消失点
【終幕の序曲~ Overture epilogue ~】
〜エピローグ〜
[消失点]
下忍ルーキー達の班編成を変更して既に数ヶ月。
彼らを日常的に見ている木ノ葉隠れの里で暮らす人々の多くが違和感を覚えるようになっていた。
3代目火影の孫である木ノ葉丸や里のラーメン屋一楽の主人親子はカカシ班を見る度にどこか淋しそうにしているし、度々下忍達へ飼い猫トラ捕獲を依頼するマダムしじみも任務受付で訝しげに首を傾げている姿を見かける。
だが、カカシの抱えた喪失感は埋まることなく、月日は無為に流れていった。
だが、特に強く違和感を覚えた出来事は常に頭に置いて、手掛かりにならないかと考え続けてはいる。
たとえば、タズナという橋大工を護衛して波の国へと赴いたアスマ達から聞いた話だ。
火の国に隣接した小国である波の国の物流を握り、雇い入れた傭兵達の力で実効支配していたガトーという商人は、対抗策として長大な橋を建造しようとしている依頼人を付け狙っていたらしい。
貧しい波の国に住むタズナには正当な報酬で討伐を依頼する事ができず、苦肉の策として道中の護衛として雇った木ノ葉隠れの忍を巻き込んでガトーの傭兵達と済し崩しに戦わせようと目論んでいたようだ。
更に、ガトーが雇い入れたゴロツキに紛れて手練れの抜け忍がいた。
霧隠れの鬼人と恐れられた忍刀七人衆が一人、桃地再不斬。
そして、彼の手足となって動く霧隠れの暗部面を着けた、氷遁という血継限界を持つ少年。
それだけの手練れが居ながら、どうしてアスマと彼の部下が無事に帰還できたのかと問えば、タズナが国を離れるのと入れ違いにやってきた忍らしき二人組が桃地再不斬の持つ首斬り包丁を奪うついでにガトー諸共傭兵達を一掃したのだという。
それだけなら、内容を偽られた任務だったが依頼人の思惑が思いもしない幸運に見舞われて危険を回避できた話で終わっていただろう。
そうならなかったのは、話を聞いたカカシと部下のサスケとサクラの脳裏に浮かんだ、遠い波の国で斬り捨てられた会ったこともない霧隠れの暗部面を被った少年の儚げな姿と『白』という名の所為だ。
その後に行われた中忍試験でも、気になる事は多々あった。
たとえば、多少どころではない経験不足という不安要素はあったものの、早く成長しなければ死ぬしかない宿命を背負ったサスケを慮って彼らを推薦した時。
アスマと紅も同期の部下を推薦し、予想していた通りガイなどから時期尚早なのではないかと反対もされた。
けれど、カカシ達の部下の事であるし、きちんと考えがあっての事だとも理解されたか特に混乱もなく推薦は承認されて、逆に戸惑いを覚えたのは何故か。
そしてサスケとサクラの二人だけではチーム戦もある中忍試験には臨めないので、3代目火影と相談した上で薬師カブトという10年近く下忍でいる青年を新たに加えた時に言い知れぬ嫌な予感がしたのは何故か。
予感は的中し、試験参加者に紛れて大蛇丸がサスケを狙って里に舞い戻っていたり、臨時加入したカブトは大蛇丸のスパイだったりと散々だった。
しかも中忍試験は本戦の最中に、大蛇丸が砂隠れの里と共謀して木ノ葉崩しと称したクーデターを起こす始末。
木ノ葉隠れの里に常駐する忍を総動員して対処に当たったが、砂隠れが一尾の人柱力を引き出して来たので、かつての九尾の言葉に縋ってナルトを兵器のように使わなければならない事態。
結果的にはシカマルをはじめとした下忍達の活躍もあって大蛇丸が率いる音隠れの里と結局は唆されただけの砂隠れの里を退けたが、3代目火影を筆頭に多くの忍が喪われたのだ。
3代目の葬儀が終わり、里の上層部が次の火影を選定し始めるのと同時に、5代目候補に挙げられていた自来也は初代火影の孫である綱手を新たな火影として探し出すべく里を立つと宣言した。
里の意向でまた二人となった部下共々、自来也の護衛という名目の逃走防止のお目付役に就くこととなったカカシは待ち合わせた大門へ向かう途中、気になる二人連れを見咎めて足を止める。
団子屋の店内で席に着いて茶まで手にした寛いだ状態でいながら、笠を深く被ったまま赤黒い雲の意匠が特徴的な外套を羽織った二人。
通りに面した席に座る方は、傍らに身の丈を越える長大な刀と思しき物を置いている。
気にはなるが、これから重要な任務へ出向く直前───待ち合わせた時間はとっくに過ぎている───でもあり、どう対処すべきか悩む。
そこへ偶然にもアスマと紅が連れ立ってやって来た。
「よう! お二人さん…。仲のよろしいことで……」
デートですか、と巫山戯た事を口にしながら視線で店内の二人連れを示せば、それだけで彼らも察してくれる。
「バーカ。私はアンコに団子を頼まれたのよ」
「お前こそ、こんなところで何やってる?」
「いやね……。これから任務なんで待ち合わせ場所に向かってんだけどさ、遅刻した言い訳をどーしよっかと……」
常と変わらぬ表情で普段通りに会話しながら、店内の二人連れの動きは一つも漏らさず察知し、分析し続ければ、中々の手練れどころではなく油断ならぬ相手だ。
「いー加減行かないと、まーたサスケ達に嫌味言われちゃう」
苦笑混じりに零した言葉に、奥に座る方が僅かに反応した気がした。
気付かれたかと揃ってそちらを見やれば、既に姿がない。
軽く頷きあえば瞬身でアスマと紅が二人連れを追い、カカシは後ろ髪を引かれる思いで部下たちが待つ大門へ向かう。
これから、任務なのだ。
分かっているが、どうしても気掛かりで、騒つく胸を抑えられない。
ついにカカシは足を止め、一つ息を吐いて気持ちを決める。
次の瞬間には口寄せで忍犬を呼び出していた。
「パックン。悪いんだけど、大門にいる自来也様と合流してくれ。オレは野暮用でちぃっと遅れますって伝えてちょーだい」
「分かった。お主は後から追い掛けてくるのだな?」
「そ。んじゃ、頼んだ」
お互いのすべきことを確認しあった刹那、カカシは瞬身であの二人連れを追い、パックンは身を翻して大門へと駆け出す。
カカシが向かったのは、里の外れを流れる運河の畔。
アスマは大刀を振るう方と刃を交わし、紅はもう一人と幻術合戦を繰り広げていた。
直感的に紅の分が悪いと見たカカシは影分身をアスマの援護に、本体で川面に逃れた紅の救援を試みる。
アスマを相手に未だ笠も取らず身の丈を越える大刀を軽やかに操りながら水遁まで仕掛けてくる相手に影分身で同じ術を返すと同時に、本体は紅の背後を取った相手の更に後ろへ回った。
「何でお前まで出てくんだっつーの」
「いやー。さっきはお二人にお願いしちゃったけど……」
「ま! 気になるじゃない。やっぱ……」
不服そうなアスマと紅に影分身と本体で同時に言い訳しながら、目の前に無防備な背中を晒す侵入者を探る。
「はたけカカシ……」
僅かに見返り、両目の写輪眼で見据えてくる青年には見覚えがある。
うちはイタチ。
かつて、わずか13才で暗部の分隊長にまでなった才長けた忍。
そして、実弟であるサスケを除く一族郎党を皆殺しにして里を抜けたお尋ね者。
思い出すのは、中忍試験の予選後に自来也から聞かされた話。
大蛇丸が一時期だけ所属していた組織に里を抜けたイタチも名を連ねていたという。
その組織は少数だが凶悪な犯罪者ばかりが集まり、大蛇丸が脱退した後は二人組で各地の隠れ里から術などを集めているらしい。
組織の名は、暁。
「これは驚いた……。道理で私の術を……」
背後にきな臭い組織まで存在するイタチへの対処を算段している横合いから、アスマと対峙していた者が嬉しげに語る。
「本当にイタチさん以外にその眼を持っている輩がいたとはね……。名は、確かコピー忍者のカカシ……」
私も自己紹介しておきましょう、と笠を脱ぎ捨て顔を晒すと、何故かアスマが瞠目した。
イタチよりやや年嵩で、長く伸びた黒髪を後ろへ流した青年。
鼻筋を跨ぐ刀傷が目をひく、どことなく顔岩に刻まれた初代火影に似た風貌。
ただ、抜け忍の証しの様に傷が付いた額宛は霧隠れの物で、手にした大刀も霧隠れの鬼人と謳われた桃地再不斬から奪った首斬り包丁だと嘯く。
「うみのイルカ。以後お見知りおきを」
穏やかで人好きするはずの顔に、獰猛な肉食獣じみた笑みを浮かべる彼を見て、カカシは悟った。
自分が何を失ったのかを。
【了】
‡蛙女屋蛙姑。@ iscreamman‡
WRITE:2014/10/02
UP DATE:2014/11/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/15
〜エピローグ〜
[消失点]
下忍ルーキー達の班編成を変更して既に数ヶ月。
彼らを日常的に見ている木ノ葉隠れの里で暮らす人々の多くが違和感を覚えるようになっていた。
3代目火影の孫である木ノ葉丸や里のラーメン屋一楽の主人親子はカカシ班を見る度にどこか淋しそうにしているし、度々下忍達へ飼い猫トラ捕獲を依頼するマダムしじみも任務受付で訝しげに首を傾げている姿を見かける。
だが、カカシの抱えた喪失感は埋まることなく、月日は無為に流れていった。
だが、特に強く違和感を覚えた出来事は常に頭に置いて、手掛かりにならないかと考え続けてはいる。
たとえば、タズナという橋大工を護衛して波の国へと赴いたアスマ達から聞いた話だ。
火の国に隣接した小国である波の国の物流を握り、雇い入れた傭兵達の力で実効支配していたガトーという商人は、対抗策として長大な橋を建造しようとしている依頼人を付け狙っていたらしい。
貧しい波の国に住むタズナには正当な報酬で討伐を依頼する事ができず、苦肉の策として道中の護衛として雇った木ノ葉隠れの忍を巻き込んでガトーの傭兵達と済し崩しに戦わせようと目論んでいたようだ。
更に、ガトーが雇い入れたゴロツキに紛れて手練れの抜け忍がいた。
霧隠れの鬼人と恐れられた忍刀七人衆が一人、桃地再不斬。
そして、彼の手足となって動く霧隠れの暗部面を着けた、氷遁という血継限界を持つ少年。
それだけの手練れが居ながら、どうしてアスマと彼の部下が無事に帰還できたのかと問えば、タズナが国を離れるのと入れ違いにやってきた忍らしき二人組が桃地再不斬の持つ首斬り包丁を奪うついでにガトー諸共傭兵達を一掃したのだという。
それだけなら、内容を偽られた任務だったが依頼人の思惑が思いもしない幸運に見舞われて危険を回避できた話で終わっていただろう。
そうならなかったのは、話を聞いたカカシと部下のサスケとサクラの脳裏に浮かんだ、遠い波の国で斬り捨てられた会ったこともない霧隠れの暗部面を被った少年の儚げな姿と『白』という名の所為だ。
その後に行われた中忍試験でも、気になる事は多々あった。
たとえば、多少どころではない経験不足という不安要素はあったものの、早く成長しなければ死ぬしかない宿命を背負ったサスケを慮って彼らを推薦した時。
アスマと紅も同期の部下を推薦し、予想していた通りガイなどから時期尚早なのではないかと反対もされた。
けれど、カカシ達の部下の事であるし、きちんと考えがあっての事だとも理解されたか特に混乱もなく推薦は承認されて、逆に戸惑いを覚えたのは何故か。
そしてサスケとサクラの二人だけではチーム戦もある中忍試験には臨めないので、3代目火影と相談した上で薬師カブトという10年近く下忍でいる青年を新たに加えた時に言い知れぬ嫌な予感がしたのは何故か。
予感は的中し、試験参加者に紛れて大蛇丸がサスケを狙って里に舞い戻っていたり、臨時加入したカブトは大蛇丸のスパイだったりと散々だった。
しかも中忍試験は本戦の最中に、大蛇丸が砂隠れの里と共謀して木ノ葉崩しと称したクーデターを起こす始末。
木ノ葉隠れの里に常駐する忍を総動員して対処に当たったが、砂隠れが一尾の人柱力を引き出して来たので、かつての九尾の言葉に縋ってナルトを兵器のように使わなければならない事態。
結果的にはシカマルをはじめとした下忍達の活躍もあって大蛇丸が率いる音隠れの里と結局は唆されただけの砂隠れの里を退けたが、3代目火影を筆頭に多くの忍が喪われたのだ。
3代目の葬儀が終わり、里の上層部が次の火影を選定し始めるのと同時に、5代目候補に挙げられていた自来也は初代火影の孫である綱手を新たな火影として探し出すべく里を立つと宣言した。
里の意向でまた二人となった部下共々、自来也の護衛という名目の逃走防止のお目付役に就くこととなったカカシは待ち合わせた大門へ向かう途中、気になる二人連れを見咎めて足を止める。
団子屋の店内で席に着いて茶まで手にした寛いだ状態でいながら、笠を深く被ったまま赤黒い雲の意匠が特徴的な外套を羽織った二人。
通りに面した席に座る方は、傍らに身の丈を越える長大な刀と思しき物を置いている。
気にはなるが、これから重要な任務へ出向く直前───待ち合わせた時間はとっくに過ぎている───でもあり、どう対処すべきか悩む。
そこへ偶然にもアスマと紅が連れ立ってやって来た。
「よう! お二人さん…。仲のよろしいことで……」
デートですか、と巫山戯た事を口にしながら視線で店内の二人連れを示せば、それだけで彼らも察してくれる。
「バーカ。私はアンコに団子を頼まれたのよ」
「お前こそ、こんなところで何やってる?」
「いやね……。これから任務なんで待ち合わせ場所に向かってんだけどさ、遅刻した言い訳をどーしよっかと……」
常と変わらぬ表情で普段通りに会話しながら、店内の二人連れの動きは一つも漏らさず察知し、分析し続ければ、中々の手練れどころではなく油断ならぬ相手だ。
「いー加減行かないと、まーたサスケ達に嫌味言われちゃう」
苦笑混じりに零した言葉に、奥に座る方が僅かに反応した気がした。
気付かれたかと揃ってそちらを見やれば、既に姿がない。
軽く頷きあえば瞬身でアスマと紅が二人連れを追い、カカシは後ろ髪を引かれる思いで部下たちが待つ大門へ向かう。
これから、任務なのだ。
分かっているが、どうしても気掛かりで、騒つく胸を抑えられない。
ついにカカシは足を止め、一つ息を吐いて気持ちを決める。
次の瞬間には口寄せで忍犬を呼び出していた。
「パックン。悪いんだけど、大門にいる自来也様と合流してくれ。オレは野暮用でちぃっと遅れますって伝えてちょーだい」
「分かった。お主は後から追い掛けてくるのだな?」
「そ。んじゃ、頼んだ」
お互いのすべきことを確認しあった刹那、カカシは瞬身であの二人連れを追い、パックンは身を翻して大門へと駆け出す。
カカシが向かったのは、里の外れを流れる運河の畔。
アスマは大刀を振るう方と刃を交わし、紅はもう一人と幻術合戦を繰り広げていた。
直感的に紅の分が悪いと見たカカシは影分身をアスマの援護に、本体で川面に逃れた紅の救援を試みる。
アスマを相手に未だ笠も取らず身の丈を越える大刀を軽やかに操りながら水遁まで仕掛けてくる相手に影分身で同じ術を返すと同時に、本体は紅の背後を取った相手の更に後ろへ回った。
「何でお前まで出てくんだっつーの」
「いやー。さっきはお二人にお願いしちゃったけど……」
「ま! 気になるじゃない。やっぱ……」
不服そうなアスマと紅に影分身と本体で同時に言い訳しながら、目の前に無防備な背中を晒す侵入者を探る。
「はたけカカシ……」
僅かに見返り、両目の写輪眼で見据えてくる青年には見覚えがある。
うちはイタチ。
かつて、わずか13才で暗部の分隊長にまでなった才長けた忍。
そして、実弟であるサスケを除く一族郎党を皆殺しにして里を抜けたお尋ね者。
思い出すのは、中忍試験の予選後に自来也から聞かされた話。
大蛇丸が一時期だけ所属していた組織に里を抜けたイタチも名を連ねていたという。
その組織は少数だが凶悪な犯罪者ばかりが集まり、大蛇丸が脱退した後は二人組で各地の隠れ里から術などを集めているらしい。
組織の名は、暁。
「これは驚いた……。道理で私の術を……」
背後にきな臭い組織まで存在するイタチへの対処を算段している横合いから、アスマと対峙していた者が嬉しげに語る。
「本当にイタチさん以外にその眼を持っている輩がいたとはね……。名は、確かコピー忍者のカカシ……」
私も自己紹介しておきましょう、と笠を脱ぎ捨て顔を晒すと、何故かアスマが瞠目した。
イタチよりやや年嵩で、長く伸びた黒髪を後ろへ流した青年。
鼻筋を跨ぐ刀傷が目をひく、どことなく顔岩に刻まれた初代火影に似た風貌。
ただ、抜け忍の証しの様に傷が付いた額宛は霧隠れの物で、手にした大刀も霧隠れの鬼人と謳われた桃地再不斬から奪った首斬り包丁だと嘯く。
「うみのイルカ。以後お見知りおきを」
穏やかで人好きするはずの顔に、獰猛な肉食獣じみた笑みを浮かべる彼を見て、カカシは悟った。
自分が何を失ったのかを。
【了】
‡蛙女屋蛙姑。@ iscreamman‡
WRITE:2014/10/02
UP DATE:2014/11/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/15