ちいろの海

【8:夕凪の不安】



 うみのイルカは大蛇丸によって生み出された能力者だった。
 他者のチャクラを制御するその能力は3代目火影によって秘匿され、保護された彼は普通の忍として生きていけるような里親に預けられたのだろう。
 かつてのうみの家がどれほど仲睦まじい家族であったかアスマは知っているし、カカシも彼とナルトの様子から伺い知ることができた。

 それなのにあの夜、なんらかの形で少年だったイルカは尾獣の前に引き出され、里親を失っている。

「一体、誰があの時、あの人を連れ出したってんだか……」

 カカシは頭を抱え、アスマは唸る。

「……気に入らねえな」

 誰が、というのはまだ掴めない。
 けれど、何の為にかは察しがついた。

 九尾を制御し、場を治める為。
 それが、里の為だけとは思えないが。
 
「うむ。少なくとも、九尾の時に連れ出した者と、最近になって戦場は送り出している者は別人と考えるべきかの」

 なにしろ、あの夜の出来事は記録も生き証人も乏しく、簡単に詳細を知ることは難しい。
 作戦部にも当時の人員は殆どいない。

 けれど、ここ最近になって活発化した動きを辿れば何かを掴めるだろう。

 それに、今、動いている者は何らかの形でイルカの出生か、あの夜の内幕を知ったのだ。
 証拠となる何かを持っているとみて間違いない。

「村雨ならば父親もワシが下にいた。息子に何か託されていたのやも知れぬ。ならば、ホムラ様に奏上した作戦原本を盾にアヤツを揺さぶるか……」

 アナハの策に、カカシもアスマも頷いた。

 作戦の検証という名目で尋問できれば、村雨の知っていることを探れるだろう。



   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「で、フリダシに戻る……ってな」

 見舞いからの帰り道、盛大に紫煙と共に吐き出されたアスマの言葉に、カカシもウンザリした顔をしながらも足を進める。
 
 急がば回れというけれど、火影とご意見番から話しを聞いて許可を貰い、一旦アスマの自宅で確認をしてから作戦部を訪れ、アナハを見舞って再び火影の所へ戻ることになるとは思ってもいなかった。

「最初に、ホムラ様から奏上書の原本見せて貰ってたら、違ったかねえ?」

「いや、むしろ……」

 より確かな情報を求めて更に遠回りをしていただろう、とアスマは言う。

 2人とも常時の態度から大胆不敵な直感派と見られる事も多いが、それでは忍としては長生きできない。
 経験則に倣い、情報を吟味する慎重派であった。
 咄嗟の判断で動かざるを得ない場面であっても、瞬間的にそれをしているだけで、けっして博打では動かない。

「……だよねえ」

 精神的な疲労を漂わせながらも、ここまでの調査報告に訪れたアスマとカカシを出迎えたのは苦い顔をした綱手だった。
 良くない事態になったのか、と身構えながら途中経過を報告すれば、多少表情が和らぐ。

「うん。お前たちと平行して過去の書類を調べさせて正解だったな」

 そう言って執務机に叩きつける書類の束は、これから2人が調べなければと考えていたホムラへ奏上された村雨の作戦原本。

 既に筆跡鑑定も済んでいて、必要な物も全て揃っているようだ。

 しかし同時に、必要以上の作戦で村雨はイルカを利用していたのだとも判明した。
 湧き上がる怒りを抑え、全てにカカシは目を通す。

「さすがです。これでオレたちは躊躇なく黒幕に迫れるワケですが……」

 原本の確認を終えたカカシが綱手に向けた目は、悟っている。
 現状はそれだけで終われない所にきてしまったのだろう、と。

「カカシ。お前は大至急、北部国境へ向かってくれ。……イルカが、居る」

 差し出された任地周辺の地図を目にしたカカシが表情を強ばらせる。
 そこは同盟に反発した雲隠れの抜け忍たちがゲリラ戦を展開する危険地帯だ。

「任地においての行動はお前の判断に任せる」

「……了解しました」

「アスマ。お前はイビキと共に第2作戦部の村雨キョウの身柄を確保しろ!」

「おう」

 カカシが不在の間に、里の憂いは除いておいてやるという心積もりでアスマは請け負った命に従い、執務室を後にする。
 それは綱手も同じなのだろう。

「必ず、戻って来い。お前たちがこの顛末を見届けなければ、意味がないからな」

「もちろんです」
 
 精一杯の感謝と敬意を込めて深く一礼し、カカシも火影の御前を辞した。



   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 火の国の北部。
 岩場が連なる山岳地帯は、隣接した雲隠れの里からの抜け忍が潜む危険地帯である。

 特にここ10年の間は長年の仇敵である木ノ葉隠れの里との和平や同盟に反発する愛国心の強い者が台頭し、より過激な活動集団へと変化していた。
 彼らは木ノ葉隠れの者と同郷の日和見主義を標的としたゲリラ戦を展開し、時には無差別なテロすら行った。

 逆説的に言えば、彼ら犯行勢力は木ノ葉と雲の両者が手を携える理由───つまりは必要な悪役。
 共通の懸念材料があったからこそ、これまで時には反目しあいながらも協力してこの問題に取り組むことで表面的に和平は保たれていた。

 そんな理由もあって、例え火の国の領内であっても木ノ葉隠れの里が単独で干渉できる地域ではない。

 けれど、この地に自分が派遣されたことでイルカは木ノ葉隠れ上層部の危険な思惑を察してしまった。
 それでも、己独りに何ができるのかと自問して、そこで思考を中断する。

「……ナルトなら、こんな馬鹿げたことはオレが火影になって終わりにしてやる、とでも言うだろうな……」
 
 長くもない教師生活で一番手の掛かった、今でも気にかけている教え子を思い出す。

 苦笑は浮かぶが、それだけだ。
 これから自身が、ここでなそうとしている事を考えれば。

「……オレにできることは」

 限られている。
 人は万能ではないし、イルカは自身が多能多才でない自覚はある。

 ただ、できるかどうかではなく、やるかどうかで考えれば、選択肢は増やせるのだ。

 その中から、自分の心情と里への忠誠との折り合いがつく落とし所、となれば一つか二つしか残らない。

 後は、覚悟。

「……イルカ」

 深い闇に向かって呼びかけるような声で、この地で指揮を執ってきた上忍が呼びかけてきた。

「……我々は撤退する。だが」

「はい。作戦開始時刻までの完了を期待しています」

 言いよどむ言葉を遮って、冷淡に切り捨てる。

「オレは作戦通りに動きます。アナタの部隊の行動は考慮しない」

 自分も、彼らも、自覚しなければいけない。
 間に合わなければ、被害がでる。
 里の同朋を殺してしまう。

「何が起きようとも、作戦のうちです」

 言い訳は通用しない。
 イレギュラーは認められない。
 
「アナタは、アナタの任務を果たしさえすればいい」

 それだけで。

「アナタとアナタの部下は里に凱旋できる」

「……了解した」

 感情を捨て去ったイルカの言葉に、部隊長であるはずの男は何も言えなくなり、ただ深くうなだれてこの場を去った。

 しばらくすれば、彼の部隊が移動を始める密やかな気配を感じるだろう。
 それと同時に。

「……さあ、オレの出番だ」

 最後の。

 そう呟くイルカの声を聞く者もいない。



 【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2013/07/10
UP DATE:2013/07/13(mobile)
RE UP DATE:2024/08/07
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