季節のカカイル

【大地のささやき】
[秋のおはなし]



 火影岩の上に広がる森は里よりほんの少しだけ早く秋が訪れる。

 だが、里全体を見下ろし、幾つかの重要施設が置かれている為、限られた者しか立ち入ることはできない。

 そんな人気の無い清廉な少し冷たい空気の中、イルカは大きく息を吐いた。


「たまの使い走りも、こういう役得があるといいよなあー」


 見上げた空は青く澄み渡っている。

 雲は高いところでわずかに薄く波を描く。

 視界を彩るのは、赤く黄色く色づいた木々。

 耳を澄ませば、ことりと木の実の落ちる音まで聞こえそうだ。

 森中に季節の実りが溢れ、多くの生き物たちがそれらを求めて動き回っているはずなのに。

 あまりに静か過ぎて、ゆっくりと感覚が麻痺していくようだ。

 柔らかな落ち葉の上に腰を下ろし、イルカはまた息を吐く。

 森は眠るだけなのだ。

 新たな季節を迎えるために。


「ほんの少しだけ……」


 近付く足音に、ゆっくりと目を閉じる。



 【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
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【色づく錦】
[秋のおはなし]



「流石、実りの秋……」


 火影岩の上に広がる森で、カカシは感涙に咽ぶような声を出した。


「こんなトコに熟れ熟れのイルカ先生が落ちてるなんて」


「アンタなあ……」


 長いこと木の根元に座ってたせいで降り積もっていた落ち葉ごと抱きしめた人は呆れ、憤った声で唸る。

 多分、色々とツッコみたいところがあったのだろうが、こういった言葉遊びでも1歩もひかないイルカはにやりと口元を歪ませた。


「ああ、そう言えば、さっき誰かが別のイルカを持ち帰ってたなあ」


 ぴしりと固まったカカシに気をよくし、耳元へさらに吹き込んでやる。


「第一、拾い物を持ち帰ったら、オレがどんな反応するか……」


「分かりました」


 ぼつりと落とした低いカカシの声に、今度はイルカが固まった。


「アンタはここで頂いていきます」


 やりすぎたらしい。

 ただの冗談、なんて言い訳を飲み込ませるほどの壮絶な笑顔でカカシは言う。


「ついでに、アンタを拾っていったって人のことも聞いときましょーか」



 【了】
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【立ち上る煙】
[秋のおはなし]



 里のあちこちで煙が上がっている。

 理由は分かっているとはいえ、なんとなく不安な気持ちになるのはどうしようもない。

 カカシは足早に通りを抜け、報告所へと向かった。

 受付のカウンターに馴染みの顔がないことを淋しく思いながら、手早く報告書に記入を済ませて提出する。

 係の者が内容を確認する間、窓の外を見ればそこにも立ち上る煙が見えた。


「気になりますか?」


 手の空いた係がカカシに話し掛けてくる。


「外から戻った方は皆さん、気にされるんですよ」


「だろうねえ」


 まだ窓から視線を逸らさずに、カカシは応えた。

 近付いてくる足音を察し、どこか口元が微笑んでいるようにみえる。


「はい、内容確認しました。あとの処理はこちらでしておきます」


「そ。じゃ、よろしく~っと」


「すまんっ、遅くなったっ!」


 片手を上げて出口へと向かいかけたカカシと鉢合わせるように、飛び込んでくるのはイルカ。


「おや、イルカ先生。なんか、おいしそうな匂いさせてますねえ」

 
 カカシの言葉に眉をしかめるイルカは、腕に暖かな湯気を立てる焼き芋を抱えていた。


「今日はアカデミー総出で里の落ち葉清掃なんですよ。毎年恒例で、そのまま焼き芋大会になっちゃってますが……」


「なるほど。あの煙は、それでしたか」


 まだカカシの胸は騒ぐけれど、窓の外で幾筋も立ち上る煙は里が平和な証なのだ。


 
 【了】
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【冬がくる前に】
[秋のおはなし]



 イルカは、よく物を貰う。

 教え子たちは道々に見つけた子供なりの宝物を惜しげも無く差し出してくるし、3代目も貰い物の菓子があれば間違いなくまずイルカを呼ぶ。

 商店街を歩いていると、よっぽど急いでる風に見えなければ誰もが声をかけ、別れ際に色々と渡してくる。

 それが買い物中ともなると、本当に恐ろしい。

 挨拶程度に言葉を交わせば、例え何も買っていなくても、店主はイルカに何かを渡してくる。


「イルカ先生、これも持ってきな」


「ありがとう」


 八百屋のオヤジが差し出したのは、店先の窯から取り出したアツアツの焼き芋が2本。

 貰っちゃいましたなんて嬉しそうに言いながら、イルカは大きいほうをカカシへ差し出す。


「イルカ先生、物貰いですよね~」


「ほーえふかええ……」


 両手に色々食材ぶら下げて、口一杯に焼き芋をほおばっている姿は、頬袋をもった小動物。

 それも冬眠前に餌を蓄えて、みっしり食い溜めたっぽい。
 
 その風体を可愛いなあと思いつつ、面白くもなくて思い切り両頬をつねってみた。


「オレ以外に餌付けされてんじゃなーいよー」
 


 【了】
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【昔からある場所】
[秋のおはなし]



「持ちますよ」


 イルカの両手を塞いでいた買い物の荷を片方引き受け、カカシは自分の手を空いた手へ滑り込ませた。

 一瞬、眉をしかめて何か言いたそうにしたイルカも、結局は何も言わずに歩きつづける。

 見上げた空は夕暮れに染まり、夕日を受けた歴代火影の顔岩は黄金色に輝いているようだ。

 しかし里の周囲を囲む森は既に暗く、道の脇の街灯もまだどこか頼りなく感じる明かりを灯しだしている。

 晩秋の風の冷たさと繋いだ手の暖かさに、こうして手を繋いで歩くのは初めてだったかなと気付く。


「ねえ、イルカ先生ぇ」


「なんですか、カカシさん」


「こういうの、なんか、いいよねえ」


「たまには……」


 照れ隠しなのか、イルカは言葉を濁すけれど、繋いだ手はそのまま。

 互いの手はずっと前からあったものだけれど、自分の居場所になったのはつい最近。

 でも、いつかきっと、昔からあった場所になるだろう。



 【了】
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