ショコラ

【甘い生活】
[ショコラ]



 日の暮れたアカデミー教員室で1人、イルカは残った書類仕事を片付けていた。

 すっかり冷めた茶をすすりつつ、今日の授業を振り返りながら明日の授業内容を確認したり、必要な資料やプリントを用意したり。

「イルカせんせー、残業でーすか?」

「はい」

 突然、背後からカカシに声をかけられても最早、驚きはしない。

 分かっていたとか、そろそろ来るかと思っていたというより、単なる馴れで。

「もうすぐ終わりますけどね」

「じゃ、いっしょに帰りましょ」

「はい」

 すぐに片付けますというイルカに、慌てなくっていいですよとカカシは微笑む。

 けれど、イルカの足元を覗き込んで、その表情は凍りついた。

「……先生それ、なんですか?」

「はい?」

 顔を上げたイルカは、自分の肩越しにカカシが指し示す場所へ視線をやる。

 そこ───イルカの机の下には、可愛らしくラッピングされたものが数十個は詰め込まれているらしい紙袋。

 1つ1つが個性的で、1人が用意したものではないことは一目瞭然。

 つまりそれは、不特定多数からイルカへ贈られた物ということだ。

「ああ、子供たちや同僚から貰ったんです」

 バレンタインデーでしたので、と特に気にした風もなく、イルカは答える。

 けれど、何故かカカシは泣きそうな表情で膝をつき、大げさに顔を覆ってしまう。

「カカシさん、どうしました?」

「オ……オレというものがありながら……」

 ぼつりともれた呟きに、イルカは視線を逸らしてため息をつく。

 職場の女性たちの義理やら子供たちの感謝の形としての贈り物に、ガキみたいな嫉妬をしているのだ。

「……カカシさん」

 ため息をまじりに名を呼び、イルカはお茶受けにつまんでいたモノを数粒手にとった。

「勝手に妄想を暴走させて自信無くそうが、オレの気持ちを疑おうが、アンタの自由です。でもね……」

 そして、もう一方の手は目の前でうずくまっている男の顎を捕らえて上向かせる。

「でも、分からなくなったら、聞きなさい。いいですね?」

 びっちり視線を合わせて、犬でもしつけるかのように、イルカはカカシに言い聞かせる。

「…は、はい」
 
「じゃ、これでも食いながら待っててください」

 そう言ってカカシの手に、小粒のチョコレートを数粒握らせる。

 すぐに仕事へ集中してしまうイルカと、自分の手を何度も見比べながら、徐々にカカシの顔が明るく──というかだらしなく、なっていった。

 そして、嬉しそうにイルカがくれたチョコレートを口にする。

 だが、途端に眉がしかめられ……。

「……ニガッ! イイイイルカせんせっコレっ!? ナニッ?」

「チョコレートですよ」

 背後で騒ぎ立てるカカシを振り向きもせずに、甘い声でイルカは言う。

「正真正銘、カカオマス100%のね」



 【ホワイトデーに続く?】
‡蛙女屋蛙娘。@ iscreamman‡
WRITE:2005/02/02
UP DATE:2005/02/20(PC)
   2009/02/09(mobile)
RE UP DATE:2024/08/01
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