Petit Etoile

【第1幕 1場 March】
   ~ たまごの行進曲 ~
[Petit Etoile]



 夕日差し込む木ノ葉バレエ・アカデミーのレッスン室に、少女たちの声がさざめく。

 フロアに腰を下ろしシューズのリボンを結びながら、またはバァルに足を掛けて身体をほぐしながら。

 尽きないおしゃべりにささやかに微笑み、身体を伸ばす痛みに顔をしかめたり。

 そして視線は、レッスン室の反対側で同じように身体をほぐす少年たちへ向けて。

「はーぁ、やっぱりサスケくんが一番よねー」

「明日の昇級テスト、きっと絶対、初級クラスに上がっちゃうんだわー」

「ふふーん。みてなさい、アタシも一緒に初級クラスに上がるんだからー」

 少女たちの視線を一身に集めながら、それを完全に無視して黙々とストレッチを行なう黒髪の少年───サスケ。

 アカデミー奨学生の1人で、今年の見習クラスの中では一番の実力者だ。
 その手足は細く伸びやかだが、力強さも秘めている。

 少女たちの多くは、いつかその腕に支えられ、パ・ド・ドゥを躍る日を夢見ていた。

「あらぁ、なぁに、やっぱりヒナタもサスケくんが、気・に・な・るぅ?」

「やぁね、いのったら。ヒナタは違うわよっ」

 少女たちの片隅で、同じように視線をそちらへ向けていたヒナタにいのとサクラが声をかける。

「えっ? あ、あの……」

 もっと声を潜めてくれるたらいいのに。
 そう思って小声で答えるヒナタの願いもむなしく、少女たちのテンションと声は高くなっていく。

「えー、じゃあ誰よっ! 他にイイ男いたぁ?」

「ナルトよ、ナ・ル・ト!」

「えぇっ? ナルトーォ?」

 一瞬、レッスン室が静まり返り、クラス全員の視線が3人に向いた。
 いや、サスケだけはとっさに自分と、何故かナルトの顔をそむけたが。

 ヒナタが気にしていた少年───ナルトはサスケと同じくアカデミーの奨学生だったが、この見習クラスでもおちこぼれている。

 鮮やかな金色の髪と、抜けるような空色の瞳が印象的な外見もしているが、いかんせん、まだただの悪ガキといった風貌で小柄だった。
 
 少女たちの殆どは彼よりも背が高い。

 どう逆立ちしたって、パ・ド・ドゥの相手として憧れるような存在ではありえない。

 クラス全員がそう思っているから、気まずい沈黙が場を支配する。

 サクラやいのはそれぞれに別の少女たちへ話を振っているが、気の弱いヒナタはもう居たたまれなかった。

 そこへ、すぱーっんと小気味のいい音をさせてレッスン室の扉を開いて入ってきた者がいる。

 見習クラスの講師、うみのイルカだった。

 彼は教え子たちの気まずい雰囲気を物ともせず、一際力をこめて号令をかける。

「よぉーしっ! 始めるぞーっ!」

 その声に、バァルが据付けられた一面鏡張りの壁に全員が並んだ。
 既に、それぞれでストレッチは終了している。

 一人一人の姿勢をざっと確認し、イルカはカセットデッキの再生スイッチを押した。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 木ノ葉バレエ・アカデミーは名門と言われ、伝統もある舞踊団だ。

 今日も見習クラスでは、明日のプリマドンナ、プリンシパルを目指す才能ある少年少女たちがレッスンに励んでいる。

「ポジシオン・ド・ピエ・アン! 腕はアン・バーからアン・ナバン、アン・ドゥールに!」

 よく通る声の指示に従って、子供たちは足を1番ポジション───かかとをつけて爪先を外側に開き、バァルを掴んでいない右腕を下から胸元へ上げる。

 そこで止めた腕を、今度は外側に開いていく。
 肩は落とさず、肘は優雅に丸く。
 でも決して疎かにはせず。
 視線は動かす腕の指先から、遠くへ。

「アン・オー、タンジュ! 爪先までまっすぐ!」

 横に開いた腕を頭上へさし上げ、右足を前へ伸ばす。
 その伸ばしたつま先へ手先を引き寄せるように、息を吐きながら上体を倒していった。

 そして身体を起こし、今度は後ろへ反らす。

 前へ出した爪先を横へずらし、そこへ指先を近づけて、反対側へも上体を倒す。
 それからまた右足は後ろへずらし、上体を前後へ倒す。

 こういった動きは毎日の基礎レッスンで繰り返している。
 だが、少しでも気を抜けば容赦なくイルカの怒号が飛ぶ。

「シカマル、肩が落ちてるっ! ナルト、動きが硬い! キバ、曲に合わせろっ! チョウジ、腹ひっこめろーっ!!」
 
 かかとを上げぬよう軽く両膝を曲げ、一度伸ばしてから、今度は深く腰を沈める───プリエの時も上体は真っ直ぐを心がける。

 そして一度曲げた足と、まっすぐ伸ばした足を前、横、後ろへ振り上げる。
 それから、爪先で立つ。
 これで1セット。

 身体は常に真っ直ぐに。
 決して揺らいでも、曲がってもならない。

「頭の天辺から手の指先、足の爪先まで集中しろよっ!」

 1番から5番まで、それぞれの足のポジションからパ───ステップのバリエーションをさらっていく。

 膝を曲げて身体をかがめるドゥミ・プリエ、グラン・プリエ。
 ア・テール──差し出した爪先を横から後ろへ回し、また前へ。
 次にアン・レール───爪先を空中に浮かせて、同じように繰り返す。
 タンジュから、ジュッテ、グラン・バットマンは前、横、後ろへ。

 そしてルルベ───指先立ちから、少女たちはポワント───爪先立つ。

 また、その一つ一つの動作を繰り返す。

 最後はバァルに片足をかけてのストレッチ───リンバリング。

「では、バァルからフロアへ」

 補助となるバァルを離れ、また同じ動きを子供たちは繰り返す。
 
 1番ポジションの足、そして今度は両腕でのアン・バーからアン・ナバン。アン・ドゥールから、アン・オー。

 視線を指先から正面へ戻し、プリエ、タンジュ、ア・テール、アン・レール、バットマン、アラベスク、アティチュード、ルルベ、ポワント。

 2番ポジションの足でまた最初から。
 そうやって5番まで。

 それから、跳躍───シャンジュマン、アッサンブレ、ジュッテ。

 回転───ピルエット、ピケ。

 こういった地味なレッスンを毎日繰り返し、己の身体の動きを完全にコントロールできるようになった者だけに、その先───ステージでの栄光があるのだ。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 その日のレッスンを終えて、零れ落ちる汗をぬぐいながら、イルカは子供たちへ明日の連絡事項を伝える。

「明日は、いよいよ初級クラスへの進級テストだ。初級クラスからは木ノ葉バレエ・アカデミーの正式な一員として舞台に上がることも、国際コンクールに出場することもできるようになる」

 子供たちは歓声を上げた。

 名門アカデミーのステージに立つ。
 それは1人前のバレエ・ダンサーの証。

 そしてエトワールへの第一歩なのだから。

「だが、初級クラスへ上がれるのは全ての見習クラスから最大で9人まで。実力がないとみなされれば、誰も合格はできない」

 しかし、続く言葉にいっせいに静まり返る。

 そんな子供たちの表情を見渡してから、イルカは声を優しくして語りかけた。

「まあ、このクラスにはちゃんと初級クラスの実力を持った者がいると、オレは思ってる」

 明日のテストでちゃんと実力を発揮できさえすれば、大丈夫だ。

「なので、今日はしっかり休んで、明日にそなえろよっ!」

「「「はいっ!」」」

「よし、本日はこれまでっ!」

 威勢良く言って、イルカと教え子たちは優雅なレヴァランス───お辞儀を交わした。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 レッスンが終わったのは、もう夜も遅い時間であった。
 無理もない。
 学校が終わってから、2時間のレッスンなのだから。

 子供たちの多くは親が迎えに来ている。
 もしくは、アカデミーの合宿所へ集団で帰っていく。

 ヒナタのように、家に雇われた運転手などが迎えに来ている者も少なくない。
 何しろ名門のバレエ団なのだ。

 バレリーナ志願の子供はもちろん、子女の健全な育成の為のお稽古事として通わせている親も多い。

 ヒナタもそんな1人だった。

「お疲れ様でした、ヒナタお嬢様」

「ありがとう。ネジ兄さんは?」

「ネジさんはご用事で寄られる所があるそうで、迎えはいらないとお聞きしております」

「そう……」

 黒塗りの車の後部座席に乗り込み、ヒナタは息を吐く。

 従兄弟のネジは1年前に初級クラスへ上がっていった。
 レッスン時間が合わなくなるのは仕方がない。

 けれど、いつからだっただろう。

 子供の頃は常に一緒に通っていたネジが、自分と行動を共にしなくなったのは。

 この車の窓から見る光景を、うらやましく思うようになったのは。

 走り出す車窓の外には親に手を引かれ帰る少女や、イルカに率いられ合宿所へと歩いていく少年たち。

 その最後尾を行く、金色の髪の見事さにいつも目を奪われるのは何故だろう。

───ナルトくん……

 心の底でこっそりと、ヒナタはその名を呼んでいた。

 

 【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/06
UP DATE:2004/11/06(PC)
   2009/11/08(mobile)
RE UP DATE:2024/08/08
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