MISSING LINK

【10:ずっと、てをつないで──】
[MISSING LINK]



「……目が、覚めましたか?」

 ゆっくりと覚醒していく意識より先に、目が周囲を確認していたのだろう。

 自分を覗き込む、霞む人影に徐々に焦点が定まっていく様を、カカシはぼんやりと認識した。

 見覚えのある白い天井、白い壁、白いカーテン、白いベッド。
 薄く汚れた窓と、ぴかぴかの青空。

 それから、傍らの人。

 木ノ葉の忍服と額宛を標準通りに身につけて、黒髪を頭の高い位置で1つに結い上げているその人が、呼んでいる。

「カカシさん?」

 手が、カカシの頬に触れる。

 指先まで、温かかった。

「……あれから、どのくらい経ちました?」

「3日です」

 思っていたよりも明瞭な声が出て、2人同時に安堵の息を漏らした。

 そのタイミングに苦笑しながら、カカシはその人を呼ぶ。

「イルカ先生」

「はい」

「イルカ先生」

「はい?」
 
「イルカ先生」

「なんですか、カカシさん」

 3度目にやっと、望んでいたように自分の名を呼び返され、満足そうにカカシは笑った。

「なんなんですか? 人を何度も呼んでおいて、笑ったりして」

「だって、イルカ先生だったからー」

 ふふっと、目を細める。

「イルカ先生がオレの傍に居てくれて、嬉しかったんでーす」

「……居てくれって言ったでしょう」

「うん」

 言ったのは自分だけれど、それでも居てくれたのだから、嬉しかった。

「イルカ先生」

「なんですか、カカシさん?」

「改めて言います」

「はい」

 身も起こさずに、けれど自分を覗き込んでくれるイルカの目をカカシは見つめた。

「オレ、アナタが好きなんです」

「はい」

 間を置かずに、イルカの静かな答えが返る。

 そのあっけなさに、心情は伝わっていないのではと思い、カカシは言葉を重ねた。

「ずっと一緒に居て下さい」

「オレで良ければ」

「アナタがいいんです」

「物好きですね……」

 吐き出すような苦笑交じりの一言に、カカシは急に自信なさげな声になる。

「オレは本気で言ってるんですよ」

「分かってますよ」
 
「……イルカ先生は、オレじゃヤ?」

 その、ともすれば情けないだけのカカシに笑いを堪えながら、柔らかな笑顔でイルカは答えた。

「オレは……オレも、カカシさんとずっと一緒に居たいです」

 迷いなく言われて、また別の不安がカカシの脳裏をよぎる。

「イルカ先生、ちゃんと分かってるよね?」

「なにがですか?」

 自分の頬の近くにあったイルカの左手を掴み、腕を辿ってカカシは手を伸ばした。
 腕から肩へ、肩口から首へ、首から頬へ。

「……こーゆーコト込みで、好きなんです」

 言ってから、頬に触れていた手を頭の後ろへ差し入れ、引き寄せる。

 思っていたような抵抗はなく、すんなりとイルカはカカシの胸に抱きこまれた。

「そのコト、ちゃんと……」

「分かってますよ」

 少し身を起こし、カカシを見据えてイルカは言う。

「オレもこういう意味を含めて、アナタとずっと一緒にいたいと思ってます」

 言葉の終わりに、軽く唇を触れ合わせ、イルカは身を起こした。

「言っておきますけど、オレはやられっぱなしでいるの、性に合わないんです」

「……はあ……」

「だから、気は抜かないでくださいね」

「え?」

「オレも本気だって言ってるんです」

 その鮮やかな微笑は、どちらのイルカのものだったろう。

   * * * * *

 結局、イルカは暗部へは入らず、中忍のまま元の任務へ戻ることとなった。

 カカシも体調が回復次第、次の任務へ入る。

 互いに今回の件で、5代目火影の綱手から嫌味とも揶揄ともとれる説教をされていた。

 しかし、特に目立った懲罰はない。

 先に任務先で私闘をする理由を告げ、それを前提に内容と人員を選んだし、イルカは暗部に所属しなかったことになっていた。

 だから、あれは最初からなかったことになるのだろう。

 けれど、そんな話をしていた時に、イルカはぽつりとこぼした。

 何もなかったワケじゃないんですよ、と。

「オレ、降格されてるんです」

「え? じゃあ、先生、下忍ですか?」

「中忍ですよ」

「……分かるように言ってください」

「あの日、上忍に昇格されてたんです。綱手様の一存で」

「そーなんですか?」

「ええ。それで、任務先での私闘を理由に1日で降格されて、減俸もされてます」
 
 まあ、これまでと階級も収入も変わらないんですけど。

「気分としては複雑ですし、何よりオレの減俸分がどこへ行くのか考えると……」

 そう言って額を押さえたイルカの痛みが、何故かカカシにも伝わった。

「……それって、オレもですよね…」

「降格はないでしょうが、減俸はばっさりいかれるでしょうね……」

「……うっわーぁ」

 カカシは思い切り頭を抱えた。

 3ヶ月、いや半年は持っていかれるような気がする。

 綱手の博打の元手に……。

「……オレ、暮らしていけるかなー」

「そうなっても、オレが面倒見ますよ。オレのせいでもありますから」

「そーしてくれると嬉しいデス。が、言い方が気に入りません」

 せめて、こー言ってください。

「一緒に暮らしましょう」

 カカシの言葉に、イルカはうなずかなかった。

 立ち上がり、いつもの柔らかな笑顔を見せる。

「この任務から帰ったら、お返事しますね」

「無事の帰還と、いいお返事をお待ちしてマス」

「行ってきます。カカシさん」

 そう言ったイルカの顔は、1人の忍のもの。

「いってらっしゃい、イルカ先生」
 
 これまで、受付所で何度か交わした言葉を───立場は変っていたが言い合って、イルカは病室を後にした。

 隙のない足取りで、音もなく。



   * * * * *



 1人病室のベッドに寝転がり、カカシは思う。

 安定はしているが、未だにイルカの精神は2つに分かれたままだった。

 何かの拍子にまた、どちらかの人格へ傾く可能性も残っている。

 けれど、それはもともと1つの人格で、今も根幹は一緒なのだと綱手は言う。

 ただ、1番強い気持ちが特化され、強く表面化しているだけなのだと。

 だから2つの人格に同じ気持ちがあることが自覚できれば、彼の中でも気持ちの折り合いがついて、元の人格に治まるはずだ。

 それまで、長い時間が必要だろうが。

「それでもオレは、アナタを……」

 さっきまでそこにいた人に向けて、カカシは語る。

「アナタの手を、決して離したりしませんから」

 この先、何があっても。

「ずっと繋いでいます」

 アナタもオレの手を、離さないでいてください。

「幸せに、生きていきましょうね。イルカ先生」



 【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/16
UP DATE:2004/11/16(PC)
   2009/01/29(mobile)
RE UP DATE:2024/07/30
10/10ページ
スキ