春の日
【桃の節句】
[春の日]
「あら、サクラじゃないの。なぁに、お使い?」
「いのこそ、店番?」
大変ね、こんな日に。
お互いにそう言いあって、着飾ったサクラといのは微笑みあった。
黒地に鮮やかな桃の花が染め抜かれた着物に、紫の帯を締めて大人びて見えるいの。
いつも結い上げている髪も下ろして、緩く肩に流している。
その金の髪が黒い着物に映え、より輝いてみえた。
サクラも薄桃色の桃の花が描かれた振袖に、少し濃い桃色の帯をあわせている。
萌黄色の半襟が爽やかで可愛らしい。
店内を見渡し、サクラは訊ねる。
「桃の花はある? 一枝、欲しいんだけど」
「もちろん、こういう日だもの」
静かに立ち上がると、いのはバケツに生けられた桃の花から枝ぶりの良いものを選んだ。
「これなんかどう?」
「いいわね」
サクラがうなずくのを確認して、適度に花のほころんだ枝を大きな白い紙で覆う。
支払いを済ませた桃の一枝をサクラは大事そうに抱え、店を後にした。
「毎度ありがとうございます」
その背に声をかけ、完全に姿が見えなくなるのを確認して、いのはようやく大きく息を吐き出す。
サクラは知らない。
今朝、着飾ったいのを見た父親(上忍)が、娘の晴れ姿を自慢したいあまり、こんな日に店番を任せると言い出したことを。
それなのに何が心配なのか、男が店を覗くと影で様子を見ていた父親が対応しているなんてことも。
けれど、いのも知らない。
今朝、着飾ったサクラを見た父親(中忍)が、娘の晴れ姿を自慢したいあまり、こんな日にあちこちへお使いへ行かせていることを。
それなのに何が心配なのか、ずっと下手な尾行をし続けているなんてことも。
山中花店が見えなくなった頃、サクラも同じようにため息をついたことを。
【了】
‡蛙女屋蛙娘。@ iscreamman‡
WRITE:2005/02/27
UP DATE:2005/03/07(PC)
2009/02/26(mobile)
RE UP DATE:2024/08/01
[春の日]
「あら、サクラじゃないの。なぁに、お使い?」
「いのこそ、店番?」
大変ね、こんな日に。
お互いにそう言いあって、着飾ったサクラといのは微笑みあった。
黒地に鮮やかな桃の花が染め抜かれた着物に、紫の帯を締めて大人びて見えるいの。
いつも結い上げている髪も下ろして、緩く肩に流している。
その金の髪が黒い着物に映え、より輝いてみえた。
サクラも薄桃色の桃の花が描かれた振袖に、少し濃い桃色の帯をあわせている。
萌黄色の半襟が爽やかで可愛らしい。
店内を見渡し、サクラは訊ねる。
「桃の花はある? 一枝、欲しいんだけど」
「もちろん、こういう日だもの」
静かに立ち上がると、いのはバケツに生けられた桃の花から枝ぶりの良いものを選んだ。
「これなんかどう?」
「いいわね」
サクラがうなずくのを確認して、適度に花のほころんだ枝を大きな白い紙で覆う。
支払いを済ませた桃の一枝をサクラは大事そうに抱え、店を後にした。
「毎度ありがとうございます」
その背に声をかけ、完全に姿が見えなくなるのを確認して、いのはようやく大きく息を吐き出す。
サクラは知らない。
今朝、着飾ったいのを見た父親(上忍)が、娘の晴れ姿を自慢したいあまり、こんな日に店番を任せると言い出したことを。
それなのに何が心配なのか、男が店を覗くと影で様子を見ていた父親が対応しているなんてことも。
けれど、いのも知らない。
今朝、着飾ったサクラを見た父親(中忍)が、娘の晴れ姿を自慢したいあまり、こんな日にあちこちへお使いへ行かせていることを。
それなのに何が心配なのか、ずっと下手な尾行をし続けているなんてことも。
山中花店が見えなくなった頃、サクラも同じようにため息をついたことを。
【了】
‡蛙女屋蛙娘。@ iscreamman‡
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