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【5:こころ】
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「少し、昔話をして構いませんか……」
カカシに抱きしめられ泣きつかれたまま、イルカは穏やかに言った。
「あなたも、覚えているでしょう? 12年前のことを……」
「……はい」
「そんな風にね、オレもずっと泣いてたんですよ……心の奥でね……」
「えっ?……」
意外な言われ方をして、カカシは顔を上げ、イルカの顔を確かめる。
いつもの受付で見ていたように穏やかだっだが、笑ってはいない。
感情が抜け落ちてしまったような顔だと思った。
その顔には見覚えがある。
3代目火影の葬儀で、ナルトや木ノ葉丸に人の死について語ったイルカだ。
辛いことに耐えているのでも、悲しみを堪えているのでもない、その顔。
「涙、止まりましたね」
上忍の方が急に泣き出すから、オレが驚きました。
「ついでに、放して頂けると、気が楽です」
「あああぅっ、すすスミマセンっ、ついっ!」
慌てて両腕を放す。
だが今度はその両腕のやり場に困ったのか、あわあわと千手観音状態になるカカシ。
見事な腕捌きの速度だがイルカには何の感銘も与えず、身体を放してただ話を先へすすめていく。
「オレは急に両親がいなくなって悲しいのと、ワケが分からないので、ただ泣いていました。けれど、アイツはそうじゃなかった……」
「はあ?」
「まだ下忍にもなっていないのに、ナルトを殺そうと大暴れしたそうですよ」
「……ナルトを……」
「ええ。ナルトには護衛がびっちりついてましたから、すぐにとっつかまって。火影様にも散々諭されました。けど、いい度胸してますよね」
なんでもないことのように言い切られる言葉と、その語られる事実の衝撃に耐えるだけでカカシは精いっぱいだった。
イルカからは絶対に聞かされることはないハズと思い込んでいた、ナルトへの憎悪は誰から聞かされるよりもきつい。
「度胸だけじゃどうにもならなくって。でも気持ちが治まるわけでも、納得できたわけでもないんです。とにかく、子供でしたから。それで、何も出来なくてただ悲しんでただけのオレと、交替したんです……」
「じゃあ、アナタは……誰だっていうんです?」
「オレも、うみのイルカには違いないでしょうね……。でも、やっぱり違う気がしますよ」
「違うって……」
「たぶんオレは12年前、便宜的に作られた人格、なんでしょう」
うみのイルカが子供心に手に負えなくなった怒りや殺意を封じ込める為の、ね。
「オレの役目は終わったんです。だから、本当のうみのイルカが目覚められた」
もう自分を偽る必要がなくなったんです。
「あなたのお陰ですよ。カカシさん」
「……オレ、ですか?」
「あなたがオレに、言ってくれたんじゃないですか」
その言葉に、カカシは頭から冷水を引っ掛けられた気がした。
「ナルトはオレの生徒ではなく、あなたの部下だって」
気がしただけでなく、一気に総身に嫌な汗が噴出してカカシの体温を奪っていく。
「それで気づいたんです。もう、ナルトを愛しているフリをしなくて、いいんだって……」
イルカの安堵ともとれる言葉は、カカシの心を打ちのめしていた。
「うみのイルカとして、生きていっていいんだって……」
「……だから、暗部なんですか?……」
「ええ。里にいたら、ナルトに会ってしまいますからね」
それは、かつてカカシのとった逃げ道。
里にいては、九尾を封印した子供に、なにかしてしまいそうで。
頭では、そんなことをしても何も変わらないと分かっていて。
けれど、どうしても気持ちの整理をつけられずに、里にいなくていい道を選んだ。
カカシにはそれだけの能力があったから。
けれど、まだ忍にすらなっていない子供に、そんな選択肢はない。
イルカにあったのは、自分の心を2つに裂いて、都合の悪いほうを覆い隠すだけ。
その選択が今、イルカを苦しめている。
誰よりも憎んでいる気持ちを抱えたまま、全く別の顔で愛しさを育んできた結果だ。
「オレはイルカ先生でいてやりたいんです。せめて、アイツの前でぐらいは……」
カカシはこの一言に希望を見出す。
やはりイルカはイルカなのだ。
憎いだけではない。
この12年間で誰よりもイルカ自身がナルトへの愛しさも育んできたのだから。
考えれば、暗部への入隊もナルトとの接触を避け、傷つけることのないようにというイルカの愛情ではないのか。
そしていつかまた、イルカとナルトは仲良く笑い合える日がくるかもしれない。
今の自分とナルトのように。
「だったら、大丈夫じゃないですか、これまで通りでも……」
「いつかナルトに会ったうみのイルカが、オレじゃなかったら……」
そういう可能性は否定できない。
それにカカシと同じ道を行くということは、ここまでくるのに失った以上の物を、イルカも失うことになるのだ。
失うものなど、もはや自分自身ぐらいしかもたないイルカなのに。
だから、その言葉の先を、カカシは聞きたくなかった。
「必ずナルトを守ってやってください」
カカシは戦慄する。
ナルトを守る。
あの、暗部クラスの能力を持ったイルカから。
そんな方法は、1つしか思い浮かばない。
「……例え、どんなことになっても、あなたを信じています……」
───イルカを殺して、ナルトを守れ
イルカはそう言ったのだ。
* * * * *
───イルカを殺して、ナルトを生かせ
そう言い残し、カカシの前からイルカが姿を消してから、既に3日が経とうとしている。
カカシはその間、なんとかもう一度イルカと話し合う時間を取ろうと奔走した。
が、自身の任務もこなしながらでは、どうしても適わなかった。
だが噂でだけ───イルカの行方を求め、右往左往するカカシを憐れに思った上忍仲間が色々と手を尽くしてくれたお陰で───その消息を辿ることはできる。
イルカは今、中忍1人に与えられることのないS級任務へ出ていた。
そしてその成功・帰還と同時に暗部への入隊と里外任務への着任が決まっているという。
ずいぶんと慌しいのは、茶の国の任務で里を空けていたナルトたち7班の帰還予定が近付いていたからだった。
里は、ナルトの帰還前にイルカを里から出すつもりでいる。
万が一、ナルトがイルカの不在を騒ぎ立てても、言いくるめるのは簡単だ。
長期任務で里にいない、たまたまお前が里にいない時期に帰ってきてすれ違ったんだと、全員が口を揃えるだろう。
今更一つ秘密が増えるぐらい、なんでもない。
12年もうずまく憎悪を腹に抱えたまま、本人に真実を言わないでいるよりは楽なものだ。
イルカのことなど、数年で忘れるか、話題にしなくなる。
そう、誰もがタカを括っている。
「全ては九尾の力を暴走させず、且つ無駄にさせたりしない為、ね……」
だが、それは無駄な努力になると、カカシは思う。
ナルトがイルカ先生を忘れることなど、決してない。
それは子供が、愛情を持って接してくれた親の記憶を手放さないのと一緒だ。
理屈ではない。
それに今やナルトも、イルカと火影だけが庇護する、九尾の器でもなかった。
多くの仲間と信頼関係を結び、カカシを始めとする幾人もの理解者や協力者を得てきた。
まだまだ未熟だが、1歩ずつ着実に立派な木ノ葉の忍に近付いている。
だが同時に、敵も作ってきた。
かなりやっかいな者ばかりで、ナルトを憎むイルカを利用しないと限らない。
それに、もしイルカから完全にイルカ先生としての人格が───ナルトを愛しいと思う気持ちが、失われてしまったら。
必ず、あの男は木ノ葉の里へ戻ってくる。
ナルトを殺しに。
───その時、オレはどうする?
カカシは自身に問う。
イルカは言った。
自分を殺してナルトを守れと。
だが、そんなことはできない。
イルカが自分を殺そうとする。
そのイルカをカカシが殺す。
そんな場面に出くわせば、確実にナルトは正気を保てなくなるだろう。
それは言い訳で、したくないというのがカカシの本音だった。
今までだって人は何人も殺してきた。
戦争だ、任務だということが人殺しの言い訳にはならないと分かってもいる。
けれど望んで、好きで殺してきたのではない。
死なせるぐらいなら、自分が死んだほうがマシだと思う人間もいるのだ。
───ああ、そうか……
カカシは自分の思考の正体に気付く。
ずっと、思っていたのだ。
その手を、掴んでいたいと。
共に墜ちてもいいと。
共に、在りたいと願っていたのに。
───オレがイルカ先生を、死なせたくないんだ……
命をかけてもいいと思う程に、その存在を望んでいる自分に。
「ホンット、バカ……」
言葉にすると、あの人の柔らかい笑顔が脳裏に浮かび、苦笑がもれた。
周囲に潜伏している仲間から、抗議の気配が飛んでくる。
まだ任務の最中だ。
だが、もうすぐ終わる。
そうすれば、里へ戻って医療スペシャリストの綱手に相談すればいい。
精神分裂───多重人格は精神疾患だ。
何か、まだ手はある。
カカシは自分を納得させ、任務に集中した。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/08
UP DATE:2004/11/08(PC)
2009/01/29(mobile)
RE UP DATE:2024/07/30
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「少し、昔話をして構いませんか……」
カカシに抱きしめられ泣きつかれたまま、イルカは穏やかに言った。
「あなたも、覚えているでしょう? 12年前のことを……」
「……はい」
「そんな風にね、オレもずっと泣いてたんですよ……心の奥でね……」
「えっ?……」
意外な言われ方をして、カカシは顔を上げ、イルカの顔を確かめる。
いつもの受付で見ていたように穏やかだっだが、笑ってはいない。
感情が抜け落ちてしまったような顔だと思った。
その顔には見覚えがある。
3代目火影の葬儀で、ナルトや木ノ葉丸に人の死について語ったイルカだ。
辛いことに耐えているのでも、悲しみを堪えているのでもない、その顔。
「涙、止まりましたね」
上忍の方が急に泣き出すから、オレが驚きました。
「ついでに、放して頂けると、気が楽です」
「あああぅっ、すすスミマセンっ、ついっ!」
慌てて両腕を放す。
だが今度はその両腕のやり場に困ったのか、あわあわと千手観音状態になるカカシ。
見事な腕捌きの速度だがイルカには何の感銘も与えず、身体を放してただ話を先へすすめていく。
「オレは急に両親がいなくなって悲しいのと、ワケが分からないので、ただ泣いていました。けれど、アイツはそうじゃなかった……」
「はあ?」
「まだ下忍にもなっていないのに、ナルトを殺そうと大暴れしたそうですよ」
「……ナルトを……」
「ええ。ナルトには護衛がびっちりついてましたから、すぐにとっつかまって。火影様にも散々諭されました。けど、いい度胸してますよね」
なんでもないことのように言い切られる言葉と、その語られる事実の衝撃に耐えるだけでカカシは精いっぱいだった。
イルカからは絶対に聞かされることはないハズと思い込んでいた、ナルトへの憎悪は誰から聞かされるよりもきつい。
「度胸だけじゃどうにもならなくって。でも気持ちが治まるわけでも、納得できたわけでもないんです。とにかく、子供でしたから。それで、何も出来なくてただ悲しんでただけのオレと、交替したんです……」
「じゃあ、アナタは……誰だっていうんです?」
「オレも、うみのイルカには違いないでしょうね……。でも、やっぱり違う気がしますよ」
「違うって……」
「たぶんオレは12年前、便宜的に作られた人格、なんでしょう」
うみのイルカが子供心に手に負えなくなった怒りや殺意を封じ込める為の、ね。
「オレの役目は終わったんです。だから、本当のうみのイルカが目覚められた」
もう自分を偽る必要がなくなったんです。
「あなたのお陰ですよ。カカシさん」
「……オレ、ですか?」
「あなたがオレに、言ってくれたんじゃないですか」
その言葉に、カカシは頭から冷水を引っ掛けられた気がした。
「ナルトはオレの生徒ではなく、あなたの部下だって」
気がしただけでなく、一気に総身に嫌な汗が噴出してカカシの体温を奪っていく。
「それで気づいたんです。もう、ナルトを愛しているフリをしなくて、いいんだって……」
イルカの安堵ともとれる言葉は、カカシの心を打ちのめしていた。
「うみのイルカとして、生きていっていいんだって……」
「……だから、暗部なんですか?……」
「ええ。里にいたら、ナルトに会ってしまいますからね」
それは、かつてカカシのとった逃げ道。
里にいては、九尾を封印した子供に、なにかしてしまいそうで。
頭では、そんなことをしても何も変わらないと分かっていて。
けれど、どうしても気持ちの整理をつけられずに、里にいなくていい道を選んだ。
カカシにはそれだけの能力があったから。
けれど、まだ忍にすらなっていない子供に、そんな選択肢はない。
イルカにあったのは、自分の心を2つに裂いて、都合の悪いほうを覆い隠すだけ。
その選択が今、イルカを苦しめている。
誰よりも憎んでいる気持ちを抱えたまま、全く別の顔で愛しさを育んできた結果だ。
「オレはイルカ先生でいてやりたいんです。せめて、アイツの前でぐらいは……」
カカシはこの一言に希望を見出す。
やはりイルカはイルカなのだ。
憎いだけではない。
この12年間で誰よりもイルカ自身がナルトへの愛しさも育んできたのだから。
考えれば、暗部への入隊もナルトとの接触を避け、傷つけることのないようにというイルカの愛情ではないのか。
そしていつかまた、イルカとナルトは仲良く笑い合える日がくるかもしれない。
今の自分とナルトのように。
「だったら、大丈夫じゃないですか、これまで通りでも……」
「いつかナルトに会ったうみのイルカが、オレじゃなかったら……」
そういう可能性は否定できない。
それにカカシと同じ道を行くということは、ここまでくるのに失った以上の物を、イルカも失うことになるのだ。
失うものなど、もはや自分自身ぐらいしかもたないイルカなのに。
だから、その言葉の先を、カカシは聞きたくなかった。
「必ずナルトを守ってやってください」
カカシは戦慄する。
ナルトを守る。
あの、暗部クラスの能力を持ったイルカから。
そんな方法は、1つしか思い浮かばない。
「……例え、どんなことになっても、あなたを信じています……」
───イルカを殺して、ナルトを守れ
イルカはそう言ったのだ。
* * * * *
───イルカを殺して、ナルトを生かせ
そう言い残し、カカシの前からイルカが姿を消してから、既に3日が経とうとしている。
カカシはその間、なんとかもう一度イルカと話し合う時間を取ろうと奔走した。
が、自身の任務もこなしながらでは、どうしても適わなかった。
だが噂でだけ───イルカの行方を求め、右往左往するカカシを憐れに思った上忍仲間が色々と手を尽くしてくれたお陰で───その消息を辿ることはできる。
イルカは今、中忍1人に与えられることのないS級任務へ出ていた。
そしてその成功・帰還と同時に暗部への入隊と里外任務への着任が決まっているという。
ずいぶんと慌しいのは、茶の国の任務で里を空けていたナルトたち7班の帰還予定が近付いていたからだった。
里は、ナルトの帰還前にイルカを里から出すつもりでいる。
万が一、ナルトがイルカの不在を騒ぎ立てても、言いくるめるのは簡単だ。
長期任務で里にいない、たまたまお前が里にいない時期に帰ってきてすれ違ったんだと、全員が口を揃えるだろう。
今更一つ秘密が増えるぐらい、なんでもない。
12年もうずまく憎悪を腹に抱えたまま、本人に真実を言わないでいるよりは楽なものだ。
イルカのことなど、数年で忘れるか、話題にしなくなる。
そう、誰もがタカを括っている。
「全ては九尾の力を暴走させず、且つ無駄にさせたりしない為、ね……」
だが、それは無駄な努力になると、カカシは思う。
ナルトがイルカ先生を忘れることなど、決してない。
それは子供が、愛情を持って接してくれた親の記憶を手放さないのと一緒だ。
理屈ではない。
それに今やナルトも、イルカと火影だけが庇護する、九尾の器でもなかった。
多くの仲間と信頼関係を結び、カカシを始めとする幾人もの理解者や協力者を得てきた。
まだまだ未熟だが、1歩ずつ着実に立派な木ノ葉の忍に近付いている。
だが同時に、敵も作ってきた。
かなりやっかいな者ばかりで、ナルトを憎むイルカを利用しないと限らない。
それに、もしイルカから完全にイルカ先生としての人格が───ナルトを愛しいと思う気持ちが、失われてしまったら。
必ず、あの男は木ノ葉の里へ戻ってくる。
ナルトを殺しに。
───その時、オレはどうする?
カカシは自身に問う。
イルカは言った。
自分を殺してナルトを守れと。
だが、そんなことはできない。
イルカが自分を殺そうとする。
そのイルカをカカシが殺す。
そんな場面に出くわせば、確実にナルトは正気を保てなくなるだろう。
それは言い訳で、したくないというのがカカシの本音だった。
今までだって人は何人も殺してきた。
戦争だ、任務だということが人殺しの言い訳にはならないと分かってもいる。
けれど望んで、好きで殺してきたのではない。
死なせるぐらいなら、自分が死んだほうがマシだと思う人間もいるのだ。
───ああ、そうか……
カカシは自分の思考の正体に気付く。
ずっと、思っていたのだ。
その手を、掴んでいたいと。
共に墜ちてもいいと。
共に、在りたいと願っていたのに。
───オレがイルカ先生を、死なせたくないんだ……
命をかけてもいいと思う程に、その存在を望んでいる自分に。
「ホンット、バカ……」
言葉にすると、あの人の柔らかい笑顔が脳裏に浮かび、苦笑がもれた。
周囲に潜伏している仲間から、抗議の気配が飛んでくる。
まだ任務の最中だ。
だが、もうすぐ終わる。
そうすれば、里へ戻って医療スペシャリストの綱手に相談すればいい。
精神分裂───多重人格は精神疾患だ。
何か、まだ手はある。
カカシは自分を納得させ、任務に集中した。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
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