寒い朝
【寒い朝】
[nartic boy 2,222hits]
~ Side By Kakashi ~
気がつくと、もう夕飯時というには随分と遅い時間。
いかがわしい愛読書を閉じると、寝そべっていたカカシは立ち上がり、風呂場へ向かった。
狭いユニットバスには半ばまで少し熱めの湯が張ってある。
そこへ、ちょうど良い温度の湯を張っていく。
どほどほと湯の落ちる音が轟く中、換気扇を伝って聞こえる外の気配に耳を澄ます。
隣家の物音や、路地を歩いていく人の足音や話し声ばかりで、待ち望む音はまだない。
時折吹く風はあまり強くはなさそうだが、こんな季節のこんな時間だ。
身を切るほど冷たいに決まっている。
───やっぱり、待ってれば良かったなー
この寒空を1人帰る人の姿は、想像するだけで恐ろしい。
夕方、受付所で一緒に帰ろうとごねた。
残業で遅くなるから、何時に帰れるか分からない。
そう告げて1人で帰そうとしたイルカに、人前でみっともなく縋った。
我ながら情けない姿、だとは思う。
それに、いくらお許しを貰ったとしても、いつもの場所でイルカが仕事を終えるのを待つのもつらいだろう。
いくら鍛えていて、任務なら雪山で一晩過ごすこともあるとはいっても、寒いものは寒いのだし。
けれど、どんなに寒くても暑くても、あの場所へイルカが駆けてくる時の、そして共にここへ戻ってくる間の、名状し難いあの気持ちには替えられない。
一歩里を出れば、嫌でも暑さ寒さにさらされながら人を騙し、命を奪う。
そして時に、自らの命すらも失いかねない。
だからせめて、里にいる間だけは───あの人の側にいられる時間は、気持ちを偽らずにただの人としていたかった。
そんなことばかりを考えてしまうからだろう。
帰り際、アスマに言われた。
『あんまりアイツを困らせてやるなよ』
見目に似合わず聡いあの男らしい、的確な言葉だと思う。
───オレじゃあ、イルカ先生が困るのはしかたないよねー
自分たちは、甘やかな恋人同士には程遠い。
時にしつこく追いすがれば、人前だろうが2人きりだろうが、遠慮も容赦も手加減すらなくイルカは手を上げる。
今や、中忍にぶっとばされる上忍の姿は、木ノ葉隠れの里の名物だ。
───でーもね~、アスマ
いくらイルカに邪険にされようが、影で誰かに忠犬だの駄犬だの言われようが、カカシには構うことではない。
ただ一つ、自分自身の気持ちがあるだけだ。
───あの人が1人きりでいるなんて、オレが堪んないんだーよ……
自分の淋しそうな微笑を鏡の中に見つけたカカシは湯を止め、風呂の蓋を閉めて部屋へ戻る。
テレビを点けて音量を上げ、ストーブも点火して急いで部屋を飛び出していった。
道の遠くを、待ち望んだ人が帰ってくるのが分かる。
薄暗い街灯の下を歩くイルカの姿を見ていられず、一瞬で目の前に現れる。
「イルカ先生、遅くまでお疲れ様ー。あんまり遅いんで迎えにきちゃった」
できるだけおどけてえへへと笑い、イルカを抱きこむ。
案の定、その身体は冷え切っていた。
「おかえりなさいイルカ先生。寒かったデショ」
髪の毛、すんごい冷たい。
そう言いながらも、頬を摺り寄せる。
温かな自身には痛いほどだったけれど、何故だかほっとした。
「出迎えてくれて、ありがとうございます」
でも急ぎ足でしたから、そんなに寒く感じませんでしたよ。
イルカは微笑んで、そっとカカシの胸を押し、身体を離そうとする。
「さ、帰りましょう。カカシさん」
そう言って腕を取って歩き出す肩に並び、抱きこんだ。
嘘つきな冷たいイルカに、少しでも暖かくなって欲しくて。
それは、真実そう思っている。
けれど、それだけじゃない。
1人待つ間に夕食を用意したり、風呂を沸かしたり、出迎えておどけたことを言うのも、わざとイルカに叱られるような些細な非常識を繰り返すのも、全部が自己満足。
こんな自分でも、誰かを暖めてあげられると思いたいだけ。
本当はカカシこそが、温もりを求めているのだ。
けれど、部屋に帰りついた途端、イルカはいつもの調子でカカシを叱る。
「もう、電灯もテレビも点けっ放しじゃないですかっ! もったいない。ああっ、ストーブまで、しかも全開じゃないですかっ! 火事にでもなったらどうすんですっ」
まくし立てながらテレビの音量を絞り、必要の無い電灯を消し、ストーブの火力を落としていく。
「それから……」
イルカは一度、言葉を切った。
「……あんまりオレを甘やかさないでください」
背を向けて、ぼつりとそう言ったイルカを背後から、そっとカカシは抱きしめる。
「んー。オレに甘やかされるの、ヤですか?」
そりゃあ嫌だろうな、とカカシも思う。
優しい振りをして、自己満足に浸る男なんてのは。
「オレね、イルカ先生がいなきゃ、もうダメなんです。任務出てても、里にいても、アナタのコトばっかり考えちゃって……」
縋るように、抱きしめる腕に力を込めて、だからねと続ける。
「だからね、イルカ先生も、オレがいなきゃ淋しくって眠れないようになってよ」
「……そんなこと言われても困るんです……」
「うん。イルカせんせーが、そーゆーの困るのは分かってるよ」
分かっているのだ。
この人の人生にとって、自分という存在が何ももたらすことはないと。
「ごめーんね。でもこれは、オレのわがままだからさー」
腕を緩め、額をイルカの肩に押し付けて顔を隠す。
きっと、酷くなさけない顔を。
「カカシさん」
呼ばれても、顔を上げられずに、ふざけた返事しかできない。
「なーにーぃ?」
「……夜、だけでいいんですか? オレにとっての、アンタの存在価値って?」
淋しくって眠れないように、なんて。
「それでいいのなら、会うのは夜だけにしましょうか?」
「や、それはっ……カンベンしてくださいっ! それこそ、オレ、本当にダメんなっちゃいますっ! てゆーか、イルカ先生って、そーゆー割り切った関係OKなのっ?」
「場合によりけりですがね……でも、」
慌てて抱きしめていた腕を緩め、イルカの顔を見た。
悪戯小僧みたいな表情で自分を見つめ返している。
「アナタとは嫌ですねえ。夜だけなんてコトになったら、昼間外に出られないようなコト、されそうじゃないですか?」
「……うっ……我ながら、やりかねませんねー」
「でしょう? それに……オレだって、そんなのは嫌です」
「……イルカ先生?」
「オレだって、カカシさんがいないと、ダメです。だから、できるだけ、生きてください」
それだけでいいです。
「いいですか、カカシさん」
「はい」
生徒のように答え、カカシはにっこりと満足げに笑う。
「じゃ、メシにしましょう。オレ腹ペコです」
「はーい。すぐ準備しますねー。イルカ先生はベスト脱いで、手洗いうがいしてくださいよー」
いそいそとカカシは台所へ向かった。
* * * * *
まだ暗い時間にカカシは目を覚ました。
こんなことは珍しい。
侵入者だとか招集とか、眠っていられないような状況となれば別だが、普段は──よっぽど体が休息を求めているのか、朝まで目覚めることはなかった。
カーテンの引かれていない窓から空を見れば、5時を過ぎた頃だろう。
月も星もなく、白く寒々しい薄青い色の空だ。
身じろぎすると、暖かい布団へ冷たい空気が滑り込んでくる。
「……サム」
そう呟いて、傍らに眠る人を強く抱きしめた。
そして、思う。
こんな寒い朝も、この人が居れば悪いものじゃない、と。
【了】
‡蛙女屋蛙娘。@ iscreamman‡
WRITE:2005/01/11
UP DATE:2005/06/08(PC)
2009/11/10(mobile)
RE UP DATE:2024/07/28
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~ Side By Kakashi ~
気がつくと、もう夕飯時というには随分と遅い時間。
いかがわしい愛読書を閉じると、寝そべっていたカカシは立ち上がり、風呂場へ向かった。
狭いユニットバスには半ばまで少し熱めの湯が張ってある。
そこへ、ちょうど良い温度の湯を張っていく。
どほどほと湯の落ちる音が轟く中、換気扇を伝って聞こえる外の気配に耳を澄ます。
隣家の物音や、路地を歩いていく人の足音や話し声ばかりで、待ち望む音はまだない。
時折吹く風はあまり強くはなさそうだが、こんな季節のこんな時間だ。
身を切るほど冷たいに決まっている。
───やっぱり、待ってれば良かったなー
この寒空を1人帰る人の姿は、想像するだけで恐ろしい。
夕方、受付所で一緒に帰ろうとごねた。
残業で遅くなるから、何時に帰れるか分からない。
そう告げて1人で帰そうとしたイルカに、人前でみっともなく縋った。
我ながら情けない姿、だとは思う。
それに、いくらお許しを貰ったとしても、いつもの場所でイルカが仕事を終えるのを待つのもつらいだろう。
いくら鍛えていて、任務なら雪山で一晩過ごすこともあるとはいっても、寒いものは寒いのだし。
けれど、どんなに寒くても暑くても、あの場所へイルカが駆けてくる時の、そして共にここへ戻ってくる間の、名状し難いあの気持ちには替えられない。
一歩里を出れば、嫌でも暑さ寒さにさらされながら人を騙し、命を奪う。
そして時に、自らの命すらも失いかねない。
だからせめて、里にいる間だけは───あの人の側にいられる時間は、気持ちを偽らずにただの人としていたかった。
そんなことばかりを考えてしまうからだろう。
帰り際、アスマに言われた。
『あんまりアイツを困らせてやるなよ』
見目に似合わず聡いあの男らしい、的確な言葉だと思う。
───オレじゃあ、イルカ先生が困るのはしかたないよねー
自分たちは、甘やかな恋人同士には程遠い。
時にしつこく追いすがれば、人前だろうが2人きりだろうが、遠慮も容赦も手加減すらなくイルカは手を上げる。
今や、中忍にぶっとばされる上忍の姿は、木ノ葉隠れの里の名物だ。
───でーもね~、アスマ
いくらイルカに邪険にされようが、影で誰かに忠犬だの駄犬だの言われようが、カカシには構うことではない。
ただ一つ、自分自身の気持ちがあるだけだ。
───あの人が1人きりでいるなんて、オレが堪んないんだーよ……
自分の淋しそうな微笑を鏡の中に見つけたカカシは湯を止め、風呂の蓋を閉めて部屋へ戻る。
テレビを点けて音量を上げ、ストーブも点火して急いで部屋を飛び出していった。
道の遠くを、待ち望んだ人が帰ってくるのが分かる。
薄暗い街灯の下を歩くイルカの姿を見ていられず、一瞬で目の前に現れる。
「イルカ先生、遅くまでお疲れ様ー。あんまり遅いんで迎えにきちゃった」
できるだけおどけてえへへと笑い、イルカを抱きこむ。
案の定、その身体は冷え切っていた。
「おかえりなさいイルカ先生。寒かったデショ」
髪の毛、すんごい冷たい。
そう言いながらも、頬を摺り寄せる。
温かな自身には痛いほどだったけれど、何故だかほっとした。
「出迎えてくれて、ありがとうございます」
でも急ぎ足でしたから、そんなに寒く感じませんでしたよ。
イルカは微笑んで、そっとカカシの胸を押し、身体を離そうとする。
「さ、帰りましょう。カカシさん」
そう言って腕を取って歩き出す肩に並び、抱きこんだ。
嘘つきな冷たいイルカに、少しでも暖かくなって欲しくて。
それは、真実そう思っている。
けれど、それだけじゃない。
1人待つ間に夕食を用意したり、風呂を沸かしたり、出迎えておどけたことを言うのも、わざとイルカに叱られるような些細な非常識を繰り返すのも、全部が自己満足。
こんな自分でも、誰かを暖めてあげられると思いたいだけ。
本当はカカシこそが、温もりを求めているのだ。
けれど、部屋に帰りついた途端、イルカはいつもの調子でカカシを叱る。
「もう、電灯もテレビも点けっ放しじゃないですかっ! もったいない。ああっ、ストーブまで、しかも全開じゃないですかっ! 火事にでもなったらどうすんですっ」
まくし立てながらテレビの音量を絞り、必要の無い電灯を消し、ストーブの火力を落としていく。
「それから……」
イルカは一度、言葉を切った。
「……あんまりオレを甘やかさないでください」
背を向けて、ぼつりとそう言ったイルカを背後から、そっとカカシは抱きしめる。
「んー。オレに甘やかされるの、ヤですか?」
そりゃあ嫌だろうな、とカカシも思う。
優しい振りをして、自己満足に浸る男なんてのは。
「オレね、イルカ先生がいなきゃ、もうダメなんです。任務出てても、里にいても、アナタのコトばっかり考えちゃって……」
縋るように、抱きしめる腕に力を込めて、だからねと続ける。
「だからね、イルカ先生も、オレがいなきゃ淋しくって眠れないようになってよ」
「……そんなこと言われても困るんです……」
「うん。イルカせんせーが、そーゆーの困るのは分かってるよ」
分かっているのだ。
この人の人生にとって、自分という存在が何ももたらすことはないと。
「ごめーんね。でもこれは、オレのわがままだからさー」
腕を緩め、額をイルカの肩に押し付けて顔を隠す。
きっと、酷くなさけない顔を。
「カカシさん」
呼ばれても、顔を上げられずに、ふざけた返事しかできない。
「なーにーぃ?」
「……夜、だけでいいんですか? オレにとっての、アンタの存在価値って?」
淋しくって眠れないように、なんて。
「それでいいのなら、会うのは夜だけにしましょうか?」
「や、それはっ……カンベンしてくださいっ! それこそ、オレ、本当にダメんなっちゃいますっ! てゆーか、イルカ先生って、そーゆー割り切った関係OKなのっ?」
「場合によりけりですがね……でも、」
慌てて抱きしめていた腕を緩め、イルカの顔を見た。
悪戯小僧みたいな表情で自分を見つめ返している。
「アナタとは嫌ですねえ。夜だけなんてコトになったら、昼間外に出られないようなコト、されそうじゃないですか?」
「……うっ……我ながら、やりかねませんねー」
「でしょう? それに……オレだって、そんなのは嫌です」
「……イルカ先生?」
「オレだって、カカシさんがいないと、ダメです。だから、できるだけ、生きてください」
それだけでいいです。
「いいですか、カカシさん」
「はい」
生徒のように答え、カカシはにっこりと満足げに笑う。
「じゃ、メシにしましょう。オレ腹ペコです」
「はーい。すぐ準備しますねー。イルカ先生はベスト脱いで、手洗いうがいしてくださいよー」
いそいそとカカシは台所へ向かった。
* * * * *
まだ暗い時間にカカシは目を覚ました。
こんなことは珍しい。
侵入者だとか招集とか、眠っていられないような状況となれば別だが、普段は──よっぽど体が休息を求めているのか、朝まで目覚めることはなかった。
カーテンの引かれていない窓から空を見れば、5時を過ぎた頃だろう。
月も星もなく、白く寒々しい薄青い色の空だ。
身じろぎすると、暖かい布団へ冷たい空気が滑り込んでくる。
「……サム」
そう呟いて、傍らに眠る人を強く抱きしめた。
そして、思う。
こんな寒い朝も、この人が居れば悪いものじゃない、と。
【了】
‡蛙女屋蛙娘。@ iscreamman‡
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UP DATE:2005/06/08(PC)
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RE UP DATE:2024/07/28