消失点

【② イルカを知ってるか】
   〜第8の選択〜
[消失点]



 火影から渡された勅命を手に、教えられた通路を足早に抜けたカカシは里の地下に秘密裏に作られた《封印の間》へたどり着いた。

 ここに囚われた者と初めて視線を交わした際に覚えた理由の分からない喪失感。
 その正体を探り、部下や火影の助けを得て、ようやくここまできた。
 あれからまだほんの数日しか経っていないというのに、ずいぶん長くかかった気がする。

 勅命を得てから直ぐにここへ向かったのだが先に命令が回っていたようで、扉の前には見張り番とは別の暗部が1人出迎える。
 見覚えのある面と気配に、知った顔だとカカシは悟る。

「お久しぶりです、先輩」

「テンゾウ、火影様から許可は得ている。ナルトに会わせてよ」

 相変わらず丁寧な物言いで穏やかに応対する後輩を急かし、カカシは勅命を突きつける。
 昔通り『テンゾウ』と呼んだが、既に暗部を引いた者に今の名を教えるつもりはないようで、訂正はなかった。

「分かってますよ、先輩。ただし、万が一のこともありますからボクも同席しますからね」
 
「ああ、構わないよ」

 カカシとテンゾウが話している間に、見張り番が2人掛かりで扉に施されていた術を解いていた。
 どうやら《封印の間》は1人では開けられぬ術で閉ざされているらしい。
 だとしても、一度見た術をコピーする《写輪眼》を持つカカシに解術の印を見せないよう、テンゾウが間に立ちはだかって気を引いていた。

「さ、どうぞ。先輩」

 扉が開かれれば、仄暗いだけの通路とは違い、暗闇に支配された空間がぽかりと口を開ける。
 ここに、尾獣を封じられ、自我も乗っ取られた子供が拘束されているのだ。
 決意を改め、一呼吸置いてカカシは足を踏み入れる。
 後輩が続いて入室し、脱走防止の名目で扉は閉ざされて更に術でも封じられた。

 通路からの灯りが遮断された漆黒の空間に目を凝らせば、遠く視線の先に何者かが蹲っている。

 自由を奪い閉じ込める場とは言え、己のテリトリーへの無遠慮な侵入者を威嚇する尾獣の膨大なチャクラは煌々と燃え盛る炎のようだった。
 禍々しくも荘厳なチャクラの圧力に、思わず付きそうになる膝を気力だけで支え、カカシは獣のチャクラを、まとったナルトと相対する。
 
「……ナルト……」

 そう、カカシが呼び掛けた途端、小柄な子供の身体から九尾のチャクラが噴き出した。
 咄嗟に身構えた2人を嘲笑うように、凶暴なチャクラはただ床や壁の表面を舐めて《封印の間》に満ちて行く。
 広大な地下空間の高い天井にまで到達したチャクラは、薄っすらと九尾の姿を形作った。

《ふん! ワシを縛るに柱間の次は、うちはの力を借りるつもりか?》

 格下の人間に煩わされる不機嫌だけでなく、心底嫌ううちはの瞳力《写輪眼》に支配された過去の怒りからか、敵意を隠すことなく忌々しげに九尾は問う。
 いきなり攻撃してこなかったのは、己を封じているナルトの肉体が封印術の施された鎖で繋がれているからか、たんなる気まぐれなのかは分からない。

 木ノ葉隠れ屈指の忍であり、うちは一族にのみ開眼する《写輪眼》を持つカカシと、彼に比肩する能力と特殊な事情を抱えたテンゾウ。

 例え封印術に制限されていようと2人を相手取ることになんの気負いも見せないのは持てる力の差なのか、それとも獣の矜恃だろうか。

「……九尾。オレは、ナルトに会いに来た」

 だから戦う気はない、と言外に告げたカカシは、強大な尾獣と自我の失われた子供へ呼びかける。

 赤く、獣の狂気に染まった瞳を見据えて。

「……なあ、ナルト。こうして話すのは初めてになるが、オレはずっとお前を見守ってきたつもりでいた」

 だが、遠目だったにも関わらず。

「初めてお前と目を合わせた瞬間、違和感を覚えた」

 いや、あれは喪失感と言うべきものだ。
 しかも、覚えるなどと生易しい感覚でもない。
 間違いなく、身の内から怒涛の如く襲いかかってきた。

 カカシの言葉に、下がって聞いていたテンゾウも心当たりがあるのかわずかに肩を震わせ、尾獣も何を思ってか黙って目を細める。

「オレはお前を影で見守ってきたから、お前はオレを知らないはずだ」

 それなのに、カカシには自分の知らない、ナルトとの記憶がある。

 下忍選抜のサバイバル演習での予想外な行動に呆れ、子供の使いと変わらない低ランク任務に文句ばかり言っておきながら失敗する姿に不安を抱き、けれど肝心な場面では人を惹きつける言葉を発し自分をも圧倒する気迫に感心さえした。
 そんな場面が思い浮かぶのに、現状カカシの部下にナルトは居ない。

 その違和感と喪失感の根本。
 
「……なあ、ナルト。お前は……」


───うみのイルカを知ってるか?


 カカシの問い掛けに、見開いたナルトの目からぽろりと大粒の涙が零れ落ちる。
 その瞳は狂気に囚われた赤ではなく、雨に洗われて澄んだ高空の青だった。

 見覚えのある懐かしい色彩に、カカシは心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。
 かつて失った憧れの人との繋がりを見出すと同時に、確かに自分はこの目を知っていると自覚して。

 両手足を鎖に繋がれて身動ぎもままならない身体で、九尾のチャクラをまとったナルトはカカシを見上げてたどたどしく言葉を紡ぐ。

「……イ、ルカ?……」

 それは九尾ではなく、ナルト自身の声だった。
 過酷な状況に憔悴しているせいか掠れて弱々しい声音ではあったが、確かにナルトの自我が感じられる。

「……知ってるのか?」

 優しく、だが縋るようにカカシは問い掛けていた。
 しかしナルトはわずかに首を横に動かして否定するが、ささやかな望みを吐露する。

「……な、んで、か……会い、たい、んだってば……」

 痩せ衰えた小柄な身体のせいか、実年齢よりも幼く見える顔をぐしゃぐしゃに泣き崩し、ナルトはその人を呼ぶ。
 
「……イルカ、先生っ……」

 そこで、がくりと力尽きて崩れ落ちるナルトの身体を支えたのは、実体化する程濃密なチャクラで形作られた九尾の腕だった。

《限界か……。ここまでだな》

 九尾はナルトを横たえると、親が子を守るようにその身で囲い込む。
 その扱いは、自身を縛る封印たる《人柱力》に対するものではない。

「……九尾。お前は、何を知っている」

《確か、カカシといったな? 随分、手間取ったがここまで来たなら上出来だ。褒美にいい事を教えてやろう》

 毒でも吹き込まれるのかと警戒し身構えるカカシを見下ろし、にたりと笑った獣は語る。

《お前が考えていた通り、この里の連中は揃って胸糞悪い術に嵌ってやがるぞ》

 けれど、その術を仕掛けたのは自分ではないという九尾の弁明を鵜呑みに出来るほどカカシは馬鹿でも素直でもない。
 第一、判断材料がなさすぎる。

 どう詰問すべきかと迷うカカシの反応など想定内だったらしく、ただ鼻で笑った獣は返答を待たずに言葉を続ける。

《ワシもこのままでは都合が悪い。お前たちが何を選ぶか決まってから来い。話はそれからだ》
 
 言いたいことだけ言って、後はもう話すことなどないとばかりに、九尾はカカシとテンゾウを追い立てた。
 まるで虎穴に迷い込んだ小動物が虎児を庇う母虎に威嚇されて逃げ出すように、2人は慌ただしく《封印の間》を後にする。

「……どーゆーこと、だろーね?」

 考えられないことだが、九尾はナルトを守っているらしい。
 更には荒唐無稽なカカシの憶測を肯定し、自身の関与は否定しながらも、その裏にある物や対処方法を知っているようなことまで匂わせた。

 何を選ぶか決まったら、と。

「どうするんですか? カカシ先輩」

「決まってんデショ」

 後輩の呆れ混じりの問い掛けに、カカシはいつもの笑みで返した。



 【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@ iscreamman‡
WRITE:2014/07/29
UP DATE:2014/08/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/15
 


   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



【第9の選択】
選択期間:2014/08/01~31



①独自に解呪を模索……0票

②とにかく3代目に報告……5票

③仲間に助力を乞う……0票

   (2014/08/31:集計)
 


[第9の選択]
 選ばれし道筋→【第9の選択
 選ばれなかった道筋→【第9の選択



───これが、   
   世界の選択───
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