DOMINO THEORY

【3:あるいていこう】
   〜MISSING LINK α〜
[DOMINO THEORY]



 イルカが次に意識を取り戻したのは、深夜だった。

 まだ起き上がるのは辛いが、もう出血はないらしい。

 あれから一体どれくらい経ったのかと、首をめぐらせて窓の外を見やる。

 低い所に掛かる赤い月は、ずいぶん欠けていた。

 前に見たのは、任務に出ている最中。
 望月手前の丸い月だった。

───……少なくても、5日……いや、7日は経ってる……

 その間に、何か変わったことはなかっただろうか。

 イルカは自身の周囲の人々へ思いを馳せる。

 茶の国から戻って、ナルトたちはどうしているだろう。

 カカシも任務にでているはずだが、無事だろうか。

 そんな事をつらつらと思い、気付く。

 いつ以来だろうか。

 ナルトやカカシを、たいした葛藤もなく考えに乗せるのは。

───……中忍選抜試験の頃からだ……
 
 あの時、カカシに言われた一言がきっかけで、イルカの心の奥底に封じていたモノが目覚めた。

 ナルトを1人の人間として認めている今の自分と、九尾の妖狐としか見られない過去の自分。

 互いの思いの強さに、とうとうイルカの心は割れて2つの人格となってしまった。

 けれど、そんなイルカを救ったのも、カカシだった。

 互いを別の存在としか見られなかったイルカとイルカに、カカシは1人のうみのイルカだと諭した。
 これまでの12年間の苦しみも、悲しみも、憎しみも、慈しみも、全て許容しろと。

 それは辛いことではあったが、その年月に育まれたイルカという人間を好きだともカカシは言ってくれた。

───言われて、気付いたんだっけ……

 イルカにも、カカシを想う気持ちがあった。

 出会ったのは半年ほど前。
 特に親しいワケではなかったけれど、いつの間にかカカシに惹かれていた。

 右腕を上げて手首の辺りに視線をやれば、月明かりの元でも血の気の戻らない肌にくっきりと手形が残っているのが分かる。
 カカシが、イルカを引き止めた時の名残だった。

 ずっと手を繋いでいると、離さないと言った通りに。
 
 それから今日まで、この痕がイルカを生かしてくれた。

───会いたいな……カカシさんに……

 前に会ったのは、病室だった。

 ベッドに寝ていたのはカカシで、イルカは任務に出るところで。

───そうだ。返事、考えてなかったな……

 冗談で面倒をみると言ったイルカに、一緒に暮らそうとカカシは言った。

 その返事は、イルカとカカシが任務から戻ってからと告げていた。
 次にいつ会えるとも知れぬ状況にあるというのに。

 色々と考えるところはある。
 だが今は何よりも、会いたかった。

「……カカシさん……」

 掠れた声で名を呼んでしまうと、会いたい気持ちが更に募る。

 これからずっと、共にありたいと願うほどに。



   * * * * *



 それから数日のうちにイルカは回復し、退院を明日に予定するまでとなった。

 綱手から苦心と苦労を重ねた治療の愚痴を聞かされ、多少まいりもした。
 けれど、数日後には任務にも復帰して良いとお許しも出ている。

 《鏡像分身の術》は今後は禁術として封印するので、使ってはならないこと。

 また、印などの詳細をまとめておくようにとも告げられた。

 そして、かつての教え子たちの動向についても知られされた。

 聞かされた子供たちのことを考えている時、病室の入り口に懐かしい気配を感じた。

 その人を確認しようと身を起こすのと同時に、ずっと聞きたかった声が、イルカを呼ぶ。

「イルカ先生……」

 カカシだった。

 どこか憔悴して、所在無さげに立っている。

「カカシさん……」

「ごめんなさいっ!」

 いつも曲がったままの背を伸ばし、見事に直角な最敬礼でカカシは謝罪を始めた。

「ごめんなさい、イルカ先生。オレが見境なく鏡像分身に雷切なんかかましたせいだって聞きました。あの分身が特殊な術だって気付いてたのに、普通の分身と同じように扱ったから……」

「いいんです。きちんと治療もしないで、任務先で倒れたのは私のせいなんですから。どうか頭を上げてください」

「……え? あの、イルカ、先生……だよね?」

 改まった口調に、怪訝そうにカカシは顔を上げた。

「そうですよ。カカシさん」

 ニコリと意図的に微笑んでやれば、ワザとそういう口調を使ったのだとカカシも気付く。
 
「オレの身体のことはもう気にしないでください。じきに任務にも復帰できるそうですから……」

 それよりも、とイルカは口ごもる。

 カカシはずっと戦場を駆けていたのだろう。
 サンダルと足、白いハズのサポーターは泥と血にまみれている。
 きっと見えていない部分にも、傷はあるはずだ。
 それにチャクラもずいぶん消耗しているように見える。

「カカシさんこそ、お疲れでしょう」

 せめて座ってください。

 そう、傍らの椅子に座るよう促す。

「ああ、それとも、座っている時間もありませんか?」

「いいえ、大丈夫です……」

 ずりずりとイルカの近くへ椅子を寄せてから、カカシが座った。

「じゃあ、改めて……。お帰りなさい、カカシさん。無事に戻ってきてくださって、嬉しいです」

 頭を下げるのはまだ身体が辛いので、普段の受付の5割増くらいに微笑んでみせる。

「……ただいまデス、イルカ先生……」

「それから、長期任務も、お疲れさまでした」

 その言葉はイルカとカカシを最初に繋いだ接点がもはやないことを意味していた。

「……もう、みんな知っているんですね…」

「はい。綱手様から聞きました」
 
 今、サスケとナルトはこの里にはいない。

 カカシの指導してきた下忍7班は、ないのだ。

「正直、堪えます。オレが、もっとちゃんと……」

「カカシさん」

 飄々とした風貌や言動で誤解されがちだが、カカシは責任感が強過ぎる。
 いや、自分で全て背負い込もうとし、どこまでも自分を責めつづけるらしい。

 イルカは綱手からそう聞いたし、なんとなくそういう気質を感じてもいた。

「オレは元担任ですけど、いつまでもアイツラは生徒です。オレもいつまでもアイツラの先生のつもりでいるんですけどね」

 意外にもさっぱりとした表情で語り始めたイルカを、怪訝そうにカカシは見つめる。

「先生としては、オレのが長いですからね。卒業生を送るのは初めてでしょう? カカシ先生は」

 そんなカカシの様子に、にやりといたずらっ子のような満面の笑みをイルカは見せた。

 自分を慰めてくれようとしているのだと、カカシも気付く。

 あの手の掛かる教え子たちがいなくなって、一番淋しいのが自分たち2人なのだと。

「泣いてもいいですよ」

 穏やかな表情に戻って、ぼつりとこぼれたイルカの言葉に、必要以上にカカシは動揺した。

「ええっ! な、泣きませんよっ? ……って、もしかしてイルカ先生、卒業させるたんびに泣いてたんですかっ?」

「……ナルトの時は、色々あって、泣きましたよ……」

 ナルトが卒業した経緯は、カカシも聞いて知っている。

「……今回のことを聞いてから、ずっと……あの時を、思い出してたんです……」

 知ってはいるが、その時のイルカの心情までも分かっているわけではない。

 けれど、ナルトにもイルカにも辛い事件だったことは理解していた。

 それでも、辛かったからこそ、2人は互いに強い絆を感じたのだとも思っている。

「よく考えたら、オレは最初からナルトを認めていたワケじゃなかったし、ナルトもオレを全面的に信頼していたワケじゃなかったんですよねえ……」

「え? そう、だったんですか?」

「ええ、まず、あいつと口利くのが一苦労でして……」

 そう言って、イルカはカカシに聞かせた。

 初めて会った頃のナルトは今では信じられないが、誰とも関わろうとしていなかった。
 授業でおちこぼれて、ますます人を寄せ付けなくなっていった。

 どうしてもナルトの気を引こうとして、イルカが仕掛けたのがイタズラだった。
 
 やがて少しずつ言葉を交わすようになり、ナルトの方からもイタズラをしだしたのだ。

 カップラーメンばかり食べているというナルトを一楽に連れて行ったりもした。
 それがナルトにとって生まれて初めての外食で、誰かと一緒の食事だったと知ったのは、ずいぶん後になってからだった。

「色々あって、オレとナルトは先生と生徒になっていったんだなって……オレは、オレになっていってたんだって……ようやく、分かりました」

「……イルカ先生ぇ……」

「ナルトもサスケも、自分の歩く道を選んでいっただけのことですよ。オレたちが考えていたよりも、ずっと早く……」

 そう考えてやりましょうよ。
 アイツらは、自立したんだって。

「いつか、あいつらに会ったら……誉めるなり叱るなり、してやればいいじゃないですか」

「……そうですね……」

「オレたちも子離れして、オレたちの道を歩いて行きましょう」

 カカシの膝に置いた手にイルカの手が添えられ、遠慮がちに握ってきた。

「……ずっと一緒に……」

 その消えそうな声に、カカシの顔はにんまりと笑み崩れる。
 そして強く、イルカの手を握り返した。
 
「ええ。ずっと一緒に手繋いで歩いていきましょーね。イルカ先生」



 【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/26
UP DATE:2004/11/26(PC)
   2009/11/07(mobile)
RE UP DATE:2024/07/30
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