ちいろの海
【7:渦巻く潮流】
作戦室を訪れたアスマは、突拍子もないカカシの行動に呆れ、頭を抱えそうになった。
「はーい。全員、手ぇ上げて、壁に向かって並んでちょーだい」
甚だ胡散臭いにこやかな表情でクナイ片手に言い放つ内容は正真正銘、押し込み強盗か国家権力の強制捜査での常套句だ。
突然の襲撃者より数も多く、全員が忍者とは言え、作戦部の者たちはさほど腕が立つ訳ではない。
里でも屈指の実力を誇る高名な上人2人に促されれば、どんなに理不尽で不可解な要求でも訝しみなからも指示に従ってくれた。
「んー。この中に、10年前もこの部署に居たって人はいるかなー?」
迅速な対応に概ね満足そうにカカシが問う。
役割は既に示し合わせてあった。
疑わしき数人へ正面から尋問するカカシとは別に、予め目星をつけてある人物の様子をアスマが確認する。
非常時ですら戦場に出ることのない作戦部であるが、忍として最低限の訓練は受けているし、心理戦での攻防はむしろ日常茶飯事となっているだろう彼らだ。
早々ボロを掴ませることはするまいが、カカシとアスマの2人を相手にシラを切り通すのは難しいはず。
「んー。引退した人と今でも交流あるのはアンタとアンタだけ、と……」
そんじゃ、ま、ちぃっと場所変えてお話し聞かせてもらいましょーか、ね。
と、いかにも企んでますという悪い顔で別室へ誘うカカシに連れられて行く同僚を見送るしかない作戦部の面々は、なんとも複雑な表情をしていた。
何事かという好奇心や野次馬根性。
上忍直々の尋問を受けずに済んだ安堵感と、連れられていった同僚への心配。
そして、様々な要因を想定して無意識に対策を見いだそうとする職業意識。
そんな人々を横目で確認しつつ、アスマは一番手近な者へ声をかけた。
「なあ、ここ10年くらいの間に作戦部に所属した忍の名簿ってねえか?」
「あ、はい。それは、ありますが……」
急な、それも里の機密に当たる名簿の閲覧を持ちかけられて困惑を見せるその人物へ、これは任務なのだと意図的にほのめかす。
「あー、人捜し……に、なるのか?」
10年以上前、とある作戦に従事した忍の行方を追っている、と。
「当時の任務報告書から同行者に当たろうとしたんだが、全員《英雄》になっちまっててなあ……」
わずかでも手掛かりを求め、その任務を采配した作戦部ならば、調査対象者について知る者もいるのではないか、と。
襲撃紛いの訪問は相方の勝手な判断でアイツなりの思惑があっただろうが、天才の思考など凡人には想像もできやしないのだ、と。
「で? 名簿はあるのか?」
機密閲覧の言い訳と、調査の苦労話という体で掴みどころのない相方への愚痴を並べ立てたアスマ。
どうやらちゃんとした任務だと理解してもらえたらしく、すぐに名簿は用意された。
もちろん、持ち出しも書き写すことも認められない、という当たり前の注釈つきで。
「ああ、こっちだってハナからそのつもりだ。でなきゃ『《写輪眼》のカカシ』が『視』てるさ」
言われれば、作戦部の者も納得する。
持ち出されず、書き写されずとも《写輪眼》で写し盗られては元も子もない。
最初からそういった情報収集の特殊能力がないアスマが確認するだけだったと言外に告げられては、警戒も緩む。
ついでに、予想外に積み上がった名簿の量に怯んだ顔を見せた上忍の常にない様子に溜飲を下げた。
なごみだした空気に、アスマは気安く最初に声をかけた者へ再び呼びかける。
「なあ、アンタ」
村雨、といったか。
そうアスマは問いかけるが、彼については既に調べが進んでいる。
村雨キョウ。
父親から2代に渡って作戦部に所属する有能な戦略家として将来を嘱望されている特別上忍。
そしてこれはアスマしか見ていないが、数年前に垣間見たイルカの顔に歓喜を滲ませて驚愕していた男だ。
アスマによる村雨への揺さぶりと駆け引きは緩急を繰り返し、この部屋へ押し入った瞬間からずっと続いている。
「めんどくせぇことに、この名簿から話しを聞けそうな人間を探さなきゃならんのだが……」
名簿の1冊に早速目を通しながら、アスマは言う。
そこに羅列された人名はかつてここに居た者たち。
「今、里にいるかどうか、手っ取り早く見分ける方法ねえかな?」
そう頼まれれば、任務だということもあってよっぽど切羽詰まった仕事でも抱えていない限り、断る者は少ない。
むしろ忌避しようとすれば、そこに後ろ暗い理由があるのではと疑念を呼び、余計な詮索をされるだろう。
藪をつついてなんとやら、だ。
それを理解しているだろう村雨も手にした名簿を繰りながら返す。
「そうですね。“英雄”と“抜けた”者には印がついているので見分けやすいかと」
その様子は普段の彼を知らないアスマにも平静に見えた。
「……あとは、作戦部古参のアナハさんなら、分かるかと」
「ほう、アナハさんか。まだ作戦部にいたとはなあ」
「ご存知でしたか」
「おう。昔、ちょっとな。で、今日は?」
いないみたいだが、と室内を見渡すアスマ。
もし居たならば、先ほどカカシと共に別室へ行っているはずだ。
「体調を崩されたようで、ご自宅で療養されてます」
「そうか。もう、結構なお年だったもんな」
襲撃にさざめいていた作戦部も落ち着きを取り戻し、その一角で開いた名簿を目で追いながら穏やかに会話を続けるアスマの言葉は相手の心理を読み、裏をかこうとする狡猾な刃である。
「見舞いは、行けるか?」
「歓迎してくださいますよ。なにしろお悪いのは足腰だけで、お口の方は相変わらずですから」
「なるほどな」
アスマは見終わった名簿を閉じる。
既に殉職なり里抜けなりで存在しない者には印がついていた為、ある程度は絞り込めた。
ただやはり、手掛かりとなりそうな人物は少ない。
「ありがとよ」
ここで出来ることは最早なかろう、と閲覧した名簿を全て積み上げ、片付けて構わないと示す。
ちょうどそこへ見計らったように、尋問───と催眠───を終えたカカシがわざとらしい上機嫌で戻ってくる。
念の為にカカシは瞳力による催眠で、彼らの意識を探りつつ、聞き出した内容を忘れさせてもいた。
連れて行った作戦部の人員は何事もなく同僚に当たり障りのない言葉で席を外していた間のことを語り、再び仕事を始めていく。
「邪魔したな」
カカシを促してアスマは後腐れなく作戦部を後にした。
人気のない廊下まで歩を進め、ようやく互いが得た情報を交換する。
やはり2人ともアナハ本人に当たることが肝要と意見が一致した。
「だが、村雨も相当な曲者だぜ」
直感の域をでないまでも、アスマは警戒する。
「仕事以上の関わりを見せやがらねえ。アナハさんとは、父親絡みのコネなり情報なりあるはずなんだがな……」
けれど村雨は、アスマが持ちかけた過去やかつて作戦部に居た父親に関わる話しには乗ってこなかった。
「ま、その辺はアナハさんから聞き出せるんじゃない?」
右目を眇め、カカシは暢気な声を出す。
物騒な笑みを描く素顔は口布に隠して。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「よお、猿飛の小倅。珍しいオマケ付きでどうした?」
形ばかりの見舞いの品を携えた2人を快く迎え入れたアナハは、十数年振りにまみえたアスマにも昔通りの態度で接した。
以前の面影を残しなから、どことなく3代目火影───アスマの父と似た雰囲気を持つ、人の良さげな老爺となったアナハ。
けれどそれは見た目だけのことと2人は知っている。
伊達に長年、木ノ葉隠れの作戦部で他国の謀議謀略と相対してきた訳ではない。
それだけの知略と洞察力、そして大局的な視野の持ち主であり、老いて尚錆び付かせることなく研鑽を続ける人である。
「里きっての使い手たるお前さんらがこんな老いぼれの見舞いなどしておれる状況とも思えん。何があった?」
見舞い客が何か言い出すより先にそう訊いてくるアナハに下手な勘ぐりはこちらが気疲れするうえ、いらぬ不信を抱かせるだけ、とアスマは取り繕うことを捨てた。
「あー、アンタに確認したいことが幾つかあってよ。とりあえず、《うみのイルカ》のことは《知って》るよな?」
「ほう。お前さんら、どこで《ソレ》を知った?」
「アイツがガキの頃、しょっちゅうオヤジにイタズラしかけちゃ里中逃げ回ってたからなあ」
弟みてえなもんさ。
そう懐かしげに呟くアスマの声は、苦渋を含んでいる。
それだけ親しくしていて、《知らなかった》のだから。
「オレたちが受け持った下忍をアカデミーで教えていたのが、イルカ先生でして」
軽い口調で語るカカシも、また。
「あの、うずまきナルトを卒業させたのが、うみのイルカですよ」
つまり、里中が彼を知っている。
それなのに、多くの者が知らない。
「ちょうど、1ヶ月ほど前になりますか……東海岸沿いの戦地で、アナタの部下が奏上した作戦に従事する《彼》を見ました」
カカシの言葉に老人は深く息を吐く。
諦めたような、覚悟を決めたような、重苦しい息づかいだった。
「そうか、だが……」
「そんな作戦、覚えがねえ……と」
アスマの言葉にアナハは頷き、額を右手で覆う。
「まず、《彼の能力》について、教えて貰えませんか?」
流れを整理しながら話しを進めるべく、カカシは全ての始まりに関わる質問から入った。
「あやつの能力か。かつて忍の祖たる者たちよりチャクラの制御を奪い、膨大なチャクラに耐えきれず暴走すれば自らをも巻き込んで周囲の者を全て死に追いやる禍々しき力よ」
アナハは遠くを見通すように半眼を虚空に向け、呟く。
ご意見番から聞いたのと、同じ話しだ。
強力過ぎる、制御しきれない能力を持って生まれた者の末路は変わらない。
「だが、長い時を経て、ある者が気づいてしまった。他者のチャクラを制御し、意のままに操るその使い方を、な……」
「使い方?」
「他者のチャクラを制御できるならば、精鋭の忍が何人居ようが、膨大なチャクラの塊たる尾獣ですら関係ない……ということに、な」
言われてカカシもアスマ目を見張る。
脳裏に蘇るのは暗い夜明けの海。
チャクラを練ろうとした忍が次々と血にまみれて倒れ伏す光景。
「そして、失われていたあの禁忌の能力を持つ子供が生み出された。大蛇丸によって……」
「なっ!?」
突如として出てきた思いもよらない、けれど想像に難くない知った名前。
カカシは言うべき言葉を見失い、アスマは歯を食いしばって罵詈雑言を堪えた。
無駄に冷静な思考で、彼らの知るもう1人───大蛇丸による実験の犠牲者はちょうどイルカと同い年だとも思い至る。
「大蛇丸が里を抜けた後に保護した子供は里親に託し、わしらもあの子供は普通に暮らしてゆけると思っておった」
だがその思いは、あの夜に砕かれる。
九尾事件によって。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2013/06/26
UP DATE:2013/07/06(mobile)
RE UP DATE:2024/08/07
作戦室を訪れたアスマは、突拍子もないカカシの行動に呆れ、頭を抱えそうになった。
「はーい。全員、手ぇ上げて、壁に向かって並んでちょーだい」
甚だ胡散臭いにこやかな表情でクナイ片手に言い放つ内容は正真正銘、押し込み強盗か国家権力の強制捜査での常套句だ。
突然の襲撃者より数も多く、全員が忍者とは言え、作戦部の者たちはさほど腕が立つ訳ではない。
里でも屈指の実力を誇る高名な上人2人に促されれば、どんなに理不尽で不可解な要求でも訝しみなからも指示に従ってくれた。
「んー。この中に、10年前もこの部署に居たって人はいるかなー?」
迅速な対応に概ね満足そうにカカシが問う。
役割は既に示し合わせてあった。
疑わしき数人へ正面から尋問するカカシとは別に、予め目星をつけてある人物の様子をアスマが確認する。
非常時ですら戦場に出ることのない作戦部であるが、忍として最低限の訓練は受けているし、心理戦での攻防はむしろ日常茶飯事となっているだろう彼らだ。
早々ボロを掴ませることはするまいが、カカシとアスマの2人を相手にシラを切り通すのは難しいはず。
「んー。引退した人と今でも交流あるのはアンタとアンタだけ、と……」
そんじゃ、ま、ちぃっと場所変えてお話し聞かせてもらいましょーか、ね。
と、いかにも企んでますという悪い顔で別室へ誘うカカシに連れられて行く同僚を見送るしかない作戦部の面々は、なんとも複雑な表情をしていた。
何事かという好奇心や野次馬根性。
上忍直々の尋問を受けずに済んだ安堵感と、連れられていった同僚への心配。
そして、様々な要因を想定して無意識に対策を見いだそうとする職業意識。
そんな人々を横目で確認しつつ、アスマは一番手近な者へ声をかけた。
「なあ、ここ10年くらいの間に作戦部に所属した忍の名簿ってねえか?」
「あ、はい。それは、ありますが……」
急な、それも里の機密に当たる名簿の閲覧を持ちかけられて困惑を見せるその人物へ、これは任務なのだと意図的にほのめかす。
「あー、人捜し……に、なるのか?」
10年以上前、とある作戦に従事した忍の行方を追っている、と。
「当時の任務報告書から同行者に当たろうとしたんだが、全員《英雄》になっちまっててなあ……」
わずかでも手掛かりを求め、その任務を采配した作戦部ならば、調査対象者について知る者もいるのではないか、と。
襲撃紛いの訪問は相方の勝手な判断でアイツなりの思惑があっただろうが、天才の思考など凡人には想像もできやしないのだ、と。
「で? 名簿はあるのか?」
機密閲覧の言い訳と、調査の苦労話という体で掴みどころのない相方への愚痴を並べ立てたアスマ。
どうやらちゃんとした任務だと理解してもらえたらしく、すぐに名簿は用意された。
もちろん、持ち出しも書き写すことも認められない、という当たり前の注釈つきで。
「ああ、こっちだってハナからそのつもりだ。でなきゃ『《写輪眼》のカカシ』が『視』てるさ」
言われれば、作戦部の者も納得する。
持ち出されず、書き写されずとも《写輪眼》で写し盗られては元も子もない。
最初からそういった情報収集の特殊能力がないアスマが確認するだけだったと言外に告げられては、警戒も緩む。
ついでに、予想外に積み上がった名簿の量に怯んだ顔を見せた上忍の常にない様子に溜飲を下げた。
なごみだした空気に、アスマは気安く最初に声をかけた者へ再び呼びかける。
「なあ、アンタ」
村雨、といったか。
そうアスマは問いかけるが、彼については既に調べが進んでいる。
村雨キョウ。
父親から2代に渡って作戦部に所属する有能な戦略家として将来を嘱望されている特別上忍。
そしてこれはアスマしか見ていないが、数年前に垣間見たイルカの顔に歓喜を滲ませて驚愕していた男だ。
アスマによる村雨への揺さぶりと駆け引きは緩急を繰り返し、この部屋へ押し入った瞬間からずっと続いている。
「めんどくせぇことに、この名簿から話しを聞けそうな人間を探さなきゃならんのだが……」
名簿の1冊に早速目を通しながら、アスマは言う。
そこに羅列された人名はかつてここに居た者たち。
「今、里にいるかどうか、手っ取り早く見分ける方法ねえかな?」
そう頼まれれば、任務だということもあってよっぽど切羽詰まった仕事でも抱えていない限り、断る者は少ない。
むしろ忌避しようとすれば、そこに後ろ暗い理由があるのではと疑念を呼び、余計な詮索をされるだろう。
藪をつついてなんとやら、だ。
それを理解しているだろう村雨も手にした名簿を繰りながら返す。
「そうですね。“英雄”と“抜けた”者には印がついているので見分けやすいかと」
その様子は普段の彼を知らないアスマにも平静に見えた。
「……あとは、作戦部古参のアナハさんなら、分かるかと」
「ほう、アナハさんか。まだ作戦部にいたとはなあ」
「ご存知でしたか」
「おう。昔、ちょっとな。で、今日は?」
いないみたいだが、と室内を見渡すアスマ。
もし居たならば、先ほどカカシと共に別室へ行っているはずだ。
「体調を崩されたようで、ご自宅で療養されてます」
「そうか。もう、結構なお年だったもんな」
襲撃にさざめいていた作戦部も落ち着きを取り戻し、その一角で開いた名簿を目で追いながら穏やかに会話を続けるアスマの言葉は相手の心理を読み、裏をかこうとする狡猾な刃である。
「見舞いは、行けるか?」
「歓迎してくださいますよ。なにしろお悪いのは足腰だけで、お口の方は相変わらずですから」
「なるほどな」
アスマは見終わった名簿を閉じる。
既に殉職なり里抜けなりで存在しない者には印がついていた為、ある程度は絞り込めた。
ただやはり、手掛かりとなりそうな人物は少ない。
「ありがとよ」
ここで出来ることは最早なかろう、と閲覧した名簿を全て積み上げ、片付けて構わないと示す。
ちょうどそこへ見計らったように、尋問───と催眠───を終えたカカシがわざとらしい上機嫌で戻ってくる。
念の為にカカシは瞳力による催眠で、彼らの意識を探りつつ、聞き出した内容を忘れさせてもいた。
連れて行った作戦部の人員は何事もなく同僚に当たり障りのない言葉で席を外していた間のことを語り、再び仕事を始めていく。
「邪魔したな」
カカシを促してアスマは後腐れなく作戦部を後にした。
人気のない廊下まで歩を進め、ようやく互いが得た情報を交換する。
やはり2人ともアナハ本人に当たることが肝要と意見が一致した。
「だが、村雨も相当な曲者だぜ」
直感の域をでないまでも、アスマは警戒する。
「仕事以上の関わりを見せやがらねえ。アナハさんとは、父親絡みのコネなり情報なりあるはずなんだがな……」
けれど村雨は、アスマが持ちかけた過去やかつて作戦部に居た父親に関わる話しには乗ってこなかった。
「ま、その辺はアナハさんから聞き出せるんじゃない?」
右目を眇め、カカシは暢気な声を出す。
物騒な笑みを描く素顔は口布に隠して。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「よお、猿飛の小倅。珍しいオマケ付きでどうした?」
形ばかりの見舞いの品を携えた2人を快く迎え入れたアナハは、十数年振りにまみえたアスマにも昔通りの態度で接した。
以前の面影を残しなから、どことなく3代目火影───アスマの父と似た雰囲気を持つ、人の良さげな老爺となったアナハ。
けれどそれは見た目だけのことと2人は知っている。
伊達に長年、木ノ葉隠れの作戦部で他国の謀議謀略と相対してきた訳ではない。
それだけの知略と洞察力、そして大局的な視野の持ち主であり、老いて尚錆び付かせることなく研鑽を続ける人である。
「里きっての使い手たるお前さんらがこんな老いぼれの見舞いなどしておれる状況とも思えん。何があった?」
見舞い客が何か言い出すより先にそう訊いてくるアナハに下手な勘ぐりはこちらが気疲れするうえ、いらぬ不信を抱かせるだけ、とアスマは取り繕うことを捨てた。
「あー、アンタに確認したいことが幾つかあってよ。とりあえず、《うみのイルカ》のことは《知って》るよな?」
「ほう。お前さんら、どこで《ソレ》を知った?」
「アイツがガキの頃、しょっちゅうオヤジにイタズラしかけちゃ里中逃げ回ってたからなあ」
弟みてえなもんさ。
そう懐かしげに呟くアスマの声は、苦渋を含んでいる。
それだけ親しくしていて、《知らなかった》のだから。
「オレたちが受け持った下忍をアカデミーで教えていたのが、イルカ先生でして」
軽い口調で語るカカシも、また。
「あの、うずまきナルトを卒業させたのが、うみのイルカですよ」
つまり、里中が彼を知っている。
それなのに、多くの者が知らない。
「ちょうど、1ヶ月ほど前になりますか……東海岸沿いの戦地で、アナタの部下が奏上した作戦に従事する《彼》を見ました」
カカシの言葉に老人は深く息を吐く。
諦めたような、覚悟を決めたような、重苦しい息づかいだった。
「そうか、だが……」
「そんな作戦、覚えがねえ……と」
アスマの言葉にアナハは頷き、額を右手で覆う。
「まず、《彼の能力》について、教えて貰えませんか?」
流れを整理しながら話しを進めるべく、カカシは全ての始まりに関わる質問から入った。
「あやつの能力か。かつて忍の祖たる者たちよりチャクラの制御を奪い、膨大なチャクラに耐えきれず暴走すれば自らをも巻き込んで周囲の者を全て死に追いやる禍々しき力よ」
アナハは遠くを見通すように半眼を虚空に向け、呟く。
ご意見番から聞いたのと、同じ話しだ。
強力過ぎる、制御しきれない能力を持って生まれた者の末路は変わらない。
「だが、長い時を経て、ある者が気づいてしまった。他者のチャクラを制御し、意のままに操るその使い方を、な……」
「使い方?」
「他者のチャクラを制御できるならば、精鋭の忍が何人居ようが、膨大なチャクラの塊たる尾獣ですら関係ない……ということに、な」
言われてカカシもアスマ目を見張る。
脳裏に蘇るのは暗い夜明けの海。
チャクラを練ろうとした忍が次々と血にまみれて倒れ伏す光景。
「そして、失われていたあの禁忌の能力を持つ子供が生み出された。大蛇丸によって……」
「なっ!?」
突如として出てきた思いもよらない、けれど想像に難くない知った名前。
カカシは言うべき言葉を見失い、アスマは歯を食いしばって罵詈雑言を堪えた。
無駄に冷静な思考で、彼らの知るもう1人───大蛇丸による実験の犠牲者はちょうどイルカと同い年だとも思い至る。
「大蛇丸が里を抜けた後に保護した子供は里親に託し、わしらもあの子供は普通に暮らしてゆけると思っておった」
だがその思いは、あの夜に砕かれる。
九尾事件によって。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2013/06/26
UP DATE:2013/07/06(mobile)
RE UP DATE:2024/08/07