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【3:ひをつける】
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イルカが倒した6人の敵忍のうち、指揮官とおぼしき男だけは辛うじて生きていた。
流石に上忍ともなれば致命傷は避けられたのか、それとも急所は外して攻撃していたのか。
本人が黙っている以上、分からない。
アスマは他に潜伏する者がいないか確認がてら、ガイの隊へ侵入者の状況を伝えにいった。
残されたカカシの隊は捕らえた敵を引き渡す為、戦闘のあったこの場所で尋問部の到着を待っている。
森の際で周囲を警戒しながらも身体を休めている中忍2人と離れ、カカシは戦場となった一角を見渡していた。
───見事なもんだ、こりゃ
戦闘が行なわれた場所を取り囲んで円形に、あの体術の軌道が残っている。
足場の悪い折り重なった倒木の上で、あれだけの敵を1人で相手にして、軌跡には少しの歪みも見られない。
もし真上から確認できたら、きっと見事な新円を見出せる気がした。
そしてその円に封じ込まれ、倒された敵の身体には無数の傷が見て取れる。
止めは胸部に一撃。
しかし、そこへ至るまでに動きを止め、目をくらます攻撃の細かい傷。
それも、足にばかり。
───八方と頭上からあのスピードで、足と胸部を狙った打撃……
決して狭くはないこの円内で、軌道に接した場所だけでなく中央にも戦闘の跡があった。
つまりこの円……いや、半球空間全てが間合いなのだろう。
取り込まれたら最後。
逃げ場は、ない。
───並の上忍じゃ相手にならないな……
カカシはこれまで生き延びてきた経験からか、考えるでもなく自然、対抗策をシミュレートしていた。
火遁、土遁、風遁、水遁、影分身、口寄せ。
あらゆる術を頭の中でぶつけてみるが、確実に逃れられるような術が見出せない。
もしも1対1でなら、反撃のチャンスもないだろう。
───オレでも、無傷でいられない、か……
そう思い至って、アスマの言葉を思い出す。
───イルカは強えぜぇ
アスマはそう言った。
その言葉通り、イルカは中忍にしては強いし、戦闘経験もある。
しかしイルカの強さは危うさをも含んでいて、アスマはそれを知っていた。
知っていて、案じてもいながら、きっと手が出せずにいるのだ。
彼の危うさはナルトに、そしてきっと───今やイルカに次いで、ナルトと近しい存在となった───カカシに関わることで崩れていく。
だからアスマは、イルカとカカシを組ませるべきか躊躇したのだ。
───まあ、意地張って独断先行すんのはともかく……
背後に意識を向けて気配を探れば、2人の中忍の存在が手にとるように分かる。
1人は軽傷を負って多少チャクラも減っているが、特に戦力として低下したワケではない。
問題は、イルカだ。
外傷もないから全く無事なように見せているが、カカシに誤魔化されてやるつもりはない。
哨戒に出る前より、半分ほどのチャクラを使い切っているようだった。
───1回の戦闘であれだけ消耗しちゃうんじゃ、心配にもなるよな……
あの特殊な分身術が原因というところか。
普通の分身や影分身・水分身・砂分身といった術は、本体の姿だけを具現化したもので、能力は実際の1割程度にしかならない。
しかしイルカの鏡像分身は本体と全く同等の能力だけでなく、思考をも持っているようだった。
分身というより、鏡の向うからもう1人の自分を呼び出すような術なのかもしれない。
だからこそ、連携体術ができるのだ。
───でーもまさか、あの《比翼連理》をまた見られるなーんてね……
昔、カカシが目にしたのは気のあった夫婦による、誰かを内に守っての連携体術だった。
だが、確かにイルカの使ったものと同じ技。
あの2人は自分の師の側近だった。
周囲が呆れるぐらいに仲睦まじく、カカシぐらいの息子がいると話していた覚えもある。
そしてあの日、2人一緒でなければ役に立てないと言い張って、唯一夫婦で4代目に付き従い、共に九尾の前に散った。
息子1人を残して。
───うみのって家名で気付くべきだったなぁ……
多分、カカシとイルカは過去に会っている。
だが互いの記憶にはないだろう。
その程度の邂逅。
しかし2人を繋ぐものは───それを何と呼ぶべきかカカシは悩むが、確実に存在する。
どういうワケか、そのことを嬉しいと思い、カカシは驚く。
何時の間にかカカシの中に、うみのイルカへ向かう気持ちが育っていたのだ。
───マズイな……
そう思いながらも、どこかでこれでいい気持ちがある。
イルカがナルトを憎み、同時に愛しく思う事情は想像がつく。
その情の深さと強さだけは図りかねるが、分かるのだ。
かつてカカシも、同じジレンマに陥った過去がある。
あの12年前の事件。
カカシも苦しんだ1人だ。
多くの者を失って、失って、失って。
全てを亡くしたと思った果てに、ようやく今にたどり着いた。
最後に自分を闇の底の手前で踏みとどまらせたのは、師との思い出。
そして耳にした、里でのナルトとイルカの存在だった。
そのイルカがカカシと同じ闇に落ち込もうとしているのなら、今度は自分が手を差し伸べる。
きちんとイルカを引き止め、引き上げるだけの力が自分にあるのか、カカシには分からない。
分からないが、やらずに放棄するつもりもなかった。
───こうなっちゃたの、先生がうみのさんたち説得できなかったからですよー
今は亡き師の面影に、カカシは愚痴る。
───ま、出来の悪い弟子ですが、精一杯の尻拭いはさせてもらいまーすよ
どうしても引き上げてやれない時は、共に落ちてやってもいい。
そう、覚悟も決めた。
* * * * *
やがて小一時間ほどで数名の尋問部隊を率いた森乃イビキが到着した。
生け捕りにした敵の上忍だけでなく、死骸をも回収していく尋問部隊を眺めながら、イビキとカカシは状況の確認をしあう。
もちろん実際に接敵した2人の中忍も。
「お前が遅れをとるとは珍しいな、カカシ」
「あーもうっ!アスマにも散々いびられてヘコんでんだから、余計なコト言わないっ」
「そうだったな。それでイルカ、何か変わったことは?」
「いつも通りですよ、イビキさん」
「では、詳しい話は捕虜に聞くとしよう」
イビキとイルカは夜間哨戒の任務で顔を合わせる機会も多いらしく、話も早い。
木ノ葉崩しの被害や新たな火影についての探りか、それに乗じての襲撃以外でなければ、ここで報告しあう価値もないようだ。
「で、そちらは?」
「はい。あの……」
特別上忍のイビキを前にして、階級意識と上昇志向の強すぎる中忍は完全に舞い上がっていた。
それでも巧みな誘導で、イビキは得るべき情報を得ていく。
中忍2人からの報告はすぐに終わった。
この中忍を襲い、アスマが倒したという斥候の遺体も回収しに、尋問部隊が動きだす。
それを見送ってから、イビキは残りの部隊と捕虜を連れ、里へ戻ろうとした。
「ちょい、待ち」
「なんだ」
「ついでだから、この人も回収しちゃってよ。哨戒続けらんないヨ、これじゃあ」
言ってカカシが示したのは、イルカだった。
「その必要はない。というか、カカシ」
「なによ」
「イルカが抜けては、それこそ哨戒は続けられんぞ」
戦力の2割を失ったら撤退が鉄則だ。
「戦闘力だけならお前が補えるが、地理情報や索敵範囲の縮小はどうにもならんだろう」
「あーつまり、イルカ先生の戦闘力はハナから期待してない?」
「逆だ。お前と違って、イルカは多少チャクラを消耗したとしても、戦闘に殆ど影響はない。今の状態でも、並みの忍に遅れは取らんぞ」
「へーぇ」
イビキの評価に、カカシともう1人の中忍がイルカを見やる。
とてもそうは見えないという目で。
しかしイルカはその視線を照れも謙遜も憤りもせず、受け止めている。
カカシの知るイルカにはありえない、その態度。
「近いうちにウチに加わえてみたい人材だ。先輩として、見極めるつもりで使ってみるがいいだろうよ」
そして、イビキの言葉に含まれた意味。
「じゃあな。今夜はもう会わんで済むよう祈っている」
カカシはイビキを呼び止めるだけの余裕すら失っていた。
───イルカ、先生が……暗部に……?
それも、きっと、自分から望んで。
このことが何を差しているのか。
これから何が起ころうとしているのか考える事が。
いや、既に自身がたどり着いている答えを改めて見てしまうことが、カカシには恐ろしかった。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/04
UP DATE:2004/11/04(PC)
2009/01/28(mobile)
RE UP DATE:2024/07/30
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イルカが倒した6人の敵忍のうち、指揮官とおぼしき男だけは辛うじて生きていた。
流石に上忍ともなれば致命傷は避けられたのか、それとも急所は外して攻撃していたのか。
本人が黙っている以上、分からない。
アスマは他に潜伏する者がいないか確認がてら、ガイの隊へ侵入者の状況を伝えにいった。
残されたカカシの隊は捕らえた敵を引き渡す為、戦闘のあったこの場所で尋問部の到着を待っている。
森の際で周囲を警戒しながらも身体を休めている中忍2人と離れ、カカシは戦場となった一角を見渡していた。
───見事なもんだ、こりゃ
戦闘が行なわれた場所を取り囲んで円形に、あの体術の軌道が残っている。
足場の悪い折り重なった倒木の上で、あれだけの敵を1人で相手にして、軌跡には少しの歪みも見られない。
もし真上から確認できたら、きっと見事な新円を見出せる気がした。
そしてその円に封じ込まれ、倒された敵の身体には無数の傷が見て取れる。
止めは胸部に一撃。
しかし、そこへ至るまでに動きを止め、目をくらます攻撃の細かい傷。
それも、足にばかり。
───八方と頭上からあのスピードで、足と胸部を狙った打撃……
決して狭くはないこの円内で、軌道に接した場所だけでなく中央にも戦闘の跡があった。
つまりこの円……いや、半球空間全てが間合いなのだろう。
取り込まれたら最後。
逃げ場は、ない。
───並の上忍じゃ相手にならないな……
カカシはこれまで生き延びてきた経験からか、考えるでもなく自然、対抗策をシミュレートしていた。
火遁、土遁、風遁、水遁、影分身、口寄せ。
あらゆる術を頭の中でぶつけてみるが、確実に逃れられるような術が見出せない。
もしも1対1でなら、反撃のチャンスもないだろう。
───オレでも、無傷でいられない、か……
そう思い至って、アスマの言葉を思い出す。
───イルカは強えぜぇ
アスマはそう言った。
その言葉通り、イルカは中忍にしては強いし、戦闘経験もある。
しかしイルカの強さは危うさをも含んでいて、アスマはそれを知っていた。
知っていて、案じてもいながら、きっと手が出せずにいるのだ。
彼の危うさはナルトに、そしてきっと───今やイルカに次いで、ナルトと近しい存在となった───カカシに関わることで崩れていく。
だからアスマは、イルカとカカシを組ませるべきか躊躇したのだ。
───まあ、意地張って独断先行すんのはともかく……
背後に意識を向けて気配を探れば、2人の中忍の存在が手にとるように分かる。
1人は軽傷を負って多少チャクラも減っているが、特に戦力として低下したワケではない。
問題は、イルカだ。
外傷もないから全く無事なように見せているが、カカシに誤魔化されてやるつもりはない。
哨戒に出る前より、半分ほどのチャクラを使い切っているようだった。
───1回の戦闘であれだけ消耗しちゃうんじゃ、心配にもなるよな……
あの特殊な分身術が原因というところか。
普通の分身や影分身・水分身・砂分身といった術は、本体の姿だけを具現化したもので、能力は実際の1割程度にしかならない。
しかしイルカの鏡像分身は本体と全く同等の能力だけでなく、思考をも持っているようだった。
分身というより、鏡の向うからもう1人の自分を呼び出すような術なのかもしれない。
だからこそ、連携体術ができるのだ。
───でーもまさか、あの《比翼連理》をまた見られるなーんてね……
昔、カカシが目にしたのは気のあった夫婦による、誰かを内に守っての連携体術だった。
だが、確かにイルカの使ったものと同じ技。
あの2人は自分の師の側近だった。
周囲が呆れるぐらいに仲睦まじく、カカシぐらいの息子がいると話していた覚えもある。
そしてあの日、2人一緒でなければ役に立てないと言い張って、唯一夫婦で4代目に付き従い、共に九尾の前に散った。
息子1人を残して。
───うみのって家名で気付くべきだったなぁ……
多分、カカシとイルカは過去に会っている。
だが互いの記憶にはないだろう。
その程度の邂逅。
しかし2人を繋ぐものは───それを何と呼ぶべきかカカシは悩むが、確実に存在する。
どういうワケか、そのことを嬉しいと思い、カカシは驚く。
何時の間にかカカシの中に、うみのイルカへ向かう気持ちが育っていたのだ。
───マズイな……
そう思いながらも、どこかでこれでいい気持ちがある。
イルカがナルトを憎み、同時に愛しく思う事情は想像がつく。
その情の深さと強さだけは図りかねるが、分かるのだ。
かつてカカシも、同じジレンマに陥った過去がある。
あの12年前の事件。
カカシも苦しんだ1人だ。
多くの者を失って、失って、失って。
全てを亡くしたと思った果てに、ようやく今にたどり着いた。
最後に自分を闇の底の手前で踏みとどまらせたのは、師との思い出。
そして耳にした、里でのナルトとイルカの存在だった。
そのイルカがカカシと同じ闇に落ち込もうとしているのなら、今度は自分が手を差し伸べる。
きちんとイルカを引き止め、引き上げるだけの力が自分にあるのか、カカシには分からない。
分からないが、やらずに放棄するつもりもなかった。
───こうなっちゃたの、先生がうみのさんたち説得できなかったからですよー
今は亡き師の面影に、カカシは愚痴る。
───ま、出来の悪い弟子ですが、精一杯の尻拭いはさせてもらいまーすよ
どうしても引き上げてやれない時は、共に落ちてやってもいい。
そう、覚悟も決めた。
* * * * *
やがて小一時間ほどで数名の尋問部隊を率いた森乃イビキが到着した。
生け捕りにした敵の上忍だけでなく、死骸をも回収していく尋問部隊を眺めながら、イビキとカカシは状況の確認をしあう。
もちろん実際に接敵した2人の中忍も。
「お前が遅れをとるとは珍しいな、カカシ」
「あーもうっ!アスマにも散々いびられてヘコんでんだから、余計なコト言わないっ」
「そうだったな。それでイルカ、何か変わったことは?」
「いつも通りですよ、イビキさん」
「では、詳しい話は捕虜に聞くとしよう」
イビキとイルカは夜間哨戒の任務で顔を合わせる機会も多いらしく、話も早い。
木ノ葉崩しの被害や新たな火影についての探りか、それに乗じての襲撃以外でなければ、ここで報告しあう価値もないようだ。
「で、そちらは?」
「はい。あの……」
特別上忍のイビキを前にして、階級意識と上昇志向の強すぎる中忍は完全に舞い上がっていた。
それでも巧みな誘導で、イビキは得るべき情報を得ていく。
中忍2人からの報告はすぐに終わった。
この中忍を襲い、アスマが倒したという斥候の遺体も回収しに、尋問部隊が動きだす。
それを見送ってから、イビキは残りの部隊と捕虜を連れ、里へ戻ろうとした。
「ちょい、待ち」
「なんだ」
「ついでだから、この人も回収しちゃってよ。哨戒続けらんないヨ、これじゃあ」
言ってカカシが示したのは、イルカだった。
「その必要はない。というか、カカシ」
「なによ」
「イルカが抜けては、それこそ哨戒は続けられんぞ」
戦力の2割を失ったら撤退が鉄則だ。
「戦闘力だけならお前が補えるが、地理情報や索敵範囲の縮小はどうにもならんだろう」
「あーつまり、イルカ先生の戦闘力はハナから期待してない?」
「逆だ。お前と違って、イルカは多少チャクラを消耗したとしても、戦闘に殆ど影響はない。今の状態でも、並みの忍に遅れは取らんぞ」
「へーぇ」
イビキの評価に、カカシともう1人の中忍がイルカを見やる。
とてもそうは見えないという目で。
しかしイルカはその視線を照れも謙遜も憤りもせず、受け止めている。
カカシの知るイルカにはありえない、その態度。
「近いうちにウチに加わえてみたい人材だ。先輩として、見極めるつもりで使ってみるがいいだろうよ」
そして、イビキの言葉に含まれた意味。
「じゃあな。今夜はもう会わんで済むよう祈っている」
カカシはイビキを呼び止めるだけの余裕すら失っていた。
───イルカ、先生が……暗部に……?
それも、きっと、自分から望んで。
このことが何を差しているのか。
これから何が起ころうとしているのか考える事が。
いや、既に自身がたどり着いている答えを改めて見てしまうことが、カカシには恐ろしかった。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/04
UP DATE:2004/11/04(PC)
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