく、実力さえあれば国際コンクールへの推薦も約束される。
今年、昇級テストを受けられるのは見習クラスの27名。
成績優秀者であるサスケやサクラ、いのだけでなく、ヒナタとナルトもいた。
受験生たちはレッスン着に着替え、ストレッチをしながらテストの始まりを待っている。
張り詰めた緊張感で、いつものレッスン室とは雰囲気が違っていた。
そこへ、いつものようにすぱーっんといい音を響かせ、イルカが姿を現す。
「全員揃ってるかーっ!」
室内のあちこちで身体をほぐしていた受験生たちがわらわらとイルカの前に並んだ。
その顔を確認すれば、受験予定者が全員いると分かる。
「よし、ではこれから初級クラスへの昇級テストを開始します」
まず3人1組に分かれ、上級クラスの研究生から2時間のレッスンを受けてください。
「その後、このレッスン室でその成果を発表しあい、合格者を決定します」
イルカの説明に受験生たちの顔が引き締まる。
上級クラスは木ノ葉バレエ・アカデミーのエトワール───花形ダンサー、国際舞台でも活躍する国内一流のソリストである。
その指導を、昇級テストという形でも受けられるのは名誉なことだった。
「それでは班分けをしながら、君たちに指導して下さる上級クラスの方々を紹介しよう」
そこでイルカは廊下へ声を掛け、待機していた8名のバレエ・ダンサーを招き入れる。
「えー、名前を呼ばれた者は前へ出なさい。まず1班から……」
次々に名を呼ばれ、自分を指導してくれる上級クラス研究生へ挨拶をする受験生たちの声が高まっていく。
そんな中で、名を呼ばれない者に不安が募る。
ここにいるのは27名。
3人一組ならば、9班ができる。
何故か3班はなく、1班2班までと、4班から10班までだ。
だが、指導者は8名しかいない。
もし、自分が呼ばれなければテストを受けることもできないのだろうか?
「じゃ、次7班。春野サクラ、うずまきナルト! それと……うちはサスケ」
前に出た3人を前に、イルカははっきりと困った表情をみせている。
「あぁー、お前ぇらの指導担当なんだがなぁ……まだ、来てねぇみてえだ」
「「なあーーーぁっ!?」」
ナルトとサクラが声を合わせ、サスケも呆れたように息を吐いた。
「色々と忙しい人らしいからな。到着しだいここに来させるから、お前らはここで待機だ」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! イルカ先生!」
「その指導員が遅れた分、オレたちのレッスン時間は短くなるんですが……」
サクラとサスケの訴えに、イルカも心底困り果てた感で弁解する。
「ああ、その分は考慮するから。じゃ、続けるぞ、次、8班!」
そんな4人の姿を一番後ろから眺めていたヒナタは、小さくため息をついた。
───ナルトくんと、同じ班になりたかったのにな……
ぼうっと自分の考えに沈んでいたヒナタに、イルカの声が掛かる。
「……日向ヒナタ。ヒナタっ! 聞こえないのか?」
「えっ! は、はいっ!」
「ホラ、前に出て来い。お前はシノとキバとで8班だよ」
「……す、スミマセン」
慌てて前へ出るヒナタの前に、1人のプリマドンナが進みでた。
「8班は、こちらの夕日紅先生が担当される」
「3人共、よろしくね」
優雅なレヴァランスをみせる新人エトワール・夕日紅のことは、ヒナタも個人的に良く知っている。
優美で幻想的で、なおかつ力強さをも表現できるバレエが国際的に評価されている、とても美しい女性だ。
「さ、私たちは第3レッスン室よ。行きましょう」
そして自分にはもちろん、他人にも妥協を許さない、厳しい精神の持ち主でもある。
★ ☆ ★ ☆ ★
「改めて名乗っておくけど、私が夕日紅よ」
ああ、あなたたちのことは知っているわ。
「ヒナタと、キバ。アナタがシノね」
そう言われ、3人はレヴァランス───お辞儀で応える。
「早速だけれど、レッスンにうつりましょう。2時間しかないんだもの」
「おうっ」
「はい」
「分かった」
「じゃあ、いつも通り基礎から、バァルから始めて」
それから1時間、みっちりと基礎練習を行い、紅はその様子を見ていた。
「そろそろ身体も温まってきたでしょう。ヒナタ」
「はい」
「パ・ド・ドゥを見せてちょうだい。何が得意かしら? オデット? オーロラ?」
パ・ド・ドゥはクライマックスにプリマドンナとプリンシパルが2人で躍るバレエの見せ場である。
有名なバレエにはそれぞれ特徴的な、そして定番となっている振り付けがついている。
それをプリマの躍る役名で呼ぶのだ。
オデットやオディールは、白鳥の湖。
オーロラは、眠り姫。
ジゼル、コッペリア、白毛女。
バレエが好きな子供なら、人気のある憧れの演目は何度も観ているから、例え教わっていなくとも、見よう見真似で躍ることはできる。
そうやって人の技術を覚えていく者が、上達していくのだ。
「……あ、あの、相手は……」
「2人と踊ってみせて」
「はい。それじゃあ、あの……クララを、」
「くるみ割り人形の、終幕のワルツ?」
「……はい」
紅はライブラリからディスクを探し、プレイヤーにセットしている。
その後ろ姿を見ながら、ヒナタはこっそりと2人の仲間に謝った。
「……あの、ごめんなさい。勝手に、」
「ああ? 構わねえよっ。お前が選んだっていうか、選ばされたんだし。オレが得意じゃなくったって、オレのせいじゃねえや」
「そうだ。第一、定番の演目なのだから、出来たほうがいいに決まっている」
2人ともそっけなく、しかし謝る必要はないと言ってくれる。
「……ありがとう」
その会話を背中で聞きながら、紅は曲を指定し終える。
「さ、どっちから躍ってくれるの?」
「オレからっ!」
キバがヒナタの腕をとり、フロアへ出ていった。
2人のポーズが落ち着くのを待って、紅はプレイボタンを押す。
同時に煌びやかで壮大なワルツが流れ始め、約5分の魔法の時間が始まった。
ずいぶんと野性的で粗野な王子と、大人しい小娘のパ・ド・ドゥだったけれど……。
曲が一度落ち着いたところで、紅はシノの背を押した。
「キバ、シノと交代してみて」
まだ躍りつづけながら、器用にキバはフロアを離れていく。
急に放り出され、グラついたヒナタの手は、シノがちゃんとささえた。
「ふぅん……いいじゃない」
3人に聞こえない声音で、紅は呟く。
相手がキバからシノに───猛々しい王子から物静かな王子に代わった途端、ただの大人しい小娘が奥ゆかしい王女のように見えるから不思議だ。
まるで、壊れた人形の王子を慈しむ心優しい娘クララがお菓子の国へ連れて行かれ、王子様と結ばれてお姫様になる───くるみ割り人形の物語そのまま。
ヒナタは相手に合わせるのがうまい。
それで自分の長所を消してしまうこともあるが、上手の相手と組めば上達も早くなるだろう。
その中で自信をつけ、自分のバレエをみつけられれば、いいダンサーになるはずだ。
「いいわ、3人とも。このタイミングでいきましょう」
パ・ド・ドゥを3人で踊るわよ。
★ ☆ ★ ☆ ★
2時間のレッスンを終え、受験生たちが最初のレッスン室へ集まりだした。
担当指導者の大幅な遅刻のせいで、ここでレッスンをしていた7班も切り上げなければならなくなったが、特に問題はない様子だ。
それよりも、遅れて来た指導員を見て、受験生たちがざわめいている。
無理もない。
その人物は木ノ葉バレエ・アカデミー随一のエトワール、一昨日までパリ公演に参加していたハズのはたけカカシであったからだ。
流石に時差ボケでもしているのか、眠そうに背を丸めて座っている姿はとても国際的なプリンシパルとは見えない。
しかも、何故か頭髪から衣服にかけてシューズの滑り止めにつかう松脂の粉末が振りかかっている。
やがて全ての班がレッスン室へ戻ると、昇級テストの発表会が行なわれる。
1班から順番に、この2時間での成果を躍ってみせるのだ。
1班から6班までは3人で躍るパ・ド・トロワを披露する。
しかもその半分が白鳥の湖で有名な3羽の白鳥の踊りであった。
「じゃあ、次は7班」
イルカの声に、のっそりとカカシが立ち上がり3人を促す。
サスケ、サクラ、ナルトがフロアの中央に立った。
「曲は、白鳥の湖からー」
ああ、また3羽の白鳥かと思った耳に、信じられない言葉が続く。
「終幕の情景」
「えっ?」
問い返すイルカに、カカシがへらりと微笑んでみせた。
「グラン・パ・ド・ドゥを3人で踊るんです。曲、お願いします」
「あぁっ、はははいっ」
促されてイルカは曲をスタートさせる。
流れ出すのは、悲劇の6分半。
悲痛な叫びの音楽。
裏切りに嘆く白鳥にされた娘オデットと、騙されて愛を黒鳥オディールに捧げてしまった王子が冷たい湖に沈んでいく終幕の情景。
絶望に滅び行く2人の、最期のパ・ド・ドゥ。
それを3人で。
3人が入れ替わり、王子とオデットを踊っている。
サスケとナルトでサクラをリフトし、ナルトの伸びきらない足をサクラが支え、サクラの跳躍をサスケが補助して。
サクラの体力では難しいトゥール───回転をナルトが。
ナルトの技術では及ばないレール───跳躍をサスケが。
サスケの表現力では補いきれないパ・ド・ブーレ───ポワントでのステップをサクラが踊っていた。
本当に、2人のパ・ド・ドゥを3人で表現している。
それも誰かが影にまわるのではなく、3人ともに光を当てて。
2時間に満たない練習時間でよくもこれだけ息があうものだ。
そして互いの弱点を補うように組まれたポジションと構成。
これが、はたけカカシのバレエなのだろうか。
誰もがため息をつく中、静かに悲劇は終幕を迎えた。
いや、この演出は、悲しい結末ではない。
王子の愛がオデットを救い、2人の愛が呪いに勝利した───ハッピーエンドだった。
静まり返る室内。
ため息と、ぽつりぽつりと鳴り出した拍手が、しだいにレッスン室に響き渡る。
「ま、こーんなもんデショ」
ぼつりと、それでもどこか満足げに呟くカカシ。
その隣りで紅が美しい顔をしかめ、睨みつける。
「アンタねえ、3人でパ・ド・ドゥなんて何考えてんのよ」
「なんで? あ、もしかして紅も同じの仕込んだ?」
「……うちは、くるみ割りだけどね」
「あー、実はうちもだ」
更にその紅の隣りから声がした。
髭を蓄えた大柄なプリンシパル、猿飛アスマだった。
「コッペリアだがよ」
「なぁーによ、オレら3人で同じこと考えたってのー?」
「イヤだ! こんなのと同じ思考回路だなんて」
「ったく、そりゃオレの台詞だ」
上級クラスの講師たちがぐちぐちと言い合っているのも知らず、7班の子供たちは拍手の中、晴れやかな表情で壁際へ戻っていく。
次は8班の番。
どきどきと緊張に騒ぐ胸を押さえ、うつむいてフロアへ向かうヒナタ。
すれ違いざまに、ナルトの声が聞こえた。
「がんばれよっ」
それはナルトと仲のいいキバへの言葉だったのかもしれない。
それでも、ヒナタはほっこりと気持ちが落ち着いていくのが分かった。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/07
UP DATE:2004/11/09(PC)
2009/11/08(mobile)
RE UP DATE:2024/08/08