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【8:わたしとわたし】
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───消してしまうんです

 そう言った、穏やかで強い意志のこもった声に、カカシは悟ってしまった。

 通常任務での死亡や行方不明では記録に残り、後々ナルトに知られてしまう可能性がある。
けれど、暗部という機密性しかない部隊での任務中の出来事───それも裏切りや造反であれば、その忍の存在は痕跡もなく里から消されるのだ。
知人が行方を探そうとしても、時間が経てば経つ程に、それは困難となる。

 イルカの狙いはこれだったのだろう。
 体良く担ぎ出されたカカシは、もはや腹を括るしかない。

「ねえ、イルカ先生?」

 アナタ、オレに言ったよね?

「覚えてる? どんなことになっても、オレを信じてるって」

「ええ」

 イルカも分かっているのだろう。

 先程まで、カカシの問いかけに狼狽していた姿とは打って変わり、落ち着いた声で返してくる。
 縋るようだった右腕が、カカシにむけて構えられてもいた。

 イルカへ両手のクナイを見せ付けるように向け、カカシも宣言する。

「本気でやりましょうね」

「殺してくれるのでは?」

「ラクに死のうなんて思わないでよ」

 オレの手、煩わそうってのにさ。

「……このオレを、写輪眼のカカシを本気にさせておいてね……」

「光栄です」

 次の瞬間、カカシの殺気が周囲を制圧する。
 
 だが、その威圧を一身に受けているはずのイルカに変化はない。

 自身からは殺気も漂わせず、ただゆっくりと周囲の気配と同化してく。
 風に舞う、木の葉のように。

「……やっぱり、アンタとは、やりにくいね」

「今更ですよ」

「そーね。じゃあ、全開でいかせてもらおうか……」

 最初からこうするつもりで、チャクラを温存し、戦闘に参加しなかったのだから。

 カカシの写輪眼が、開く。
 イルカの動きを、術を、心を写し取る瞳が。

「無駄ですよ」

 その瞳を真正面から見据え、イルカは不敵な微笑を声に含ませる。

「今のオレを写しても、アナタが混乱するだけです」

「そうかもしれないけど、アナタ相手にコレ無しはキツイかなってねー」

 交わされる会話は穏やかだったが、そこにあるのは相手への殺意のみ。

 先に動いたのは、カカシだった。

《水遁・水龍弾の術》

 川の水を龍と化してイルカへ放つ。
 だが、手前で水龍は霧散した。

 一瞬で、2人の視界が霧に閉ざされる。

《水遁・漠霧散燥の術》

 それはチャクラを使い、周囲の空間から水を生み出して操る水遁の応用術。
 通常なら集めるべき水を、逆に周囲に霧散させる。

 通常の水遁に対すれば相手も自分も傷つかず、周囲への被害も最小限となる。
 そのせいで戦場ではあまり使われない。

 けれど、アカデミーなどでまだチャクラの安定しない子供が術を暴発させた時には、よく使われる術だった。

 つまり、イルカにとっては使い慣れた、得手とする術。

 水遁だけではない。
 火遁にも土遁にも、対処忍術は存在する。

 しかもこの術に、チャクラ量や術の強力さはあまり関係しない。
 アカデミー生だろうが、上忍であろうが、術の発動タイミングを見切られれば、全て打ち消されてしまうのだ。

 そう思い至り、カカシは肝が冷える。

───……もしかして、すっごい不利なケンカふっかけちゃった?

 徐々に晴れていく霧の向うから、2つの気配がする。

「気が散っていますよ、カカシ先輩」

「本気になってくれたのではないのですか?」

 2つの、声がした。

「……やべ……」

 身をかがめたカカシの頭上と、左わき腹を、イルカがかすめていく。
 先程の術の余波に呆然としている間に、鏡像分身の術で2人になったのだろう。

───くるっ!

 カカシは身構える。

《竜飛双体・顎》

 2人のイルカが別方向から、似たタイミングで飛び込んでくる。

 スピードのある重い一撃を受ければ、一度で足が止まるのは分かっている。
 交わさなければ、と思う前にカカシの身体は動いていた。

 鏡像分身のイルカに向けて、飛び掛るように。

「「甘い」」

 しかし、それは互いに残像分身。

 イルカの本体はカカシの影分身を、鏡像分身は水分身を打ち破っていた。

 カカシ自身は、術の軌道から外れたところにうずくまっている。

「「流石ですね」」

 イルカとカカシ、互いに同じお言葉を口にした。

「《竜飛双体》から抜けた人間は初めてです」

「それは、光栄」

「ですがこれは、どうされますか?」

 2人のイルカが、互いの背後を守るように構える。

 立ち上がったカカシに、イルカは襲い掛かった。

《竜飛双体・空牙》

 それは、カカシが見たことのない、これまでの竜飛双体とも比翼連理とも違う動き。
 2人のイルカが入れ替わりながら、カカシへ向かってくる。

 それだけでなく、どちらかは残像分身をも使っていた。
 向かってくる気配は5つ。
 
 どこから、どのタイミングで攻撃がくるのか、見当もつかない。

───クソッ! なんでこんな強いんだよ、この人はっ!

 けれど、最終的な狙いは、1つだと知っている。

 カカシは印を切り、右手にチャクラを集中していく。

《雷切》

 正面からか、背後からか、イルカは必ず心臓への一撃を止めとしていた。

 ならばその一瞬に、カカシは賭ける。

───……だいぶ、分の悪い賭けだが……、綱手サマよりゃ、マシ、デショ

 カカシは静かに、その刹那を待つ。

 向かってくる気配は5つ。
 うち3つは残像。

 1つは本体。
 そして鏡像分身。

───狙いは……ここだっ!

「……ぐっ!」

「……くぅっ!」

 振り向き様に繰り出した《雷切》───カカシの右腕は、イルカの胸を貫いていた。
 驚愕と衝撃に震えるイルカ───その面は、鏡に映った像のように反転している。

 カカシの左腕は、自分の胸を撃ったイルカの右腕を捕らえていた。

「……イルカ先生、つーかまえたっ」

 にこやかに言うカカシの顔から、見る見る血の気が引いてゆく。



   * * * * *



 鏡像分身が消え、イルカの胸に血が滲んできていた。
 どうやら分身が受けたダメージの一部が術を解除した後、術者にも返るらしい。

 それでもイルカは、崩れそうなカカシを支えて立っていた。


「……どうし、て……」

「……だって、イルカ先生が、言ったじゃないですか……」

 カカシは最初から、イルカ本体を捕らえることだけ考えていた。

 流石に鏡像分身の一撃は凌いだが、残像分身からの攻撃は避けずに、敢えて受けた。
 足には浅いが無数の傷が刻まれ、血に濡れてたようになっている。

 そして本体の攻撃も───急所だけは絶妙に外し、自身の胸で受け止めた。

 顔の半ばを覆っていた口布を引き下げて血の固まりを吐き出し、カカシは微笑む。

「……ぐっふっ! ね、言った、デショ……」

 血に濡れたカカシの微笑は優しく、凄絶なものだった。

「……例え、どんなことになっても、オレを、信じるって……」

 それはイルカが、カカシに全てを託した言葉。
 けれど、こんな結末を望んでいたのではない。

「……イルカ、せんせぇ……」

 イルカの右腕を掴むカカシの左手から急速に力が失われていく。
 
 けれどカカシは右腕でイルカの肩を引き寄せ、自分の胸に抱きこんだ。

「……オレも、アナタを、信じてます……」

 オレだけ、じゃなく、みんながね。

「……アナタは、ちゃんと……ここに、いますって……」

 そんなカカシの声に答える言葉を探せず、ただイルカは彼を支える力を強くする。

 そしてまるで、何かを象徴するように、イルカの面が落ちていった。



 【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/15
UP DATE:2004/11/15(PC)
   2009/01/29(mobile)
RE UP DATE:2024/07/30
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