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【1:ふたりとであう】
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初対面から違和感を感じていた。
珍しいことだと、はたけカカシは思う。
同じ里に属する同士。
初めての教え子となる部下───それも特殊な事情を抱えた子供たちに多大な影響を与えてきた元担任。
アカデミーで下忍候補生たちを教え、任務受付所で3代目火影と共に下忍たちへ任務を振り分ける仕事をしている男。
うみのイルカ。
彼に多少の興味を持つのは、状況的に仕方がないことと割り切った。
カカシは自分で覚えている限り、今後関わる可能性の低い他人に認識以上の興味を持った過去はない。
それだけでなく、これまで初対面で激しく嫌ったり、逆に好印象を抱いたりしたこともなかった。
彼とも、特に何をしたわけでもない。
ただ、挨拶を交わしただけだ。
それだけの接触の中で感じたのは、良い噂通りの印象と、不可解な違和感。
この里で最も名の知れた中忍のことは、人づてに聞いただけだ。
同僚、部下、火影。
誰から聞いても、どの噂も、およそ忍びらしくない言動と印象ばかりが残った。
受付所の万年中忍。
3代目のお気に入り。
腰ぎんちゃく。
アカデミーのイルカ先生。
九尾のガキを手懐けた、狐憑き。
そんな予備知識を持って、初めて自身の目の前に立ったうみのイルカを見た途端、それらがことごとく上滑りしていった。
どの情報も噂も、イルカの真実の姿を捉えきれていない。
しかし、間違ってもいない。
何かが足りない。
欠けているのだ。
カカシの感覚でも、実態は捉えられず、ただ違和感として感じたまでだが……。
だからその時は、普通に挨拶を交わしたに過ぎない。
なんでもないそぶりで。
そして以後も、そう接してきた。
部下たちの任務を受ける時も、任務報告のついでに部下の様子を聞かれた時も、部下の中忍推薦で何人もの忍びの前で口論をした時も。
あくまでもカカシとイルカは、下忍たちの元担当中忍師と現担当上忍師だった。
特に馴れ合いも反目もなく。
得体の知れない違和感をそのままに。
ずっとこんな関係が続くハズだった。
大蛇丸の木ノ葉崩しが起こらなければ。
* * * * *
木ノ葉崩し後、木ノ葉隠れの里は大幅な人員異動を行なわざるをえなかった。
3代目火影を始めとした多くの忍びを失い、それでもなお、忍びの里として機能していかねばならなかったのだ。
欠けた部分は、無事な者が補うしかない。
それで補えない分は、以前からの任務と兼任で別の任務を請け負っていく。
今のカカシのように。
「やーれやれ。よーうやく、帰ってこれたよ」
3日前に受けたBランク任務から帰還したのはもう夜明けに近い、空が白むにつれて地の闇が強く感じる時間。
周囲に誰もいないのを承知で、カカシは愚痴を零しこぼし、里へと急いでいた。
新人下忍たちを指導する上忍師たちも例外なく、兼任の任務が振り分けられる。
当然カカシでなければならない任務もあるが、逆にそうでないものに当たることも少なくない。
今回はハズレ。
労多くしてなんとやら、だ。
写輪眼を使う程の任務ではなかったお陰でチャクラ切れは免れたが、それだって辛うじて里まで体力が持つ程度のこと。
任務報告書を提出した手で、新たな任務依頼書を掴まされるようなことは、今は避けたいというのが正直な気持ちだった。
「受付さんもバタバタしてるとは言え、もーちょっとなんとかなんないもんかねー」
これまで任務を割り振ってきた3代目火影がいなくなり、任務受付所は大混乱に陥っている。
今はベテランの内勤中忍が音頭を取って、新人中忍を切り回しながらなんとか稼動していた。
まだ任務の割り振りも適材適所とはいかないのが実状で、前の任務から戻ったその足でまた任務に赴かされるのは何度目だっただろうか。
里の状況はわきまえているつもりだが、流石に疲れている。
少し休ませろよ、というのが本音だった。
それでも、上忍師としての任務もちゃんとこなしたいと考えている自分に、カカシは苦笑を漏らす。
カカシの部下たち3人───いや、彼らだけでなく今年の新人下忍の半数は、木ノ葉崩しに際して下忍らしからぬ働きをした。
あの時はずいぶんと無茶もさせてしまったが、あれだけの戦いを乗り切った今が一番気持ち的にも技術的にも伸びる時期だ。
ナルトには、自来也がついていてくれている。
2人は気も合うようだし、なんと言っても自来也はカカシの師である4代目火影を指導した人物だ。
ナルトの事情を誰よりもわきまえている人だし、間違いはないだろう。
しかし残る2人、特にサスケには木ノ葉の里ではカカシでしか教えられぬことがある。
サクラにしても、彼女自身に他の2人と比べて能力不足の自覚があるだけに、今度のことで明らかになった特性を伸ばしてやれる方法を考えねばならない。
それに、スリーマンセルとして教え導いてやらなければならないことは山積みだ。
早く帰ってやらなければ、と思う。
そして1日でも長く、彼らを見守っていたい。
そう考えて、ずっと心の片隅にひっかかっていた人物の顔が苦笑を伴って浮かんだ。
「……って、オレもイルカ先生のコト言えないよなー」
中忍選抜試験へ推薦時に、子供たちを案ずるあまり彼らを侮ったままの中忍に強い事を言った。
けれどもし、あのような状況に置かれたら───例えばあの子供たちが自分の手を離れ、上忍となる時がきたら……。
その時を考えると、カカシは笑うしかない。
きっと自分もあの中忍のようにするはずだ。
あれは元教え子を思う者として当然の行動だったと、カカシは理解している。
あの1件でイルカの心象は良くなりこそすれ、悪くはならなかった。
そして自分も現担任として──多少の揶揄は含ませはしたが、正しく対応したつもりだ。
ただ、カカシ自身はあれで良かったと思ってはいても、あちらもそうだとは限らない。
一度、折りをみて話し合いたかった。
あの件についてだけでなく、部下たちのことで聞きたいことは多い。
だがあれ以来、任務受付所でも殆ど顔を合わせることもなくなっていた。
かと言って、わざわざアカデミーまで会いにいける関係でもない。
彼が受付所に座っている日と時間に当たることを、願うだけだ。
「今日は、いるかねえ」
そう呟き、カカシは足を止める。
振り返らず、背後に迫る気配を探った。
「……敵じゃーない、か……」
味方だと判断して、カカシは動かずにいる。
近付いてくるのが、会いたい人間だと分かったからだ。
相手が自分の姿を確認しただろう頃に、そちらを見た。
そこに、彼が現れる。
「おはよーございます。イルカ先生」
空はだいぶん明るくなってきているが、忍の目をもってしても分かるのは相手が誰であるかぐらい。
その表情は薄闇に紛れてしまう。
それでも、いつも見ている姿とは明らかに違い、カカシはわずかな驚きを押し隠す。
まず普段なら結い上げている髪を解き、額当ての布で覆っていた。
思っていたよりも短い髪は、肩に届くかどうか。
それも切りそろえられてはおらず、後ろには長い部分もあるようだ。
そして自分と同じように口布を上げて表情の出すぎる顔の下半分、きっとあの特徴的な傷をも隠してしまっている。
身のこなしまで違っているように見えた。
もし気配に気付かず、この姿だけをみたなら別人───敵だと、思ったかもしれない。
こんな風に里の内外で姿を変えることは、珍しくはない。
カカシとても多少姿を変えて任務につくことはあった。
ただ、イルカがこうまでして任務に出てくることが、意外だった。
「へーえ。イルカ先生も任務出てたんだ……」
ここ数年、火影と共に下忍への任務の割り振りに関わり、アカデミーで将来の忍びたちを育てているイルカ。
それは彼が将来の木ノ葉の里の戦力予測という情報を持っていることに他ならない。
第一、将来有望で多くの秘密を抱えた今年の新人下忍たちの殆どが彼の教え子だ。
もし自分が敵ならば、貴重な情報源として放ってはおかない。
やはり、これも3代目がいない影響か。
そんな思考に耽っていたカカシを引き戻したのは、イルカのありえない言葉だった。
「……ああ。はたけカカシ、でしたね」
「は?」
「里の外でお会いするのは、初めてでしたか」
「……イルカ、先生……だーよね……」
初対面からイルカに感じていた違和感を、カカシは今、はっきりと自覚した。
自分の目の前に立つ男は、カカシの知るうみのイルカではない。
だからと言って別人でも、ましてや幻術でもない。
間違いなく、うみのイルカ本人。
見慣れない仕草で口布を引き下げた男は、うみのイルカの顔で覚えの無い表情を見せた。
薄明の元でも分かる程に不遜な、イルカの顔。
「私が、うみのイルカですよ。あなたがご存知の、イルカ先生とは微妙に違っているでしょうけれど……」
意味ありげに強調される言葉に、カカシはようやく真実を垣間見た気がした。
周囲の噂と本人との奇妙な違和感。
自分だけが知覚したその正体を。
「どーゆーコト?」
カカシは左手を所在なげに頭髪へ突っ込み、ばりばりと掻いた。
イルカが頭部を覆っていた布を外すと、前髪がばさりと落ちてその表情を隠す。
額宛ては口に咥え、手櫛で髪をまとめて紐で結い上げれば、いつものイルカの姿だ。
「どうもこうも、あなたがご覧になった通りのことです」
額宛を締めてしまえば、先程までのイルカは表情の端にも残っていない。
「さ、こうしていて埒があきませんからね。そろそろ戻りましょうか」
言って、里へと踏み出した1歩。
その足の運びからして、先程までとは違っていた。
隙の無い身のこなしをしていた見知らぬ忍ではない。
カカシも良く知っている。
いつもの……。
「イルカ、先生っ!」
自分の横を通り抜けようとする、イルカの腕をカカシはとっさに掴んでいた。
「……カカシ、さん?」
腕を強く引かれた勢いのままカカシに寄り添うような体勢になって、イルカはわずかに目線を上げる。
近付いた顔には、驚きと諦めが浮かんで見えた。
「あの、オレ……オレは……」
震える唇から、呟きのような弁解がもれる。
───ふたり、なんです
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/10/18
UP DATE:2004/10/18(PC)
2009/01/28(mobile)
RE UP DATE:2024/07/30
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初対面から違和感を感じていた。
珍しいことだと、はたけカカシは思う。
同じ里に属する同士。
初めての教え子となる部下───それも特殊な事情を抱えた子供たちに多大な影響を与えてきた元担任。
アカデミーで下忍候補生たちを教え、任務受付所で3代目火影と共に下忍たちへ任務を振り分ける仕事をしている男。
うみのイルカ。
彼に多少の興味を持つのは、状況的に仕方がないことと割り切った。
カカシは自分で覚えている限り、今後関わる可能性の低い他人に認識以上の興味を持った過去はない。
それだけでなく、これまで初対面で激しく嫌ったり、逆に好印象を抱いたりしたこともなかった。
彼とも、特に何をしたわけでもない。
ただ、挨拶を交わしただけだ。
それだけの接触の中で感じたのは、良い噂通りの印象と、不可解な違和感。
この里で最も名の知れた中忍のことは、人づてに聞いただけだ。
同僚、部下、火影。
誰から聞いても、どの噂も、およそ忍びらしくない言動と印象ばかりが残った。
受付所の万年中忍。
3代目のお気に入り。
腰ぎんちゃく。
アカデミーのイルカ先生。
九尾のガキを手懐けた、狐憑き。
そんな予備知識を持って、初めて自身の目の前に立ったうみのイルカを見た途端、それらがことごとく上滑りしていった。
どの情報も噂も、イルカの真実の姿を捉えきれていない。
しかし、間違ってもいない。
何かが足りない。
欠けているのだ。
カカシの感覚でも、実態は捉えられず、ただ違和感として感じたまでだが……。
だからその時は、普通に挨拶を交わしたに過ぎない。
なんでもないそぶりで。
そして以後も、そう接してきた。
部下たちの任務を受ける時も、任務報告のついでに部下の様子を聞かれた時も、部下の中忍推薦で何人もの忍びの前で口論をした時も。
あくまでもカカシとイルカは、下忍たちの元担当中忍師と現担当上忍師だった。
特に馴れ合いも反目もなく。
得体の知れない違和感をそのままに。
ずっとこんな関係が続くハズだった。
大蛇丸の木ノ葉崩しが起こらなければ。
* * * * *
木ノ葉崩し後、木ノ葉隠れの里は大幅な人員異動を行なわざるをえなかった。
3代目火影を始めとした多くの忍びを失い、それでもなお、忍びの里として機能していかねばならなかったのだ。
欠けた部分は、無事な者が補うしかない。
それで補えない分は、以前からの任務と兼任で別の任務を請け負っていく。
今のカカシのように。
「やーれやれ。よーうやく、帰ってこれたよ」
3日前に受けたBランク任務から帰還したのはもう夜明けに近い、空が白むにつれて地の闇が強く感じる時間。
周囲に誰もいないのを承知で、カカシは愚痴を零しこぼし、里へと急いでいた。
新人下忍たちを指導する上忍師たちも例外なく、兼任の任務が振り分けられる。
当然カカシでなければならない任務もあるが、逆にそうでないものに当たることも少なくない。
今回はハズレ。
労多くしてなんとやら、だ。
写輪眼を使う程の任務ではなかったお陰でチャクラ切れは免れたが、それだって辛うじて里まで体力が持つ程度のこと。
任務報告書を提出した手で、新たな任務依頼書を掴まされるようなことは、今は避けたいというのが正直な気持ちだった。
「受付さんもバタバタしてるとは言え、もーちょっとなんとかなんないもんかねー」
これまで任務を割り振ってきた3代目火影がいなくなり、任務受付所は大混乱に陥っている。
今はベテランの内勤中忍が音頭を取って、新人中忍を切り回しながらなんとか稼動していた。
まだ任務の割り振りも適材適所とはいかないのが実状で、前の任務から戻ったその足でまた任務に赴かされるのは何度目だっただろうか。
里の状況はわきまえているつもりだが、流石に疲れている。
少し休ませろよ、というのが本音だった。
それでも、上忍師としての任務もちゃんとこなしたいと考えている自分に、カカシは苦笑を漏らす。
カカシの部下たち3人───いや、彼らだけでなく今年の新人下忍の半数は、木ノ葉崩しに際して下忍らしからぬ働きをした。
あの時はずいぶんと無茶もさせてしまったが、あれだけの戦いを乗り切った今が一番気持ち的にも技術的にも伸びる時期だ。
ナルトには、自来也がついていてくれている。
2人は気も合うようだし、なんと言っても自来也はカカシの師である4代目火影を指導した人物だ。
ナルトの事情を誰よりもわきまえている人だし、間違いはないだろう。
しかし残る2人、特にサスケには木ノ葉の里ではカカシでしか教えられぬことがある。
サクラにしても、彼女自身に他の2人と比べて能力不足の自覚があるだけに、今度のことで明らかになった特性を伸ばしてやれる方法を考えねばならない。
それに、スリーマンセルとして教え導いてやらなければならないことは山積みだ。
早く帰ってやらなければ、と思う。
そして1日でも長く、彼らを見守っていたい。
そう考えて、ずっと心の片隅にひっかかっていた人物の顔が苦笑を伴って浮かんだ。
「……って、オレもイルカ先生のコト言えないよなー」
中忍選抜試験へ推薦時に、子供たちを案ずるあまり彼らを侮ったままの中忍に強い事を言った。
けれどもし、あのような状況に置かれたら───例えばあの子供たちが自分の手を離れ、上忍となる時がきたら……。
その時を考えると、カカシは笑うしかない。
きっと自分もあの中忍のようにするはずだ。
あれは元教え子を思う者として当然の行動だったと、カカシは理解している。
あの1件でイルカの心象は良くなりこそすれ、悪くはならなかった。
そして自分も現担任として──多少の揶揄は含ませはしたが、正しく対応したつもりだ。
ただ、カカシ自身はあれで良かったと思ってはいても、あちらもそうだとは限らない。
一度、折りをみて話し合いたかった。
あの件についてだけでなく、部下たちのことで聞きたいことは多い。
だがあれ以来、任務受付所でも殆ど顔を合わせることもなくなっていた。
かと言って、わざわざアカデミーまで会いにいける関係でもない。
彼が受付所に座っている日と時間に当たることを、願うだけだ。
「今日は、いるかねえ」
そう呟き、カカシは足を止める。
振り返らず、背後に迫る気配を探った。
「……敵じゃーない、か……」
味方だと判断して、カカシは動かずにいる。
近付いてくるのが、会いたい人間だと分かったからだ。
相手が自分の姿を確認しただろう頃に、そちらを見た。
そこに、彼が現れる。
「おはよーございます。イルカ先生」
空はだいぶん明るくなってきているが、忍の目をもってしても分かるのは相手が誰であるかぐらい。
その表情は薄闇に紛れてしまう。
それでも、いつも見ている姿とは明らかに違い、カカシはわずかな驚きを押し隠す。
まず普段なら結い上げている髪を解き、額当ての布で覆っていた。
思っていたよりも短い髪は、肩に届くかどうか。
それも切りそろえられてはおらず、後ろには長い部分もあるようだ。
そして自分と同じように口布を上げて表情の出すぎる顔の下半分、きっとあの特徴的な傷をも隠してしまっている。
身のこなしまで違っているように見えた。
もし気配に気付かず、この姿だけをみたなら別人───敵だと、思ったかもしれない。
こんな風に里の内外で姿を変えることは、珍しくはない。
カカシとても多少姿を変えて任務につくことはあった。
ただ、イルカがこうまでして任務に出てくることが、意外だった。
「へーえ。イルカ先生も任務出てたんだ……」
ここ数年、火影と共に下忍への任務の割り振りに関わり、アカデミーで将来の忍びたちを育てているイルカ。
それは彼が将来の木ノ葉の里の戦力予測という情報を持っていることに他ならない。
第一、将来有望で多くの秘密を抱えた今年の新人下忍たちの殆どが彼の教え子だ。
もし自分が敵ならば、貴重な情報源として放ってはおかない。
やはり、これも3代目がいない影響か。
そんな思考に耽っていたカカシを引き戻したのは、イルカのありえない言葉だった。
「……ああ。はたけカカシ、でしたね」
「は?」
「里の外でお会いするのは、初めてでしたか」
「……イルカ、先生……だーよね……」
初対面からイルカに感じていた違和感を、カカシは今、はっきりと自覚した。
自分の目の前に立つ男は、カカシの知るうみのイルカではない。
だからと言って別人でも、ましてや幻術でもない。
間違いなく、うみのイルカ本人。
見慣れない仕草で口布を引き下げた男は、うみのイルカの顔で覚えの無い表情を見せた。
薄明の元でも分かる程に不遜な、イルカの顔。
「私が、うみのイルカですよ。あなたがご存知の、イルカ先生とは微妙に違っているでしょうけれど……」
意味ありげに強調される言葉に、カカシはようやく真実を垣間見た気がした。
周囲の噂と本人との奇妙な違和感。
自分だけが知覚したその正体を。
「どーゆーコト?」
カカシは左手を所在なげに頭髪へ突っ込み、ばりばりと掻いた。
イルカが頭部を覆っていた布を外すと、前髪がばさりと落ちてその表情を隠す。
額宛ては口に咥え、手櫛で髪をまとめて紐で結い上げれば、いつものイルカの姿だ。
「どうもこうも、あなたがご覧になった通りのことです」
額宛を締めてしまえば、先程までのイルカは表情の端にも残っていない。
「さ、こうしていて埒があきませんからね。そろそろ戻りましょうか」
言って、里へと踏み出した1歩。
その足の運びからして、先程までとは違っていた。
隙の無い身のこなしをしていた見知らぬ忍ではない。
カカシも良く知っている。
いつもの……。
「イルカ、先生っ!」
自分の横を通り抜けようとする、イルカの腕をカカシはとっさに掴んでいた。
「……カカシ、さん?」
腕を強く引かれた勢いのままカカシに寄り添うような体勢になって、イルカはわずかに目線を上げる。
近付いた顔には、驚きと諦めが浮かんで見えた。
「あの、オレ……オレは……」
震える唇から、呟きのような弁解がもれる。
───ふたり、なんです
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/10/18
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