季節のカカイル

【白い息を吐いて】
[冬のおはなし]



 ふうっと大きく息を吐く。

 星の瞬く暗い空を白い息が昇っていく。

 それを見上げて、夜の空気を吸い込んだ。

 胸が痛くなるほどの冷たさに、里を離れていた頃を思い出す。

 雪の積った山中に一晩、たった1人で居たこともあった。

 酷く寒い時期で、身体が芯まで冷えていくのは恐怖に似ているかもしれない。

 それでも吐く息で居場所を悟られぬよう、口内に雪を含んだりもした。

 任務が明けて、仲間からタバコを1本だけもらったのだ。

 初めて吸い込んだ煙の苦さより、わずかな火の暖かさが忘れられない。

 だから冷たい冬の夜には、あの時のように白い息を吐いて───。
 


 【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2005/01/22
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【冷たい部屋】
[冬のおはなし]



 暖房のない部屋の寒さにはもう慣れた。

 灯りを着け、風呂に湯を張り、料理をしているうちに、それは感じなくなっていくし。

 必要最小限のものしかない部屋の寒々しさは年毎に増すばかり。

 まあ、近頃は知らない間に荷物が増えていることもあって、逆にその物に肝を冷やすこともあるけれど。

 そうしていると、忘れるつもりなどなかったことをあまり思い出しもしなくなったと、ふいに気付く。

 1人でいる空気が冷たいのだと知ったのは、1人残された子供の頃。

 思い出したのは、2人で過ごすようになって最初の1人の夜。

 ここは温かい場所なのだと確認するかのように、毎日毎夜、生活の熱だけで暖めあってきた。

 1人の部屋の冷たさは、忘れないでいなければいけない。

 この部屋へ帰ってくる男を、暖めるために。
 


 【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
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【あたたかな手】
[冬のおはなし]



 その扉の前で、自分の手を夜空にかざす。

 傷はない。

 けれど、返り血と泥に塗れていた。

 帰って、この手で己の一番大事な人に触れるのだ。

 汚れた手は洗えばいい。

 けれど、穢れた気持ちはどうしようか。

 途端に呆れたような声が響く。


「バカみたいに突っ立ってないで、さっさと風呂入ってきなさい」


 そう言った人の手が汚れた手を掴み、部屋へ引きずり込む。

 そして、カカシの全身は温かな空気に包まれた。

 インクとチョークが爪を汚す、温かな手にも。
 


 【了】
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【ごちそう】
[冬のおはなし]



 この時期は湯気がごちそうに思える。

 実際、戦地に居た頃は何よりも、温かい物が口に出来ることが嬉しい時があった。


───だとしたら、熱い風呂はその極みか……


 そんなことを考えながら、浴槽に身を沈めた。


「……く~~~ぅ……」


 自分でもオヤジ臭いとは思うけれど、漏れる声は押さえられない。

 湯の熱さに感じた緩い痛みは、じわりと心地良さへと変わっていった。


「ふぅ……」


 人間は痛みには慣れても、快楽には慣れないものだと知っている。

 仕事柄。

 あと、経験上。


「……で? アンタはソコで何をしようってんです?」


「いや、せっかくなんでご相伴にあずかろうかと思いましてー」


 浴室の入口に立つ男は、へらりと笑ってそう言った。
 


 【了】
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【雲ひとつない空】
[冬のおはなし]



 刷毛で塗りたくったような空色の下で翻るシーツの白さの眩しさに目を細める。

 空気は冷たく澄んでいて、吹き抜ける風は痛いほどだ。

 暖かくはないけれど、冬の晴天の爽快さに頬は緩む。

 並んではためくタオルと、男物の衣服の量には眉間に皺がよりそうだったけれど。


「なぁに、嬉しそーにしてんですー」


 足元で縦に3つ折りにした古い毛布に転がる男は、今日は光合成の日だという。

 洗濯物を風除けに青空の下で紐解くには、はばかられる内容の愛読書を傍らに積んでいる。


「オレも光合成しようかと思いまして」


「んじゃ、ぜひどうぞ」


 そう言って身体を返し、仰向けになる。

 しかし、その手と男に乗ってやれる程、暇なワケではない。


「残念ですが、オレはこれから受付です」


「ちぇ」


「ですから、日が翳ってきたら、洗濯物は取り込んでくださいよ」


 心底残念そうに見上げる一面の空色。

 雲ひとつない、良い天気だ。
 


 【了】
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