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【6:かくれみ】
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「へーぇ。アイツにそんな厄介な事情があったなんてねーぇ」
あたしゃ全っ然、気付かなかったよ。
「それで?」
カカシの相談を聞き、5代目火影である綱手が発した感想は、恐ろしくドライだった。
「だからですね、分割した人格の統合、出来るんデショ?」
「きちんと診療してみなきゃ分かんないねー。だがね、カカシ」
イルカの人格の心配をお前がする必要はあるのかい?
「……うっ」
絶対、聞かれると思っていたことなのに、カカシは言葉に詰まる。
聞かれるのが分かっていながら、なんと答えるべきかちっとも浮かばなかった。
自分でも情けなさすぎて、3度ばかり綱手への相談を諦めようかと思ったぐらいだ。
「あの小僧絡みなのは分かる。でも、なんでお前が、あたしに相談に来るんだい?」
「ああー。イルカ先生はデスネ、とっくに覚悟決めちゃってんですよー」
アイツのために、自分が死ぬ覚悟ー。
あっけらかんと告げられる覚悟の有りどころに、綱手は美しい眉をひそめる。
だが口調は変えずに、相槌だけをうつ。
「ほう。で?」
「……オレは……オレは、イルカ先生に生きてて欲しいダケです……」
決まり悪そうに、ばりばりと左手で自分の頭を掻きながらカカシはぼそぼそと話す。
それは綱手の知る、才能ばっかりの生意気な小僧の口調であった。
「……ナルトにとって、イルカ先生ってのは、特別なんだよ……。オレにとっての、先生──4代目、いいや、それ以上かな……」
綱手も里に落ち着いてからナルトのこれまでの扱いと、イルカとの関わりは耳にしていた。
12年の人生で、この里で最初の、たった1人の理解者。
カカシと4代目火影のことは、綱手自身の耳目で知っていた。
戦うことしか教えられなかった子供を、感情豊かな人間に育てた経緯を。
どちらも、その存在の大きさは、綱手だからこそ分かる。
「だから、ナルトからイルカ先生を取り上げるべきじゃない……。そうなったら、オレの時以上にやっかいだ……。この里を支える忍の殆ど、そして3代目の願いでもあるんです」
みんな、イルカ先生には、笑っていて欲しいんです。
「アノネ、綱手様。知ってます?」
「なんだい、しまりのない顔しくさって」
「あの人、里のアイドルさんなんですよー」
ぬけぬけと言ってのけるカカシに綱手は毒気を抜かれた。
傍らで話の行方を探っていたシズネまで、トントンを放り出してずっこけている。
「あんな万年中忍がっ、あいどるっ!? っかーっ、世も末だねぇ!」
「時代は威圧系より、癒し系を求めてマスから♪」
癒し系とはイルカを指しての評であり、威圧系とはまた別の人物に向けた言葉である。
それを咎められぬうちにさっさと流して、カカシは続ける。
「オレたちが、もーうぼろぼろんなって任務から帰ってくるデショ。ヘロヘロの字で報告書書き上げて、受付所に持っていくとあの人がいるんです。それで、ご無事でとか、お疲れさまですとか、にっこり笑ってくれる。それでやーっと、里に帰ってきたなーって気になるんですよ」
他にも。
「オレがノンビリ昼寝なんかしてるとね。木ノ葉丸くんとか、ナルトとか、イタズラ小僧どもを、とんでもないバカ声で怒鳴ってるあの人の声が聞こえんです」
「……バカ声のどこが癒し系だって?」
「んー、なんて言うか。この里ってそんなカンジだったんですよ」
木ノ葉崩しの前まではね。
「イルカ先生は、木ノ葉の忍にとっちゃ平和の象徴なんでーす」
ホントよ、コレ。
「そーじゃなきゃね。アスマやらイビキやら、その他諸々の皆さんが、オレにイルカ先生情報を流してくれるワケなーいんだもんねー」
「ふん。人徳は火影なみってかー」
「そ。だから、あの人見捨てたら、アナタ就任期間最短の火影になっちゃいそーでーすねー」
面白くもなさそうに言い捨てる綱手に、不穏な台詞を笑顔で吐くカカシ。
「カカシ」
「なんです」
2人の笑顔の応酬に、シズネとトントンは壁にびったりとはりついて涙を流しながら震えた。
「お前の覚悟はできてんのかい?」
「ええ、もちろん」
いざとなれば。
「オレがイルカ先生を止めますよ」
「そうかい」
どうやってとは、カカシは言わず、綱手も聞きはしない。
「じゃ、あたしもその癒し系中忍とじっくり話し合ってみようかねえ」
それを聞き、カカシは火影の執務室を退出した。
* * * * *
「うみのイルカ、入ります」
火影の執務室に入ってきたその男を見て、綱手は嫌な印象を覚えた。
Sランク任務から戻ったばかりだというのに、埃臭くもなく、血にまみれてもいない。
里の外で行動していたのだとわかるのは、サンダルの底に僅かについて泥や木皮ぐらいのものだ。
そしてそれ以上に気に入らないのは、表情。
特に目。
黒々とした瞳と、くっきりとした一重、真っ直ぐな眉。
そのどこにも感情がない。
それでいて何か妄執に捕われた者特有の、ギラついたカンジがするのだ。
まるで、大蛇丸のように……。
「5代目、お話とは?」
「あ、ああ。イルカ、お前暗部への入隊が決まっていたな」
「はい」
「それで長期の里外任務へでる事も」
「ええ」
「その前に、お前に聞きたいことがあってな」
「なんでしょう?」
そこまで一気にやりとりを進めながら、綱手はイルカの表情とチャクラを観察しつづけた。
そして、その名をことさら強調して口にする。
「うずまきナルトのことさ」
その瞬間、イルカの口元にぞっとするような笑みが一瞬浮かび、すぐに消えた。
「……ああ、あの九尾のガキが何か?」
最初から何も変わらぬ平坦な声で、イルカは答えてくる。
「いや、お前が懇意にしていたと聞いたから、少し話を……」
「私が? アイツとですか?」
「違うのかい?」
「冗談はよしてください、火影様。この里で、アイツに関わろうとするバカはいませんよ」
綱手はそこで大きく息を吐いた。
もうこの男の───イルカの顔を見ていることができなくなり、書類の読みすぎで目が疲れたフリをする。
「ああ、悪かったね。私の聞き間違いだったようだ」
いいよ、もう。任務明けに手間掛けさせたね。
「いいえ、こんなことは3代目の頃にはしょっちゅうでしたから」
その声に、綱手は視線を戻す。
先程とは別人としか思えない、愛嬌のある男がそこにいる。
「それでは5代目、失礼します」
ぴょこりと頭を下げ、出て行くイルカの足取りが、先程までとまるで違っていた。
そして、なんの表情も見せていなかった眉根が、きつく寄っていたのも見逃しはしなかった。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/09
UP DATE:2004/11/09(PC)
2009/01/29(mobile)
RE UP DATE:2024/07/30
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「へーぇ。アイツにそんな厄介な事情があったなんてねーぇ」
あたしゃ全っ然、気付かなかったよ。
「それで?」
カカシの相談を聞き、5代目火影である綱手が発した感想は、恐ろしくドライだった。
「だからですね、分割した人格の統合、出来るんデショ?」
「きちんと診療してみなきゃ分かんないねー。だがね、カカシ」
イルカの人格の心配をお前がする必要はあるのかい?
「……うっ」
絶対、聞かれると思っていたことなのに、カカシは言葉に詰まる。
聞かれるのが分かっていながら、なんと答えるべきかちっとも浮かばなかった。
自分でも情けなさすぎて、3度ばかり綱手への相談を諦めようかと思ったぐらいだ。
「あの小僧絡みなのは分かる。でも、なんでお前が、あたしに相談に来るんだい?」
「ああー。イルカ先生はデスネ、とっくに覚悟決めちゃってんですよー」
アイツのために、自分が死ぬ覚悟ー。
あっけらかんと告げられる覚悟の有りどころに、綱手は美しい眉をひそめる。
だが口調は変えずに、相槌だけをうつ。
「ほう。で?」
「……オレは……オレは、イルカ先生に生きてて欲しいダケです……」
決まり悪そうに、ばりばりと左手で自分の頭を掻きながらカカシはぼそぼそと話す。
それは綱手の知る、才能ばっかりの生意気な小僧の口調であった。
「……ナルトにとって、イルカ先生ってのは、特別なんだよ……。オレにとっての、先生──4代目、いいや、それ以上かな……」
綱手も里に落ち着いてからナルトのこれまでの扱いと、イルカとの関わりは耳にしていた。
12年の人生で、この里で最初の、たった1人の理解者。
カカシと4代目火影のことは、綱手自身の耳目で知っていた。
戦うことしか教えられなかった子供を、感情豊かな人間に育てた経緯を。
どちらも、その存在の大きさは、綱手だからこそ分かる。
「だから、ナルトからイルカ先生を取り上げるべきじゃない……。そうなったら、オレの時以上にやっかいだ……。この里を支える忍の殆ど、そして3代目の願いでもあるんです」
みんな、イルカ先生には、笑っていて欲しいんです。
「アノネ、綱手様。知ってます?」
「なんだい、しまりのない顔しくさって」
「あの人、里のアイドルさんなんですよー」
ぬけぬけと言ってのけるカカシに綱手は毒気を抜かれた。
傍らで話の行方を探っていたシズネまで、トントンを放り出してずっこけている。
「あんな万年中忍がっ、あいどるっ!? っかーっ、世も末だねぇ!」
「時代は威圧系より、癒し系を求めてマスから♪」
癒し系とはイルカを指しての評であり、威圧系とはまた別の人物に向けた言葉である。
それを咎められぬうちにさっさと流して、カカシは続ける。
「オレたちが、もーうぼろぼろんなって任務から帰ってくるデショ。ヘロヘロの字で報告書書き上げて、受付所に持っていくとあの人がいるんです。それで、ご無事でとか、お疲れさまですとか、にっこり笑ってくれる。それでやーっと、里に帰ってきたなーって気になるんですよ」
他にも。
「オレがノンビリ昼寝なんかしてるとね。木ノ葉丸くんとか、ナルトとか、イタズラ小僧どもを、とんでもないバカ声で怒鳴ってるあの人の声が聞こえんです」
「……バカ声のどこが癒し系だって?」
「んー、なんて言うか。この里ってそんなカンジだったんですよ」
木ノ葉崩しの前まではね。
「イルカ先生は、木ノ葉の忍にとっちゃ平和の象徴なんでーす」
ホントよ、コレ。
「そーじゃなきゃね。アスマやらイビキやら、その他諸々の皆さんが、オレにイルカ先生情報を流してくれるワケなーいんだもんねー」
「ふん。人徳は火影なみってかー」
「そ。だから、あの人見捨てたら、アナタ就任期間最短の火影になっちゃいそーでーすねー」
面白くもなさそうに言い捨てる綱手に、不穏な台詞を笑顔で吐くカカシ。
「カカシ」
「なんです」
2人の笑顔の応酬に、シズネとトントンは壁にびったりとはりついて涙を流しながら震えた。
「お前の覚悟はできてんのかい?」
「ええ、もちろん」
いざとなれば。
「オレがイルカ先生を止めますよ」
「そうかい」
どうやってとは、カカシは言わず、綱手も聞きはしない。
「じゃ、あたしもその癒し系中忍とじっくり話し合ってみようかねえ」
それを聞き、カカシは火影の執務室を退出した。
* * * * *
「うみのイルカ、入ります」
火影の執務室に入ってきたその男を見て、綱手は嫌な印象を覚えた。
Sランク任務から戻ったばかりだというのに、埃臭くもなく、血にまみれてもいない。
里の外で行動していたのだとわかるのは、サンダルの底に僅かについて泥や木皮ぐらいのものだ。
そしてそれ以上に気に入らないのは、表情。
特に目。
黒々とした瞳と、くっきりとした一重、真っ直ぐな眉。
そのどこにも感情がない。
それでいて何か妄執に捕われた者特有の、ギラついたカンジがするのだ。
まるで、大蛇丸のように……。
「5代目、お話とは?」
「あ、ああ。イルカ、お前暗部への入隊が決まっていたな」
「はい」
「それで長期の里外任務へでる事も」
「ええ」
「その前に、お前に聞きたいことがあってな」
「なんでしょう?」
そこまで一気にやりとりを進めながら、綱手はイルカの表情とチャクラを観察しつづけた。
そして、その名をことさら強調して口にする。
「うずまきナルトのことさ」
その瞬間、イルカの口元にぞっとするような笑みが一瞬浮かび、すぐに消えた。
「……ああ、あの九尾のガキが何か?」
最初から何も変わらぬ平坦な声で、イルカは答えてくる。
「いや、お前が懇意にしていたと聞いたから、少し話を……」
「私が? アイツとですか?」
「違うのかい?」
「冗談はよしてください、火影様。この里で、アイツに関わろうとするバカはいませんよ」
綱手はそこで大きく息を吐いた。
もうこの男の───イルカの顔を見ていることができなくなり、書類の読みすぎで目が疲れたフリをする。
「ああ、悪かったね。私の聞き間違いだったようだ」
いいよ、もう。任務明けに手間掛けさせたね。
「いいえ、こんなことは3代目の頃にはしょっちゅうでしたから」
その声に、綱手は視線を戻す。
先程とは別人としか思えない、愛嬌のある男がそこにいる。
「それでは5代目、失礼します」
ぴょこりと頭を下げ、出て行くイルカの足取りが、先程までとまるで違っていた。
そして、なんの表情も見せていなかった眉根が、きつく寄っていたのも見逃しはしなかった。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/09
UP DATE:2004/11/09(PC)
2009/01/29(mobile)
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