ちいろの海

【1:静かの海】



 木ノ葉崩し以降、火の国は敵対関係にあった周辺国の軍事的介入を受け、ところによって小規模な戦闘も起こった。

 小競り合い程度ではあったが、戦闘地域に暮らす人々にとっては戦争──命の危険に曝されることに、違いはない。

 火の国は外交力によって幾つかの戦闘を回避する一方で、ここぞという局面においては最大の軍事力である木ノ葉隠れの忍を惜しげも無く投入していった。

 大国の威信が揺るがぬよう───木ノ葉隠れが健在であると証明するために。



   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 火の国東海岸、その最北の地に木ノ葉隠れの忍3部隊が派遣されてから1週間が経とうとしていた。

 水の国から3隻の軍船で攻め寄せた霧隠れの忍は水際で撃退し続けてはいるが、上陸を許していないというだけで未だ撃退には至っていない。

 何といっても、海岸での戦闘では水遁に長けた霧隠れの者に有利であった。

 一進一退の膠着状態は今後もしばらく続くかと思われ、木ノ葉の里からは近隣の住民たちへ避難勧告を出している。

 だが漁民の多くは長年住み慣れた土地を離れる覚悟が出来ず、また避難民を受け入れてくれる土地もなく、とどまっていた。

 それゆえに、忍同士の戦闘に巻き込まれて命を落とす民の数は日に日に増えていく。

「やべえな、このままじゃ……」

 深夜、作戦本部としている番屋で周辺地図を睨みながら、猿飛アスマは咥えタバコのフィルターを噛み潰してうめく。

 沖に軍船3隻で陣取る霧隠れの忍は、木ノ葉隠れの忍と直接やりあっても消耗するだけと判断したのだろう。

 ここ数日で、作戦を変えてきた。

 戦闘地域とは言っても、この辺りは小さいながらも豊かな漁場に恵まれた漁村。
 今もこの地には、生きて生活をしている人々がいる。
 田畑を耕し、漁をし、糧を得る人々が。

 そういった者が、無差別に標的にされはじめていた。

 漁に出た者の首を落とされ、服を剥がれ、内臓を抉り出された遺体を乗せた小船が港に流れ着く。
 明らかな、見せしめだ。
 
 人々へは1人で出歩かぬよう伝えてはいるが、普通の人間が何人集まろうと忍には敵わないし、村人全てに護衛の忍がつくこともできない。
 いっそ一切の外出を禁じてしまおうという話もあった。
 だが、村人とて生きていくために危険だと分かって漁へでていく。
 その日、家族で口にするものだけでも確保するために。

「もう、長引かせらんねえぞ。どうする?」

 アスマは他の隊のリーダーへ視線を向けた。

「どーするって言われてもねー」

 椅子を跨いで座り、背もたれに肘をついた格好ではたけカカシはため息を返す。

「敵さんは遥か沖で、こっちから攻めていけないんだから、どーしよーもないデショ」

「だからって、敵さんらのお帰りを待ってるだけってのもねえ」

 周辺地図を広げた机の端に足をひっかけ、椅子ごと上体を反らして天井を眺めながら不知火ゲンマが呟く。

 木ノ葉屈指の実力者を投入しながら、1週間も戦局を動かせずにいた。

 すでに幾度か、漁民の姿で囮をだしている。
 けれど突然複数に襲われて手傷を負うし、対抗しようと変化を解けば向うはあっさりと引き下がる。

 その間に、別の場所で犠牲者がでた。
 
 解決方法はただ1つ、沖に停泊する霧隠れの軍船を追い払うことだ。

 しかし木ノ葉の里が持つ船では霧隠れの里の軍船には対抗しきれず、襲撃もかけられない。

 遥か沖にとどまる船を追い散らす術を心得ている者は、いなかった。

「カカシさんなら、なんかあるって思ってたんですけどね」

「あのね。オレだってなんでもできるってワケじゃあないのよ?」

 ゲンマの揶揄に、見たことのない術は使えないとカカシが返す。
 余裕というか、緊張感に乏しい2人を横目に、アスマは黙って紫煙をくゆらせた。

 ふいに、3人の視線が交じり合う。

 この小屋へ近付く気配があった。
 それも、ここにはいないはずの馴染み深い者。

 しばらくして、黙りこんだ3人が見つめる板戸が、軽く叩かれる。

「なんだ?」

「伝令です」

 アスマの問いに、覚えのある声が返った。

 符丁で本当に味方であることを確認してから、出入り口に近いカカシが戸を引く。

 予想に違わず、うみのイルカが立っていた。

「イルカ先生が伝令でしたかー」

 機嫌よく出迎えたカカシは、他の2人の様子がおかしいと気付いた。

「ん? どったの、アスマ? ゲンマも」

「まさか、オメエが来るたぁなあ……」

 苦々しいうめくようなアスマの声にも、イルカはいつもと変わりなく接してくる。「お久しぶりです、アスマさん、ゲンマさん、カカシさん」

 カカシが初めて部下とした下忍をアカデミーで指導していたイルカは、忍びらしくない───人間臭さくて誰からも好感の持たれる男だ。

 もちろん里では、アスマもゲンマも彼と親しくしている。
 それなのに、何故か嫌そうに顔をしかめるアスマとゲンマに軽く会釈をし、イルカが1通の書状を差し出す。

「ホムラ様からの命令書をお持ちしました」

「おう」

 アスマは受け取った書状を開いて白紙の紙面にチャクラを込める。
 墨痕も鮮やかにご意見番、水戸門ホムラの命令書が浮き上がった。

「東部国境海岸方面部隊はこの書状の到着より1両日中に敵を殲滅し、事後処理班1隊を残し至急帰還せよ。尚、伝令うみのイルカは右作戦に協力後、南部に展開する部隊へ合流のこと」

 一気に読み終えたアスマは書状を他の2人にも見せるように机へ放る。

「……だとよ」

「ちょっとちょっとっ! なによそれえー」

 まるで女学生のような口調でカカシが正直な不満を口にする。

「今まで手こまねいてたのに、急に殲滅なんて無茶デショ?」

「ああ、だからイルカを寄越したんだろうよ」
 
 カカシにアスマが答え、ゲンマもイルカを睨むような目で見ていた。

「イルカ先生、を?」

 イルカに対する2人の態度と、言葉の真意を図りかねてカカシは首を傾げる。

「ゲンマ、カカシ。部下どもに撤退準備させといてくれ」

 イルカと殲滅戦の策を練るとでもいうのか、アスマは2人を追い出してしまう。

 番屋を後にし、潜んでいる部下たちへ命令を伝えにいく道すがら、ゲンマはぽつりともらした。

「あーあ。カカシさんがいっから、イルカの顔は見ねえですむって思ってたんすけどねえ」

「あ? どゆこと? ゲンマ?」

 先程のカカシの疑問に答えるような物言いに、カカシは興味を示す。

「カカシさんにゃあ、殲滅戦はないっすよね」

「ああ」

 そう言われてカカシは自身の、年齢の割に長い戦歴をざっと思い返してみた。

 上層部の意向もあって忍本来の役割より、大規模で長期化した戦線にも最後の切り札的な投入をされていた。
 それに目立つ外見があいまって、必要以上に名が残ってしまっている。
 またその名を木ノ葉の里はうまく利用もしていたが、カカシは無用に狙われただけだった。

「それが、なによ?」
 
 過去を振り返ったことで、気分の下降したカカシは、ゲンマを睨む。

「昔、アイツの殲滅戦の処理に当たったんすけどねー」

 その視線に怯えるでもなく、だが言いにくそうに、ゲンマは咥えた楊枝を揺らめかせた。

「……忍者、やめよーかって、初めて本気で考えましたよ…」

「どーゆーこと?」

「そのまんまの意味っすよ」

 ゲンマはそれだけを言い、自分の隊の方へと去っていった。
 その後を追う事もできずに、カカシはしばし立ち尽くす。

 ゲンマが忍をやめようと本気で思ったという、イルカが加わった殲滅戦の戦後処理。
 自分で振っておきながらはぐらかしたのは、思い出すのも嫌なの程のことがあったのだろう。

「一体、なんなのよ」



 【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2005/03/01
UP DATE:2005/03/18(PC)
   2009/01/02(mobile)
RE UP DATE:2024/08/07
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