若葉繁れる

【5月の女王】
   ~ こどもの日 05 ~
[若葉繁れる]



 それは、とある休日のこと。

 サクラは同期の下忍仲間の少女たちと寄り集まって、繁華街から少し外れた川に掛かった橋の上でおしゃべりをしていた。

 殆ど、いのとサクラがたわいもないことを言い合っているのだけれど、聞いているだけに見えるヒナタも楽しそうにはしている。

 もう初夏と言っていい日和で、立っているだけでも薄汗が滲むようだった。

 それでも、女の子のおしゃべりは止むことは無く、日焼けを気にしながら続いた。

「それでね……」

 いのが言いかけたところでヒナタがふいに背後を振り返り、サクラもそちらへ視線を移す。

 3人が気付くと、その人も嬉しげに手を振って近付いてきた。

 背負った装備や泥とわずかな血で汚れたベストには大分、年季が入っている。

 けれど手に下げたどこかの商店の包みと、ちょっと忍びらしくない足取りが妙にしっくりとしていて、暢気そうな雰囲気がある人。

「よっ! 久しぶり。元気にやってるそうだな」
 
 本当に嬉しそうに笑って、噂や書類で知った自分たちの活躍を喜んでくれる。

「先生」

「ご無沙汰してます」

「先生もお元気そうで……」

 アカデミー時代の恩師にそれぞれ挨拶をしながら、思わず背筋を正すのは、昔の名残ではない。

 今はもう、この人が自分たちの上官で、更にはまず目指すべき存在で尊敬すべき人だと実感をもって分かっているからだ。

「今日は3人とも休みかあ」

「はい」

「そうか。あ、そうだ」

 多分、任務帰りだろうその人は、下げていた包みから竹皮の包みを1つ取り出す。

「これ食べないか?」

 差し出されたのは、評判の柏餅だった。

「任務帰りに近くを通ったんで、差し入れにちょっと多めに買ってきたんだけどな」

 そう、照れくさそうに言うけれど、真相はちょっと違うはず。

 普段ならばダイエットを理由に断りの文句を並べる少女たち。

 けれど、この人に勧められたらつい素直に頂いてしまう。

「ありがとうございます! いただきます」

「ここの柏餅、私大好きなんです」

「すごく、美味しいんですよね」
 
 少し雑談をしてからその人と別れ、少女たちは近くの日陰へ場を移しておしゃべりを再開した。

 貰った柏餅と、自分たちで買った飲み物を手に。

「それにしても、イルカ先生も大変よね」

「そうよね~。あんなワガママな恋人がいるんだもんね~」

「それでも、周りの人たちにも気を使ってるなんて」

 職場の同僚への差し入れ───という名の付け届け、のおすそ分けを味わいながら、本当にあの恩師は偉大だと少女たちは思う。



 【了】
‡蛙女屋蛙娘。@ iscreamman‡
WRITE:2005/05/04
UP DATE:2005/05/09(PC)
   2009/04/28(mobile)
RE UP DATE:2024/08/02
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