今日は猫の日
【我々の業界ではご褒美です】
[今日は猫の日]
その日、うみのイルカが健やかな眠りから目覚めると、己の肉体が変容している事に気付いた。
黒く艶やかな被毛に覆われたしなやかな手足を伸ばせば、足先からにょきりと鋭い爪が顔を出す。
柔軟な肢体をひねってみれば、尾骨からは曲がり気味の尾が揺れた。
そして同居人を呼ばわれば、常とは違う甘やかな鳴き声。
「なーぅ?」
「わぁお! イルカ先生ってば、いっつもかわいいけどー、今朝はまた一段とかわいらしいお姿でー」
菜箸片手に部屋を覗き込んだ同棲中の恋人が白々しく驚いてみせるのを睨み上げ、鍵尻尾をびたびたと寝台へ打ち付けながら再び名を呼ぶ。
「なぁーぅあ?」
何の疑問もなく猫の鳴き声でやってきて、人の姿ではない者を恋人の名で呼んでしまえばもう確定だ。
これは、この男の仕業だと。
「……」
「…………」
時計の秒針の音だけが流れる寝室で向かい合う木ノ葉隠れの里屈指の上忍と鼻面に傷のある黒猫の睨み合いは、沈黙と罪の意識に堪え兼ねた男の謝罪によって破られた。
「………………え、えーと……ごめんなさい……」
寝台にお座りして己を睨む黒猫から目線を逸らし、カカシは言い訳を始める。
謝罪相手を見下ろしたままでは座りが悪い事もあり、正座で。
「……だって、今まではあれや(悪戯しちゃうぞ 1)これや(Indecent Proposal)でオレばっかり猫にされて悔しいのもありましたけど、イルカ先生が猫になったらどうなるのかーって純粋に興味もあったしー……」
メタ発言も甚だしいが、要はこれまでの憂さを晴らしたという事なので、イルカの怒りが増したのはしかたがない。
全身の毛が膨れ上がり、尻尾の太さが倍近くなってばっふんぼっふん敷布に叩き付けている。
「ぅなーう」
平日の朝から下らない事しやがって、と言わんばかりのため息と共にイルカは寝台から飛び降りてカカシの膝を柔らかな肉球の前足でぺふりと叩く。
多分、さっさと戻して下さいとか、オレはアカデミーに行きますとか、そういう意思を示したのだろう。
けれど、上忍様渾身の術のおかげですっかり猫に変化してしまったイルカと凄腕の忍犬遣いであるカカシの間に意思の疎通は不可能だった。
例えば、犬ならば尻尾を振っているのはご機嫌な証拠だが、逆に猫では不機嫌を表明しているものだということが分からない。
むしろ今までよくお互いが通じ合っているように会話が出来たものだと感心する。
「……イ、イルカ先生っ、そ、そんな可愛いお手手でオレのお膝に……」
肉球に踏んでいただいて上がったテンションのまま、イルカの行動を己の勝手な解釈で誤解したカカシは猫の姿となったイルカに抱きつこうとした。
こういった突然の行動は猫様に対してはタブーだと知らぬまま。
「ふぎゃーっ!」
当然、普段は口布で覆われている顔を鋭い爪で引っ掻かれる。
結局その日は、全く意思の疎通が出来ていないとカカシが気付いて術を解くまでイルカによる引っ掻き攻撃は続いたのである。
───我々の業界ではご褒美です
【了】
‡蛙女屋蛙娘。@ iscreamman‡
WRITE:2017/02/21
UP DATE:2017/02/22(mobile)
RE UP DATE:2024/08/05
[今日は猫の日]
その日、うみのイルカが健やかな眠りから目覚めると、己の肉体が変容している事に気付いた。
黒く艶やかな被毛に覆われたしなやかな手足を伸ばせば、足先からにょきりと鋭い爪が顔を出す。
柔軟な肢体をひねってみれば、尾骨からは曲がり気味の尾が揺れた。
そして同居人を呼ばわれば、常とは違う甘やかな鳴き声。
「なーぅ?」
「わぁお! イルカ先生ってば、いっつもかわいいけどー、今朝はまた一段とかわいらしいお姿でー」
菜箸片手に部屋を覗き込んだ同棲中の恋人が白々しく驚いてみせるのを睨み上げ、鍵尻尾をびたびたと寝台へ打ち付けながら再び名を呼ぶ。
「なぁーぅあ?」
何の疑問もなく猫の鳴き声でやってきて、人の姿ではない者を恋人の名で呼んでしまえばもう確定だ。
これは、この男の仕業だと。
「……」
「…………」
時計の秒針の音だけが流れる寝室で向かい合う木ノ葉隠れの里屈指の上忍と鼻面に傷のある黒猫の睨み合いは、沈黙と罪の意識に堪え兼ねた男の謝罪によって破られた。
「………………え、えーと……ごめんなさい……」
寝台にお座りして己を睨む黒猫から目線を逸らし、カカシは言い訳を始める。
謝罪相手を見下ろしたままでは座りが悪い事もあり、正座で。
「……だって、今まではあれや(悪戯しちゃうぞ 1)これや(Indecent Proposal)でオレばっかり猫にされて悔しいのもありましたけど、イルカ先生が猫になったらどうなるのかーって純粋に興味もあったしー……」
メタ発言も甚だしいが、要はこれまでの憂さを晴らしたという事なので、イルカの怒りが増したのはしかたがない。
全身の毛が膨れ上がり、尻尾の太さが倍近くなってばっふんぼっふん敷布に叩き付けている。
「ぅなーう」
平日の朝から下らない事しやがって、と言わんばかりのため息と共にイルカは寝台から飛び降りてカカシの膝を柔らかな肉球の前足でぺふりと叩く。
多分、さっさと戻して下さいとか、オレはアカデミーに行きますとか、そういう意思を示したのだろう。
けれど、上忍様渾身の術のおかげですっかり猫に変化してしまったイルカと凄腕の忍犬遣いであるカカシの間に意思の疎通は不可能だった。
例えば、犬ならば尻尾を振っているのはご機嫌な証拠だが、逆に猫では不機嫌を表明しているものだということが分からない。
むしろ今までよくお互いが通じ合っているように会話が出来たものだと感心する。
「……イ、イルカ先生っ、そ、そんな可愛いお手手でオレのお膝に……」
肉球に踏んでいただいて上がったテンションのまま、イルカの行動を己の勝手な解釈で誤解したカカシは猫の姿となったイルカに抱きつこうとした。
こういった突然の行動は猫様に対してはタブーだと知らぬまま。
「ふぎゃーっ!」
当然、普段は口布で覆われている顔を鋭い爪で引っ掻かれる。
結局その日は、全く意思の疎通が出来ていないとカカシが気付いて術を解くまでイルカによる引っ掻き攻撃は続いたのである。
───我々の業界ではご褒美です
【了】
‡蛙女屋蛙娘。@ iscreamman‡
WRITE:2017/02/21
UP DATE:2017/02/22(mobile)
RE UP DATE:2024/08/05