季節のカカイル

【空を見上げて】
[春のおはなし]



 一杯に息を吸い込む。

 見上げた暗い空には、ぽつりぽつりと星が瞬いていた。

 けれど夜の端は、歓楽街の灯りに焼かれて薄明るい。

 胸を満たす淡く匂う温い夜気は、心を占める人を思い出させた。


 木ノ葉隠れの里は、春を迎えようとしている。

 こんな穏やかな時期に、のんびりと過ごせるのはいつ以来だろうか。

 そんなことを思いながら、浴びるほど酒を飲んだほろ酔いの同僚たちと歩く。

 何がおかしいのか、大きな声で卑猥な話をし、笑いあう。

 通りすがりの家の窓からうるせえ酔っ払いと怒鳴られて、バツが悪そうに苦笑する。

 いい夜だ、と思う。

 自分たちがこんなに平和な春の夜を謳歌している。

 満ち足りていると思える。

 けれど、空を見上げて思うのは物足りなさで。
 あの人が今、ここにいない、寂しさで。

 気のあった仲間と騒いでいなければ、泣いてしまうかもしれない。


 あの男の髪と同じ色の、空を見上げて。
 


 【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2005/03/30
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【小さな部屋】
[春のおはなし]



 家主のいない部屋へ勝手に上がりこむのはいつものこと。

 けれど、今夜も彼が戻ることはない。

 暗く、冷たい部屋に転がって過ごす夜は、もう何日目だろう。

 我ながら情けない。

 この部屋は小さく、狭い。

 家主の男にも、自分にも。

 けれど、ひどく居心地がよかった。

 あの男がいる時は。

 今はただ暗く冷たい、寒い部屋。


「早く帰っておいでよ、イルカ先生」


 暖かいくて居心地のいい部屋に、するために。
 


 【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
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【吹き抜ける風】
[春のおはなし]



 春とはいえまだ冷たい夜風に髪を躍らせながら、思う。


 里を離れて、もう何日になるだろうか。

 あの日はまだ固かった蕾も、今朝は日当たりのいい斜面では2、3ほころんでいるのを見た。

 この花の開花を追いかけての旅だ。

 帰る頃には里でも満開になっている。

 そうしたら、見送りに来た男との約束を果たそう。

 2人で夜桜の下、とっておきのいい酒を酌み交わす。

 今は想像だけだけれど、夜風の心地よさはきっと同じだ。


「……カカシさん」


 呼ぶ声は、風にかき消されて自分にも聞こえない。



 【了】
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【眺めのいい丘】
[春のおはなし]



 大門から通じる道を眺められる丘。

 花がほころびかけた頃から、ここへ通うのが日課になってしまった。

 あの人は満開になったら戻りますよ、と笑って里を後にした。

 その言葉のせいだ。

 がらにもなく花の開花を待ちわびたり、花が開き始めればいつ満開になるのかと気がそぞろとなったりしたのは。


「カカシ先生?」


 背後から懐かしい、けれどまだ馴染みの薄い少女の声。

 振り返り、片手を上げる。


「や!」


「どーしたんですか、こんなところでー」


 自分に並ぶ少女の背は、あの頃とさほど変わらない。

 当然だ。

 まだ、数ヶ月も経っていない。

 けれど酷く遠い日々。

 あの頃の仲間は、今はもう、里にいない。

 共にあった期間はわずかだけれど、かけがいのない時間。

 3人の子供たちと、2人の大人たちにとって。


「んー? 日向ぼっこ」


「はい、嘘」


 花曇の空の下、少女は笑う。


「嘘じゃなーいよ」


 待っているのは、たった1人。
 
 自分だけの、太陽。



 【了】
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【花の下にて】
[春のおはなし]



「イルカ先生、お疲れさまでしたー」


 手にした杯に酒を満たし、目線に掲げる。

 目線は花と相手に向け、杯を干した。


「ありがとうございます、カカシさん」


 相手の杯にも酒を満たし、再び掲げて咽喉へ流し込む。

 夜風に冷えた頬が、かあっと熱を帯びる。


「こないだね。サクラに会いましたよ」


「へえ」


「花が咲くのを待ってたって言ったら、嘘って言われちゃいました」


「……花、ですか?」


「いえ……。本当は、あなたが帰ってくるのを、待ってたんです……」


「カカシさん」


「お帰りなさい、イルカ先生」


───花のように、笑う人だ



 【了】
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