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【1:─── あなたと、】
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「いってらっしゃい、イルカ先生」

 自分を送り出してくれる人がいるのは、いつ以来だったろう。

 そんなことを考えながら、イルカはカカシの病室を後にした。

 扉を締めたとたんに全ての気配を消していたのは、忍としての習い性。

 けれど、そのまま動けずにいたのは──離れがたかったのは、自身の気持ちだった。

 これまではアカデミーでも任務でも、送り出す側だったイルカ。
 こうして任務に出るたび、誰かに背を向ける瞬間に、送られる気持ちをも思い知る。

 そして、自分が2つの顔を持って生きていることも。

「それでもオレは、アナタを……」

 弱くなりそうな気持ちを押し切って、立ち去ろうとした耳に優しい声が聞こえた。

「アナタの手を、決して離したりしませんから」

 病室で1人、語りかけるカカシの言葉。
 
 それが誰に向けれられたものか、イルカは分かっている。

「ずっと、繋いでいます」

 その言葉通り、いまだ右腕にはあの時カカシに掴まれた痕があった。

 自身の腕に残されたカカシの思いに唇を寄せて、イルカは心で呟く。

───行ってきます、カカシさん……

 そして顔を上げ、気配も足音も立てずに立ち去った。



   * * * * *



 任務に着くのだ、と思った途端にイルカの意識は切り替わる。

 アカデミーのイルカ先生でも、受付の中忍でもなく、一介の忍のそれに。

 集合場所には既に3人の忍が待っていた。
 今回の隊長となる上忍の猿飛アスマと、イルカとも顔見知りの中忍が2人。

「よお、イルカ。遅かったな」

「申し訳ありません。アスマさん」

「ああ、気にすんな」

 カカシに比べりゃ可愛いもんさ。

 そう言ってアスマは盛大に煙を吐き出した。
 まるで、今まで一緒にいたんだろうと言われたようで、一瞬イルカは視線を反らす。

 その一瞬の仕草が、らしくないと自分でも思った。
 更にアスマにも指摘される。
 
「なに照れてやがる。さて、揃ったところででかけるぜ。イルカ、お前が先頭だ」

「……はい」

「で、オマエらは両翼に、オレがケツにつく。で、お前らから言っておきたいことは?」

 部下の顔を見渡すアスマに、イルカが一歩進み出た。

 さっき一瞬見せた表情とは違う、別の意識で動いている。

「よろしいでしょうか?」

「おう、なんだ?」

「……アスマさんは、ご存知かもしれませんが……」

 そう前置いてイルカは続ける。

「私の術の1つが禁術扱いとなってしまって、今回から使うことができません。復帰したばかりですので、とっさの場合判断に時間がかかる可能性があります」

「そうだったなあ……ま、オレはオメエさんの実力は買ってんだ。禁術なしでもやれんだろってな」

「はい。ご期待に添えるよう全力を尽くします」

「よし。行こうか」

 アスマの声にうなずき、イルカは地を蹴った。

 向かう先は里の西の小さな集落。
 以前はなかった獣による被害が急増しているため、捕獲と駆除が依頼されていた。

 話によれば、農作物が荒らされるだけでなく、近頃は人に襲い掛かるようになったらしい。

 その集落に住む猟師だけでは手におえず、木ノ葉隠れの里に依頼がきたのだ。

 しかし、森を駆け抜けながらイルカは思いを馳せる。

───野生動物による被害だけなら、あの術は必要ない……

 けれどとっさの時、もしも忍との戦闘があった場合、使わずに済むだろうか。

 ただ野生動物が餌を求めて人里に現れているだけなら、問題はない。

 だが、それが忍に操られた獣だったら話が変わってくる。
 時期的に、木ノ葉隠れの里の戦力を探る者もあって当然だろう。

 その時は、確実に戦闘がある。

 綱手によって禁術とされた《鏡像分身の術》は、イルカが独自に編み出したものだった。

 術者と同等の能力を持った分身体を呼び出せるのはいい。
 だがチャクラは総量の半分を消費するし、術者自身の姿を映す媒体も必要だった。
 その上、分身体が負った傷は術を解いた後、術者もダメージを被る。

 カカシによって分身体に致命傷を負わされてはじめて、イルカも気付いたのだ。
 この術が恐ろしく危険な術であると。
 
 だから綱手に使用の禁止を命じられて以来、イルカは他の術だけでの戦闘をイメージし、様々なパターンでのシミュレーションを重ねてきた。

 けれど、絶対はない。

 イルカ1人、隊から分断されて上手の忍数人に囲まれた時は、使ってしまうかもしれない。

───それでも、何があっても、生きて帰らないと……

 約束をしたのだ。カカシと。

 そのために、自分を待つ人のところへ帰るのだ。



   * * * * *



 だが結局、悶々と悩んだイルカの気苦労をよそに、任務は無事に終了した。

 集落を襲っていたのは冬眠を前に食料を探していた熊が数頭。
 他に猿やイノシシもいたが、どれも普通の野生動物であった。

 捕らえた動物たちは処理され、住人たちのこの冬の食料や毛皮となる。
 食用にならないものも、見世物としての価値はあるから遠い町へ売られるらしい。

 熊を処理する直前のアスマの複雑な表情はちょっとした見物であったけれど、とにかくイルカはほっとしていた。

 これで、カカシの元へ帰ることができる。

 そう思ったとたんに、意識が切り替わった。
 
───……なんで……

 これまで任務中に意識の切り替わりはなかっただけに、イルカは動揺した。

 里の内と外で2つの人格を使い分けてきた。
 しかし記憶や知識は常に同一のもので、主導権を渡した後でも一方の言動は知覚できていた。

 それに2人のイルカの違いはナルトに関わる部分だけで、それ以外の人物の前ではあまり違いはでなかったらしい。

 ただもう一方のしていることを目の当たりにし、そして誰よりもナルトに関わってきたから余計に2つの人格ははっきりと分かれてしまった。

 そして、ナルトに関わる人物が増えるほどに、イルカは不安定になっていったのだ。

 しかもイルカの分裂に決定的な一言発したのはカカシ。
 そのカカシのお陰でまた、イルカは心の安定を取り戻したばかり。

 それが、カカシのことを思ったとたんに、意識が入れ替わった。

 敵の抹殺に容赦のない忍のイルカから、命を奪うことに躊躇いを抱くイルカ先生へ。

 任務前にアスマにからかわれた一瞬にも、意識が入れ替わったように感じた。

───……まさか、要因対象が、変わった?……

 そう思い至り、イルカは戦慄する。

 木ノ葉の忍が任務中にカカシの名を聞くことは少なくない。
 それにこの先、カカシと共に任務に着くことだって考えられる。
 そんな時に、もしも戦闘中に意識交替が起これば、命に関わるはずだ。

───そんな……そんなことになったら……

 イルカは忍としてはやっていけない。

 否応なく、カカシとは相容れない道を行かねばならなくなる。

 ずっと、このままなら。



 【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/20
UP DATE:2004/11/20(PC)
   2009/11/07(mobile)
RE UP DATE:2024/07/30
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