MISSING LINK

【7:つながらない】
[MISSING LINK]



 夜明け前の火影岩に2小隊───8名の暗部が集結していた。

 新人研修を兼ねた暗殺任務へ出発するためである。

 木ノ葉崩しで最も人員が減ったのは暗部だ。
 今や実力と希望があれば入隊できるようになっている。

 そして、以前所属していた者が暫定的に戻ることも増えた。
 だから新人としてイルカが、元・暗部としてカカシが加わっていることに、何ら不思議はない。

 例え今日の編成が5代目火影・綱手の協力を得たカカシによって仕組まれたことであっても。

「と、ゆーアレでー、よろしく。イルカせんせ」

「……こちらこそ。カカシ先輩」

 互いに暗部装束に身を包んで、面を被ってはいるが、相手を見誤ることはない。

 カカシはその特異な髪色もあって、面を斜めに───常と違い、顔の右側を覆うように引っ掛けただけで、自身の素性を隠そうとはしていなかった。
 
 逆にイルカは結い上げていた髪を解き、きっちりと面をつけている。

 何も知らずにこの姿を見れば、誰もこの者がイルカとは思わないだろう。
 しかし、カカシは今日のメンバーを自分で選んでいるし、イルカを含めた全員を見知っている。

 それに、髪を下ろしたイルカの姿を見るのも初めてではなかった。

「さーてと、そろそろ行こうか」

 カカシの声に全員が頷き、指示された者から無言で目的地へ駆け出していく。

「新人さんは、オレにひっついてなさいね」

「……はい」

 最後にしんがりとなって、カカシとイルカが暁闇の森へと、身を躍らせる。

 細い木々の枝、苔むした崩れかけの岩場などを抜けての疾走。
 だが、風がそよぐほどの揺らぎも残さずに、8人は駆けていった。



   * * * * *



 目的地は小さな集落。

 表向きは、鉱山資源を採掘して加工し、農具や生活用品などを近くの里へ卸し、細々と生活している村だ。

 問題は、その卸先。
 農具に紛れ、裏で忍具・暗器と呼ばれる武器類を密造し、密かに音隠れへも流されているという。
 
 そして、採掘と加工の副産物。

「……川の色、変わっちゃってんじゃないの」

 唯一さらした左眼をしかめ、カカシは周辺を見渡す。

 掘り返した重金属混じりの土が流れ出し、川の色どころか水質を変えていた。
 そのせいで木々が立ち枯れ、嫌な臭いの風が吹いている。

 これでは、元に戻るのに時間がかかり過ぎるし、その間の下流域での影響は計り知れない。
 そしてその影響範囲内に、木ノ葉隠れの里もあった。

 けれど今の任務は、この元凶を取り除くことだけ。

 つまり、暗器類を密造する本拠地の壊滅だ。

 場所と、人の抹殺のみ。

 後のことは、彼らには知る由もない。

 任務以上のことは、要求されていないのだ。

 それでも何とかしたいのなら、任務の最中に個人の判断でなにかしらの偶然を装って、始末をつければいい。

 例えば土遁で地中深く、採掘され放置された土を埋め戻す。
 一時凌ぎにしかならないだろうが、それでもこのままにしておくよりは……。

 そんな考えに耽っていたカカシの傍らで、妙に渇いた、感情のこもらないイルカの声がした。

「時間です」

「はいはい。やーっぱ、マジメだね。イルカせんせーはっ」

 促され、カカシが立ち上がる。

 夕闇に映える白い面に隠されていても、イルカが忌々しげな顔をしていると、想像がついた。

 敢えてカカシも、そういう言い方をしていたし。

 同時に、山の中腹から爆発音が聞こえ、振動が響いてくる。
 先行していた部隊が鉱山の入り口を爆破、崩落させたのだろう。

 しばらく待つと、集落のほうでも人の騒ぐ声が聞こえ始める。

 もうすぐ、ここにも追われた村人が逃げてくるはずだ。

「ああ、来ますね」

「大人が1人と、……子供が3人、いや4人ですか……」

 イルカの言葉通り、背負い、抱え、手をひいて4人の子供を連れた女───というにもまだ若い娘が、集落を振り返りながら駆けてくる。
 あの集落で暮らす者たちが仕事をする間、子守りをしていた者だろう。

 その行く手を、2人の暗部が阻む。
 黒い髪と、銀の髪を、宵闇になびかせて。

「ひっ……きっ、あっああっ……」

 突然の妨害者に足を止め、その正体も分からずに慄く娘。

 悲鳴を上げる前に、もうイルカが忍刀を抜き打っていた。

 ごろりと背後の子供2人が転がる。
 
 娘の抱えていた幼な子が火の着いたように泣き声を上げるが、身を翻したイルカの一撃でそれも途切れた。

 たった2度、行き違っただけで、5人の子供をこともなげにイルカは屠る。

 その後も、命からがら逃げ出してきた村人たちを、イルカは1人残らず殺しつづけた。

 一瞬のためらいもなく忍刀をひらめかす度、命が消えていく。
 肉の塊が噴出す血潮に染まりもせず、イルカは次の獲物を待って佇んでいる。

 炎上する集落から上がる炎と黒煙と燃える火を映す夕空を背景に。
 黒き、死の遣いが降り立ったようだ。

 すぐ後ろで眺めながら、カカシは呟く。

「すごいね、イルカせんせえ」

「……やめてもらえませんか、その呼び方……」

 カカシの揶揄としかとれない賞賛に、イルカは苛立ったような声を返した。

「なんで? イルカ先生はイルカ先生デショ?」

「私は、アナタの知っているうみのイルカではありませんっ」

「なんで?」

 問い返され、黙ったのはイルカだった。

「……あのさ、先生。前に、聞いたデショ?」

 何故、自分をうみのイルカだと認めないのか。
 
「だってねー、オレより誰より、アナタ自身が認めてないじゃない?」

 自分が、うみのイルカだって。

「……それはっ……だって……」

「アカデミーで子供ら怒鳴りつけたり、受付所で笑顔で出迎えてくれるアナタもさー」

 こうして、とカカシは右腕をひらめかせる。

 投げた手裏剣の軌道───イルカの脇の茂みから、一度うめき声が漏れて途絶えた。

「任務でなんのためらいもなく、人を殺せるアナタも一緒なんだって……」

「……ち、がう……」

「1人の、うみのイルカって人間なんだって、アナタが認めてないから」

「違うっ! 私は、私、はっ……」

 面の上から、苦しげに額を押さえ、イルカはうめく。

 忍刀を握り締めた右手を差し上げて、カカシに向けた。
 けれど、構えてのことではない。

 どこか、すがるような、助けを求めるようにも見えた。

「……私が……うみのイルカであっては、いけないんです……」

 それは、究極的な自己否定。

「……イルカはしがない、中忍で……子供たちに慕われていて……里の誰よりも、ナルトを案じていて……」

 これまでは、ナルトという存在によって抑えられていた、心の片割れ。
 
 そして誰にも知られず、認められずにきた、うみのイルカの側面。

「……こんな、こんなことは、出来ない人間でしょう? ……だから、こんな……力が、心が……私にあっては、ならない、んですよ……」

 それが、カカシによって解き放たれた結果が、今なのだ。

「……だ、から……私が、オレでいる……うちに……」

「消えてしまうつもりですか?」

 カカシの言葉は、真っ直ぐにイルカへ向けられていた。

 2人にではなく、たった1人に。

「……いいえ、消してしまうんです」

 けれど、強い意思を込めた声は、確かに、イルカのもの。



 【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/14
UP DATE:2004/11/14(PC)
   2009/01/29(mobile)
RE UP DATE:2024/07/30
7/10ページ
スキ