DOMINO THEORY

【1:─── あなたと、】
   〜MISSING LINK α〜
[DOMINO THEORY]



「いってらっしゃい、イルカ先生」

 自分を送り出してくれる人がいるのは、いつ以来だったろう。

 そんなことを考えながら、イルカはカカシの病室を後にした。

 扉を締めたとたんに全ての気配を消していたのは、忍としての習い性。

 けれど、そのまま動けずにいたのは───離れがたかったのは、自身の気持ちだった。

 これまではアカデミーでも任務でも、送り出す側だったイルカ。
 こうして任務に出るたび、誰かに背を向ける瞬間に、送られる気持ちをも思い知る。

 そして、自分が2つの顔を持って生きていることも。

「それでもオレは、アナタを……」

 弱くなりそうな気持ちを押し切って、立ち去ろうとした耳に優しい声が聞こえた。

「アナタの手を、決して離したりしませんから」

 病室で1人、語りかけるカカシの言葉。
 
 それが誰に向けれられたものか、イルカは分かっている。

「ずっと、繋いでいます」

 その言葉通り、いまだ右腕にはあの時カカシに掴まれた痕があった。

 自身の腕に残されたカカシの思いに唇を寄せて、イルカは心で呟く。

───行ってきます、カカシさん……

 そして顔を上げ、気配も足音も立てずに立ち去った。



   * * * * *



 イルカが到着すると、集合場所にはすでに3人の忍が待っていた。

「お待たせして申し訳ありません。遅くなりました」

「いいや、時間どおりだぜ」

 見知った顔がにやりと笑って出迎える。

 今回の任務は隊を率いる上忍として猿飛アスマ、そして見知った顔の中忍が2人、それにイルカの4名で1隊となる。
 任務内容は、要人警護。
 ただし、確実に敵との接触───戦闘のある。

「イルカ、復帰早々で悪いが先頭頼むわ。ルート取りも任せる」

「はい。アスマさん」

 アスマはイルカとカカシがやりあったことも、その事情の大体をも知っているらしい。

 互いに目線で言いたいコトを牽制しあってしまうのは、長年の付き合いのせいだろうか。
 
 それでも結局アスマは何も聞かず、指示を続ける。

「お前らは2人で左右に気ぃ張ってやがれ。オレがケツにつかぁ」

「はい」

「了解しました」

「よし。じゃ、いくぜ」

 アスマの声に、イルカはうなずき、地を蹴った。
 残る者も後に続く。

 目的地までは森を抜け、忍の足で1日半。
 その行程を休みも取らずに踏破する予定だった。

 彼らが通るその森は敵地との境界線上で、休憩をとれる場所はない。
 その代わりに接触なり挑発をし、そのまま要人の影武者を護衛することが彼らの役目だ。

 いわば、囮。

 それを分かっていて、彼らはこの任務についていた。
 実力も経験も、それらに裏打ちされた判断力も、ふさわしいと見込まれて。

 人手不足の今だからこそ、能力のない者の手に余る任務は与えられることはない。
 任務につく忍1人が負うものも大きかった。

 やがて、夕暮れ間近に問題の敵地付近へと近付いた。

「めんどくせえが、少し速度落として気ぃひくぞ」

 アスマの声は低く小さなものだったが、先頭のイルカにも聞こえる。

 それぞれハンドシグナルで後方のアスマへ了解した旨を伝え、足を緩めていく。

 ただ先頭をいくイルカと、後に続く中忍の加減が違った。
 予測以上の間隔が開く。

「離れすぎっ……」

 アスマが発した警告と同時に、イルカの着地点へ起爆札を巻いたクナイが数本飛んできた。

 しかし、そこへ飛び込み四散するイルカは影分身。
 本体は爆風に紛れてクナイを投げた敵を倒す。

 アスマら木ノ葉の忍3人は爆発跡を迂回して先へ行こうとする。
 けれど、簡単には進めない。

《影縫いの術》

 無数に、間断なく飛んでくる暗器類は叩き落すことが精一杯で、進むどころではなかった。

 足が止まったところへ、敵の影が治まりつつある爆煙から、飛び出してくる。

《火遁・鳳仙火の術》

 飛び出してきた敵忍に向かって火遁を放ち、火炎に紛れてイルカが体術で強襲した。
 同時にアスマらも動き、敵部隊は瞬く間に殲滅される。

「変わり身かよ……。んとにオメー、基本はソツねえな……」

 傷一つなく、炎の向うから姿を現したイルカを確認し、アスマは呆れたように言葉を吐き出した。

「アスマさん、9時方向に1隊潜んでいます。11時からも2隊来てますが」
 
「よし、向うはオメーに任せる。オレらは先行して2部隊と当たってっから、追いついてこいや」

「はい」

 その返事にアスマらは先へ進む。
 イルカも自身の役目を果たすべく、動いた。

 アスマとは、公私に渡って10年以上前から交流がある。
 そしてイルカの実力をも正しく知り、ゆえに彼をうまく働かせる少ない人間の1人だった。

 アスマは決して無茶は言わず、出来るだけのことしか求めない。

 だからこそ、彼の下につくものは全力で答えるしかなく、また応えたくなるのだとイルカは思う。

───自分にできること、か……

《影分身の術》

 印を組み、イルカは3体の影分身とともに敵へ向かった。

 じわりと胸が痛むのをこらえて。



   * * * * *



 結局、任務はたいした波乱もなく終わった。

 当初は影武者を護衛する囮役であったのが、行きに派手にやりすぎて警戒された為に急遽、本物の要人を警護することとなった。
 けれどそれは、作戦範囲内の変更で問題はない。

 ただ全てが終わって里に帰る途中、イルカは不調をアスマに気付かれた。
 
「ちょっと休んでくかぁ?」

 背後から掛けられた声に答えようとイルカが息を吸うと、違和感を覚えるだけで空気を取り込めない。

 胸に感じるのはもはや痛みではなく、熱さと濡れた感触だった。

 これまで忍としての速度で森を駆け抜けていたイルカの足が、ぴたりと止まる。

「おい、どうした……イルカっ!?」

 アスマや同僚たちに支えられて初めて、イルカは自分がもう一歩も前に進めない状態になっていることを知った。

 耳元で誰かが自分を呼んでいるのは分かる。
 だが、誰がなんと言ってるのか判別できない。

───死ぬ、かも……

 ぼんやりと、思った。

 鏡像分身がカカシの雷切を受けて傷を負って以来、傷もないのにイルカの胸地には血が浮き出し続けている。
 服に染み出さぬよう、きつくサラシを巻いていたが、影腹を切ったかのように血は止まらなかった。

 血を失い過ぎたせいか、視界がどんどん暗くなっていく。

 ふと、自分の腕が目に入った。

 血の気の失せた腕に、くっきりとカカシの掴んだ手の跡が残っている。

───……カカシ、さん……

 会いたいとと思った。
 無性に会いたかった。
 
 何故かは分からないが、この気持ちはカカシへの欲求だとさえ思う。

 せめて、最期に、もう一度だけでも。



 【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/21
UP DATE:2004/11/21(PC)
   2009/11/07(mobile)
RE UP DATE:2024/07/30
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