Metamorphosis Game
【NOBODY `TIL YOU[3]】
月が変わると花の開くのも早くなる。
桜の開花を追いかけての黒金の公演は、終わりに近付くに連れて過酷な日程になっていった。
そのせいか、道中は護衛の忍として舞姫に変化させたカカシを背負って移動し、公演地に付けば分身して舞姫と護衛の2役をこなすイルカの消耗が激しい。
だか数日でカカシも回復し、再び彼が黒金に変化したイルカを背負っての移動に戻り、公演中の分身も必要なくなった。
それでも、イルカの負担は大きい。
温泉地での休養中もひたすら眠り、兵糧丸を用い出したところで、カカシは舞台以外での役割交替を申し出てみた。
「どうしてもって時は、お願いしますから」
うすく目元に隈の浮いた笑顔で、そう断られたけれど。
「アノ人も大概、意固地だからーねぇ」
最後の公演地での舞台を眺めながら、カカシはぼやく。
結局イルカはこの1ヶ月、最後まで1人で黒金を務め上げたのだ。
今日の舞台を終えれば、あとは里へ帰るだけ。
まあ、そこでも、黒金には最後の一仕事があるが。
それでももう、慌しく過酷な旅は終わりを迎えようとしている。
「ま、そーゆーとこがイイんだーけどねえ」
ほのかに頬を染めて呟くカカシへ、もはや突っ込む言葉もないアスマは大きく息を吐いた。
そんな同僚の姿に、カカシは心配げに首をかしげる。
「アスマー、溜め込むと身体に悪いよ?」
言いたいことはちゃーんと言わなきゃ。
「いつ言えなくなるか分っかんないんだしー」
「なこたあ、オメーに言われるまでもねぇ……」
流石に公演中の客席でタバコを吸うわけにもいかず、口淋しいのか、あごのあたりをしきりになでながらアスマは呟く。
「第一な。余計に、言えねえこともあんだよ」
「そーゆーモン?」
「そういうモンだ」
聞き返してくるカカシへ、そのまま返し、アスマは立ち上がった。
「さて、仕事だ」
瞬身の術で密かに舞台裏へと2人は姿を消す。
黒金の舞は終盤へ向けて盛り上がりを見せ始めていた。
その舞台の裏、1人の男が屈みこんでいる。
「なとこで、なーにやってんの?」
「うっ! ……っ」
「あ、大声出すのやめてよねー」
まぁだお姫様が踊ってるデショ、と小首を傾げながらもカカシの左手は男のアゴを掴んで締め上げていく。
暴れようとするのを、暢気そうな顔のまま。
男の足元には行李が一つ、中身をあらかた出されて転がっていた。
「ん? なんだテメエ、物取りか?」
ちろりと目線を向ければ、男は必死に頷いている。
一介の踊り子とは言え、黒金は大名などへも舞を披露する格の高い舞姫だ。
衣装や道具類も、それに見合うものを身につけている。
例えば、簪1本でも当面の暮らしを立ち行かせるだけのものもある。
アスマが男の垢じみた衣服の懐から盗み取られた物を抜き取って立たせてやると、カカシは出口に向けて軽く背を押してやった。
最初の2、3歩はよろよろと、それから男は振り返りもせず、弾かれるように走り去っていく。
「これに懲りたら、2度と盗みなんかすんじゃーないよ」
「まったくだ」
行李へ散らかった荷を詰めなおしながら、カカシは深く、息をつく。
「や、危なかったねぇ」
「ああ」
きちんと元のまま、行李の底に木ノ葉の額当てが残っているのを確認して、蓋を閉めた。
★ ☆ ★ ☆ ★
[3]
火の国を巡った黒金の興行も、木ノ葉隠れの里で終わりとなる。
1月ぶりに黒金と共にカカシ、アスマが木ノ葉隠れへ戻った日、合わせたように里の桜は満開を迎えていた。
それだけではない。
これまで黒金は3代目火影の肝いりで猿飛の縁者にのみと舞を披露をしてきている。
ところが、5代目火影の綱手は黒金が木ノ葉へ戻るのがちょうど桜の頃と知って───というか調整させて、大々的なイベントを仕立ててしまっていた。
もう里のいたる所に、黒金来訪と舞の披露を告知する触書が張り出されているのだ。
その、美観とか宣伝効果とかを一切無視した張り紙の群れに圧倒されたか、3人の足は大門からぱったりと止まってしまっている。
しかし、色々と目立つ一行に人目が集まりだしていた。
気付いた黒金が、無理やりに薄く微笑んで左右に立つ上忍を促す。
「参りましょうか……」
「……はぁ」
「……おぅ」
心なしか彼らの返す声には力がなく、足取りも重い。
忍らしくなく、とぼとぼと木ノ葉の町を歩いていく。
その異様な道中を、里の人々は好奇心と少しの違和感を持って見送った。
そして、やっとの思いで火影の執務室までたどり着いた3人を迎えたのは、例によって未決済の書類の山に囲まれながら、やけに上機嫌な5代目火影・綱手。
「おお、帰ったのかい。今回は本当にご苦労だったね。カカシ、アスマ! アンタたちにゃ特別休暇やるから、2・3日はゆっくり休んでおくれ」
先代以上に人使いの荒い5代目にして破格の労いをうけても、木ノ葉隠れ屈指の上忍2人には返す気力もないらしい。
「はぁ……」
「………」
「なんだい、辛気臭いねえ……。ああ、それより……」
にこり、と綱手は置いてきぼりにされている黒金へ微笑んでみせる。
「ようこそ、木ノ葉隠れの里へ。歓迎します、黒金姫」
その、奥底に潜む様々なものを覆い隠すような綱手の微笑に圧倒されたか、黒金も呆然と返すのみだ。
「今夜の舞の披露は、この里では久々のにぎやかな催しになるので、みな楽しみにしています」
「は、はい……。精一杯、務めさせていただきます……」
「では、よろしくお願いします。シズネ!」
呼べばすぐに次の間からシズネが顔を出す。
「黒金姫を控え室へお連れしておくれ!」
「はひぃ。どうぞ、こちらへっ」
抱えていた書類を執務机に追加したシズネは、アスマが背負っていた黒金の荷を受け取り、先に立った。
その背を一歩だけ追いかけた黒金は足を止め、この1ヶ月を共に過ごした2人の忍へ向き合う。
「アスマさん、カカシさん。この1月、お世話になりました」
「いえ、そんな……」
深々と頭を下げる黒金へ、オレのほうこそお世話かけちゃって、と正直にはカカシも言えず口ごもる。
「いや、達者でな……」
「はい。お2人とも、ありがとうございました」
またいづれとも言わずに、黒金はシズネを追って去っていく。
2人の気配が辿れなくなるまで待って、カカシは口を開いた。
「……やれやれ、やーっと、任務完了ですか」
「そういうこったな」
目線も合わせずにカカシとアスマはほとんど同時に背を向ける。
「じゃ、火影さま、御前失礼します」
増えた書類に頭を抱える綱手を1人残して。
イルカ───の変化した舞姫、黒金はシズネに案内され、用意された控え室へと入った。
シズネはここまで運んできた荷を部屋の隅へ置き、お茶を用意しながら、にこやかに聞いてくる。
「黒金姫、必要なものとかありますか?」
「いえ、ありがとうございます。大丈夫ですよ」
シズネは黒金の正体を知らないワケはないのに、まるで本当に里の客人のように黒金を扱った。
しっかりと里長からそのように言い含められているのだろう。
しかし、彼女の働き分などの諸経費がそのまま別の用途へ流用されるだろうことは互いに理解している。
そのせいか、2人の笑顔は同情を含んで3割増、そして急速に乾燥していっていた。
それでも、シズネと黒金は時間つぶしの会話を穏やかに楽しんでいた。
そこへ、誰かが慌てたように近付いてきている。
2人は口をつぐんで頷きあい、シズネが戸の側へ立った。
「シズネさん」
「なにかありましたか?」
呼びかけに穏やかに応え、シズネは少し戸を開けた。
勿論、その開いた隙間の延長線上に、2人はいない。
「は、実は、その……」
言いにくそうに、連絡員はちらりと部屋の奥を見て、シズネに耳打ちをした。
視線の行方を察し、イルカは心の奥底でため息を吐く。
多分、アレが何かやらかしたのだ。
「黒金姫」
一度、戸を閉め、シズネは黒金の耳元でこっそりと教えてくれた。
「その、白銀と名乗る少女が、あなたの妹だと言って面会を求めているそうなんです」
「……すみませんが、ここへ連れてきていただけますか?」
半ば予想していただけに、できる限りにこやかに告げたつもりだが、口元は多少ひくついていたかもしれない。
それを見なかったことにしてくれたのか、シズネは戸越にその旨を伝え、不思議そうな視線を向けてきた。
当然だろう。
彼女は、黒金に妹がいることなど聞いていないのだろうから。
なんと説明したものか、それとも惚けきるか、と思案している間に、ソレがやってきた。
とたとたと軽やかな足音に、からりと戸を開けるや、長く伸ばした白銀の髪で顔の左を半ば隠し、黒金と揃いの旅装束をまとった細身の美少女が、両手を一杯に広げて飛び込んでくる。
「おねーさまぁ~♡」
などと甘い声で、黒金の胸に顔を埋めている少女に、シズネの表情が固まった。
その正体を見抜いてしまったのだ。
可哀相だが、流石、5代目火影・綱手の一番弟子。
けれど、ささやかな動揺も見せずにぴしりと少女を諌める黒金も流石だった。
「白銀さん、いいかげんになさい」
にこりと微笑んだだけで、それまでがっしりと抱きついていた少女の細い手が離れていく。
「シズネさん、これは私の妹分で、白銀です。ご挨拶なさい」
「……はははいっ、お姉様っ! お初にお目にかかります、白銀デス!」
慌てて膝を正す白銀へ、シズネもどこか呆けたまま挨拶を返した。
「それで、白銀さん。こんなところまで来て、どうかしましたか?」
一切の容赦のない厳しい目で、黒金は白銀を見やる。
その視線に耐え切れないのか、少女は顔をうつむけたままぼつりと言い訳した。
「……あの、だって……もう随分とお姉様がお戻りならないので、心配で……お迎えに……」
「そう。それで、こんなところまで来わざわざ、こんな処まで……」
そう言って目頭を押さえる黒金は、傍目には妹の心遣いに感じ入っているように見えただろう。
けれど、彼女の本質を多少なりとも知る者は、戦慄していた。
「……そうですねぇえ」
ぽつりと黒金の口から漏れた言葉にすら、背筋が震える程。
「折角ですから、今日はあなたもお披露目致しましょう」
言葉の真意を読み取る余裕など、最早ない。
「ね、白銀さん」
華やかに微笑んだ黒金の目には、静かだけれど確かに怒りの色が沈んでいた。
★ ☆ ★ ☆ ★
夕闇が迫る木ノ葉神社の境内。
その一画に建てられた舞台にかがり火が焚かれ、多くの里の者が集まる。
舞台正面には既に5代目火影の綱手ら里の重鎮が陣取り、その周囲は一般の里の人々が取っている。
下忍や中忍がその外縁を埋めるように座っているが、塀や木の上に席を取る者が多いのは忍の里ゆえか。
上忍や特別上忍は警備に借り出されている。
里で騒ぎが起きたら、止められるのは彼らぐらいだからだ。
それでも殆どは見物に回っている。
「アスマ~、こっちこっち~」
既に席へ着いて酒盛りモードに突入しているアンコに呼ばれ、アスマは不承不承ながらそこへ合流する。
黒金の舞を見るなら、こんな騒がしい奴らに塗れてではなく、1人静かに杯を傾けながらの方が良かったのだ。
しかし、声を掛けられた以上、顔ぐらい出しておかねばならない。
少し気になることもあった。
「随分と華やかな集まりじゃねぇか」
見渡さなくとも、上忍か特別上忍、それも女性ばかり。
これは騒がしいし、居心地も悪そうだなと思い、逃げかけたアスマの腕はがっしりとアンコと紅に掴まれていた。
「逃げても無駄よ、アスマ」
「男どもはみーんな、警備に回されちゃったからね~」
「なんだって?」
言われてみれば、アスマと同年代の野郎ばかりが警備の腕章をつけてそこいらに立っている。
「なんてこった……」
諦めて女ばかりの席に、大きな身体でちんまりと座ったアスマの手に早速升が渡され、左右から酒が注がれていく。
酒を舐めながら、ふと気付いたことをアスマは口にした。
「そういや、カカシを見ねえな……」
共に1ヶ月もの長期任務に着いていたのだから、カカシも今日の警備から外されている。
それに、舞を披露するのはあの黒金なのだ。
絶対、一番良い席に陣取っているものばかり思っていたのだが……。
「あら、知らないの、アスマ?」
一合升をくいっと傾け、紅は楽しそうな声で呟く。
山盛りの団子と汁粉を交互に口に運びながら、反対側からアンコが言った。
「あっはっはっ! 知ってたら、ノコノコこんなところ来ないって~」
「どういうこった?」
「「ま、見てのお楽しみってことで~」」
にんまりと笑いあう女たちに挟まれ、アスマは首を傾げる。
幕が開いた瞬間に、自身の勘の悪さとバカな同僚を呪うことになることなど、知りもせず。
★ ☆ ★ ☆ ★
それから1週間が過ぎ、久々に高ランク任務の要請で火影の執務室を訪れたカカシは、眼を疑った。
綱手が5代目に就任以来、執務室に堆積していた未決済の書類が殆ど片付いていたのである。
「へ-え。流石、綱手様」
やるもんですねえ。
暢気に呟いたカカシは、何故か全開の綱手の殺気をその身に受けた。
「カカシ……」
「……はははい?」
「オマエ、よくアイツと付き合ってられるな…」
「へ?」
カカシが『付き合っている』───と、言いたい、人間は1人だけだ。
しかし彼は、綱手にそう言わせるような人間ではない。
「どーいうことデスカ?」
「どうもこうも……」
本人は可愛らしく───よそ目には不気味に、小首を傾げてみせるカカシに新たな殺意を覚えながら、ことの次第を説明しかける綱手が不意に言葉を切った。
近付く気配と、執務室の戸を叩く音に、明らかな動揺を見せる。
伝説の三忍とまで謳われ、5代目火影である、綱手が。
里長の許可を待たず、戸が開いて1人の忍びが顔を出した。
「5代目、失礼します」
入室してきたのは、小脇に書類の束を抱えたうみのイルカ。
「あ、イルカせんせ~」
飛びついてくる上忍を寸前ではたき落とし、イルカは微塵も揺らがぬ笑顔で続ける。
「お邪魔でしたら出直しますが?」
「……い、いや、構わない……。それで?」
「お忙しいところ申し訳ありません。こちらの書類に至急眼を通して、決済して頂けませんか」
「分かった。コイツに任務を言い渡したら、すぐに取り掛かるから、そこへ置いておいて……」
「火影様」
イルカの声音、表情は少しも揺らいでいないのに、何故か綱手は寒気を感じていた。
「これは、至急、お願いしたい書類なんです」
「……わかった。お寄越し……」
「ありがとうございます」
差し出された書類の束を受け取り、目を通し始めてようやく、部屋の空気が軽くなったように綱手は感じた。
それが自身が目の前の男から受けた圧力なのだと改めて理解でき、ほっと息をつく。
「どうかなさいましたか?」
「い、いや……。ちょっと、な……」
綱手は慌てて書類へ集中した。
不思議に思う。
シズネやコテツ、イズモなどがかき集めてきた書類と違い、イルカが上げてくるものは目を通して決済印を押すだけで済むのだ。
書類の内容も、きちんと簡潔にまとまっていて読みやすい。
時には幾つかの議案から1つを選ばねばならないということもある。
けれど、度々ではなかった。
この男が戻る前は、綱手が決済する前にその部署でもうちょっと詰めてから持ってこいというような物も少なくなかった気がする。
それが、今は全くないのだ。
きっと、この目の前の中忍が事前の処理をこなしてくれているからだろう。
だから1月も停滞していた綱手の執務がたった1週間で、スムーズに働くようになったのだ。
まあ、そうなるまでに、随分と厳しい目も見たのだけれど。
───流石に3代目が眼を掛けていただけはある、ということか……
そして、写輪眼のカカシを振り回しているのは、この男。
はしり、と決済印を押し、閉じた書類をつき返す。
「了解した。後の処理を頼むぞ」
「承りました。お忙しいところ、お手数を取らせ申し訳ありません」
ぺこりと勢いよく礼をし、イルカは先程自身で不敬にも叩き落した上忍には目もくれずに退室していく。
たかが一介の中忍だというのに、うみのイルカの気性、生き様は綱手にも痛快だった。
「オマエにゃもったいない、いい男だねえ」
「あげませんよ~」
いまだ床にへばりついたままで、何故かカカシは幸せそうな声を返す。
【了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2005/06/23
UP DATE:2005/06/23(PC)
2009/12/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/07
月が変わると花の開くのも早くなる。
桜の開花を追いかけての黒金の公演は、終わりに近付くに連れて過酷な日程になっていった。
そのせいか、道中は護衛の忍として舞姫に変化させたカカシを背負って移動し、公演地に付けば分身して舞姫と護衛の2役をこなすイルカの消耗が激しい。
だか数日でカカシも回復し、再び彼が黒金に変化したイルカを背負っての移動に戻り、公演中の分身も必要なくなった。
それでも、イルカの負担は大きい。
温泉地での休養中もひたすら眠り、兵糧丸を用い出したところで、カカシは舞台以外での役割交替を申し出てみた。
「どうしてもって時は、お願いしますから」
うすく目元に隈の浮いた笑顔で、そう断られたけれど。
「アノ人も大概、意固地だからーねぇ」
最後の公演地での舞台を眺めながら、カカシはぼやく。
結局イルカはこの1ヶ月、最後まで1人で黒金を務め上げたのだ。
今日の舞台を終えれば、あとは里へ帰るだけ。
まあ、そこでも、黒金には最後の一仕事があるが。
それでももう、慌しく過酷な旅は終わりを迎えようとしている。
「ま、そーゆーとこがイイんだーけどねえ」
ほのかに頬を染めて呟くカカシへ、もはや突っ込む言葉もないアスマは大きく息を吐いた。
そんな同僚の姿に、カカシは心配げに首をかしげる。
「アスマー、溜め込むと身体に悪いよ?」
言いたいことはちゃーんと言わなきゃ。
「いつ言えなくなるか分っかんないんだしー」
「なこたあ、オメーに言われるまでもねぇ……」
流石に公演中の客席でタバコを吸うわけにもいかず、口淋しいのか、あごのあたりをしきりになでながらアスマは呟く。
「第一な。余計に、言えねえこともあんだよ」
「そーゆーモン?」
「そういうモンだ」
聞き返してくるカカシへ、そのまま返し、アスマは立ち上がった。
「さて、仕事だ」
瞬身の術で密かに舞台裏へと2人は姿を消す。
黒金の舞は終盤へ向けて盛り上がりを見せ始めていた。
その舞台の裏、1人の男が屈みこんでいる。
「なとこで、なーにやってんの?」
「うっ! ……っ」
「あ、大声出すのやめてよねー」
まぁだお姫様が踊ってるデショ、と小首を傾げながらもカカシの左手は男のアゴを掴んで締め上げていく。
暴れようとするのを、暢気そうな顔のまま。
男の足元には行李が一つ、中身をあらかた出されて転がっていた。
「ん? なんだテメエ、物取りか?」
ちろりと目線を向ければ、男は必死に頷いている。
一介の踊り子とは言え、黒金は大名などへも舞を披露する格の高い舞姫だ。
衣装や道具類も、それに見合うものを身につけている。
例えば、簪1本でも当面の暮らしを立ち行かせるだけのものもある。
アスマが男の垢じみた衣服の懐から盗み取られた物を抜き取って立たせてやると、カカシは出口に向けて軽く背を押してやった。
最初の2、3歩はよろよろと、それから男は振り返りもせず、弾かれるように走り去っていく。
「これに懲りたら、2度と盗みなんかすんじゃーないよ」
「まったくだ」
行李へ散らかった荷を詰めなおしながら、カカシは深く、息をつく。
「や、危なかったねぇ」
「ああ」
きちんと元のまま、行李の底に木ノ葉の額当てが残っているのを確認して、蓋を閉めた。
★ ☆ ★ ☆ ★
[3]
火の国を巡った黒金の興行も、木ノ葉隠れの里で終わりとなる。
1月ぶりに黒金と共にカカシ、アスマが木ノ葉隠れへ戻った日、合わせたように里の桜は満開を迎えていた。
それだけではない。
これまで黒金は3代目火影の肝いりで猿飛の縁者にのみと舞を披露をしてきている。
ところが、5代目火影の綱手は黒金が木ノ葉へ戻るのがちょうど桜の頃と知って───というか調整させて、大々的なイベントを仕立ててしまっていた。
もう里のいたる所に、黒金来訪と舞の披露を告知する触書が張り出されているのだ。
その、美観とか宣伝効果とかを一切無視した張り紙の群れに圧倒されたか、3人の足は大門からぱったりと止まってしまっている。
しかし、色々と目立つ一行に人目が集まりだしていた。
気付いた黒金が、無理やりに薄く微笑んで左右に立つ上忍を促す。
「参りましょうか……」
「……はぁ」
「……おぅ」
心なしか彼らの返す声には力がなく、足取りも重い。
忍らしくなく、とぼとぼと木ノ葉の町を歩いていく。
その異様な道中を、里の人々は好奇心と少しの違和感を持って見送った。
そして、やっとの思いで火影の執務室までたどり着いた3人を迎えたのは、例によって未決済の書類の山に囲まれながら、やけに上機嫌な5代目火影・綱手。
「おお、帰ったのかい。今回は本当にご苦労だったね。カカシ、アスマ! アンタたちにゃ特別休暇やるから、2・3日はゆっくり休んでおくれ」
先代以上に人使いの荒い5代目にして破格の労いをうけても、木ノ葉隠れ屈指の上忍2人には返す気力もないらしい。
「はぁ……」
「………」
「なんだい、辛気臭いねえ……。ああ、それより……」
にこり、と綱手は置いてきぼりにされている黒金へ微笑んでみせる。
「ようこそ、木ノ葉隠れの里へ。歓迎します、黒金姫」
その、奥底に潜む様々なものを覆い隠すような綱手の微笑に圧倒されたか、黒金も呆然と返すのみだ。
「今夜の舞の披露は、この里では久々のにぎやかな催しになるので、みな楽しみにしています」
「は、はい……。精一杯、務めさせていただきます……」
「では、よろしくお願いします。シズネ!」
呼べばすぐに次の間からシズネが顔を出す。
「黒金姫を控え室へお連れしておくれ!」
「はひぃ。どうぞ、こちらへっ」
抱えていた書類を執務机に追加したシズネは、アスマが背負っていた黒金の荷を受け取り、先に立った。
その背を一歩だけ追いかけた黒金は足を止め、この1ヶ月を共に過ごした2人の忍へ向き合う。
「アスマさん、カカシさん。この1月、お世話になりました」
「いえ、そんな……」
深々と頭を下げる黒金へ、オレのほうこそお世話かけちゃって、と正直にはカカシも言えず口ごもる。
「いや、達者でな……」
「はい。お2人とも、ありがとうございました」
またいづれとも言わずに、黒金はシズネを追って去っていく。
2人の気配が辿れなくなるまで待って、カカシは口を開いた。
「……やれやれ、やーっと、任務完了ですか」
「そういうこったな」
目線も合わせずにカカシとアスマはほとんど同時に背を向ける。
「じゃ、火影さま、御前失礼します」
増えた書類に頭を抱える綱手を1人残して。
イルカ───の変化した舞姫、黒金はシズネに案内され、用意された控え室へと入った。
シズネはここまで運んできた荷を部屋の隅へ置き、お茶を用意しながら、にこやかに聞いてくる。
「黒金姫、必要なものとかありますか?」
「いえ、ありがとうございます。大丈夫ですよ」
シズネは黒金の正体を知らないワケはないのに、まるで本当に里の客人のように黒金を扱った。
しっかりと里長からそのように言い含められているのだろう。
しかし、彼女の働き分などの諸経費がそのまま別の用途へ流用されるだろうことは互いに理解している。
そのせいか、2人の笑顔は同情を含んで3割増、そして急速に乾燥していっていた。
それでも、シズネと黒金は時間つぶしの会話を穏やかに楽しんでいた。
そこへ、誰かが慌てたように近付いてきている。
2人は口をつぐんで頷きあい、シズネが戸の側へ立った。
「シズネさん」
「なにかありましたか?」
呼びかけに穏やかに応え、シズネは少し戸を開けた。
勿論、その開いた隙間の延長線上に、2人はいない。
「は、実は、その……」
言いにくそうに、連絡員はちらりと部屋の奥を見て、シズネに耳打ちをした。
視線の行方を察し、イルカは心の奥底でため息を吐く。
多分、アレが何かやらかしたのだ。
「黒金姫」
一度、戸を閉め、シズネは黒金の耳元でこっそりと教えてくれた。
「その、白銀と名乗る少女が、あなたの妹だと言って面会を求めているそうなんです」
「……すみませんが、ここへ連れてきていただけますか?」
半ば予想していただけに、できる限りにこやかに告げたつもりだが、口元は多少ひくついていたかもしれない。
それを見なかったことにしてくれたのか、シズネは戸越にその旨を伝え、不思議そうな視線を向けてきた。
当然だろう。
彼女は、黒金に妹がいることなど聞いていないのだろうから。
なんと説明したものか、それとも惚けきるか、と思案している間に、ソレがやってきた。
とたとたと軽やかな足音に、からりと戸を開けるや、長く伸ばした白銀の髪で顔の左を半ば隠し、黒金と揃いの旅装束をまとった細身の美少女が、両手を一杯に広げて飛び込んでくる。
「おねーさまぁ~♡」
などと甘い声で、黒金の胸に顔を埋めている少女に、シズネの表情が固まった。
その正体を見抜いてしまったのだ。
可哀相だが、流石、5代目火影・綱手の一番弟子。
けれど、ささやかな動揺も見せずにぴしりと少女を諌める黒金も流石だった。
「白銀さん、いいかげんになさい」
にこりと微笑んだだけで、それまでがっしりと抱きついていた少女の細い手が離れていく。
「シズネさん、これは私の妹分で、白銀です。ご挨拶なさい」
「……はははいっ、お姉様っ! お初にお目にかかります、白銀デス!」
慌てて膝を正す白銀へ、シズネもどこか呆けたまま挨拶を返した。
「それで、白銀さん。こんなところまで来て、どうかしましたか?」
一切の容赦のない厳しい目で、黒金は白銀を見やる。
その視線に耐え切れないのか、少女は顔をうつむけたままぼつりと言い訳した。
「……あの、だって……もう随分とお姉様がお戻りならないので、心配で……お迎えに……」
「そう。それで、こんなところまで来わざわざ、こんな処まで……」
そう言って目頭を押さえる黒金は、傍目には妹の心遣いに感じ入っているように見えただろう。
けれど、彼女の本質を多少なりとも知る者は、戦慄していた。
「……そうですねぇえ」
ぽつりと黒金の口から漏れた言葉にすら、背筋が震える程。
「折角ですから、今日はあなたもお披露目致しましょう」
言葉の真意を読み取る余裕など、最早ない。
「ね、白銀さん」
華やかに微笑んだ黒金の目には、静かだけれど確かに怒りの色が沈んでいた。
★ ☆ ★ ☆ ★
夕闇が迫る木ノ葉神社の境内。
その一画に建てられた舞台にかがり火が焚かれ、多くの里の者が集まる。
舞台正面には既に5代目火影の綱手ら里の重鎮が陣取り、その周囲は一般の里の人々が取っている。
下忍や中忍がその外縁を埋めるように座っているが、塀や木の上に席を取る者が多いのは忍の里ゆえか。
上忍や特別上忍は警備に借り出されている。
里で騒ぎが起きたら、止められるのは彼らぐらいだからだ。
それでも殆どは見物に回っている。
「アスマ~、こっちこっち~」
既に席へ着いて酒盛りモードに突入しているアンコに呼ばれ、アスマは不承不承ながらそこへ合流する。
黒金の舞を見るなら、こんな騒がしい奴らに塗れてではなく、1人静かに杯を傾けながらの方が良かったのだ。
しかし、声を掛けられた以上、顔ぐらい出しておかねばならない。
少し気になることもあった。
「随分と華やかな集まりじゃねぇか」
見渡さなくとも、上忍か特別上忍、それも女性ばかり。
これは騒がしいし、居心地も悪そうだなと思い、逃げかけたアスマの腕はがっしりとアンコと紅に掴まれていた。
「逃げても無駄よ、アスマ」
「男どもはみーんな、警備に回されちゃったからね~」
「なんだって?」
言われてみれば、アスマと同年代の野郎ばかりが警備の腕章をつけてそこいらに立っている。
「なんてこった……」
諦めて女ばかりの席に、大きな身体でちんまりと座ったアスマの手に早速升が渡され、左右から酒が注がれていく。
酒を舐めながら、ふと気付いたことをアスマは口にした。
「そういや、カカシを見ねえな……」
共に1ヶ月もの長期任務に着いていたのだから、カカシも今日の警備から外されている。
それに、舞を披露するのはあの黒金なのだ。
絶対、一番良い席に陣取っているものばかり思っていたのだが……。
「あら、知らないの、アスマ?」
一合升をくいっと傾け、紅は楽しそうな声で呟く。
山盛りの団子と汁粉を交互に口に運びながら、反対側からアンコが言った。
「あっはっはっ! 知ってたら、ノコノコこんなところ来ないって~」
「どういうこった?」
「「ま、見てのお楽しみってことで~」」
にんまりと笑いあう女たちに挟まれ、アスマは首を傾げる。
幕が開いた瞬間に、自身の勘の悪さとバカな同僚を呪うことになることなど、知りもせず。
★ ☆ ★ ☆ ★
それから1週間が過ぎ、久々に高ランク任務の要請で火影の執務室を訪れたカカシは、眼を疑った。
綱手が5代目に就任以来、執務室に堆積していた未決済の書類が殆ど片付いていたのである。
「へ-え。流石、綱手様」
やるもんですねえ。
暢気に呟いたカカシは、何故か全開の綱手の殺気をその身に受けた。
「カカシ……」
「……はははい?」
「オマエ、よくアイツと付き合ってられるな…」
「へ?」
カカシが『付き合っている』───と、言いたい、人間は1人だけだ。
しかし彼は、綱手にそう言わせるような人間ではない。
「どーいうことデスカ?」
「どうもこうも……」
本人は可愛らしく───よそ目には不気味に、小首を傾げてみせるカカシに新たな殺意を覚えながら、ことの次第を説明しかける綱手が不意に言葉を切った。
近付く気配と、執務室の戸を叩く音に、明らかな動揺を見せる。
伝説の三忍とまで謳われ、5代目火影である、綱手が。
里長の許可を待たず、戸が開いて1人の忍びが顔を出した。
「5代目、失礼します」
入室してきたのは、小脇に書類の束を抱えたうみのイルカ。
「あ、イルカせんせ~」
飛びついてくる上忍を寸前ではたき落とし、イルカは微塵も揺らがぬ笑顔で続ける。
「お邪魔でしたら出直しますが?」
「……い、いや、構わない……。それで?」
「お忙しいところ申し訳ありません。こちらの書類に至急眼を通して、決済して頂けませんか」
「分かった。コイツに任務を言い渡したら、すぐに取り掛かるから、そこへ置いておいて……」
「火影様」
イルカの声音、表情は少しも揺らいでいないのに、何故か綱手は寒気を感じていた。
「これは、至急、お願いしたい書類なんです」
「……わかった。お寄越し……」
「ありがとうございます」
差し出された書類の束を受け取り、目を通し始めてようやく、部屋の空気が軽くなったように綱手は感じた。
それが自身が目の前の男から受けた圧力なのだと改めて理解でき、ほっと息をつく。
「どうかなさいましたか?」
「い、いや……。ちょっと、な……」
綱手は慌てて書類へ集中した。
不思議に思う。
シズネやコテツ、イズモなどがかき集めてきた書類と違い、イルカが上げてくるものは目を通して決済印を押すだけで済むのだ。
書類の内容も、きちんと簡潔にまとまっていて読みやすい。
時には幾つかの議案から1つを選ばねばならないということもある。
けれど、度々ではなかった。
この男が戻る前は、綱手が決済する前にその部署でもうちょっと詰めてから持ってこいというような物も少なくなかった気がする。
それが、今は全くないのだ。
きっと、この目の前の中忍が事前の処理をこなしてくれているからだろう。
だから1月も停滞していた綱手の執務がたった1週間で、スムーズに働くようになったのだ。
まあ、そうなるまでに、随分と厳しい目も見たのだけれど。
───流石に3代目が眼を掛けていただけはある、ということか……
そして、写輪眼のカカシを振り回しているのは、この男。
はしり、と決済印を押し、閉じた書類をつき返す。
「了解した。後の処理を頼むぞ」
「承りました。お忙しいところ、お手数を取らせ申し訳ありません」
ぺこりと勢いよく礼をし、イルカは先程自身で不敬にも叩き落した上忍には目もくれずに退室していく。
たかが一介の中忍だというのに、うみのイルカの気性、生き様は綱手にも痛快だった。
「オマエにゃもったいない、いい男だねえ」
「あげませんよ~」
いまだ床にへばりついたままで、何故かカカシは幸せそうな声を返す。
【了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2005/06/23
UP DATE:2005/06/23(PC)
2009/12/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/07