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【4:ゆれるひかり】
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 イビキらが姿を消してしまうと、もうカカシたちは哨戒任務に戻るしかない。

 時刻はずいぶんと深くなってしまっているが、戦闘とその処理などがあったからまだ半分も進んでいなかった。

 このままでは夜明けまでに全行程を踏破することは難しい。

 こういった時のために、2隊に分かれて哨戒している。

 だからといって、いつまでもここにとどまっている理由などない。

 部下である2人の中忍はすぐにでも出発するつもりでいた。

 しかし、隊長であるカカシが指示を出さない。

 いや、出せずにいた。

「隊長」

 そう、声を掛ければ顔は上げる。

 が、カカシは動こうとはしない。

「どうかされましたか」

「……イルカ、先生」

 声をかけた者ではなく、その後ろに立つ男にカカシは問い掛けていた。

「どういう、ことですか……」

───アナタが暗部に加わる?
 
───アカデミーはどうするんです?

───子供たちや、ナルトはどうするんです?

 そんな問いかけは、言葉にはできない。

 けれど、きっと、イルカにはカカシの言いたいことが分かっている。
 それなのに彼は答えではなく、別の言葉を口にした。

「先行します」

「待ってよっ!」

 飛び去ろうとするするイルカの腕を、カカシはやっとの思いで掴んだ。
 とっさのことで、折れる寸前まで力をかけてしまったからか、視線が咎める。

 けれど声と表情にはわずかな苦痛も含ませず、イルカが問い返した。

「なにか?」

「アンタじゃないっ」

 カカシが話をしたいのは───問いかけているのは、この男ではない。

「イルカ先生と、話させてよっ」

「……私が、うみのイルカですが」

「違うっ! オレは、イルカ先生と話がしたいって言ってる!」

「だから」

「頼むから!」

 カカシには今のイルカの言葉を聞くつもりも、余裕もなかった。

 そのことを悟ったのか、わずかだが何故か悲痛そうな声で、イルカは言う。

「これが終われば、時間をとります」

 掴まれた腕を振り払おうともせず、イルカは視線をカカシの後ろへ促す。
 
 2人の動きにも会話にもついていけず、呆然とするもう1人の部下の存在をようやく思い出して、カカシもイルカの腕を掴む力を緩めた。

「……とにかく、任務を遂行してください」

 そう言われれば、カカシもうなずくしかない。

 身を翻し、哨戒任務へ戻るイルカを黙って見送り、カカシは大きく息を吐いた。

───……本当にオレが、あの人を引きとめられるのか……

 イルカは手強い。

 能力があるばかりでなく、気持ちが強いのだ。
 強情というのかもしれない。

 その上、相手は2人いる。
 どちらかが納得しても、もう1人がどうでるか……。

 それを考えると、カカシはため息しかでなかった。

───……どーしよ……オレ、ホントーに不肖の弟子だわ……

 ついさっき誓った、その決意が、もう揺らぎ始めている。

「……あの、はたけ、上忍……」

「なに? アンタは行かないの?」

 思考を遮られた不機嫌さを隠しもせず、カカシは問い返す。

「え? あ、はいっ!」

 慌ててイルカの後を追う中忍。

 その背後を警戒しながらついて行きつつ、少し釘を刺しておこうと思った。
 今夜のコトを吹聴させないためにも。

「アンタもさ、イルカ先生のこと万年中忍って侮ってたデショ」

「いえ、あの……」

 口ごもるが、図星だったようだ。

「中忍になって3年って聞いたけど……、じゃあさー」

 実際、つい最近までカカシもそう思っていた。

「あと3年同じような任務を続けて、生き延びられる自信ある?」

 けれど中忍であることすら───万年と言われる程に長く無事に───生き延びることが困難な生き方を、自分たちがしていると忘れてしまった者が、イルカをそう呼ぶのだ。

「階級と実力は比例しないモンだ。オレたちは、里が使いやすい立場に置かれてるだけなんだし」

 だからカカシは6歳で中忍にされ、今は上忍となっている。

「上しか見られないヤツは、下にいた方が使いやすい」

 お前は下忍のままだった方が良かったと含ませ、カカシはその男から離れた。

 夜の闇に互いの姿が消えていく。

 そして、その先をイルカが走っている。

 カカシは見えぬイルカの背を思い、追った。



   * * * * *



 夜が明けきる直前に、カカシの隊も里の周囲を巡り終え、その夜の哨戒は終了した。
 
 愚痴るアスマと、やたらと暑苦しいガイへ報告の義務を押し付け、解散後もカカシとイルカはその場に残る。

 約束どおり、話をするために。

 他に誰もいなくなるまで待って、カカシはようやく口火を切った。

「ね、イルカ先生は?」

「その前に、よろしいでしょうか?」

「ナニ?」

「……何故、私をうみのイルカだと、認めて下さらないのですか?」

「何故って……」

 イルカ先生じゃないから。

 言い掛けて、カカシは躊躇した。

 どちらが本当のイルカの顔なのかを、カカシは知らない。

 けれど今更気付いても、もう遅い。

「……オレの知ってる、イルカ先生じゃーないから、かな」

 ぼつりと、正直に答えるしかなかった。

「……あなたも、なんですね……」

「………」

「……あなたも、私が消えればいい、と……」

 答えられなくなってしまったカカシに、感情のないイルカの声を受け止めるのは辛い。

「そう、思っていたんですか? カカシさんも」

 その言葉にカカシが顔をあげると、もう夜は明けていた。

 朝日に照らされて立つのは、あれだけ話し合いたいと思った、うみのイルカ。
 
 それなのにもう、名を呼ぶ以外に、何も言えなくなってしまっていた。

「……イルカ先生……」

「でもね、カカシさん……」

「……イルカ、先生ぇ」

「オレのほうが、消えるんですよ……」

 だって、前に言ったでしょう。

「2人目だと……」

「イルカ先生っ!」

 諦めたように鮮やかに微笑むイルカを、カカシは抱きしめていた。

「それでも……、それでも、オレはっ!」

「……カカシさん……」

「オレはアナタがっ!」

 腕に力を込め、決して逃がさぬようにカカシはイルカを抱きしめる。

「……アナタが、いなくなるのは、ヤです……」

 肩口に顔を埋め、耳元に囁くようにこぼれた言葉は涙に濡れていた。



 【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/05
UP DATE:2004/11/05(PC)
   2009/01/28(mobile)
RE UP DATE:2024/07/30
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