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【9:いたみとなみだ】
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自分の肩から、カカシの手が落ちていこうとするのを、とっさにイルカは受け止めていた。
その手に自分の面の留め紐が絡んでいるのに気付く。
いつの間にと、半ば呆れながらも、その早業には感心してしまう。
「……先生、オレの面も、外してよ…」
ねだるような声で乞われ、カカシの右顔を覆う面を背中へ落としてやった。
抱きあってでもいるかように、支えあって立っているせいで、互いの顔が近い。
「……あー、なんか……久しぶりに見た……イルカ先生の顔……」
安心しきった子供のように無邪気な笑顔になって、カカシが身体を預けてくる。
「イルカ先生……」
頬が摺り寄せられ、カカシの吐いた血がイルカの首元や肩口を汚す。
「……やっと、会えた」
カカシの血だけではない。
そこいら中に血と死肉の匂いがしていた。
イルカが手を下した、幾つもの死骸。
その中で、息の弱っていくカカシを抱きしめている自分。
その姿がこれまでは想像でしかなかった───ナルトに手を下す己に重なる。
いつか来るだろう現実の、幻想。
何人もの同胞───教え子たちすらもこの手に掛けて、あの子供へ凶悪な憎しみの目と刃を向けるのだ。
歓喜と慙愧に苛まれながら、きっと最後にはナルトを殺してしまう。
───……こんな風に、オレは……アイツを……
「イルカ先生っ!」
身体に絡まる腕を解き、イルカはどこかへ駆け出そうとした。
その右腕をカカシは強く捕らえなおす。
もう足がついていかないのか、引きずられて膝をつき、イルカに縋る格好になっても放さない。
「逃げないで」
「だってオレはっ」
「……自分から、逃げないで……」
血の滲むイルカの胸に顔を埋めて、カカシは願いを込めて言い募る。
「アナタは……オレみたいなバカ、やらないで……」
「カカシさん……」
「……オレも逃げたんだ、アイツから……アイツを認めてやれない、自分から……」
逃げ込んだ先で色んなものをなくし、さんざん後悔したことをカカシは偽らなかった。
更にそこから───生きることからも、逃げ出そうとしたことも。
「……だけど、そんなオレを、救ってくれたのはアナタだ……」
カカシが逃げ出した里で、ナルトは迫害され続けた。
3代目火影も庇護はしてくれていたが、里長の立場もあって、あまり積極的に関わることが出来なかったと聞いている。
それなのにただ1人、イルカだけが普通の子供として厳しく教育した。
欲得ずくの思惑など、入り込む余地もない愛情も持って。
結果、ナルトも天性の朗らかさを失わずに育ったのだろう。
「……ナルトと、イルカ先生が……思い出させて……くれたんだ……」
人は、生きていく。
悲しいことも、辛いことも乗り越えて。
幸せになるために。
それをカカシに教えた師は、もはやない。
せっかくの教えも、意味を解せぬまま忘れようとしていた。
けれど、ある時にナルトとイルカの交流の様子を伝え聞いた。
そして忘れかけていたことを思い出し、理解したのだ。
2人の存在と師の思い出が、戦場を駆けるカカシに希望を与えてくれた。
「……だからね、イルカ先生」
だからカカシは、上忍師となったのだ。
長い間、ナルトはなかなか卒業できず、カカシも部下を持てずにいたけれど。
いつの日にか、イルカからナルトを引き継ぐ為に。
それが自分に出来る償いだと思っていたけれど、そうじゃなかった。
カカシ自身がイルカとナルトとの関わりを作る為だった。
「オレは、アナタを、失いたくない……」
幸せになるために。
人は生きていくのだ。
どんなに、悲しいことや、辛いことがあっても。
「ここに、居て……イルカ先生」
誰かを傷つけながら。
誰かを大事に想いながら。
「オレの傍に……ずっと居てよ」
ナルトも、カカシも、イルカも、皆。
「カカシさん、オレ……オレは……」
「アナタもオレも、もちろんナルトもさ……」
これから、生きていくんだ。
そして。
「……幸せに、なるんだ……」
「オレは……」
「それを認めて、許してやれるのは……誰でもない、オレたち自身ダケ、デショ……」
「……オレ、が……」
カカシの手がイルカの頬を包む。
互いの顔を、瞳を見つめあった。
「……認めてあげてよ、イルカ先生」
「……オレを?……」
「12年もたった1人で頑張ったアナタを」
ナルトを育んだ、優しくて厳しいイルカを。
ナルトを憎んだ、脆くて強いイルカを。
「許しても、いいんですか……」
「……いいに、決まってるデショ」
カカシの腕がイルカの顔を引き寄せる。
「オレが大好きな、イルカ先生なんだから……」
唇が軽く触れ合った。
「……ずっと、オレと一緒に、生きて……」
「カカシさんっ!?」
イルカに圧し掛かる格好で、カカシの体から力が失われていく。
冷えていく身体を抱きしめて、その名を叫んだ。
「カカシさんっ!」
* * * * *
夜空に、撤退を告げる閃光弾が上がった。
それを確認するまでもなく、イルカは意識のないカカシを背負って里へ向かう。
里までは全速で駆けて四半日。
けれどそれは自身1人の場合。
カカシを背負っていては半日かかるかもしれない。
それまで、持つかどうか……。
───生きるって言ったでしょうっ!
心の中で叱咤しながら、イルカは足にチャクラを込める。
───オレに一緒に生きてって言っておいて、遺していくつもりですか!
しばらくすると周囲に同行していた暗部の気配が追いついてきていた。
「隊長が重症ですっ! 先行して、里に知らせてくださいっ!」
了承したのか、3名が速度を上げる。
残る者が2人を気遣うように、前後を守ってくれた。
速度を緩めなくてもいい安定した足場や、里への最短ルートを辿っていく。
彼らは何も言わず、何も聞かない。
あの場に、カカシをこうまで傷つけられる者はいなかった。
イルカ以外には。
それなのに、誰も。
きっと初めから、分かっていたのだ。こうなることが。
カカシがそうしたのだろう。
イルカのために。
───カカシさんっ!
背中で感じる温みと拍動、そして微かな吐息。
まだ死に逝く者のそれではないが、決して安心はできない。
それを考えると、視界が滲みそうになる。
けれど、泣いてはいけない。
泣くものかと、イルカは目を凝らす。
───どうか、生きて……
この人が無事だと分かったら、泣けばいい。
カカシが好きだと言ってくれた、うみのイルカとして。
1人の、人間として。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/16
UP DATE:2004/11/16(PC)
2009/01/28(mobile)
RE UP DATE:2024/07/30
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自分の肩から、カカシの手が落ちていこうとするのを、とっさにイルカは受け止めていた。
その手に自分の面の留め紐が絡んでいるのに気付く。
いつの間にと、半ば呆れながらも、その早業には感心してしまう。
「……先生、オレの面も、外してよ…」
ねだるような声で乞われ、カカシの右顔を覆う面を背中へ落としてやった。
抱きあってでもいるかように、支えあって立っているせいで、互いの顔が近い。
「……あー、なんか……久しぶりに見た……イルカ先生の顔……」
安心しきった子供のように無邪気な笑顔になって、カカシが身体を預けてくる。
「イルカ先生……」
頬が摺り寄せられ、カカシの吐いた血がイルカの首元や肩口を汚す。
「……やっと、会えた」
カカシの血だけではない。
そこいら中に血と死肉の匂いがしていた。
イルカが手を下した、幾つもの死骸。
その中で、息の弱っていくカカシを抱きしめている自分。
その姿がこれまでは想像でしかなかった───ナルトに手を下す己に重なる。
いつか来るだろう現実の、幻想。
何人もの同胞───教え子たちすらもこの手に掛けて、あの子供へ凶悪な憎しみの目と刃を向けるのだ。
歓喜と慙愧に苛まれながら、きっと最後にはナルトを殺してしまう。
───……こんな風に、オレは……アイツを……
「イルカ先生っ!」
身体に絡まる腕を解き、イルカはどこかへ駆け出そうとした。
その右腕をカカシは強く捕らえなおす。
もう足がついていかないのか、引きずられて膝をつき、イルカに縋る格好になっても放さない。
「逃げないで」
「だってオレはっ」
「……自分から、逃げないで……」
血の滲むイルカの胸に顔を埋めて、カカシは願いを込めて言い募る。
「アナタは……オレみたいなバカ、やらないで……」
「カカシさん……」
「……オレも逃げたんだ、アイツから……アイツを認めてやれない、自分から……」
逃げ込んだ先で色んなものをなくし、さんざん後悔したことをカカシは偽らなかった。
更にそこから───生きることからも、逃げ出そうとしたことも。
「……だけど、そんなオレを、救ってくれたのはアナタだ……」
カカシが逃げ出した里で、ナルトは迫害され続けた。
3代目火影も庇護はしてくれていたが、里長の立場もあって、あまり積極的に関わることが出来なかったと聞いている。
それなのにただ1人、イルカだけが普通の子供として厳しく教育した。
欲得ずくの思惑など、入り込む余地もない愛情も持って。
結果、ナルトも天性の朗らかさを失わずに育ったのだろう。
「……ナルトと、イルカ先生が……思い出させて……くれたんだ……」
人は、生きていく。
悲しいことも、辛いことも乗り越えて。
幸せになるために。
それをカカシに教えた師は、もはやない。
せっかくの教えも、意味を解せぬまま忘れようとしていた。
けれど、ある時にナルトとイルカの交流の様子を伝え聞いた。
そして忘れかけていたことを思い出し、理解したのだ。
2人の存在と師の思い出が、戦場を駆けるカカシに希望を与えてくれた。
「……だからね、イルカ先生」
だからカカシは、上忍師となったのだ。
長い間、ナルトはなかなか卒業できず、カカシも部下を持てずにいたけれど。
いつの日にか、イルカからナルトを引き継ぐ為に。
それが自分に出来る償いだと思っていたけれど、そうじゃなかった。
カカシ自身がイルカとナルトとの関わりを作る為だった。
「オレは、アナタを、失いたくない……」
幸せになるために。
人は生きていくのだ。
どんなに、悲しいことや、辛いことがあっても。
「ここに、居て……イルカ先生」
誰かを傷つけながら。
誰かを大事に想いながら。
「オレの傍に……ずっと居てよ」
ナルトも、カカシも、イルカも、皆。
「カカシさん、オレ……オレは……」
「アナタもオレも、もちろんナルトもさ……」
これから、生きていくんだ。
そして。
「……幸せに、なるんだ……」
「オレは……」
「それを認めて、許してやれるのは……誰でもない、オレたち自身ダケ、デショ……」
「……オレ、が……」
カカシの手がイルカの頬を包む。
互いの顔を、瞳を見つめあった。
「……認めてあげてよ、イルカ先生」
「……オレを?……」
「12年もたった1人で頑張ったアナタを」
ナルトを育んだ、優しくて厳しいイルカを。
ナルトを憎んだ、脆くて強いイルカを。
「許しても、いいんですか……」
「……いいに、決まってるデショ」
カカシの腕がイルカの顔を引き寄せる。
「オレが大好きな、イルカ先生なんだから……」
唇が軽く触れ合った。
「……ずっと、オレと一緒に、生きて……」
「カカシさんっ!?」
イルカに圧し掛かる格好で、カカシの体から力が失われていく。
冷えていく身体を抱きしめて、その名を叫んだ。
「カカシさんっ!」
* * * * *
夜空に、撤退を告げる閃光弾が上がった。
それを確認するまでもなく、イルカは意識のないカカシを背負って里へ向かう。
里までは全速で駆けて四半日。
けれどそれは自身1人の場合。
カカシを背負っていては半日かかるかもしれない。
それまで、持つかどうか……。
───生きるって言ったでしょうっ!
心の中で叱咤しながら、イルカは足にチャクラを込める。
───オレに一緒に生きてって言っておいて、遺していくつもりですか!
しばらくすると周囲に同行していた暗部の気配が追いついてきていた。
「隊長が重症ですっ! 先行して、里に知らせてくださいっ!」
了承したのか、3名が速度を上げる。
残る者が2人を気遣うように、前後を守ってくれた。
速度を緩めなくてもいい安定した足場や、里への最短ルートを辿っていく。
彼らは何も言わず、何も聞かない。
あの場に、カカシをこうまで傷つけられる者はいなかった。
イルカ以外には。
それなのに、誰も。
きっと初めから、分かっていたのだ。こうなることが。
カカシがそうしたのだろう。
イルカのために。
───カカシさんっ!
背中で感じる温みと拍動、そして微かな吐息。
まだ死に逝く者のそれではないが、決して安心はできない。
それを考えると、視界が滲みそうになる。
けれど、泣いてはいけない。
泣くものかと、イルカは目を凝らす。
───どうか、生きて……
この人が無事だと分かったら、泣けばいい。
カカシが好きだと言ってくれた、うみのイルカとして。
1人の、人間として。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/16
UP DATE:2004/11/16(PC)
2009/01/28(mobile)
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