DOMINO THEORY

【2:はなさくみち】
   〜MISSING LINK α〜
[DOMINO THEORY]



 ゆっくりと意識が浮上していく。

───生きてた……

 そう、イルカは思った。
 だが、実感はない。

 いや、まだ生きているということが、もはや一時的なものでしかなくなっている。

 そんな気がした。
 つまり、終わりが近いと自覚している。

「目は覚めてるようだね」

 傍らから綱手の声が聞こえるが、目を開けるのも億劫で、そのまま聞き流す。

「率直に言うが、このままなら、じきにお前は死ぬ」

 存在しない傷からの出血が止まらないのだ。

 胸の表面だけではない。
 気道にも食道にも血は滲み出していて、イルカの呼吸を妨げている。

 今は肺まで挿管して、なんとか呼吸をしている状態だ。

 そんな傷はどんな名医にも、医療忍術のスペシャリストにも、治すことはできない。

「どうする?」

 問われても、イルカには答えようがない。
 
 このままでは死ぬ。
 けれど、死にたくはなかった。

 ふいに笑いがこみ上げてくる。

───オレは、少し前まで、死ぬつもりだったのにな……

 それがどうだ。
 今では死ぬことが恐ろしい。
 遺して逝く事が惜しいと思う者がいる。

 しかも思い浮かぶのは、あの子供ではないなんて。

 そんな自分に、笑いが止まらなくなる。

「……何、笑ってんだい? もう覚悟はできてたとか言ったら殺すよ」

 呼吸ができないから、笑い声などなかったのに、少し表情が歪むか、意識がそう動いたのを気取られたのだろう。

 だが、不機嫌そうな綱手の脅しすらもおかしい。
 常ならば、声を立てて笑っているところだ。

(覚悟はしています)

 微かに唇を動かせば、綱手が意思を読み取ってくれる。

(でも、死ぬつもりではありません)

「そりゃあ都合のいい覚悟だね」

 死ぬ覚悟ができていると言ったら、本当に綱手は息の根を止めてくれていただろう。

 死んでしまえば楽なのは、全てが終わることは分かっている。

 けれど、まだ終わるつもりはない。

 約束をしたのだ。
 
(どんな姿でも生きていく覚悟をしています)

 カカシと一緒に、ずっと生きていくと。

「よく、分かった。まず、これ以上の出血を防いで、チャクラと体力を回復……いや、維持を第一に治療していくよ」

 すぐに今後の治療方針を打ち出され、イルカは苦笑する。

 綱手の殺してやるという脅しは、ただイルカの意思を確認しただけだったのだ。
 いや、それを望めば見殺しにしてくれただろうが。

 それでも、もしイルカに生きる意思が少しでもあれば、綱手は出来る限りのことをするつもりでいてくれたのだ。

「そして、鏡像分身を診断後、治療する」

(分身体を治療ですか?)

「ああ。だから、印を組んで術を発動できるチャクラと、治療に耐えられる体力が必要になる」

 治療中は術を発動したまま───つまり、術者が覚醒していなければならない。
 どんなに辛くとも、気を失うことも、麻酔を使うこともできないというワケだ。

(だったら、今すぐにでも)

 イルカには分かっている。

 もう出血を防ぎ、これ以上の消耗を防ぐ手段はない。

 時間が経てば経つほど、自分は弱って、死に近付いていくのだ。

 一刻の猶予もない。

「いいんだね?」

 綱手の言葉に、イルカは起き上がってみせることで、その意思を示した。



   * * * * *



「これぐらいので良かったですかー?」

 治療室に巨大な鏡を運び込み、シズネが問う。

(ありがとうございます)

「いえいえ、これぐらいお気になさらずー」

 薄暗い室内であっても、普段は暢気に見えるシズネも忍であるし、イルカの唇を読む。

 そういったところが、この2人───イルカとシズネは良く似ている。
 変な感心をしながら、綱手は促した。

「シズネ。そろそろ始めるよ。イルカもいいね」

「はい」

 声のでないイルカはうなずき、鏡の前に立つ。

 鏡像分身の術には術者の姿を映すものが必要だった。

 戦場では水面や霧、水遁などで代用している。
 だが今は、できるだけチャクラや体力を温存したい。
 だから出来るだけはっきりと、イルカの全身が映りこむほど大きな鏡を用意してもらったのだ。

 イルカは呼吸を整え、意を決して印を組む。
 胸に染み出す血を右手の指になすりつけ、口寄せの術のように鏡面に押し当てた。
 
《鏡像分身の術》

 音もなく、霧散した鏡を挟んで向かい合うように2人のイルカが現れる。
 共に、胸からおびただしい血を流していた。

「シズネ、お前は本体の様子見てな! イルカ、処置するからこっちきな」

 助手の忍医らの手を借り、鏡像分身のイルカが処置台に寝かされる。

 その傷口を見た綱手は、言葉を失った。

 分身はチャクラと術者のイメージによって作られる仮の肉体だからだろう。
 カカシの雷切を受けた傷そのものは半ば塞がっている。
 塞がっているが、内臓はズタズタだった。

 そして臓器や血管は、普通の人間とまったく逆の位置に存在している。

───こいつは、思った以上に厄介だねえ

 思ったが、やらないワケにはいかない。

───あの小僧や、カカシのためだけじゃない

 シズネに支えられながら、自分の分身の左腕を掴んでチャクラを流しつづけるイルカ。

 その姿を見やり、綱手は治療を始めた。

 まず塞がりかけている胸を開き、内臓を再生させる。
 そして血管を繋ぎ、出血を押さえていく。

───火影なみの人徳っていうコイツを死なせたりしたら……

 脳裏に、この里に戻ってからであった人々の顔が浮かぶ。
 
 その誰もが、この中忍が無事で居ることを願い、望んでいるように思えた。

 これまで綱手が失った者の姿が、言葉がダブる。

───アタシは火影を名乗っていられなくなるっ!

 彼らが夢見た火影の名を継いだ以上、綱手は全力で里の者を生かし続ける。

 綱手の処置により、少しずつだがイルカの血は止まっていった。

 けれど、これまで失った血と、処理が終わるまでに失う血の量を考えれば、一刻の猶予もない。

 本人の気力だけで、かろうじて生きているようなものだ。

 それでも、その意思が一番重要なのだ。

 その意思がある限り、綱手も全力を尽くす。

(がんばってくれ)

 そう、イルカの唇が動いた。

 自分に向けて、まだ生きていたいのだと言った。

 カカシに掴まれた跡までも映した、自身の分身の腕に縋って。

(一緒に、生きるんだ)

「イルカ、術を解きな」

 終わったよ。

 そう綱手が微笑んだ瞬間、イルカの術と意識は失われた。



 【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/24
UP DATE:2004/11/24(PC)
   2009/11/07(mobile)
RE UP DATE:2024/07/30
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